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BL『君と夏のなか』2巻について語りたい

みなさん! 古矢渚先生の商業BL『君と夏のなか』待望の2巻が出ましたね‼︎

この作品の最初はまだ高校2年生だった主人公たちも、なんとこの巻ではとうとうお酒の飲める年齢、20歳になりました! 感慨深いですね〜。爽やかさを失うことなく想いを深め合っている彼らが眩しいです。

ということで、今回はこの『君と夏のなか』2巻について語っていきたいと思います。

ネタバレが含まれるので、ネタバレダメという方は注意してお読みください。

 

 

ひとまずシリーズの順番をおさらい

最近は書店特典で付いていた小冊子や作者ご自身が出された同人誌も、電子版で後から販売されるようになってきましたよね。この『君と夏のなか』でも同じように本編とは別に小冊子も後から出されています。ただ、途中で本編のタイトルが変わっていたり、小冊子の発売に本編とのタイムラグがあったりして、単行本と小冊子と合わせてどんな順番で読めばいいのか分からなくなってしまっている方もいるのではないかなと思います。ということで、ひとまず順番をおさらい。

 

まず本編1作目が『君は夏のなか』。映画好きという共通点から意気投合し、いつも一緒に過ごすようになっていた千晴と渉。ある時、渉は千晴に好きだと告げられます。自分の気持ちを知ってくれるだけでいいと言う千晴と共に、夏休みに映画の聖地を巡ることになった渉。友達からはみ出した2人のひと夏の物語です。最後は2人まとめて抱きしめたくなるような可愛いお話でした。この時、千晴と渉は高校2年生。

 

2番目にくるのが本編の終盤の千晴と渉の会話を補完する内容の『茜の頃』。これは古矢先生が同人誌として出されたものということです。

 

3番目は小冊子の『君は夏のなか』番外編『君と夏の後』ということで、このシリーズとしては珍しく千晴と渉の高校2年の冬の様子を描いていて、年末に渉の家に千晴が遊びに行くお話です。

 

4番目はタイトルが変わった本編『君と夏のなか』。千晴と渉は高校を卒業、それぞれ別の大学に通い始めています。互いに新しい人間関係ができるなか、改めて自分は千晴を親友以上の特別な存在として好きだと思っていることを渉が自覚していくお話となっています。同時に千晴がどれほど渉を大事にしているのかも感じられます。

 

5番目が同じく大学1年の2人を描いた小冊子『君と夏のなか』番外編。特装版に付いていました。『ある夏の日の夜と朝』ということで、終電を逃してしまった渉が千晴の部屋に。すぐ寝落ちしてしまった渉がお詫びにと、千晴のお願いを「全身全霊で」叶えてあげています。

 

6番目が今作の『君と夏のなか』2ですね。千晴と渉は大学2年生です。これにも特装版では小冊子がついていました。

 

心が浄化されますよね

大学2年生になった千晴と渉。千晴は短期留学をし渉はバイト先で後輩ができてと、お互いに充実した日々を送っています。

5月1日に渉が、6月6日には千晴が誕生日を迎え、それぞれ20歳になったということで2人は千晴の部屋で誕生日祝いにお酒を飲むことに。千晴はなかなかお酒がいけるクチのようですが、渉は予想通りあっという間に酔っ払ってしまいフニャフニャに。いつもよりなんだか可愛くなってしまっている渉に思わずキスをしようとするものの、千晴は思い直してそこは自制。

しかし恥ずかしがり屋で普段ならキスされそうになっただけでも照れまくってしまうというのに、酔った渉は千晴の膝の上に乗り、キスをしようとして止めたことに文句を言います。が、結局寝落ち。安心しきって自分に抱きつくようにして眠ってしまった渉の寝顔に自身の幸せを噛み締める千晴。

彼らは何年も付き合ってるんですよ? 大学生なんですよ? お酒に酔った勢いでキスするだけじゃなくて、そのまま流れるようにベッドに雪崩れ込んでしまったっていいくらいです。でも千晴はそんなことはしないんですよ。渉の寝顔にキスをしたくなっても、酔った渉が可愛くなっちゃっていても、千晴は待てができる子なんです。

この作品はそんな展開にはなかなかなっていかないという、お預けされるもどかしさがいいんですよね。たとえ前日までグッチョグチョの濃厚なオメガバース作品などにハマって読み耽ってしまっていたとしても、この『君と夏のなか』を読めば汚れてしまった心はたちまち浄化され、千晴と渉が抱きしめ合うだけで胸が高鳴ってしまうようなピュアさを取り戻すことができるんですよね(実体験に基づく記述)。

BLって1巻で完結のものが多いので、巻頭で出会った2人が巻末では愛を確かめ合うどころか、ジャンルによっては生まれた子どもを2人で育てていたりもします。物語の進むスピードが速いですし、数話の間に2人の間にすれ違いなどの波乱も起こったりするなど、かなりドラマチックな作品が多いなと感じます。

でも千晴と渉の間には、そんな大きな嵐は起こりません。この作品は彼らのさざなみのような小さな心の揺れをすくい上げ、丁寧に描いていきます。目まぐるしい展開なんてものは千晴と渉の間には必要ないんですよね。

 

それぞれの覚悟

千晴との家飲みでも渉はすぐに寝てしまっていましたが、バイト先の仲間との飲み会でも案の定寝落ちしてしまいます。バイト先の仲間は誰も渉の住所を知らず困惑。そんなところにたまたま電話をかけて事情を知った千晴が渉を迎えに行くことに。

眠ってしまっている渉が起きるまで、公園のベンチで介抱していた千晴。酔いがまだ抜けていない渉は、会いたいと思っていた千晴がいるその状況を夢だと勘違い。水を買うためにその場を離れようとする彼を引き留めて、自分からキスをするんです。

あの渉が! 自分から! キスを! したんですよ! 分かりますか? これは大事件ですよ!

いよいよこれは甘い展開が待っているはず! となりますよね。確かに甘い展開になっていきますが、こちらがつい考えてしまうような「邪な甘さ」ではありません。彼らはもっとずっとピュアで優しいんです。

酔って絡む人は嫌ですが、笑い上戸でニコニコと機嫌良さそうにしている人とお酒を飲んでいるとより楽しくなりますよね。渉はというとすぐにコテンと寝てしまうわけですが、酔った時に決まって千晴に対してあることをするんです。同じ大学の友達である秋吉が口にした「酔うと素が出てくる」という言葉をきっかけに、お酒が入った時の渉のその言動を改めて思い出し、渉がいつも抑え込んでしまっている本心が何かを確信する千晴

例えば、学校での発表の時に言葉が飛んで失敗してしまってから人前で喋るのが苦手になったとか、満員電車で気分が悪くなって倒れてしまって電車に乗るのが怖くなったとか、「もしもあの時と同じ状況になってしまったら嫌だ! 耐えられない!」と思うことって誰にでもあるんじゃないかなと思います。トラウマってやつですね。渉にとってのトラウマは、本編の1巻にあたる『君は夏のなか』で描かれた高校2年の夏の終わりのあの「出来事」なんです。

秋から転校することが決まっていたのにそれを隠したまま渉に好きだと告白をし、夏の間ずっと自分を意識させておいて、夏休みが終わったら連絡さえ取れないように痕跡を消しまくって渉の前から姿を消した千晴。千晴は渉への思いを断ち切れないと思ったからこそ、こんな行動に出たんですよね。彼なりに必死だったのだろうと思います。とはいえ、これって友達としてだいぶひどいことしてますよね。しかも渉は千晴からの告白を受けて、その夏の間ずっと彼にどんな想いを抱いているのかと自分の気持ちに向き合っていたわけです。なのに千晴は突然黙っていなくなってしまったんですから、渉の負ったダメージは大きいですよ。

その後2人は再会を果たして今は無事付き合って仲良くしているからといっても、あの時のことはもう過ぎたことだと済ませていいのかって、そんなはずはありませんよね。あの夏の終わりに深く傷ついた気持ちを、今も忘れられずにいる渉。たとえ本人がもう気にしていないつもりでいたとしても、傷ついた記憶は簡単には消えてはくれないもの。ふとした瞬間に頭をよぎっていくんです。今、千晴が特別な存在になっているからこそ余計に、千晴がまた自分の前から消えてしまうんじゃないかという不安に駆られてしまうんですよ。

いつも渉が抑え込んでいる不安が、お酒に酔うことで言動として現れていると気づいた千晴。彼にできることは、もう2度と黙って姿を消したりしないと渉が安心できるまで、ずっと示し続けることしかないんですよね。自分の気持ちに決着をつけることから逃げ出したことで渉を深く傷つけてしまったことにも、そして一緒に過ごすようになった今でも渉の胸の奥の不安を消し去ることができていないことにも、決して目を逸らさずに向き合おうとする千晴。そんな千晴の覚悟に、自分も精一杯応えようとする渉。

 

お前が覚悟決めたんなら
俺だって決めたいんだよ

 

この渉の台詞、君はほんと男前だよってなりましたよ。

この作品を読んでいると、千晴が本当に渉を大切に思っていることが伝わってきます。いつも穏やかだし、常に誠実でいようとしてくれるし、千晴に愛されて渉は幸せ者だな〜ってしみじみ思います。でもそんな千晴はいつだって、渉に許され救われ受けとめてもらっているんですよね。

千晴と渉は今まで以上に距離を縮め、キスで触れ合うだけでなく互いの心も体も誰よりも近く感じる段階に一歩進んでいきます。少しずつ、本当に少しずつ自分達の速度で恋人らしくなっていく2人。そんな彼らを見守っていられる幸せを、じっくりと噛み締めていたいなと思います。

 

以前に『君は夏のなか』『君と夏のなか』について語っています。ご興味を持ってくださった方はこちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com

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