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『さらざんまい』について語りたい⑤誓と悠

幾原邦彦監督のオリジナルアニメ『さらざんまい』について、前回は燕太を中心に7話を語りました。

今回は、悠とその兄である誓の久慈兄弟を中心に、8・9話について語りたいと思います。

 

兄弟の絆

警察に追われることとなり、2人で浅草を離れることに決めた誓と悠。8話では誓から見た悠が、9話では悠から見た誓が描かれています。

 

俺は兄さんのために生きる

 

悠が口癖のように繰り返し口にする言葉です。

悠は1話で転校してきましたが、もともとは浅草の蕎麦屋の息子でした。蕎麦屋を営む両親と兄の誓。きっと仲の良い家族だっただろうということは、家族写真を見ても感じられます。しかし、両親は借金のために彼らを置いて生命を断ち、蕎麦屋は閉店の危機を迎えてしまうのです。

その頃、まだ悠は10歳。両親が亡くなり居場所も失われてしまうという状況に、抗うこともできない年齢です。歳の離れた兄である誓が、1人で金策に奔走していただろうことは想像に難くありません。しかし幼い悠には、誓が両親が大事にしていた物を次々と持ち出していく目的が、まだよくわからなかったのでしょう。自分たちを置いていった両親の悪態を吐き、金に変えられそうな物を探し回る誓は、悠に言い放ちます。

 

この世界は悪い奴だけ生き残る

 

その時すでにもう、堅気から外れた所に身を置いていた誓。しかし家に残る金目の物が尽きた時、彼は生き残るために本当の「悪い奴」になることを決めたのだろうと思います。

親戚に大金を渡し、この店を継いでくれと頼む誓。その金を、誓は組から盗み出していたのです。

当然彼は組から裏切り者として追われることとなります。そこに考えが至らないはずはありません。両親の店を守るためだけであれば、ここまで危ない橋を渡ることは無かったでしょう。誓をさらにヤクザな世界へと足を踏み入れさせたのは、悠の存在があったからに他なりません。誓は、まだ幼い弟の居場所を守るため、命を張ることを決めたのです。

組の人間に誓が追われていることを知った悠は、誓の拳銃を持ち出します。必死に誓を探しますが、悠は誓を追う組の男に見つかってしまいます。

自分が捕まれば、誓の身に危険が及んでしまう。

思わず持っていた銃で、男を撃ってしまう悠。そこに駆けつけた誓は悠の手から銃を奪い、さらに男に2発銃弾を打ち込みます。これでとどめを刺したのは自分になる。本当に男を殺したのは自分だ。誓は悠の心を守るために罪を自分の手で上書きし、そしてその手で悠を抱きしめるのです。

 

俺たち兄弟はこの世界で生き残る。どんな手を使っても。

 

こうして誓は、堅気の世界に戻る道を完全に断ちます。それは彼自身の意思です。全ては誓が決めたこと。しかし、悠はそう思うことができませんでした。

 

俺は兄さんのために生きる

 

自分を守るために、誓はこれからも危ない橋を渡り続けるヤクザな世界に生きることになったのだから、自分もそう生きていかなければならないと、悠は自分自身に枷をはめたのです。

 

誓から見た悠

一番大事だったサッカーを捨てて、兄である誓のために生きることを決めた悠。彼はまだ中学生だというのに、車上荒らしをしたり「葉っぱ」を売り捌いたりの犯罪行為を行ないます。

頼んでもいないのに自分のためなら危ないことも汚いことも平気でやってしまうと、誓に言われてしまうほど。まるで、ヤクザの兄に尽くしているようにすら感じます。そんな悠を、誓はどう思っていたのでしょうか。

悠を自分のそばに置いていたら危険だと考え、誓は彼と離れて暮していたのでしょう。でも浅草を離れざるを得なくなった時、誓は悠も連れて逃げようとします。誓にとって悠は歳の離れた大切な弟であることは間違いはありません。しかし、それだけでしょうか。

誓はヤクザの世界に身を置いています。これから先逃げても、身の危険を避けることはできないでしょう。悠は実の弟であり、誓と共にいることを切望しています。誓のために生きると口にし、実際にどんな悪事でも手を染めます。中学生ながらに「葉っぱ」で大金を稼ぐ才覚も備えています。

自分を決して裏切ることがなく、金も稼げる有能な部下。逃亡を続けるには使える駒は多いに越したことはない。いざとなれば捨ててしまえばいいのだから。

誓は逃亡することになり、生き残るためにはなりふり構ってまどいられない状態です。悠を連れて行くのは、大切な弟だからという単純な理由だけではなくなっていたのかもしれません。

 

悠から見た誓

誓とは10歳離れた弟である悠。彼は、まだ幼く何もできなかった自分の代わりに両親の店を力づくで取り戻し、罪を犯した自分を抱きしめてくれた兄を、どうあっても助けていこうと心に決めたのだろうと思います。数々の犯罪行為を繰り返している悠ですが、それもすべては誓のため。そこに自分はいないのです。

兄として誓はそれを望んでいたかは分かりませんが、悠がどんな犯罪行為をしようとも止めることはしませんでした。そこには、悠に対しての打算的な考えが少なからずあったはずです。そのことに悠が気づくのは、逃亡の手配をしてくれた子分のマサを誓が躊躇も無く撃った時でした。

そこに行く着くまでにも、誓と共に過ごすうちに悠の胸の中で少しずつ疑念は湧き上がっていました。

銃を持って逃亡している誓。そこに流れる燕太が撃たれたというニュース。「全部俺のせいにするな」と誓は暗に否定してはいますが、友達が撃たれて衝撃を受けている悠には、誓の言葉はただ曖昧なものにしか聞こえなかったのではないでしょうか。

そしてその後、マサとの会話を聞いてしまった悠。悠が男を撃ったことを、誓は自分の手柄として利用していたことを知るのです。悠を守るため、そしてヤクザとして生き残るために、それは必要なことだったろうと思います。でもマサが言うように、本当は誓も代わりに殺してくれてラッキーだったと思っていたら……。悠が胸の奥に押し込めていた疑念は、誓がマサを撃ったことで一気に膨らみます。

 

どうして撃ったんだよ!

 

悠は誓に激しく詰め寄ります。

いかにも口が軽そうなマサ。彼の口から自分たちの逃亡先が知られてしまうことを恐れて先手を打ったのですが、誓はそうは言いません。この先、ヤクザの世界で彼が生き残れないから殺したのだという誓の言葉は、マサに対するちょっとした優しさでもあるのですが、悠にはそんなことは到底理解できないものだったでしょう。

自ら生き延びるために「悪い奴」となっている誓の姿を、悠はここで初めて目のあたりにしたのではないかと思います。

 

俺にもお前が必要だ

 

悠はそう言った誓を信じ、誓のために生きると決めていました。警察に追われることになっても、掛け値無しにただ誓のそばにいたいと思っていた悠。

でも誓は自分と同じ気持ちではないのかもしれないと、悠は疑念を抱いてしまったのです。

 

つながりという強さと弱さ

お前は戻ってもいいと悠の気持ちを確かめる誓と、打ち消せない疑念に苛まれつつも誓を信じようとする悠。誓と悠の逃避行は、まるで恋人同士の駆け落ちのようにすら見えました。

抱き合う久慈兄弟

私には久慈兄弟はこう見えてしまうのです……

逃げおおせることができたら、ひっそりと2人だけの世界で生きていくことになったのかもしれません。しかしこの逃避行は、誓の死であっけなく幕を閉じます。

悠を庇って撃たれた誓。その直前、悠は「弟である自分さえも捨てるのか」と誓に問いかけていました。きっと悠は、そんなことするわけがないと言って欲しかったのでしょう。しかし誓は悠に銃を向けたのです。それでも身を呈して、思わず悠を守ってしまった誓。

実際に誓は、足手まといになれば悠を捨て去ることも考えていただろうと思います。しかし彼にはそれはできませんでした。誓は胸ポケットから取り出した血塗れの一万円札で悠の頬を叩きながら「この金でしばらくの飯は何とかしろ」と言います。その言葉は、まるで子を思う親のようでさえあります。

このシーン、誓を演じる津田健次郎さんの迫真の演技がとにかく本当に素晴らしいんですよ。銃で撃たれ、もう自分は助からないと悟ってもなお、強がりを捨てられない誓。少しずつかすれていく声。それが演技だとわかっていても、その津田健次郎さんの声を聴いて、一気に誓の死を見つめる悠の目線・気持ちにリンクさせられたように感じました。

両親が亡くなった時、悠はまだ幼い子供でしたが、誓はすでに大人になっていました。だから彼は自分の力で弟を守ろうともがくしかありませんでした。もしも、誓がもっと幼くて悠と歳の近い兄弟だったとしたら、2人で大人に頼ることができ、結果は違っていたかもしれません。

 

面倒なもんだなぁ
つながりって奴はよぉ……

 

撃たれた誓の胸ポケットに入れられていた家族写真。両親も自分すらも黒く塗り潰しておきながら、悠だけは消すことができず、誓はその写真を持ち歩いていたのです。

誓が「悪い奴」として生き延びてこられたのも、また「悪い奴」になり切ることができなかったのも、すべては悠がいたからでした。

悠との兄弟というつながりを捨てられなかった誓。それは彼の弱さであり、悠への愛情が彼の胸の中にしっかりと存在していた証でもありました。そのことを、悠は痛いほど感じたでしょう。悠の流す涙はとても美しく、見ている人の胸を打ちます。

そこで流れる回想は、まだ悠が幼かった頃の思い出ばかりです。2人でお祭りに参加したり、サッカーの練習に付き合ってくれたり。少し気弱そうな表情をした少年だった誓。彼がグレてすっかり表情が変わってしまっても、悠にとって変わらずに優しい兄であり続けていたことが分かります。

何より、男を撃ってしまった悠を抱きしめる誓の表情のなんという優しさ。悠の目線で描かれていた4話での同じ場面では、悠の影で隠れて誓の表情は見えていませんでした。きっとそれはギラギラとした険しい表情なのだろうと想像していた私はその柔らかな表情を見て、一気に身体中の力が抜けてしまうほどの衝撃を受けました。しがみついて泣く悠を、誓は包み込むように抱きしめていたのだなと、彼の本質を感じて胸が詰まりました。

誓の腕の温かさを知るのは、悠だけです。息を引き取る誓のそばに悠がいることができて、本当に良かったと心の底から私は思うのです。

次回はレオとマブの二人を軸に『さらざんまい』10話について語りたいと思います。

 

前回は燕太を中心に『さらざんまい』7話について語っています。ご興味を持っていただけた方は、こちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com