観て聴いて読んで書く

マンガ、アニメ、ゲームなど好きだと思ったものについて無節操に書き綴ります

『彼方のアストラ』シャルスについて語りたい

原作マンガは「マンガ大賞2019」を受賞し、素晴らしいアニメも放映された篠原健太先生『彼方のアストラ』。本来であれば、この作品の主人公であるカナタについて語るところですが、今回はあえて作品の登場人物の一人であるシャルスに焦点を当てたいと思います。

彼方のアストラ 1 (ジャンプコミックス)

彼方のアストラ 1 (ジャンプコミックス)

  • 作者:篠原 健太
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2016/07/04
  • メディア: コミック
第1話 前半 PLANET CAMP

第1話 前半 PLANET CAMP

  • メディア: Prime Video

 

シャルスという少年

シャルスは金髪に緑の瞳を持つ、メンバーも「イケメン」と口にするほど美しい顔立ちの少年です。物言いも穏やかで、後にヴィクシア王政地区の出身と語るとカナタたちに驚かれるどころか納得されてしまうような育ちの良さが滲みます。

遭難した旅の序盤ではリーダーに推薦されるものの、自分には向いていないと辞退したシャルス。確かにどこかおっとりとしたシャルスよりも、実行力に優れたカナタの方が客観的に見てもリーダーとして適任だとも思われます。ですが、何よりシャルスにはこの旅のリーダーにはなれない「決定的な理由」があったのです。

カナタをはじめ、惑星キャンプに参加したB5班の9人のメンバー。誰もがこの惑星キャンプを楽しみにしていた中、シャルスがその心の中で抱いていた感情は他のメンバーとは全く違うものだったでしょう。なぜなら、彼ひとりがこの惑星キャンプに参加する目的が全く別のところにあったのですから。

B5班のメンバーはキャンプ先である惑星マクパに到着してすぐに謎の球体に襲われ、宇宙の彼方へと放り出されてしまいます。ここから彼らは自分たちの故郷に戻るため、5012光年という途方もない距離を旅することになるのですが、カナタたちB5班のメンバーを襲ったその謎の球体「人工ワームホール」を操っていた人物こそ、シャルスだったのです。

 

メンバー全員を殺す。
そして自分も死ぬ。

 

彼は、自分もろともB5班のメンバー全員を殺処分する使命を帯びて惑星キャンプに潜入していたのです。その使命を果たすためには、生きて帰ることを目的とした旅のリーダーなどにシャルスがなれる訳がありません

 

僕は君の右腕となる

 

何気なく口にしたであろうこのシャルスのセリフは、物語の終盤であまりにも重い意味を持ち、私たちに大きなショックを与えることになります。

 

クローンとして生きること

故郷の星を目指す旅の中で、B5班のメンバーたちは自分が親と思っていた人間のクローンであることを知ります。彼らは若返りのただの器のクローンとして生み出されました。しかしゲノム管理法が成立してクローンを作ることが重罪となったため、彼らは殺処分されようとしていたのだと分かります。

自分の出自を知らずに今まで「自分」として生きてきた彼らにとって、この2つの事実はこの上ない大きなショックだったろうと思います。

ですが、カナタたちB5班のメンバーを殺処分する使命を帯びていたシャルス本人も、彼らと同じくクローンでした。しかも彼は他のメンバーとは違い、幼い時から王のクローンとしてのみ扱われ「自分」として生きることを許されずに育ってきたのです。

記憶を移植できる年齢になったら、自分の体を王に明け渡す。

そのために生まれたことを聞かされ育ったシャルス。それは死を意味することだとしても、彼にとって当然のことであり、彼の存在意義そのものでした。自分の命を王に捧げる時のために健康な体を保ち続けることに、彼は何の疑念も不安も抱くことは無かったと語ります。そして王のために死ぬ使命を持つ自分の人生を、すばらしいとすら言い切ります。

でも、果たしてそれは、彼の本心からの言葉だったのでしょうか。

王のクローンであるシャルスは、ヴィクシアの城の外に出ることを許されず狭い世界に閉じ込められていました。そんな彼が興味を持ったのは生物。ちょっと気持ち悪いとさえ言われるほどの生物に対する好奇心と豊かな知識を、彼は持ち合わせていました。

またシャルスは、将来ヴィクシアの王の器となるときのため、隠蔽されたアストラの本当の歴史を教えられていました。

彗星直撃から地球の生命を救うために惑星間移住が計画され、それを叶える手段として開発された人工ワームホールの技術。しかし、移住先のアストラの領地を争う全人口の約半数が失われるほどの激しい戦争の中で人工ワームホールが使われたことから、その技術は永久に封印されることになりました。残った人々はその存在すら完全に葬るために偽の歴史を捏造し、その技術を使った惑星間の移住そのものを無いこととしたのです。

その歴史は、アストラに住む多くの大人ですら知らない大きな秘密でした。シャルスはそんな人類の愚かな歴史の秘密を知る、数少ない人間だったのです。

生物に深く興味を抱き、惑星アストラの真の歴史を教えられていたシャルス。聡明な彼は、命とは、人間とは、自分とは何かと、幾度となく考えてきたことだろうと思います。

しかし王という絶対的な存在のクローンとして育ってきたシャルスは、豊かな知識を得られても、クローン以外の生き方を得ることはできません。彼はこの人生こそ幸せであるのだと、自分に言い聞かせるしかなかったのではないでしょうか。

カナタたちB5班のメンバーには決して言うことのできない大きな秘密を抱えて、惑星キャンプに参加したシャルス。彼は計画通りにクローンであるメンバー全員を人工ワームホールに飲み込ませましたが、その先で操行可能な宇宙船アストラ号が発見されてしまい、誰も殺すことができずに終わります。

そのため、惑星ヴィラヴァースで再びシャルスは人工ワームホールを出現させるのですが、その後は最後の惑星までそれを出現させることを止めます。彼は計画を変更したのです。

自分も含め全員を殺処分することに迷いなど無かったシャルスの考えを変えさせた存在、それがアリエスでした。彼女はシャルスのオリジナルであるヴィクシア王の娘セイラのクローンだったのです。

カナタたちB5班のメンバーが揃って親との希薄で冷たい関係にさらされてきた中、アリエスだけは母親から温かい愛情を感じて育ってきました。

そして彼女のオリジナルであるセイラは、シャルスを父親のクローンとしてでなく、あくまでも1人の人間として接してくれた、唯一の人物でした。

アリエスはメンバーに足りない「愛情」について補完する存在だと言えます。物語の終盤、アリエスを媒体として、カナタとシャルスは対峙することになるのです。

 

救われるべき者であり影の主人公

セイラのクローンであるアリエスを王の元へ連れ帰る。

シャルスは課せられた使命に自分の意思で方向転換を決めます。もしかすると、それは初めてシャルスが王に逆らった瞬間だったのかもしれません。自分で定めたその目的のためB5班のメンバーと協力的に過ごすことにしたシャルスは、食料調達に蓄えてきた生物の知識を駆使して殺す標的である彼らの生命を存えさせ、共に力を合わせて困難な状況を乗り越えていきます。

王宮からは遠く離れた広大な宇宙で、見知らぬ惑星の多様な生命に触れ、同じ年代の仲間と過ごす旅です。すべてがシャルスにとって初めてで楽しいことばかりだったことでしょう。仲間と触れ合うこと、生き延びるために行動すること、自ら考え動くこと。それらを経験していく中で、自分の中で仲間たちに対して芽生えた感情と自分に課せられた殺処分という使命との間で、シャルスは板挟みのまま過ごしていたのではないかと思います。

最後の惑星に辿り着き、いよいよ自分とアリエス以外のメンバー全員を殺さなければならなくなった時、シャルスの心の内はどのようなものだったのでしょうか。

カナタによって自分が刺客であることを明らかにされ、B5班のメンバーの全員殺処分の計画が頓挫してしまったシャルスは、仲間の前で自分の過去と帯びていた使命を語り、ひとり人工ワームホールに飲まれて死のうとします。

 

ごめんね、みんな。
ホントは好きさ

 

シャルスが呟いたこの言葉は、深く私たちの胸に刺さります。彼は自分の使命よりも仲間の命を守ることを取り、彼らを裏切り続けてきた自分を罰しようとしたのです。

誰よりも孤独で、誰よりも大きな秘密を抱えて生きてきたシャルス。彼はセイラを亡くした時からずっと死ぬためだけに生きてきました。そんな彼を、カナタは自分の右腕を犠牲にして助けます。誰かを助ける者を「ヒーロー」と呼ぶのであれば、カナタはその優れた身体能力と勇気で数々の困難の突破口を開き、仲間を助けてきたまさしく「ヒーロー」でした。そしてシャルスは、メンバーの中で最もカナタによって救われるべき者であり、だからこそこの物語の一番の核を握る役割を担っていたのだと言えます。

アストラに帰り着いてからのシャルスは、真の歴史を人々に明らかにするようにカナタとともに訴え、ヴィクシアの王位に就いてからは政治的権力を放棄し、今まで隠していた秘密を歴史研究のため解放します。まさに生まれ変わったような活躍です。

いくらヴィクシア王本人のクローンとはいえ、彼は王と遺伝子が同じというだけの少年です。シャルスが王位に就いて大胆な改革を行うことは、決して容易ではなかったことは想像ができます。シャルスは自分がリーダーには向いていないと言いましたが、これほどの困難をやり遂げられる彼の行動力と勇気は、カナタ以上のものを感じます。きっと彼のオリジナルであるヴィクシア王も、本来であれば優れた王だったのではないか、そんなことさえ想起させます。

同じ遺伝子を持っていても、ヴィクシア王とシャルスの間には大きな隔たりがあります。過去に囚われてしまった王と、過去を乗り越え前に進むシャルス。

誰と、どのように過ごし、何を見て、何を感じて、どう行動していくのか。

まさにそれこそ、その人の生き方を決めるのだとシャルスを見て感じるのです。

常に前を向いて自分や仲間を奮い立たせて進むカナタの姿は、この作品の主人公にふさわしいとものです。しかし、この作品のテーマを一番表している人物はシャルスであり、シャルスはカナタと対になる「影の主人公」でもあると思います。

次回は『彼方のアストラ』の主要なキャラクターの中から、ウルガーとルカについて語りたいと思います。

 

『彼方のアストラ』のテーマについて書いた前回の記事に興味を持っていただけた方ははこちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com