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『SK∞ エスケーエイト』愛忠について語りたい

舞台化とアニメ新作プロジェクトが7/4に行われたイベントにて発表された『SK∞ エスケーエイト』。今回は「愛抱夢」こと神道愛之介「スネーク」こと菊池忠について語りたいと思います。ストーリーを語っている時はアダムと菊池としていましたが、今回は敢えて彼らを愛之介と忠と呼びたいと思います。

#01 PART 熱い夜に雪が降る

#01 PART 熱い夜に雪が降る

  • メディア: Prime Video

 

愛之介と忠

神道愛之介は『SK∞ エスケーエイト』の主人公である暦とランガの前に立ちはだかる存在。子安武人さんが、さすがという他ない素晴らしい演技をされています。

そして物語の前半はひっそりと言葉少なく影のように愛之介のそばに侍っている忠は、小野賢章さんが演じられているんですよね。これ、絶対何かあると思うじゃないですか。そうです、何かあるんですよ。忠は物語の大事な鍵を握る人物でもあるんです。

 

神道愛之介

代々続く政治家一家神道家の跡取りである愛之介。早くに亡くなった父親の跡を継ぎ、昼間は国会議員として忙しく活動しています。

スケートボードのレースである「S」の創始者でもある愛之介は、自宅の一室でクレイジーロックに設置したカメラの映像をチェックしており、自らも髪を逆立て仮面をつけ真っ赤なマタドールのコスチュームを身にまとって「S」に参加しています。つけられた異名は「愛のマタドール」。ビーフで自分と対戦した何人ものスケーターに大ケガを追わせて病院送りにている危険なスケーターでもあります。

ランガの滑りに興味を抱き、彼を自分の「イヴ」だと口にして異常なまでにあからさまな執着を見せます。

 

菊池忠

神道家に仕える使用人の息子。愛之介よりも歳が上で、子どもの頃には水の抜かれた屋敷のプールを使ってこっそりスケートをしていました。昼間は政治秘書として愛之介に仕え、夜は何人ものキャップマンたちを束ねて、警備や映像の配信など「S」の進行の全てを取り仕切っている有能な人です。

 

命綱を握っていたのは

伝説的なスケーター「アダム」として「S」に君臨する愛之介。彼はジョーやチェリーと出会った高校生の頃には、すでに抜群のテクニックを身につけていました。元から彼は高い身体能力と優れたセンスを持ち合わせていたのでしょう。乗馬など他のスポーツも嗜んでいた愛之介がスケートボードと出会うきっかけを作ったのは忠でした。

代々代議士という名家の生まれである愛之介は、当然跡取りとして神道家に相応しい人間となるよう厳しく育てられていました。それは「愛情」という名を借りた虐待に近いもの。教育を任されていたと思われる3人の「おばさま」たちは愛之介のためだと言いながらせっかんしており、愛之介はそれを受け入れるしかない状況にいました。そんな彼を救い出してくれたのが忠だったのです。

夜の庭の隅にうずくまりひとり泣いている愛之介の姿を見た忠は、一緒に滑ろうと彼に声をかけます。自分よりも年下の子が泣いていたら、かわいそうに思いますよね。忠にしてみれば、泣いている愛之介に声をかけてあげた行為は、ごく当たり前のことだったろうと思います。しかしそれをきっかけに、主人の子と使用人の子という身分の差を超えて、愛之介は忠に懐き心を開いていきます。

忠に滑り方を教わり、スケートの楽しさを知っていった愛之介。周囲に抑圧されていることを「愛されている」と自分を騙してやり過ごしてきた彼は、忠と触れ合うことによって素のままの自分を保ち続けられたのだと言っていいでしょう。

これって暦とランがの関係と非常によく似ていますよね。父を亡くしたことをきっかけに楽しいと感じられなくなっていたランガが暦と出会って心を取り戻したように、息の詰まるような生活をしていた愛之介は、忠と一緒に滑ることで息を吹き返すことができたのです。忠はスケートが「愛之介の命綱だった」と言っていますが、その命綱を握っていたのは、他の誰でもなく忠自身だったのです。

 

埋められない溝

愛之介よりも年上の忠は、当然、愛之介よりも先に大人の世界へと足を踏み込まなくてはなりません。スケートボードという翼を得て、檻の中から抜け出すようにジョーやチェリーといった違う高校に通う新しい仲間とも出会い、愛之介の世界は一気に広がっていきます。しかし同じ頃、忠は1人の使用人として神道家の狭く閉ざされた世界に戻っていかなくてはならなくなったのです。

愛之介の政治秘書としての、そして「S」の実務を取り仕切るキャップマンとしての忠の働きぶりを見ていると、非常に彼が有能だということが感じられますよね。そんな忠を、愛之介の父親が手放すわけがありません。政治家の秘書というものは、政策立案、スケジュール管理、政党の動向の情報収集、後援会活動の拡充など、業務は多岐にわたるといいます。一朝一夕にはとてもできそうにありません。その才覚を認めた愛之介の父親は、自分の跡を継ぐことになる息子の愛之介のためにもと忠を若いうちから側において政治秘書として勉強をさせ、忠自身もいずれは自分が愛之介を助けていかなければと考えて必死に経験を積んでいたのじゃないかと思います。だって1人で泣いていた幼い頃の愛之介を知ってるんですよ、忠は。愛之介を自分が守らなければと思っちゃいますよ。

でも神道家と愛之介に忠実であろうとすることは、必ずしも両立できません。愛之介の父親は、彼が神道家の枠を超えて外の世界へ行ける唯一の手段であるスケートのデッキを焼いてしまいます。デッキをまた買い直せばいいじゃないか、ということではありません。これは父親が「神道家の人間」としてのみ生きろと、愛之介に言い放ったと同じこと。愛之介には自由などないのだという父親からの宣告だったのです。

茫然とする愛之介。その場には忠もいましたが、まだ若く使用人の1人にすぎない彼が当主に意見を言うことなどできるはずもありません。彼はこれ以上愛之介の父親の感情を逆撫でして怒りを煽ることになってしまわぬよう、ただ黙って見守ることしかできませんでした。

しかしそんなことは愛之介には理解できません。愛之介には、自分にスケートを教えてくれたのは忠だったというのに、彼はデッキを燃やされたことに自分と同じように怒ってはくれなかったとしか見えなかっただろうと思います。ジョーやチェリーといった新しい仲間ができても、今までずっと自分のそばにいて一番自分を理解してくれていると信じていた忠に裏切られたと、愛之介は絶望してしまったのです。

ここも暦とランガの関係と相似していますね。

 

暦と愛之介の違い

暦は自分と同じようにスケートを楽しんでいるはずだと信じていたランガが、自分よりもレベルの高いところに行ってしまってスケートに対する感覚が合わなくなってしまっていることに大きなショックを受けてしまいました。それでもスケートは心から楽しいと思えるものであり、ランガは自分にとってかけがえのない仲間であることを再確認した暦は、ランガととにかく話をしようと駆け出します。

一方で愛之助は、スケートの楽しさを教えてくれた一番の理解者だったはずの忠が、自分ではなくスケートを否定する父親の側についたことに大きなショックを受けてしまいました。愛之介は先に大人の世界に足を踏み入れていた忠との感覚が合わなくなってしまっていたんです。

暦とランガはちゃんと膝を突き合わせ、互いの気持ちをしっかりと伝え合いました。しかし愛之介と忠は、当主の子と当主に仕える使用人という立場の差もあり、誤解を解くほどまでに十分に言葉を交わすことが叶わなかったのではないかと思います。生じてしまった溝を埋めることができないまま、愛之介は自分を理解してくれる「イヴ」を求めて荒れたレースを繰り返すようになり、忠は贖いとして自分を殺してただひたすらに愛之介に尽くすようになっていったのです。

愛之介の父親が亡くなり2人の物理的な距離は再び近くなりましたが、心の距離は縮めることができないまま。そんな時に愛之介はランガに出会い、興味を抱きます。探し求めていた自分の理解者「イヴ」を見つけたと言ってランガに対する執着を露わにし、全く隠そうとはしない愛之介。まるで忠に対する当てつけのようですよね。

しかし忠は、愛之介が国会議員という思う立場にあってもなお、「S」で対戦相手に大ケガをさせる危険な滑りを止めようとしないということの方を心配しています。そして愛之介に自分がスケートを教えてしまったことが全ての元凶だったのだと自身を断じ、自分の手で愛之介からスケートを奪うことを誓います。愛之介に刃向かい、打ち負かして彼からスケートを奪い去る。成功すれば国会議員として活動する愛之介から暴力沙汰のスキャンダルを遠ざけることができます。しかし同時に、愛之介との間の信頼関係は完全に崩れ去り、二度と元に戻すことは叶わないでしょう。それでも忠は愛之介を守るために「スネーク」としてトーナメントに出場をする決断をしたのです。

 

忠の思い

自らの手で愛之介からスケートを奪うと決めた忠。しかし、その決意を忠はあっさりと他人に譲ることになります。この展開に「えっ?」ってなりませんでしたか?

暦と戦い、トーナメントの決勝に進んだ愛之介。忠が愛之介と戦うためには、自身もランガに勝って決勝に行くしかありません。しかし主人公の暦とランガを差し置いて「アダムvsスネーク」の決勝で終わらせられませんし、ランガはアダムをも上回るほどの天才ですから、負けさせるわけにもいきません。しかも次回が最終回なわけです。

3〜4話で初めて愛之介と対戦した暦とランガと今の彼らを対比させるためにも、トーナメントでは愛之介と暦のビーフから間をおかずに愛之介とランガとのビーフを描きたいところ。忠とランガの準決勝を描いてしまうとそこが曖昧になってしまうので、どうしても避けたいんですよ。

ということで、忠を愛之介に対する贖罪の意識からトーナメントに参加させ、彼に物語を語らせ愛之介との関係性に深みを与えつつも、いい感じに退場してもらうためにはどうするか。

「忠と暦と出会わせた」です。

忠は運転していた車で、病院から飛び出してきた暦と衝突してしまいます。幸いにも車はスピードを出していなかったため、ケガをしてもせいぜい打撲程度と踏んだ忠は、愛之介に迷惑をかけないように秘密裏に示談で済ませようと、密談ができて意識を失っている暦を連れ込んでも人目につきにくい場所であるラブホテルの部屋で暦に金を提示します。普通なら先に暦を病院で診てもらってから示談って順番でしょって思うんですが、忠の頭の中には愛之介の事しかないわけです。ただでさえ警察に嗅ぎまわられている今、自分のせいで愛之介を変なスキャンダルに巻き込むわけにはいかないと必死なんですよ、忠は。

しかしそんな忠も、暦と話をすることでちょっと変わります。忠は神道家の使用人として政治家の秘書として、愛之介を守らなければということで頭がいっぱいの状態です。暴力的な滑りをする愛之介に、何としてもスケートを辞めさせなければと思いつめています。そのため以前に愛之介と対戦したこともあって顔を知っていた暦に対して、思わず感情的にスケートに対するネガティブな言葉を並べ立ててしまうんです。

その頃、ランガに対する焦燥感や劣等感でボロボロにダメージを負っていた暦。彼は出会ったばかりだというのにスケートなんて辞めろといきなり言い出す忠に向かって、スケートがどれだけ素晴らしいもので自分にとってどれだけスケートが大事なのか、思いの丈を涙ながらに全て吐露します。愛之介からスケートを奪おうと考えていた忠は、図らずも暦がスケートが好きな自分を肯定し認めるきっかけを作ったんです。

忠との会話をきっかけに立ち直り、愛之介からの招待状を受けてトーナメントに参加した暦は、愛之介を相手に最後まで競り合い、惜しくも負けてしまいます。しかしそれでも暦はレース後に満足そうに笑みを浮かべ、こう言うんです。

 

やっぱ、スケートって超楽しい!

 

自分の前で涙を流しながら口にしたスケートへの思いをそのまま証明するような暦の滑りを見て、忠は激しく心を揺さぶられたのでしょう。幼い頃の愛之介が暦と同じようにスケートを楽しんでいたことを思い出した忠は、スケートを奪うのではなくスケートを愛していた愛之介を取り戻したいと願うようになります。

これって、今まで過去の自分の全てを否定し続けてきた忠が、自分を認めてあげられるようになったということでもあると思うんですよね。

ラブホテルでの会話は、忠と暦だけしか知らない会話です。他の人間がそこにはいなかったからこそ、忠も暦も互いに心の内を打ち明け、自分を肯定するきっかけとなったのです。

忠はスケートを奪うと宣言したため、愛之介から暗に偽証の罪を肩代わりするよう言われるほど怒りを買ってしまっています。そんな状況で、愛之介が自分の言葉を素直に聞いてくれるとは思えません。そこで、愛之介が気に入っているスケーターであり暦といつも一緒に滑っていてスケートへの思いを共有しているランガに、忠は望みを託したのです。

 

思い出すものは

望みが叶い、ランガとの決勝を滑る愛之介。自分と同じレベルで滑るランガこそ「イヴ」だと確信した愛之介はランガの心の中に侵入し、彼を「ゾーン」に引き摺り込みます。そこは何もない真っ白な世界。ずっと同じ感性を持ち、同じ世界を見ることのできる一番の理解者を探し求めてきた愛之介は、ランガを自分の世界の中に閉じ込めようとしたのです。

この「ゾーン」という世界で、愛之介は俗世のことは忘れろとランガに語りかけていますよね。「俗世」って古めかしい響きの言葉ですが、これは「一般的な人々が住む世界」という意味で、愛之介が言いたいのは「欲望や苦悩に満ちた卑しい現実世界」ということなんだろうと思います。この言葉の対義語にあたるのは仏教用語の「浄土」が近いかなと。極楽浄土なんて言いますよね。でも生きている限り欲望や苦悩からは逃れられません。俗世を忘れて欲望や苦悩から解き放たれた「清らかな世界」って、結局限りなく「死」に近い場所だと私は感じてしまいます。つまり愛之介は現実の世界に絶望していて、誰かを道連れにして逃れようとしていたのです。

でもランガは以前、父の死をきっかけに感情が消え去り「ゾーン」に近い世界に陥ってしまったことがありました。何も感じられないままであればランガも危うかったかもしれませんが、暦に出会うことで彼はその世界から抜け出すことができました。暦によってこの世界は喜びや楽しさに満ちていることに気付かされ、ランガは自分の心を取り戻したのです。

愛之介にもきっと、この現実の世界で喜びや楽しさをもたらし共有してくれる誰かがいるはず。ランガはキッパリと「ゾーン」に逃げ込むことを否定し、愛之介を現実に引き戻します。ランガの言葉を受け入れることができずにあがき続ける愛之介。しかし彼の脳裏にはただ無邪気にスケートを楽しんでいた自分と忠の姿ばかりがフラッシュバックします。「イヴ」を探し求めてきた愛之介。しかし彼が本当に求めていたのは忠なんですよね。彼があくまでも「スケーターの誰か」に「イヴ」を見出そうとこだわっていたのは、そのためだったのです。

ランガに敗れ、1人となった愛之介。しかし変わることなく忠は彼を待っていました。ランガと滑ったことで、忠とスケートの喜びを分かち合っていた自分を認められるようになった愛之介。暦と出会ったことで、過去の自分を責めることをやめた忠。大人となり主従としてただ側にいるだけの凝り固まった関係となってしまっていた2人は、ようやく互いにしっかりと向き合うことができるようになったのです。

 

前回は、ジョーチェリについて語っています。興味を持っていただいた方はこちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com