観て聴いて読んで書く

マンガ、アニメ、ゲームなど好きだと思ったものについて無節操に書き綴ります

『ID: INVADED イド:インヴェイデッド』について語りたい⑦鳴瓢秋人という男

あおきえい監督・舞城王太郎脚本のオリジナルアニメ『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』について、前回は第9話について語りました。今回は第10話【INSIDE-OUTED Ⅱ】についてネタバレしつつ気合を入れて語りたいと思います。

JIGSAWED

JIGSAWED

  • 発売日: 2020/01/13
  • メディア: Prime Video

 

第10話【INSIDE-OUTED Ⅱ】

偽りの世界で

飛鳥井木記の見る夢。そこには、彼女を殺そうと訪れる殺人鬼たちが抱く未来に対する気持ちなどが反映されるのだと、彼女は語ります。つまり「そうなる可能性のある未来」が彼女の夢に現れるということ。それはまさに予知夢に限りなく近いものだと言えます。

 

俺も、長い、長い夢を見ていたような気がして……

 

鳴瓢はこの世界に来る以前のことを思い出します。砂漠のイドで見つけたミズハノメのコックピットによってこの世界に来たこと。酒井戸として潜った何人もの殺人鬼たちの様々なイドのこと。自分が「対マン」を撃ち殺したこと。娘の椋が殺され、絶望した妻の綾子が自殺し、自分一人だけが生きていること。全てはまるで、夢の中の出来事なのだと思いたいことばかりです。それらがもしも、全て本当に夢であったなら

ここはイドの中のイドの世界。ここの全てはまやかしに過ぎないと、鳴瓢はかろうじて思い直します。しかし、束の間のうたた寝でさえ時間をかけて腕を捥がれて殺される夢を見たという飛鳥井木記。夢の中の時間の流れは、現実世界とは同じではないのです。

 

刑事さんは、どんな夢を見たんですか?

 

飛鳥井木記は、鳴瓢に問いかけます。

もし、あの朝目覚める前の全ての出来事が、自分が飛鳥井木記の中で見ていた長い夢なのだとしたら?

 

全く信じ難いし、矛盾もたくさんあるような気がするが、
これが「現実」ということになる

 

この世界について、砂漠のイドにあったミズハノメによって作り出された「でっち上げの世界」だときっぱり言い切っていた鳴瓢。しかし10分後に穴井戸によって排出ボタンが押されるはずが、「対マン」との戦いで負った傷が癒えて退院するほどの時間が経ってもなお、彼は排出されることなく日々を過ごし続けています。

娘が殺されることも、妻が自殺することも無く、「対マン」を殺しても正当防衛とされて家族と共に穏やかに暮らせている世界と、娘を殺され妻は自殺し、娘を殺した犯人「対マン」を殺して自らも殺人犯として収監され孤独に耐えている世界と。どちらが望む形の世界なのか、改めて自分に問うまでもありません。

「そうなる可能性のある未来」を予知する長い夢を見ていただけで、今自分がいるこの世界こそが、真実であり現実なのではないのか。鳴瓢の中で、何が現実の世界での出来事なのか、少しずつあやふやになっていきます。

娘の椋は殺されたりしない。妻の綾子も自殺なんてしたりしない。なぜなら、それらは自分が見ていた夢の中の出来事に過ぎないのだから。

それは鳴瓢にとって都合のよい「そうであって欲しかった過去」そのものの世界です。誰にでも過去に戻ってやり直したいと思うことはあると思います。彼はかけがえのない家族を失う前の過去に戻れたのです。これが偽りの世界だとしても、選び取ろうと手を伸ばす鳴瓢を、私には責めることはできません。

 

少なくともこの世界で「対マン」と「顔削ぎ」は排除できたんだ。
ならば引き続き、やれる事はある。

 

鳴瓢はこの世界に対して抱いている違和感に目を逸らし、「対マン」「顔削ぎ」に続く殺人鬼たち「腕もぎ」「舌抜き」「股裂き」の排除の計画を進めていきます。そうすることで、助けたいと涙さえ流したカエルちゃんと同じ姿をした飛鳥井木記を悪夢から救うこともできると信じきっている鳴瓢。妻も娘も生きているこの世界に来てもなお、彼は殺したいからではなく「自分にはそれをやれると思ったから」殺人鬼たちを殺していきます。現実世界とのリンク。どこの世界に行っても彼は殺人を犯すしかないのかと、切ない気持ちにさせられます。

飛鳥井木記の病室に向かう病院のエレベーターに、偶然乗り合わせた鳴瓢と百貴。百貴は飛鳥井木記の見舞いに時折通っている様子です。百貴はやつれてしまっている鳴瓢の姿に驚き、声を掛けます。鳴瓢は「対マン」との格闘での負傷により休職中で、百貴と顔を合わせるのは久しぶりなのだろうと思われます。しかし彼はその間に、1人で飛鳥井木記の夢に現れる殺人鬼たちを死へと追い詰めていたのです。そんなことを、百貴に言えるはずもありません。家族サービスをしていると、鳴瓢は嘘をつきます。

そんな彼に、改めて「対マン」の件についてこれ以上の追及はしないことを伝える百貴。連続殺人を犯した犯人たち自らが、続けて不可解な死を遂げていることについて、警察に一切情報がいかないはずはないでしょう。嘘の裏で鳴瓢が何かをしていることを、もしかすると百貴は感じ取っていたのかもしれません。それでも彼は鳴瓢に何も聞こうとはしません。なぜならここは鳴瓢にとって都合の良い世界なのですから。

飛鳥井木記の病室には、ミズハノメの開発者である白駒ニ四男の姿がありました。彼は飛鳥井木記に脳波を測定するような装置を被らせていましたが、鳴瓢たちの姿を見ると逃げ出すように病室を出て行ってしまいます。怪しいと感じ、白駒の後を追う百貴。

そうして飛鳥井木記と鳴瓢の2人だけが残された病室。衰弱して体を起こしているのもつらい状態だと言う飛鳥井木記に、鳴瓢は淡々と殺人鬼たちを「排除」した報告を始めます。まるで雇われた殺し屋のようです。そして追い討ちをかけるように、ぐったりとしている彼女に、殺人鬼たちの死に方についての自分の分析までも語って聞かせ、排除した殺人鬼たちから「ジョン・ウォーカー」の情報は得られなかったことを伝えます。

鳴瓢の中では、殺人鬼たちの排除こそ、飛鳥井木記を救う手段であり「ジョン・ウォーカー」捜査の一環なのです。「排除」などと言い替えてはいますが、鳴瓢のしていることは殺人と何一つ変わりません。しかし自分が今、連続殺人犯そのものになっていることに、鳴瓢は全く気付いていません

苦しげな表情で報告を聞いていた飛鳥井木記は、殺人鬼がいなくなったとしても、悪夢は終わることは無いと鳴瓢に告げます。生きている限り夢を見る。生きている限り記憶は残る。夢と記憶とは入り混じり、鳴瓢が完全に殺人鬼を排除しても、彼女の中で殺人鬼は絶えず生み出され続け、決して消えることは無いのです。

夢の中で殺され続ける暴力の世界で、自分が無くなってきていると話す飛鳥井木記。彼女は自分の能力が世界のあり方をねじ曲げてしまうとさえ口にしますが、鳴瓢はあり得ないと全く聞く耳を持ちません。

夢の中で殺され続けて、もうすぐ自分の自我が崩壊してしまう。そうなれば、自分で制御することのできない能力が暴走してしまい、殺人鬼たちを生み出し続ける悪夢が溢れ出して現実世界を脅かす事になるのではないか。

「世界のあり方をねじ曲げてしまう」という表現は鳴瓢には大げさに聞こえるものでも、実際に自分の思考や記憶が他人に勝手に伝わってしまう経験を重ねてきた飛鳥井木記は、自分から溢れ出た悪夢を全ての人間が共有し苦しむ恐怖は決して現実離れしたものではなかったのです。

 

この世界を救うために、
私というものを排除していただくことはできませんか

 

彼女は、自分を殺して欲しいと何度も鳴瓢に懇願します。しかし自分は警察官であり、できることは殺人鬼たちの排除くらいだと、鳴瓢は彼女の願いを受け入れません。いつもイドの中で死んでしまうカエルちゃんを、彼はずっと救いたいと思っていました。たとえ飛鳥井木記本人の願いだとしても、カエルちゃんと同じ顔をした彼女を、鳴瓢がその手で殺せるわけがないのです。

自分がすべきことは「ジョン・ウォーカー」を探し出して排除することだと改めて決意をした鳴瓢は、もうこの病室には来れないと告げ、出ていきます。鳴瓢の中で重要だったはずの「飛鳥井木記を救うこと」が抜け落ちて、「殺人鬼を排除すること」が目的となった瞬間です。

1ヶ月後、飛鳥井木記の失踪の連絡を百貴から受けた鳴瓢。失神した13人の看護師達のうち目覚めた3人は、同じ夢を見ていたような証言をしています。飛鳥井木記の能力を知っている鳴瓢には、それが何を意味しているか分かっていたはずです。しかし彼は何も思い当たることは無いと、百貴からの電話を切ってしまいます。もはや鳴瓢にとって、飛鳥井木記は殺人鬼を排除するためのきっかけでしかなくなってしまったのです。

 

本当の自分は

百貴は、失踪した飛鳥井木記の捜索を続けていました。失踪時、衰弱しきった状態だった飛鳥井木記。その能力を何らかの研究の対象とされていた様子があると分かり、一層彼女の身を案じる百貴。しかしそんな話を聞きながら、鳴瓢の関心は全く別の方向に向いていました。排除し忘れていた殺人鬼「穴空き」の存在を思い出したのです。彼は、拳銃を手に「穴空き」富久田の自宅へと向かいます。

 

動かないで! 拳銃を地面に置いて、ゆっくりこっちに振り返りなさい!

 

「穴空き」排除に向かう鳴瓢の背後から呼びかける声。その声の主は本堂町でした。呼び止めた男が鳴瓢だと気付いた彼女は、鳴瓢もイドの中のイドに来たのかとたずねます。

娘も妻も生きているこの世界。鳴瓢は酒井戸として殺人者のイドに潜って捜査に協力することなどなく、このまま本堂町と出会わずにいたはずでした。しかし彼女はワクムスビを手に、自分の前に現れました。警察も百貴も飛鳥井木記も、誰も咎めることのなかった殺人鬼の排除を、本堂町に止められてしまったのです。彼女はこの世界の人間ではなく現実世界の人間だと感じ取り、鳴瓢は怯えたような表情になります。

 

酒井戸なんて知らない。俺は鳴瓢秋人だ。
ここで生きてるんだ。生きてきたんだ

 

まるで駄々をこねる子どものように、ここが「でっち上げの世界」であることを認めることを拒否し続ける鳴瓢。

本堂町は自分が置かれている状況を冷静に把握し、元の現実世界に戻る方法を探っていたのでしょう。鳴瓢よりも先にイドに中のイドに来たはずの彼女。しかし、このイドに来てからまだ20分ほどしか経っていないと話します。混乱する鳴瓢。

今日は2019年4月20日だと言う本堂町。しかし鳴瓢がこの世界に来た時の日付は2016年10月26日でした。そして今、彼のスマホに表示されているのは2018年11月18日。鳴瓢は本堂町救出のためにイドに投入されてからの短い時間を、およそ2年という長い時間に感じていたのです。なぜならば、夢の中と現実とでは時間の流れの速さは違うのです。全ては長い長い夢の中での出来事。

自分はこの世界の人間ではなく、酒井戸として投入されてここに来たのだと鳴瓢が認めざるを得なくなった瞬間、彼のスマホの画面は乱れ、風景が揺らぎ消え始めます。

 

壊れる……この世界が!

 

本堂町と鳴瓢が出会ったことによって起きた矛盾に、世界が耐えられなくなったのです。慌てて妻の綾子に電話を掛ける鳴瓢。

 

俺だ、綾子! 今すぐ逃げろ! 
椋はいるか? 今すぐ椋を連れて逃げてくれ!

 

鳴瓢は妻と娘に、どこに逃げればいいのか伝えることなどできません。どこにも逃げる場所などないのです。そのことを分かっていてもなお、それでも「逃げろ」と彼は叫ぶしかありません。死なせたくなかった、死んでほしくなどなかった妻と娘を守れたというのに、鳴瓢はまた家族を失うのです。この世界とともに。

この場面、自宅にいる妻の綾子と娘の椋の顔の表情は隠され、見ることはできません。その表情を隠すことによって、この世界の人間である彼女たちとの距離を感じさせられます。

 

アキくん、今どこにいるの?

 

優しい妻の声に家族で過ごした日々を思い出し、声を詰まらせる鳴瓢。私たちも鳴瓢と共に、彼の幸せだった日々の追想を目にすることになります。

妻と寄り添い、娘の誕生に駆けつけ、風呂上がりに部屋を走り回る幼い娘を追いかけ、娘の成長を祝い、家族3人で同じソファに仲良く集まりくつろぐ姿。私たちが目にする鳴瓢の思い出は、特別なことなど何も無い、ごく普通の、どこにでもいる家族の幸せな日々です。そのことが私たちの胸に刺さります。

 

本当の俺は、現実にいるんだ。
君のいない、椋のいない、現実に。

 

ここは、鳴瓢がそうであってほしいと願っていた通りの世界でした。妻がいて、娘がいて、自分は家族と共に暮らしていられる、彼の願いは誰もが描くような、とても平凡でささやかなものです。しかし現実には、娘は連続殺人鬼に殺され、絶望した妻は自殺をし、自分は殺人を犯して独房の中で壁に貼られた幸せだった頃の家族の思い出の写真をただ眺めることしかできません。どんなに認めたくなくても、それが鳴瓢の現実。真実の姿なのです。

 

今そこで君らと一緒にいられなくて
本当に悔しいよ

 

この幸せだった世界は壊れていきます。もう止めることはできません。この世界と共に、妻も娘も消えていきます。鳴瓢は、消えゆく家族と共にいることさえできません。

 

必ず帰る。必ずちゃんと帰ってくるから

 

鳴瓢は二度と会うことの叶わない家族に、そう言って電話を切ります。彼はこの世界に別れを告げたのです。

鳴瓢と妻とのこの電話の場面での津田健次郎さんの演技は、とにかく素晴らしいです。愛してやまない家族を助けられなかった虚しさや悔しさ悲しみを一人で飲み込み、過酷な現実と向き合っていくことを決意するまでに至る鳴瓢の心の揺れ動きを感じられ、何度見ても胸が苦しくなり、こみ上げてくるものがあります。この作品の絵柄がシャープな印象である分、津田健次郎さんの声が加わることで、鳴瓢の胸の奥に押さえ込もうとしている様々な感情が邪魔をされることなく私たちにダイレクトに伝わってくるように思います。

 

本当に素晴らしい世界だったぜ

 

家族との最後の電話を終え、スッキリと晴れやかない表情を浮かべる鳴瓢。ようやく彼は本当に家族の死を受け入れられたのです。

この世界が壊れてしまう前に、少しでも「ジョン・ウォーカー」について調べようと歩き出した鳴瓢。しかしまさにその時、砂漠のイドでちょうど10分間が経ち、穴井戸が排出ボタンを押してしまいます。突然浮き上がる鳴瓢の体。もうこの世界にいられないと悟った鳴瓢は、このイドの中のイドの世界で過ごした2年の間に集めた捜査資料を本堂町に託したのです。

砂漠のイドに戻ってきた酒井戸。イドの中のイドで家族と過ごした幸せな日々の記憶は、彼の中には残っていません。それでもその頬を流れ落ちる涙。

待つ間、暇だったから砂を数えていたという穴井戸に、呆れて笑う酒井戸。その時、自分と穴井戸の手首に残る日焼け跡を目にして、彼はカエルちゃんのワンピースの裾が破られていたことに思い至ります。穴井戸のジャケットを探ると、案の定リボン状に裂かれたワンピースの裾が出てきます。この手首に残る日焼けの跡は、カエルちゃんと酒井戸、穴井戸が結び付けられていた証であり、カエルちゃんののそばから離れるなというメッセージです。しかし酒井戸よりも先にイドで目覚めた穴井戸は、カエルちゃんと自分たちを結びつけていたこの裾を解いてしまっていたのです。どうして解いたのかと酒井戸は穴井戸に詰め寄ります。

 

さすがは名探偵。確かに観察は大事だね

 

10分間の間に、この周辺を観察していたと言う穴井戸。彼は流砂の中で死んでいる男のジャケットの胸ポケットから見つけたと、一枚の写真を取り出します。それは、鳴瓢の家族との写真。

 

君はこれが誰だか分からない。
だよね、酒井戸くん。でも僕には分かる

 

富久田は頭に穴を開けている事が影響し、富久田としての意識を持ったまま、穴井戸としてイドに潜っていました。イドの世界で酒井戸となった鳴瓢が忘れてしまっていることも、富久田は全て覚えたままいるのです。

 

君の名前は鳴瓢秋人。
元警官の殺人犯だよ

 

その刹那、大量の砂が一気に巻き上がり、その下からは数字の刻まれタイルのように区切られた地面が現れます。酒井戸と穴井戸が潜っていたのは、百貴のイドなどではありません。ここは、鳴瓢のイドの成れの果てだったのです。穴井戸は、この砂漠のイドが鳴瓢のイドだということに気付いていたのです。

図らずも自分自身のイドに潜ってしまっていた鳴瓢。百貴が罠だと叫んだ理由も、イドの中のイドが彼の過去にあまりに酷似した世界だった理由も、ここが鳴瓢自身のイドだったからなのです。

鳴瓢は穴井戸の言葉によって、自分のイドの中で強制的に自分自身のことを思い出させられてしまいます。自分の無意識を意識してしまうという矛盾。自意識の侵略から逃れようとするイドが、嵐を引き起こします。ミズハノメの排出機能が停止し、井戸端のメンバーは鳴瓢たちを現実に連れ戻す事ができません。

 

鳴瓢がドグマに落ちます!

 

吹きすさぶ風に舞い上がる砂。激しいイドの嵐が鳴瓢を飲み込んでいくのです。

 次回は『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』の第11話について語っていきます。

 

前回は第9話について語っています。興味を持っていただいた方は、こちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com