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BL『俺と上司のかくしごと つづきのはなし』について語りたい

嘉島ちあき先生の商業BL『俺と上司のかくしごと』はお読みになりましたか? その続編である『つづきのはなし』。この続編がとにかく良かった! 本編しか読んでいない方には続編を読まないなんてもったいない! と力説したいですし、まだこの作品を未読の方はぜひ2巻まとめて読んでもらいたいとしみじみ思いました。ということで、今回はこの『俺と上司のかくしごと つづきのはなし』ついて語っていきたいと思います。

性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。

ネタバレが含まれるので、ネタバレダメという方は注意してお読みください。

 

 

恋人らしいことを

御門純一郎(みかど じゅんいちろう)と上司の姉崎実紗樹(あねさき みさき)が付き合い始めて1ヶ月。付き合い始めですからね、2人は毎日セックスばかり。でも世間はゴールデンウィーク。セックスだけで十分だと渋る姉崎を、御門は映画館に連れ出します。

普段から映画館に行くという御門が誰かと一緒に観に来ているのかと気にしたり、人波に押されて離れないよう御門がせっかく握ってくれた手を振りほどいてしまったり、上映中も寝たふりをしていたりと、せっかくのデートだというのに終始つまらなそうだった姉崎。だけど、本当に楽しくなかったわけではないんですよ。過去に吾妻と付き合っていたこともありますが体ばかりの関係で、どこかに一緒に出かけたりといった恋人らしいことをしてこなかった様子の姉崎。彼はどうしていいのか分からないどころか、御門に好かれている今の状況を怖いとさえ感じてしまっているんです。

中学生の頃から同性である男性しか好きになれない自分を卑下し続けてきた姉崎。彼にはゲイである自分を認めてもらえたと思っていた吾妻に、女性と結婚することを理由に捨てられてしまった過去があります。そのことで姉崎は「ゲイの自分は幸せにはなれない」と自分に対して呪いをかけてしまったんですよね。

御門は元々ゲイではありません。性別など超えて1人の人として愛してもらえたのだと前向きに思えばいいんですよ。実際そうなんですから。けれども姉崎は、自分は誰かに愛される価値があるのだという自信が持てずにいます。今まで女性が恋愛対象だった御門。そのうちきっと彼は男同士で付き合うことの異常さに気づき、自分から離れて女性と結ばれてしまうはず。姉崎はそれまでの短い夢のような時間を過ごしているだけなのだと、考えているんです。幸せであり続けることを自分自身で否定してしまう癖がついてしまっているんですよね。

 

——なあ神様
お願いだから 少しでも長く 幸せでいさせてよ

 

眠っている御門の体にに縋るようにして願いをかける姉崎のモノローグは、胸に突き刺さります。

せっかくデートに出かけたのに素直に楽しめないでいる様子の姉崎を見かねた御門は、急ぎ人目を気にしないで済む山奥の温泉宿を探して予約を取り、今度こそとばかりに姉崎を旅行に連れ出します。宿へ向かう途中、大雨に見舞われて足止めを食らってしまう2人。電車が動き出すのを待つ間、御門は姉崎の手をしっかり握ります。たったこれだけのことですら、うれしさに胸がいっぱいになってしまう姉崎。普段とても明るい彼だけに、今までどれだけ本心を押し殺してきたのだろうかと、切なくもなります。

雨が上がり、なんとか宿に到着。全く旅行に乗り気ではなさそうにしていた姉崎の機嫌も良くなり、いよいよ温泉へ。でもカップルが一緒に温泉を楽しめるようにと男湯と女湯を隔てる仕切り壁が低くされていたり、食事も終え部屋に戻ってせっかくいいムードになって来たところで御門が熱烈なファンであるアイドルの岸めいこからの公式メッセージが携帯に頻繁に入ってきたり、そんな小さなことにも男女で好き合うのが普通なのだと言われているような気持ちになってしまう姉崎。

その後、御門と姉崎が窓辺に腰掛けてお酒を飲みつつ語り合うんですが、その会話がいいんですよ。初めて好きになった相手は中学のサッカー部のコーチだったこと、その感情を無かったことにしたこと、そして女の子を好きになろうとしてもダメだったことを御門に語っていく姉崎。まるで、あらためて自分がゲイであることを御門に理解させ、同性を好きになるなんておかしいことなのだと彼に思わせようとするような口ぶり。自分と同じ男性しか好きになれない自覚はあっても、そんな自分を受け入れきれていない部分が、姉崎にはまだあるのだなと感じさせます。

それに対して御門は、高校の時に姉崎が同じ天文学部にいたらよかったと笑顔で口にするんですよね。ホントに何気ない部分なんですが、私はこの御門のセリフにグッときてしまうんです。

彼らは社会人になって出会ったわけですから、お互いの高校生の頃など知らないことだらけ。だから御門は、姉崎ともっとずっと前から一緒にいられたら良かったのにと思ったんです。それって御門だって姉崎が好きだし、一緒にいて楽しいってことなんですよね。

 

幸せになりましょう

自分を愛してくれる人などいないのだから、もう一生誰も好きになったりしない。そう心に決めていた姉崎が恋に落ちた御門。彼は姉崎の気持ちを受けとめて、誠実に愛情を返してきてくれます。御門は姉崎が自分と同性だからといって変に気負っている様子などもなく、ごく自然。これまでもきっと、御門は付き合っていた相手にしっかり向き合い愛情を注いできたのでしょうし、それが彼にとって当然のことなのだろうと思うんです。

今まで好きになった人とセックスすることしか知らなかった姉崎にとって、御門と映画に行ったり旅行をしたりしているということだけでも十分幸せすぎるくらい。でもそれだけでなく、自分がゲイだと自覚するきっかけにもなった初恋を御門はなかったことになんてしなくていいとサラリと言ってくれるんです。しかも寝ぼけていてさえ好きだと言って抱きしめてくれるんですから、姉崎は心底愛されてまくりですよ。

しかし、こんな自分は誰かの1番にはなれるはずがないんだと、ずっと自分に言い聞かせ続けてきた姉崎は、御門の包容力の豊かさに素直に気持ちを委ねることができません。どれだけ御門に優しく抱かれ好きだと言われても、これもいつかはただの思い出になってしまうのだというマイナスな思考からどうしても抜け出せない姉崎。

こんなに愛されて大切にされて、もっと浮かれたっていいと思うんですよ。でも、彼は実際に自分より女性を選ばれて捨てられてしまった経験をしているわけです。ショックが大きければ、それだけ引きずってしまいます。次こそは!なんて、そんな簡単には切り替えられないですよね。いつかきっと御門も女性を好きになって自分の元を去っていってしまうのではないか、そんな考えが振り払えず、姉崎は深く傷つかないで済むようにと予防線を張ってしまうんです。

誰でも諦めていたはずの願いが突然叶ったら、実感というものはすぐには湧かないと思うんですよね。その願いが自分にとって手が届かないと思っていればなおさら現実味が無く、むしろ願いが叶ったことに対して戸惑いを感じてしまうんじゃないでしょうか。御門に愛されているというのに、こちらがじれったくなるほどに姉崎がこんな状況は長くは続かないと悲観的に考えようとしてしまうのは、彼がそれだけ切実に「自分を本当に愛してくれる誰か」を求めていたからなんです。

ついネガティヴになってしまい、確定などしていないというのに御門と一緒にいられる幸せな時間の「終わり」について考えてしまう姉崎。そんな彼とは対照的に、御門は当然のこととして自分の家族に姉崎を恋人として紹介するつもりでいるなど、これから続く2人での未来について常に考え語っています。姉崎と手を繋いで楽しいと笑う御門の屈託のなさに、頑なだった姉崎の気持ちは解され、少しずつ心境に変化が起きていきます。いつか必ず別れることになるという前提で、御門と共にいられる残り時間を惜しむように過ごしていた姉崎は、思い出になんてしたくないと自分の気持ちを御門に伝えようと必死になるんですよ。

 

…なあ 来年も 来ようよ
…二人でまた

 

初めて姉崎から御門との未来についてのセリフです。御門と顔を合わせられずうつむいて、少しずつ言葉を繋いでいく姉崎。

こんなにも好きな相手を失うのが怖いと思うのなら、ずっと失わないでいられるようにしていけばいいんです。つらい過去の経験から恋愛に対して臆病になってしまった姉崎にとって、一歩前に踏み出すことは、とても勇気がいることでしょう。けれど御門はしっかりと手を握り、姉崎と並んで歩いていってくれる人です。だから姉崎は、御門と同じ方向を向いて一緒に進んでいけばいいんです。

御門のおかげで未来に目を向けられるようになった姉崎は、避け続けてきた過去にも目を向けることができるようになります。ずっと否定したいと思っていた過去の自分。だけどその頃の自分が、今の自分へと繋がっているんです。

 

おまえは
おまえのままで
大丈夫

 

過去の自分に語りかける姉崎の言葉。御門に愛されていると思えるようになったことで、姉崎は過去の自分もありのまま受け入れることができるようになったんですよね。

御門に抱きしめられ安心しきった穏やかな表情になっている姉崎。この先もずっと2人は握った手を離すことはないだろうと確信することができました。

 

前回は今回紹介したこの『俺と上司のかくしごと つづきのはなし』の前日譚となる『俺と上司のかくしごと』ついて語っています。ご興味を持っていただいた方はこちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com