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『ID: INVADED イド:インヴェイデッド』について語りたい 百貴と鳴瓢

あおきえい監督・舞城王太郎脚本のオリジナルアニメ『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』全13話について、今までずっと語ってましたが、このブログに書くために4月から何度も繰り返し繰り返し作品を見返しているうちに、百貴と鳴瓢の2人の関係について、抱いていた印象が大きく変わっていきました。物語を追っていく中ではうまく絡められずこぼれ落ちてしまった感想(妄想)をまとめてみたいと思います。

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ID:INVADED イド:インヴェイデッド Blu-ray BOX 下巻

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百貴と鳴瓢

放映を追っかけている時の自分は、とにかく主人公である鳴瓢だけに注目していました。殺人者として収監された身でありながら、警察の捜査に協力する「名探偵」という特殊な設定に惹かれましたし、愛する家族を失ったというのに、さらに追い討ちをかけるように過酷な試練を突きつけられてしまう鳴瓢の苦しみもがく姿に感情移入しすぎて、物語後半の9・10話では本当に情緒不安定気味でした。最終話に至っては鳴瓢が死んで物語が終わりになってしまうんじゃないかと予想して、見始める前から勝手に悲しい気持ちになっていたほど。

なので、鳴瓢とは違って自分から能動的に動く場面が少ない百貴の印象は、正直言ってとても薄いものでした。

しかし物語を見返していくうちに、「百貴と鳴瓢の信頼関係って、この物語のかなり重要な要素ではないのか」と感じるようになっていったのです。

凶悪殺人犯が殺人現場に残した殺意から構築されたイドに潜入し、カエルちゃんの死の謎を解く「名探偵」。その資格は、自らも殺人犯であること。殺人犯とはいえ、警察の捜査に協力的に動ける人間でなければなりません。その他にも推理を行う知能など幾つもの資質というものが求められるはずで、殺人犯であれば誰でも良いというわけではないと思われます。

誰が鳴瓢を「名探偵」に任命することを決めたのか、はっきりと明示されてはいません。蔵は、ミズハノメにより殺人犯が残した殺意からイドを構築し、その中に「名探偵」を潜入させるという全く新しい手法によって捜査を行うため、立ち上げられた組織です。誰を「名探偵」にするかが組織のこれからを決定付けると言っても過言ではないほどの重要事項だったはず。「名探偵」に相応しい人物だということで、百貴が鳴瓢を推したというのも可能性としてアリかもしれませんが、謀略の一端として彼を自分の完全な管理下に置くために、早瀬浦が局長という自分の立場を利用して鳴瓢を「名探偵」にした、というのが実際のところでしょう。

しかし、このことこそが早瀬浦の一番の失策だったのではないかと私は思っています。

 

百貴船太郎という男

殺人を犯し、独房で罪を償うこととなった鳴瓢。その時の彼にはこれ以上失うものさえ無く、生きながらに死んでいるような状態だったろうと思います。そんな彼が警察の捜査に協力するために働こうとするなんて、ちょっと不思議な感じです。

なぜ鳴瓢は「名探偵」を引き受けたのでしょう。その理由には、百貴の存在があったのではないかと思うんです。

中学生の娘がいるようには見えず、「対マン」からも学生さんみたいなどと言われていた鳴瓢。ですが、青木監督が鳴瓢は37歳の設定であると明言されていました。そんな鳴瓢が、あまり歳が変わらなそうな百貴を「さん」付けで呼び、常に敬語で話していることから、彼らは警察組織内の部下とその上司という関係だと分かります。自分よりも明らかに年上だと思われる松岡に対しても、言葉は丁寧ながら井戸端の室長として指示を出していますし、百貴はキャリア組として鳴瓢たち現場の人間の指揮をとる立場にあるのだろうと思います。

しかも早瀬浦は、蔵の局長の後継として百貴を据えるつもりだったと考えていたと言っています。警察の特殊組織として立ち上げられたばかりのまだ新しい組織のこれからを局長として任せられるというのは、百貴が鳴瓢より年上の39歳という設定ではありますが、かなりのスピード出世のように思います。百貴という人物が、上層部の人間が一目置くような優秀な人物なのだということが感じられますね。細谷佳正さんのグッと抑えた声の演技が、その人物像に厚みを出して説得力があります。

第9話の、イドの中のイドに入り込んだ鳴瓢が「対マン」を殺しに行く前に会議中の捜査本部に顔だけ出してすぐに立ち去るという場面。その時の警察幹部の人たちの反応から見て、鳴瓢には普段から一匹狼的なところがあったのかなと思われます。イドの世界に投入されて1人で活動することが多い「名探偵」としては、適性のある性格なのかもしれません。ですが大きな組織の偉い人たちからすれば、彼は思うように扱えない厄介な部下だったことでしょう。

百貴はそんな鳴瓢の監視役を上司から押し付けられたのではないかなと思うのですが、彼は鳴瓢との間に立場を超えて強い信頼関係を築き、鳴瓢の娘の椋ちゃんの性格を語れるほどまでに親しくなっています。職場の同僚や部下の子どもについて、可愛いとか、スポーツをしているとか、そういったことくらいなら話すことはできるかもしれません。でも、その子どもの性格を把握ができるほどまでに同じ職場の人間と深く付き合うことって、なかなか無いんじゃないかなと思います。もはやちょっとした親戚レベルですよ。物語として鳴瓢が逮捕される以前の仕事の様子は描かれてはいませんが、鳴瓢と百貴は仕事の上だけではなく、公私ともに本当に良い相棒だったのだろうということは、想像に難くありません。

鳴瓢の人間性を、誰よりも深く理解していた百貴。娘を惨たらしく殺された上に妻まで失ったとはいえ、警察官でありながら復讐のために殺人を犯した鳴瓢を、百貴は許せないと思ったことでしょう。そして同時に、殺人という重い罪を犯すところまで堕ちるしかなかった鳴瓢の悲しみと怒りに寄り添いたいとも思ったのではないでしょうか。

百貴はとても実直な人間です。上司として仲間として、鳴瓢を救えず罪を犯させてしまったことに対して責任すら感じていたかもしれません。

 

どうにかして鳴瓢を立ち直らせたい

 

情の深い百貴は、そんな気持ちも抱いていたことだろうと思います。アバターであり外の世界との接触は一切ないとはいえ、収監されている殺人犯を使っての捜査をを行うことに、蔵の局内でも抵抗はあったと思います。しかしミズハノメを使った捜査の指揮をとる室長となった百貴は、鳴瓢を「名探偵」とすることに戸惑いこそしたかもしれませんが、再び彼と共に捜査ができることを喜び、また、そのことが鳴瓢が立ち直るきっかけになるかもしれないと希望を見出したのではないでしょうか。

そして囚人でありながら「名探偵」になることを命じられた鳴瓢は、立ち上げられたばかりの組織の長となったのが他ならぬ百貴であり、再び彼の下で捜査に加わることができるからこそ、引き受けたのだろうと思うんです。

イドの中で謎を解いていく「名探偵」の属性として能力が上乗せされているようではありますが、鳴瓢のアバターである酒井戸は頭脳明晰で、現実世界の捜査の助けとなる情報を収集する駒として非常に優秀です。ですが、鳴瓢が殺人犯となった後からしか面識が無いと思われる若鹿たち井戸端の若いメンバーは、あくまでも彼を「ミズハノメのパイロットである殺人犯」としてしか見ていません。そのため、イドの中の酒井戸に対する見方はかなりドライで、特に序盤では彼を見下しているようにも感じさせます。

しかし、逮捕されるずっと以前から鳴瓢を知る百貴は違います。イドの中の「名探偵」である酒井戸と、その本体である鳴瓢を完全に分けて捉えることはできません。彼は指揮官として冷静に「名探偵」を見守りながら、イドの世界で命を何度も落としてもなお謎を探り人を助けようとする酒井戸の言動に、殺人犯ではない「本来の」鳴瓢の姿を重ねて見ていたはずだと思うんです。

だからこそ、何人もの殺人犯たちを言葉巧みに自殺に追い込んでいく鳴瓢に、疑いを抱いていたのではないでしょうか。

 

殺人犯に対する自殺教唆は、本当に鳴瓢の意思で行われたものなのか?

 

自分の娘を殺した相手である「対マン」を射殺したことは、決して許されないことはいえど、殺害に至る理由は十分に理解ができるものです。しかしその後、収監されてからの自殺教唆という形での「殺人」は、鳴瓢にとって何の意味も持ちません。殺したくて殺しているというのであれば、鳴瓢の人間性が崩壊し、人を殺すことに喜びを見出してしまうようになったと思うことができるかもしれません。しかし「殺せると思ったから殺した」と鳴瓢は語ったのです。その言葉に、百貴は違和感を感じたのではないかと思います。

 

何が鳴瓢に意味の無い殺人を行わせているのか

 

自分の知る鳴瓢が意味もなく人を殺すような人間ではないと思う気持ちが強いからこそ、普段は穏やかそうな百貴も、鳴瓢には時に感情を露わにしています。花火師を自殺に追い込んだ後、「墓掘り」の模倣犯の「炎のイド」に潜った鳴瓢に百貴が周囲の人間をためらわせるほどにキツく当たっている様子など、またも信頼を裏切った鳴瓢に対して、そしてまたも鳴瓢を止めることができなかった自分自身に対しても、悔しく思っていることを感じさせます。

イドの世界の中で人を助けようと1人奔走する酒井戸の言動と、現実の世界で言葉を操り何人も死に追いやってきた鳴瓢の言動との間にある乖離が大きいほど、百貴の中で違和感は膨れ上がっていったはずです。だからこそ、何人もの連続殺人鬼たちと、鳴瓢の身に起きた事件との間に「ジョン・ウォーカー」の存在があることに気づき、奴によって鳴瓢も操られている可能性があることを誰よりも早く見抜くことができたのではないでしょうか。

酒井戸をイドに潜らせて捜査をすることにより、百貴は本来の鳴瓢の姿を常に思い起こしていました。だからこそ百貴は、イドに潜った後にはわざわざ自分の言葉で鳴瓢を労い、彼を仲間として接し続けていました。囚人と成り果てても以前と変わらぬ態度を取り続ける百貴の存在が、鳴瓢の闇に落ちてしまいそうになる心を、しっかりとつなぎとめていたのです。

これらのこと、は早瀬浦にとって全くの想定外のことだったのではないでしょうか。もしも早瀬浦がこの2人の信頼関係を崩すべきだと思い至っていたら、きっとこの物語の結末は変わってしまっていたでしょう。鳴瓢を「名探偵」に任命し百貴と共に捜査させ続けていたことによって、「ジョン・ウォーカー」としての企みが明らかにされ、イドの中に逃げ込み永遠に様々な殺意の世界を堪能するという早瀬浦の下卑た計画は打ち砕かれたのです。

現実の世界で立ち向かい、飛鳥井木記の心に希望を繋ぎとめさせる言葉を伝えた百貴。イドの世界で戦い、飛鳥井木記に明るい未来を提示して見せた鳴瓢。2人のどちらかが欠けていても、飛鳥井木記を絶望から救い出すことはできませんでした。彼らは確かに素晴らしい相棒です。百貴は松岡たちの救命措置によって肋骨を折られ、鳴瓢はイドに潜る前に早瀬浦に腹を撃たれ、それぞれ大ケガを負ったお互いの姿を見て、2人は笑い合ったかもしれませんね。

「ジョン・ウォーカー」事件の幕が引かれ、蔵の組織が一新されても、百貴のポジションは室長のまま。早瀬浦が望んでいたように、百貴が局長となることに異存を唱える者はいないだろうとも思いますが、それでも彼は現場の指揮を取って鳴瓢の捜査活動を支えるため、東郷のサポートを務めていた国府を局長代理に据え、室長の立場に自らの意思で留まったのです。映画のラストのような、スッキリとした素敵な終わり方でした。

 

続編があるんです

百貴と鳴瓢の2人はこれからも良き相棒として、凶悪な殺人事件の捜査を続けていくのだろうなと想像させるところで本編は終わりましたが、この続編『id:INVADED #BRAKE-BROKEN』が、キャラクター原案を担当された小玉有起先生によるコミカライズとして連載されていました。原作はもちろん舞城王太郎先生です。

ID:INVADED(1) #BRAKE-BROKEN (角川コミックス・エース)

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  • 作者:小玉 有起
  • 発売日: 2020/01/10
  • メディア: コミック
 

本編の最後にちょこっと出てきていた本堂町の後輩の福千くんが、こちらではかなり大変なことになってしまっていてびっくり。この続編が映画化されたりしたらうれしいなあと思いながらコミックスを読んでいます。本編のアニメだけでは足りないという、すっかり『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』にハマってしまった方は、お読みになってみてはいかがでしょうか。

 

次回は『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』の音・曲について語っていきます。

 

前回は第13話について語っています。興味を持っていただいた方は、こちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com