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BL『秘め婿』について語りたい

皆さんは芹澤知先生の商業BL『秘め婿』をご存知ですか? 美しい表紙を見ると和風異世界もののような趣もありますが、この『秘め婿』の舞台はなんと「邪馬台国」なんです!

私は古代史が大好物なもので、古代史とBLのマリアージュに大興奮で即ポチってしまったのですが、古代史の世界が舞台だということで、それを理由にむしろ敬遠される方もいるのかもって思います。でもそんなのあまりにももったいなさすぎる! この素晴らしい絵により描かれる切なさと力強さも感じさせてくれる一途な愛の物語を是非とも読んでもらいたい! ということで、今回はこの『秘め婿』について語りたいと思います。

性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。

ネタバレが含まれるので、ネタバレダメという方は注意してお読みください。

 

卑弥呼は男

戦艦や競走馬が可愛らしい女性のキャラクターに置き換えられたゲームを普通に楽しんでいますが、創作などで実際には男性の人物を女性に置き換えたりすることってけっこうありますよね。江戸時代の戯作者である滝沢馬琴も水滸伝の英傑たちを女性に置き換えた『傾城水滸伝』を書いていますし、昔から当たり前にあるものみたいです。

性別の入れ替えは創作だけではありません。例えば「上杉謙信が実は女性だった」という説がありますが、着物が女性っぽいとか、毎月同じ時期に腹痛を起こしていたとか、不犯の誓いを立てて妻を取らなかったとか、そう言われると女性だった可能性アリかもと思ってしまいます。

この『秘め婿』という作品は帯にもあるように、男性従者と邪馬台国の女王卑弥呼の許されざる秘めた愛を描いた物語ですが、邪馬台国の女王である卑弥呼が実は男性だった、という設定で描かれているれっきとしたBL作品。どこにあったかも邪馬台国が定かではないように卑弥呼も謎の多い人物ですが、BLにしたいがためにただ安易に男性にしているのでは物語に入り込めませんよね。

歴史上の人物である「卑弥呼」が実は性別を偽っていたという設定はとてもインパクトがあります。しかし大胆なだけで終わらない、国を統治するためにはもしかするとこんなことがあったかもしれないと思わせられるほどの説得力が、この『秘め婿』にはあるんです。

 

ヤマトとシキ

この物語は邪馬台国の南の果てのムラに住むヤマトシキという2人の少年を中心に進んでいきます。

ムラ長の息子のやんちゃなヤマトと少女のような美しい容姿と空や星の知識で天気を読むことができる賢さを備えたシキ。赤ん坊の頃から共に育った幼馴染みの2人。ムラの人間が気味悪がるシキの赤い瞳をヤマトは美しいと言い、子どもならではの素直さで「結婚するならシキがいい」と口にします。幼いヤマトとシキのとても可愛らしいやりとりは読んでいてほっこりします。

しかし彼らに大きな嵐のような出来事が突然襲いかかります。シキが卑弥呼により贄に選定され、命を捧げることになってしまったのです

シキの死を受け入れられず、ムラから距離を置いて過ごすようになったヤマト。年月を経たある時、彼は川で水浴びをしている長い髪の青年に出会います。美しい顔立ちと赤い瞳。シキだと確信したヤマトは川に飛び込み彼を抱きしめ、ヤケドの跡ひとつなく無事であったことを喜びます。卑弥呼に生かされ今は宮中にいると聞き、それでは奴隷と同じだと憤るヤマトを鼻で笑うシキ。

 

俺が現女王 卑弥呼だ

 

シキはヤマトにそう告げると、従者と共に立ち去ってしまいます。

シキを迎えに行くことを決意したヤマトは、ムラに戻って身体に刺青を入れ、ムラのために尽力していきます。ムラ長の父や長老にも認められた彼は、口添えを得てとうとう卑弥呼に仕えるべく彼は宮中に赴くことに。

しかし神の妻である巫女として純潔を守るため、卑弥呼に仕えることができるのは宦官か女性のみ。シキは人払いをさせてヤマトと2人だけになると、斬り捨てられるか奴隷になるかを選べと剣を突きつけ迫ります。

 

俺はお前を守るためなら奴隷にだってなってやる
俺は生きてシキの傍に居たい

 

剣を突きつけられながらも、真っ直ぐにシキを見つめ返して言い放つヤマトの固い決意の見える強い表情。そんな彼をシキは邪馬台国軍の総大将に任命し、去勢したことにして傍に置くことを決めます。

宮中に仕えることとなり、人々が盲目的に卑弥呼を崇めるさまを目の当たりにするヤマト。それでも彼は、女王「卑弥呼」としてではなく、あくまでも「シキ」として彼に接し続けます。しかしシキは、傷を触れるだけで治し、空腹を感じず眠ることも無い身体となっていたのです。

なぜ男であるシキが女王「卑弥呼」となったのか、そしてなぜ人ならざる身体となってしまったのか。すべての理由は彼が贄として焼かれた「あの日」にありました。

 

史実を踏まえて

いくつもの小国に分かれて争いの絶えなかった古代の日本。その争いを鎮めたのが邪馬台国の女王卑弥呼。歴史の教科書にも載っている人物ですが、この卑弥呼についてもっと詳しく調べてみました。

「魏志倭人伝」によると、卑弥呼は宮殿にこもって姿を現さず、ひたすらに鬼道と呼ばれる占いにより神託を得ていたようです。夫は持たず、占いの結果を伝えたり卑弥呼の食事の世話などするのは、弟が1人で担っていたそうです。つまり、どんな姿をしていたのか知る人間がほとんどいない卑弥呼と直接会うことができたのは、この「弟」だけだったんですね。

男であることを隠し女王「卑弥呼」として国を治めているシキ。誰よりもシキを深く理解し一途に支え尽くしていくヤマト。彼らの秘められた関係は、この史実を踏まえて描かれているんです。

巻末にある参考文献の一覧を見ても、芹澤知先生がアイデアをただの思いつきだけで描くことをしなかった、誠実な姿勢が伝わってきました。

 

女王の苦悩

巫女である卑弥呼は神の妻であり、人との交わりを持てず子を成せません。そのため後継者を選ぶ必要がありました。そして選ばれたのがシキだったのです。

先代の「卑弥呼」は、渡来人の血を引く女性でした。同じ血を持つことを示すシキの赤い瞳。逃れられない運命だと「卑弥呼」の後継者となることを受け入れたシキ。巫女として国の長として必要な知識を数年にわたって修得した彼は、その能力のすべてを受け継ぎました。その時、シキの身体は能力を得ることと引き換えに、人ならざるものへと変容したのです。

しかし身体が人でなくなろうと、心まで失うことはできません。「卑弥呼」として人ならざる身体と能力を持ちながら、それでも全ての民を救いきれないことに苦悩するシキ。このままではシキが壊れてしまう。そう感じたヤマトはある決断をします。

 

お前が抱えている民の命は俺が共に背負う…

 

どんな罰をも受ける覚悟をしたヤマトの真摯な言葉。人と交わり神の妻でなくなってしまえば、シキは人間に戻ることができます。ヤマトの愛撫に身を震わせ、身を委ねてしまおうとするシキ。しかしそれを阻むように、先代から受け継いだ鏡に手が触れ、彼は我に返ってしまいます。

 

人間に戻った俺にクニが守れるのかー?

 

迷いの生じたシキの様子に気づき、行為を止めて優しく彼を抱きしめるヤマト。

 

少しでも迷いがあるならやめよう
お前が後悔したり苦しい思いをするのは嫌だ……

 

ヤマトはシキを救いたいと強く願っています。しかし感情に流されて人間に戻ったとしても、きっとシキは民の命を見捨てたと深く悔い悲しむことになってしまうでしょう。シキが本当に望んでいなければさらに彼を苦しめることになるだけだということを、ヤマトは理解しているんですよね。

この作品のポイントは、シキを想うヤマトの力強い愛情です。「卑弥呼」としてあらねばならないシキの苦しみを理解し、一途に支え続けるヤマト。そんな彼の存在は、シキだけではなくこの物語を見守る私たちにとっても、唯一の希望となっているんです。

 

人として生きるために

邪馬台国の南に位置する狗奴国の怪しい動き。このままでは均衡が崩れ、戦になるのも時間の問題。そうなる前に邪馬台国の地位を盤石なものとするべく、シキは魏に使節団を出すことを決めます。歴史の教科書にも載っているくだりですね。

魏は海を隔てた遠くの大国。その都である洛陽までとなれば、前例の無い長旅になるのは必至。太古の昔では、今とは比べ物にならないほどの危険に満ちた航海だったはずです。それゆえ航海の安全を祈願するために「持衰(じさい)」と呼ばれる人柱が立てられます。人柱となった者は、航海で病人など出た際にはその命をもって贖うことになるのです。

出立の日取りも持衰の選定も神に伺いを立てますが、ヤマトへの想いが神の怒りに触れ、シキは神託を得ることができません。魏に遣いを出すことは邪馬台国を守るために必要なこと。それでもシキは神託を得られず自分の一存で人の命を左右する大きな決断を下していいのかと、苦悩します。そんな彼に自分が持衰を引き受けると願い出るヤマト。

 

神託はいらない
俺がそれを証明する

 

魏までの長い長い旅。無事に航海を続けていけるか、嵐や病に襲われないか、洛陽にたどり着き皇帝に謁見できるのか。どれも全く予想できません。旅立つことにどれほどの勇気が必要だったことでしょう。しかしヤマトはシキの選択を信じ、迷うことなく自分の命を懸けたのです。

そして翌年。魏の皇帝から「親魏倭王」の称号を授与されたことを示す詔書や金印などを携え、無事に邪馬台国へと戻ってきたヤマトたち。過酷な長い旅を乗り越えたヤマトの姿は、シキの心に新たな決意を抱かせます。

 

俺を抱け、ヤマト

 

神の妻としてではなく、ヤマトと共にあることを自分の意志で選んだシキ。1人の人間として生き、人間の王として自分の決断によって邪馬台国の未来と人々の命を背負うことを決意したのです。なぜならシキの心を支え救い続けてきたのは、神ではなくヤマトだったのですから。

先代の「卑弥呼」は孤独でした。神の妻ではなくなったシキはもう神の言葉を聞くことはできなくなりました。しかし孤独ではありません。彼には支え愛してくれるヤマトがいます。シキの知性とヤマトの行動力という両輪によって、これからは神託に頼ることなく国を治める優れた王の世になっていくはず。彼らの未来を照らす明るい光を感じ、深く胸を打たれました。

 

【2022.8.7 追記】

特典小冊子がすごかった

コミック単行本が発売される時、書店によって異なる特典が付けられていますよね。特典を目当てに同じ本をあちこちの書店で購入するのってちょっとキビシイのが現実。私はBLのコミックは電子書籍でほぼほぼ買うので、電子書籍の特典は見られるものの、他の書店の特典は見ることができていなかったんです。

でも、救いの神はいるんですね〜。ちょっと時間は空きますが、書店特典の小冊子が単体で電子書籍で購入できるようになっていたんです。ということで、この『秘め婿』のアニメイトセットだった20ページ小冊子を購入することができました〜!

 

芹澤知先生の他の作品を読んでみるとストーリー重視で描写はキスまでということが多く、セックスの描写がある『秘め婿』の方がちょっと特別な感じがしていたんです。なので、本編の「その後」を描いたということでほのぼのしたものを想像していたんです。

でも、全然違いましたね。

めちゃくちゃ濃厚でした!

いつもエロを前面には出さずにほっこりした作品のイメージが強いからこそ、その破壊力たるや半端なかった……。

小冊子の半分はセックスシーン。あまり描かないだけでちゃんと描ける上手い方が描くと、本当にすごいんだなと。興奮して語彙力が消え去りました。何度も愛を交わし合った後、微笑みながらに眠るシキと彼を見守るヤマト。こっちまで幸せな気持ちになりました。購入できるようにしてもらえて、ほんと感謝しかないです。読めて良かった〜!

 

久松エイト先生原作、雪林先生作画の商業BL作品『彼方此方で逢いましょう』についても語っています。ご興味を持ってくださった方はこちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com