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『葬送のフリーレン』について語りたい

皆さんは『葬送のフリーレン』をご存知ですか? 山田鐘人先生原作アベツカサ先生作画で2020年4月から週刊少年サンデーで連載を開始、「このマンガがすごい!2021」男編で2位に入ったことに続き、先日「マンガ大賞2021」を受賞したファンタジー作品です。マンガ大賞の発表が4巻発売の前日とタイミングもバッチリで、さらに勢いづいていくこと間違いないですね。

このブログでは完結している作品を取り上げて語っていこうと思っていたのですが、好きな作品の盛り上がりを祝わねば! ということで、今回はこの作品について語りたいと思います。

 

旅立ちの理由

物語は、魔王を倒した勇者一行が戻ってくるところから始まります。勇者ヒンメル(人間)、戦士アイゼン(ドワーフ)、僧侶ハイター(人間)、そして魔法使いフリーレン(エルフ)。王に謁見した彼らは、とうとう終わりを迎える旅を振り返り、和やかに語り合います。魔王を倒すまでに10年もの月日を要したこの旅。

 

僕は君たちと冒険できてよかった。

 

惜しむように口にするヒンメルに、フリーレンは「短い間だったけどね」とあっさり返します。

エルフは人類の中でもずば抜けて長命な種族です。長くてもせいぜい100年ほどしか生きない人間と1000年を遥かに超えて生き続けるエルフ。彼らの外見に大きな差はありません。しかし、人間であるヒンメルにとって長い年月である10年も、エルフのフリーレンにとってほんの束の間。人間とエルフとでは、時間に対する感覚が全く違うんですよね。種族による「寿命の長さの違い」が、この物語の大きなポイントなんです

50年に一度の半世紀流星群の美しさに感動し、見入るヒンメルたち。ヒンメルは20代半ばくらいでしょうか。彼にとって、この流星群を生きているうちに再び見られるかどうかという貴重な体験ですが、フリーレンにとっては、この先何度も見られる珍しいものではありません。

 

じゃあ次。50年後。もっと綺麗に見える場所知ってるから、案内するよ。

 

そんなフリーレンの言葉に、ヒンメルは少し寂しげに微笑み、皆でまた流星群を見ようと約束をします。

再び半世紀流星群の時期が近くなった頃、フリーレンはヒンメルを訪ねます。しかし、魔王が倒されてから、もう50年の月日が経っています。旅を終えて別れた時には青年だった彼も、すっかり老人になってしまっていました。

 

50年ぶりだね。君は昔の姿のままだ。
…もう一生会えないのかと思っていたよ。

 

フリーレンはヒンメルに続きハイターとアイゼンの2人とも合流し、半世紀流星群が綺麗に見える場所へと案内します。しかしそこは歩いて1週間ほどもかかる場所。ヒンメルたちは50年前と同じように、4人で目的の場所へと向かいます。山を越え、森で野宿をし、魔物に出くわし、まるでその道程はかつての冒険の旅を再現しているかのよう。

 

ありがとう フリーレン。君のおかげで最後にとても楽しい冒険ができた。

 

まるで思い残すことが無くなったかのように、息を引き取ってしまったヒンメル。彼の葬儀に参列したフリーレンは、涙を流して悔やみます。

 

…人間の寿命は短いってわかっていたのに
どうしてもっと知ろうとしなかったんだろう…

 

この時のフリーレンの泣き顔はとても美しく痛々しくて、こちらまで泣きたくなるほどに胸に迫ります。ヒンメルと再会した時、老人となった彼の姿に驚いていたフリーレン。彼女の中では共に旅してきたヒンメルは、人間とエルフという種族の違いを忘れさせるほどに特別な存在であり、だからこそ自分と同じように、彼はいつまでも若いまま元気でいるだろうと漠然と思っていたのだろうと思うんです。ヒンメルが亡くなって、初めて失うことの悲しみを知ったフリーレン。彼女は人間を、そしてヒンメルを知るための旅に出る決意をします

魔王を倒した勇者ヒンメルが息を引き取るまでの50年は、ただの序章に過ぎません。本当の始まりは、ヒンメルの死を悲しむフリーレンが大粒の涙を流したその瞬間です。これは喪失から始まる物語なのです。


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ヒンメルの思い出

ヒンメルは魔王を倒し世界を救った勇者。誰しもがその名と功績を知っていますし、各地に像が立てられ、彼を讃える祭りなども行われています。ヒンメルが魔王を倒したことはもはや歴史上の出来事となっており、彼はまるで伝説の中の人物のような扱い。本当のヒンメルを知る者は、もうほとんどいません。

第1話はすでに魔王を倒し終えた後ですし、パーティは解散してあっという間に50年が経過、老人となったヒンメルは再登場してすぐに亡くなってしまうため、彼の人となりは全くと言っていいほど分からないまま。しかもヒンメルの旅がどんなものであったのかも、彼がどのように戦い魔王を倒したのかも、作品中で具体的に語られることはありません。

でも、ヒンメルが実際にどんな人物だったのか、とても気になりますよね。

旅の途中、行く先々でフリーレンはたくさんの人と出逢い、彼らと触れ合う中で度々ヒンメルとの日々を振り返ります。それはまるで思い出を取り戻そうとしているかのよう。本当のヒンメルがどんな人物だったのか、読者はフリーレンの回想を通してのみ知ることになります。

おぼろげだったヒンメルのイメージが、どんな言葉を口にし、どんな行動を取っていたのか、フリーレンの思い出を通して知っていくほどに、彼が勇者に相応しい清らかな魂を持つ青年だったということ、そして彼がどれほど深く優しい想いをフリーレンに抱いていたのかということが鮮明になっていくんです。

しかも、フリーレンが思い出すヒンメルとのエピソードが、ズルいくらいにどれもグッと来るものばかり。彼はもうすでに亡くなっている人物だというのにも関わらず、好感度が爆上がりしていくんですよね。

「後世にしっかりと僕のイケメン振りを残しておかないと…」などと言って自分の像をいくつも作らせるヒンメルはナルシストなだけのように見えますが、実はそれがフリーレンを未来でひとりぼっちにさせないようにするためという彼の優しさからくるものであったり、それが「久遠の愛」という花言葉を持つ花の意匠であることを一切告げることなく、鏡蓮華をモチーフにした指輪を片膝をついてフリーレンの左手の薬指にそっとはめてあげたり。ヒンメルってかなりロマンチストです。

誰がどう見たって‼︎ 絶対‼︎ ヒンメルはフリーレンのこと大好きじゃん‼︎ 

ってなりますよ。実際、共に旅していたハイターやアイゼンは、ヒンメルの気持ちに気付いていた様子が感じられます。なのにフリーレンは、ヒンメルの想いを全く意に介さず、彼をことごとく冷たくあしらっているんです。

でも、これはフリーレンが悪いというわけではないんです。エルフは恋愛感情や生殖本能が欠落しているとフリーレンは自身で語っています。長寿種であるため数え切れないほどの出会いと別れを経験するであろうエルフは、それらに心を深く動かされ過ぎないようにすることで、自分の心を守っているのでしょう。

いつでも誰に対しても素っ気ない態度を取るフリーレン。彼女はエルフという種族であるために、他人からの感情だけでなく自分自身の気持ちの揺らぎにすらあまり関心がありません。自分に向けられたヒンメルの想いも、自分がヒンメルに対してどう思っているのかも、フリーレンは気付くことができないでいるのです。

 

フリーレンの生きる時間

いくらフリーレンが感情の機微に疎くても、ヒンメルがその想いをハッキリと言葉にして伝え続けていれば、もしかすると結ばれていたかもしれませんよね? でもヒンメルは最期まで彼女に積極的なアプローチをすることはありませんでした。そして彼は生涯独身を貫いていたのではないかと思われるのです。

ヒンメルは人間、フリーレンはエルフ。その寿命の差はあまりにも大きいもの。エルフは1000年単位の寿命を持っていますが、人間はどんなに長く生きようとしても100歳を超える程度しか生きられません。もしも想いが通じてヒンメルとフリーレンが結ばれたとしても、2人が共に生きていられる幸せな時間はたったの数十年しかありません。

お互いに愛し合っているのであれば、どんなに短い期間であっても一緒にいたいと思うのが自然かもしれませんし、きっとヒンメルにもその気持ちがあったのではないかとは思います。しかしヒンメルは、フリーレンを遺して自分が先に死ななければならないことも、自分の死がフリーレンに深い悲しみを植え付け、エルフである彼女に長く孤独な人生を過ごさせることになることも許せなかったのでしょう。フリーレンを深く想う優しさゆえに、ヒンメルは自分の気持ちを伝えなかったのです。

どれだけ押さえ込もうとしても溢れてしまう想い。フリーレンの回想から感じ取れるヒンメルの想いは儚くて切なくて、胸の奥がキュッと締め付けられてしまいます。

フリーレンはそんなヒンメルの想いを理解できていませんでした。それでも、何人もの死を経験してきたであろうフリーレンが慈しむように繰り返し思い出すのは、彼女の人生の百分の一にも満たない束の間の時間を共に過ごしただけのヒンメルとの日々なのです。

 

魂の眠る場所へ

フリーレンは、僧侶ハイターが育てていた戦争遺児の少女フェルン、戦士アイゼンの弟子である少年シュタルクと共に、人間を知るための旅を進めていきます。その様子は実に淡々と描かれますが、それがとても心地良いんですよね。

もしもこの作品が少年サンデーではなく別の雑誌で連載されていたら、フリーレンたちが訪れた先の人々のドラマを詳しく書き込んで物語に厚みを出しているかもしれませんし、魔族との戦いではこれでもかとばかりに熱く激しいバトルが繰り広げられているかもしれません。確かにそうした方が物語は盛り上がるだろうとは思うのですが、『葬送のフリーレン』という作品にそれは似つかわしくありません。この作品が生きてくるのに重厚さや過激さといったものは重要な要素ではないのです。

エルフであるフリーレンの目線で語られていく旅。だからこそ驚くほど早く月日が流れていきます(第2話では一気にヒンメルの死後20年が経過しているなど)し、旅の途中では深掘りすればいくらでも物語が広がっていくのではないかと思うようなキャラクターたちと出会い、時には数ヶ月共に過ごしたりすることがあっても、フリーレンたちはあっさり別れていきます。魔族との戦いでも、フリーレンは激昂したりせず静かな怒りの中で敵を倒していきます。これがエルフであるフリーレンの感覚なのかと疑似体験できると同時に、人との関わりに淡白に見える彼女の内にある優しさを感じ取ることができ、浄化されていくような穏やかな余韻に浸ることができるのです。

そんなフリーレンたちが目指す旅の目的地は大陸の遥か北の果ての「魂の眠る場所」エンデ。この世界の人々が天国と呼ぶ場所です。そこには多くの魂が集まっており、フリーレンの師匠であるフランメはかつての戦友たちとそこで対話したと書物に残しています。

 

フリーレン。魂の眠る場所を探してヒンメルと話すんだ。

 

アイゼンはそう言ってフリーレンの背中を押します。長寿種であるエルフが天国を目指す旅なんて、それだけでもグッと来ますよね! しかも、このエンデという場所は、かつてヒンメルと倒した魔王の城がある場所でもあります。つまりフリーレンたちの旅は、ヒンメルとの旅をもう一度なぞり直す旅でもあるのです。

これからもフリーレンは旅の途中でたくさんの出会いと別れを繰り返しながら、ヒンメルがしてくれたことやかけてくれた言葉の一つひとつを思い出し、彼の優しい想いを深く理解していくことになるのでしょう。生きている人間に対してであれば、直接会って言葉を交わすこともできますが、ヒンメルはすでに亡くなってしまっています。フリーレンが彼の想いを理解していくほどに、切なさは増していくのかもしれません。

フリーレンがエンデに辿り着いた時、果たしてそこでヒンメルの魂と出会うことができるのか、その時フリーレンはどんな気持ちを抱きどんな言葉を口にするのか。この物語の結末まで彼女を見守っていきたいと思っています。

 

杉田圭先生『超訳百人一首 うた恋い。』についても語っています。ご興味を持ってくださった方はこちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com