篠原健太先生による原作マンガは「マンガ大賞2019」を受賞し、アニメも賞賛のうちに最終回を迎えた『彼方のアストラ』。
この作品の概要を前回語りましたが、今回はさらに詳しくネタバレ含めつつ語りたいと思います。

- 作者:篠原 健太
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2016/07/04
- メディア: コミック
B5班メンバーの旅
カナタたちB5班のメンバーは、水と食料を調達するために5つの惑星に立ち寄ります。星が違えば、地形、気候、生物がまるで違います。見知らぬ動植物を相手に繰り広げるまさにサバイバル。いくつもの危機的状況が彼らに襲いかかります。
また、人間が集まれば当然ぶつかり合いも起こります。印象が悪かったり、誤解をしたり。それでも各々の抱える傷を分かち合い、理解を深めてかけがえのない仲間となっていきます。
皆とても個性的なB5班のメンバーたち。彼らは自分の置かれた状況を前向きに捉え、この困難な旅もこのメンバーとなら楽しいとさえ口にします。同じ高校とはいえ面識もなく、ぎこちなかったB5班のメンバーたちが、徐々に打ち解けて力を合わせて困難に立ち向かっていく様子は、彼らの旅を見守っている私たちに、頼もしさと微笑ましささえ感じさせます。
シリアスな状況の中でも、高校生らしく和気あいあいと過ごし、自分たちが「殺処分」されそうになったことも、それを実行する「刺客」が仲間の中にいることも忘れてしまうほどに深まっていく絆。
しかし、この『彼方のアストラ』という作品は、このままでは終わってはくれないのです。
カナタたちの乗るアストラ号は、帰還まであと一歩というところで、操行不能となってしまいます。惑星イクリスの巨大植物に襲われ、アストラ号が修理不能なほどのダメージを受けてしまったのです。
降り立ったイクリスは荒涼な大地の広がる惑星。そんな惑星で9人生きていかなければならないという絶望的な状況。メンバーたちは食料調達に出ますが、すぐに気持ちを切り替えられるわけがありません。ここまで来られたのも、故郷に帰りたいという強い願いがあったからです。その願いは打ち砕かれたかに思われました。しかし、そこでアストラ号と同じ型の宇宙船アーク号が発見されるのです。
『彼方のアストラ』というタイトルの意味
アーク号でひとり冬眠状態で助けを待ち続けていた女性がポリーナ・リヴィンスカヤです。彼女の登場により、物語は大きな転機を迎えます。
彼女の乗っていたアーク号も壊れていましたが、それがアストラ号とは別の部分だと判明。アリエスの提案により、それぞれ無事な部分をドッキングさせて操行可能な機体を一機作り出すことに成功。再び故郷への帰還を目指すことになります。
使命を帯びて宇宙に出ていたポリーナはカナタたちB5班のメンバーたちよりも年上のため、彼らにポリ姉と呼ばれ受け入れられます。長期間の冬眠状態で衰弱していた彼女の体調も戻り、あとは故郷をひたすら目指すだけとなり、再びアストラ号は明るい雰囲気に包まれます。
しかし、ポリ姉の何気ない一言をきっかけにして、B5班のメンバー全員が自分の親と思っていた人間のクローンだという事実が突きつけられてしまいます。クローンを作成するのは重罪。そのため彼らは集められ、処分されようとしていたのです。
遺伝子だけで自分という人間が出来ているわけではない。たとえクローンとして生まれていようと、自分はオリジナルの人間とは全く別の人間だ。自分は誰かのコピーなんかではない。
B5班のメンバーは「自分」としてこれから生きるためにも、全員で生きて帰り着く決意をさらに強くします。今まで困難を乗り越えてきた彼らは、自分の存在意義すら揺るがすこの事態さえも、自らはね退けるのです。
その強く前向きな意志は、彼らを応援してきたはずの私たちが、まるで「自分として生きろ」と励まされているかのような、震えるほどの感動を与えてくれます。
目指す故郷の姿を捉え、感涙にむせぶB5班のメンバーたち。無事に帰り着き、オリジナルである親たちを断罪し、彼らは新しい戸籍を手に入れクローンではなくオリジナルの自分になって新しい人生を歩き出していけるのだと祝福したい気持ちにもなりますが、物語はまだ終わってはくれません。
「やっと地球に帰れる」と涙を浮かべるポリ姉を不思議そうに見るカナタたち。
チキュウって何だ?
彼らが目指していたのは、地球ではなく「惑星アストラ」。この宇宙船に乗る人間の中で、ポリ姉だけが地球人だったのです。
このカナタの言葉に、ずっと親しみを抱いて無事に帰れるようにと見守ってきたB5班のメンバー全員が一気に得体の知れない人間たちに見え、私は背筋が寒くなるほどの衝撃を受けました。
アニメでは9話が、原作では4巻がこの場面で終わります。私は原作を読まずにアニメを視聴しており、この場面に思わず声が出てしまったほどでした。カナタ役を演じる細谷佳正さんの演技は「本当に彼らは地球の存在を全く知らないのだ」と私たちに実感させ、ゾクゾクとする怖さを感じてしまうほどの素晴らししいものでした。
『彼方のアストラ』というタイトルは、カナタたちB5班のメンバーがアストラ号に乗って旅をするからではなく、彼らが目指す5012光年彼方にある母星アストラを指していました。確かに今まで、次に向かう惑星の名は口にしても、誰ひとり「地球」という言葉は口にしてはいません。物語の最初から、伏線は仕組まれていたのです。
次回は、『彼方のアストラ』が私たちに伝えることについて語りたいと思います。
前回書いた『彼方のアストラ』の概要についての記事に興味をお持ちいただいた方はこちらからどうぞ。