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BL『野ばらとプリテンダー』について語りたい

皆さんはカモバーガー先生『野ばらとプリテンダー』という作品をご存知ですか? 貴族の令息ルパードと使用人として働きに来た青年ノアの身分違いの恋の物語。この作品の絵はとても美しく、貴族社会が舞台なのでルパードやノアが身に纏う華やかな衣装を見ているだけでも楽しい作品です。

今回はこの『野ばらとプリテンダー』について語っていきたいと思います。

性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。

 

ネタバレが含まれるので、ネタバレダメという方は注意してお読みください。

 

偽りの恋人役

首都の大きなお屋敷で働くため故郷から出てきた青年ノア。彼は屋敷に到着するや、若い侍女から自分の代わりに応接室にお茶を出してと頼まれてしまいます。

応接室では、この屋敷の主人であるラインハルト侯爵家の令息ルパードに政略結婚を勧めるべく、継母が目ぼしい令嬢を連れて訪れている最中。なかなか険悪な雰囲気です。そんなことなど知らず、緊張してお茶を出し終え退出しようとするノア。しかしルパードは突然ノアを抱き寄せると自分の恋人だと言い放ち、継母に見せつけるようにノアにくちづけたのです。混乱するノア。庭園の仕事をしに屋敷に来たはずのノアは、ルパードに命じられ偽の「恋人役」を演じることになるんです。

良いですね〜、偽の恋人役から始まる本当の恋! しかも侯爵家令息と使用人のシンデレラストーリー。ときめきます。

貴族のご令息というと、私の中では「線が細くて見目麗しい顔立ち」というイメージがあったのですが、この作品に出てくるルパードは背丈が大きく肩幅も広くてがっしりした体格。顔つきも精悍で、ノアに対するちょっと不遜な態度など、非常に男性的な印象。そんなルパードとは対照的に、ノアは小柄で控えめな性格。長めの髪を束ね、可愛らしい顔立ちをしています。ルパードとノアには大きな体格差があり、2人がと共にいるシーンではノアの華奢さが際立って男性同士であることを忘れてしまいそうなほど。

とはいえ、ルパードはノアの容姿に惹かれて「恋人役」に選んだわけではありませんでした。継母が望みもしない政略結婚を勧めてくることにうんざりしていたところに、たまたまお茶を出しにノアが現れただけ。もしも侍女がノアに声を掛けずにそのまま自分で茶を運んでいたらきっと彼女が「恋人役」にされていたでしょうし、その後も恋人らしく振る舞うことになったろうと容易に想像がつきます。ルパードにとって、継母を黙らせるための「恋人役」など、誰でもよかったんです。

 

孤独と純真

あくまでも偽の「恋人役」ということで、外ではノアににこやかに接しますが、2人きりになると途端に冷淡な態度を取るルパード。高慢な感じがして、印象はあまり良くはありません。彼は毎日眠る前には睡眠薬が欠かせず、それでもうなされてぐっすりとは眠れていない様子。しかし熱を出し苦しむルパードを心配したノアが優しく看病したというのに、それを余計なことだと怒鳴る始末。まるで偏屈で気難しいおじいさんみたいです。

心を閉ざし、他人を受け入れようとしないルパード。彼には、幼い頃に自分の目の前で母親が投身自殺をして亡くなったという辛い過去がありました。彼の母親は、夫から愛情を得られないことに絶望して自ら命を絶ったのです。

しかも彼女は最愛の息子であるルパードに「あなたは絶対に恋に落ちないで」という言葉を残しているんですよね。ルパードの母親にとっては、愛を求めても報われない苦しみを息子には味わせたくないという親心からの言葉なのかもしれません。でも、ルパードにとっては呪いの言葉でしかありませんよ。母親なら「あなたは愛する人とどうか結ばれて」と未来への願いを込めた言葉をルパードに言ってあげてほしかったなと思いますが、それもできないほどにルパードの母親は追い詰められてしまっていたのかもしれません。でもそんな言葉を残されては、母親の苦しみを知っていたルパードは、他人に心を許すことはできないですし頑なにもなってしまいますよね。

そんなルパードの偽の「恋人役」を務めることになったノア。この子がホントに純粋無垢な良い子なんです。主人であるルパードに「恋人役」を命じられたことに甘えず、書斎の掃除を懸命にし、ルパードと共に豪華な食事やケーキなどを食べられることや美麗な洋服を用意してもらえたこと、書斎の本を読むことを許してくれ望んだ本を買い与えてもらえたことなどすべてに感謝をし、悪夢に苛まれるルパードを心配して毎晩ベッドの側で献身的に看病し見守り続けるんです。

以前から庭園で雑用の仕事をしていたというノア。病気の母親を看病しながらずっと働いてきたのであろうノアとって、それらはきっとごく当たり前のこと。しかし他人に心を許さずにいたルパードにとって、ノアが分を弁え謙虚であり続けていることも、ノアが小さなことにも素直に感謝することも、ノアが自分を心から心配してくれることも、これまで経験の無かったことだったのではないかと思うんです。

邪な企みなど微塵もないノアの言動にルパードは心を少しずつ解きほぐされ、自分でも理解ができないような気持ちの揺れを感じるようになっていきます。苛立ちに任せてひどい仕打ちをしたというのに、雨に濡れながらも自分を待ち続け笑いかけてくれるノア。

自分の中に溢れる感情が何か理解できないまま、ルパードは衝動的にノアを抱きます。でもここではまだ、2人の心が完全に通い合ったわけではないんですよね。この時のルパードは、自分がノアを愛しいと思っていることを理解していません。そしてノアの方でも、自分が愛されたから抱かれたのではなく、あくまでも「恋人役」として主人の要求に応えたつもりでいるんですよ。

自分の「恋人役」として寄り添ってくれることが当たり前になっていることをノアに伝えないままのルパード。あくまでも自分は王室舞踏会の日までのただの「恋人役」だと思っているノア。舞踏会の日、ノアは自分からルパードに別れを告げます。

いつしかルパードに思いを寄せていたノア。故郷の母親が病気で苦しんでいるというのに、ルパードと舞踏会で美しい服を着て皆の前で恋人同士として踊るなんて、自分は恵まれすぎだとノアはいたたまれなくなってしまったんだろうと思います。

 

わ、私は本当の恋人じゃないから
これ以上欲張れば罰を受けます…

 

この言葉だけで、ノアがルパードと共に過ごす日々をどれだけ幸せに感じていたことか感じられますよね。ルパードに惹かれてしまっているからこそ、これ以上を望んでしまう前に自らノアは別れの言葉を口にしたんです。

別れの言葉を聞いて初めてノアの置かれている状況を知ったルパード。彼はノアを抱きしめながら、母親を呼び寄せ腕の良い医者に治療させることを提案します。それはルパードのノアを手放したくないという強い想いの表れでもあり、ノアの全てを受けとめ愛そうという決意でもあるんです。

 

愛を知る人

ルパードはノアとの出会いによって、人を愛することへの恐れから解き放たれました。彼の愛情はより大きくより深くノアを包み込んでいきます。

ノアと出会ったばかりの頃のルパードは誰にも心を許さず冷たい人間のように振る舞っていましたが、胸の内で本当は愛を強く欲していたんだと思うんですよね。ノアを愛すると心に決めてからのルパードは、とにかく優しいんですよ。欲しがる愛ではなく、与え続ける愛。惜しみなくノアに愛を注ぐルパードの表情を見ていると、大切な人を愛することができるというのは喜びであるのだなと強く感じさせられ、読んでいてこちらの胸が温かくなります。

継母のみならず実の父親も2人の仲を引き裂こうとしますが、ルパードは家門の指輪を突き返し、ノアさえいれば貴族の身分もいらないと言い放ちます。愛情の無い政略結婚を続けてきたルパードの父親。彼は人を愛することを知らぬまま妻を失ってしまいました。しかしルパードは人を愛することを知っています。侯爵家の家長として、家門、貴族の地位、領地、富を守ってきたルパードの父親は正しかったのかもしれませんが、人間の生き方としてより豊かで幸せなのは愛を選んだルパードの方ですよね。愛する人を得た喜びを語るルパードの穏やかな表情に、そのことを悟るルパードの父親。もしかすると彼は、自分が得られなかった「愛する人と共に生きる人生」を息子のルパードが歩んでいくことに、安堵すら感じたのではないかなと思います。

 

最後に余計なひと言を

BLというのは男性同士の恋愛を描いた作品です。しかしこの『野ばらとプリテンダー』の主人公であるノアは小柄で長めの髪を束ねており仕草や動作も可愛らしく、ルパードの用意させる衣装もドレスではないもののショート丈のパンツにニーハイのソックスをガーターで留めているなど彼の華奢さ可憐さを際立たせるデザイン。ノアが男性だという意識がどこかに消えて無くなってしまうんですよね。

自分的には、BLというからには男性同士であるからこそという要素が物語の中にあってほしいと思うのですが、この作品では、その要素をあえて抑えているように感じます。そのため、わりとしっかりR18な性描写がありますが、BLをあまり読み慣れていない方も読みやすいんじゃないかと思います。

最初のうちはBLなのに男性同士だということをあまり感じさせないのはいいのかと引っかかるものを感じていましたが、だんだんノアの健気さや優しさに惹かれていき、違和感が無くなっていきました。ルパードもこんな感じでノアに惹かれていったのかもしれませんね。

だからこそあえて、若く美しい青年の時だけでなくこれから先ノアが歳をとって中年になっていっても絶対心変わりはしないでくださいよと、ルパードには釘を刺しておきたいなと思います。