皆さんはゆくえ萌葱先生の商業BL『ためしにコマンド言ってみた』という作品をご存知ですか? Dom/Subユニバースの作品なので、通常は攻めのDomと受けのSubがカップルになるのですが、この作品でカップルとなるオトとマサの2人は、どちらも強いDom。これがこの作品の面白いところなんです。
私がこの作品に初めて出会ったのは、ゆくえ萌葱先生のTwitterの投稿でした。Dom同士では起こるはずがない事態に大混乱する2人の様子が可愛くおかしくて、続きを読みたいとずっと思っていたんです。変わったシチュエーションから始まる物語ですが、ラストでは温かい気持ちになれる素敵な作品です。
ということで、今回はこの『ためしにコマンド言ってみた』について語っていきたいと思います。
性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。
ネタバレを含みますのでネタバレ苦手な方は注意してお読みください。
ちょっとだけDom/Subについて
DomとかSubとか、あまり馴染みが無い方もいるかと思いますので、まずは簡単に説明をしていこうかと思います。
Dom/Subユニバースは、男女の性とは別にダイナミクスというDom(ドム)とSub(サブ)の性がある世界。攻めの側であるDomは「Subを庇護しSubを支配したい欲求」を持っており、受けの側であるSubは「Domから庇護されDomに支配されたいという欲求」を持っています。SMに似ている感じですね。
「性」と言っていますが、オメガバースのように男性が妊娠できたり発情期が来たりといった身体的な変異はありませんし、運命の番のような本能で惹かれ合うような強烈な結び付きはありません。
ではDomとSubの関係は何によって結びついているのか。それは「信頼」なんです。
DomもSubも、欲求を満たすことができない状態が続くと体調が悪くなってしまいます。そのため互いにパートナーを必要としており、パートナーとなったDomとSubは、プレイ(Play)と呼ばれるコミュニケーションを行うことによってそれぞれ欲求を満します。
プレイは、Domがコマンド(Command)を出し、Subがそれに従い実行する、というのがの基本的な流れになります。
プレイ中にDomの使うコマンドは、こんな感じ。
- 「ニール(Kneel)=ひざまずけ」
- 「クロール(Crawl)=四つん這いになれ」
- 「ストリップ(Strip)=服を脱げ」
- 「カム(Cum)=イけ」
なんか、主なコマンドをいくつか列挙しただけでドキドキしてしまいますね。プレイ中、DomはこれらのコマンドをSubに行わせ、Subはこれらのコマンドに従うわけですが、たださせっぱなしさせられっぱなしではありません。Domはコマンドを遂行したSubを「Good boy(女性ならGood girl)」と言って褒めてあげて、Subは頑張りをDomに褒めてもらえて、そこまでして初めてDomとSub双方の欲求は完全に満たされます。なぜなら彼らの欲求は「支配したい・支配されたい」だけではなく「庇護したい・庇護されたい」というものでもあるからなんです。
Domはグレア(Glare)と呼ばれる威嚇によって、Subや自分より下位のDomに恐怖感を抱かせることもできます。つまり無理矢理Subを服従させることもできるわけです。しかしそんなことをしては、決してパートナー関係は成立しません。あらかじめ決めておいたセーフワードをSubが口にしたら、Domはその行為を止めなければなりませんし、そもそもSubに全て委ねてもいいと思ってもらえなければ、Domはパートナー関係を結べません。信頼関係を築くことがDomとSubには絶対不可欠なんですね。
力関係ではDomの方が圧倒的に強いように思えますが、実際パートナー関係を結ぶ主導権はSubが握っているといえます。
2人のDom
人気モデルのオトとセレクトショップオーナーのマサは、2人とも上位の強いDom。マサが3人のパートナーとうまく付き合っている一方で、オトはコマンド力が強くなりすぎるせいでSubに怖がられてしまい、パートナーを解消されてしまってばかり。
今ならお前にも効きそうな気がする
マサ kneel(おすわり)
2人で酒を飲んでいる時に、愚痴ついでに気まぐれにオトが口にしたコマンドに、トイレに行こうと立ち上がったマサがなぜか反応して座り込んでしまいます。酒に酔ってフラついたのではなく、コマンドのため立ち上がれない様子のマサ。マサ自身だけでなくコマンドをかけた側のオトも、なぜ上位のDomであるマサにコマンドが効いてしまったのか大混乱。オトに頭を撫でられてまんざらでもないことに気づいてマサがハッとしたり、「Good boy」と思わずマサを抱きしめてしまったオトがスンッと素に戻ったり。
2人ともDomだけれど、オトにはマサのコマンドは効かないし、Subに怖がられてしまうというほど強いオトのコマンドはマサにはむしろ心地よいくらい。2人ともDom同士だというのに、やっぱり変だということで、彼らは病院に検査を受けに行くことにするんです。
マサ
病院での結果、マサのダイナミクスは強いDomではあるけれど、DomとSubを切り替えられるSwich(スイッチ)性も持っていることが判明します。自分よりも強いDomが今までいなかったため、その性質が表に出てこなかったんですね。
コマンド力が強くなりすぎて、釣り合うSubが見つけられずにいるオト。しかしそんなオトの強いコマンド力を、マサは自身が強いDomだからこそ受け止められているというのです。
マサはオトとのプレイで相性の良さを素直に感じていますし、体調を崩しそうなオトのためにと自分の方からコマンドプレイの相手をすることを持ちかけています。マサはDomであること自体に変なこだわりやプライドを持っていないし、自分が感じたことや欲求に素直な人。なので、オトのコマンドが効くことを嫌がったり卑屈になったりしないんですよね。ここがマサのカッコいいところ。
マサにとってオトは気を許し合える友人であり、次のステップに進むきっかけをくれた存在でもあります。そんなオトの強いコマンドを受けとめられるのは自分しかいない。誰かにとって自分が唯一の存在になれるって、この上なくうれしいことですよね。マサは医師からダイナミクスの検査結果を聞いたその時、すぐにオトのパートナーになることを決意したんじゃないかなと思うんです。
オト
自分がSwitch性を持ち、オトの前ではSub性が出てくることをマサはすんなり受け入れますが、この状況をなかなか受け入れきれないでいるのは、コマンドをかける側のオトの方。
Domの力が強すぎるため、オトが軽くコマンドを口にしただけでも、Subの人は体の震えが止まらなくなり怖がられてしまうという状況。信頼を結べそうな相手を見つけても、強すぎるコマンド力のせいでSubから拒まれてしまい、パートナーになれないオト。 この先自分を受け入れてくれる人が現れなかったら、本当に孤独ですよね。
だから、マサが自分のコマンドを怖がらず受け止めてくれることは、オトにはとてもうれしいことなはずなんです。でもオトはそのことを素直に喜べません。
マサに憧れ、追いかけるようにモデルとなったオト。マサがモデルを辞めて開いたセレクトショップにも通い、2人で酒を飲みに行くほど親しくなってもなお、オトにとってマサは変わることなくカッコいい憧れの存在であり続けています。そんなマサに、自分がパートナーを見つけられないせいで迷惑をかけてしまっているとオトは落ち込んでしまいます。コマンドを出す側のDomではありますが、だからと言って性格が強いわけではないんです。
自身も強いDomでパートナーたちもいるのに、緊急事態だからとコマンドプレイの相手になってくれるマサ。オトの胸の中には、そんなマサを、コマンド力が強いことを利用して自分の好きなようにしてしまっているという後ろめたい気持ちが生まれてしまっています。プレイには性的な行為も含まれているから余計にナーバスになっちゃうんですよ。オトの中に憧れだけでは収まりきれない気持ちがあるなら、なおさらですよね。
確かにマサは、申し訳ない気持ちになってしまうオトに対して、「俺も強いDomなので」という言葉を時々口にしています。最初のうちは、「俺はSubじゃないぞ」という意味でマサは言っていたのだろうと思います。でも徐々に「俺もDomでコマンドで簡単にはダメージくらわないんだから、お前は遠慮しなくていいんだよ」というようにニュアンスが変化しているんですよね。
物語の終盤、オトとマサがお互いの気持ちを確かめ合う会話があります。DomはSubを庇護したいと思い、SubはDomに庇護されたいと思うもの。じゃあ、Domは誰に甘えればいいんでしょう。
強いコマンド力を持つDomのオト。そんなオトに対してたとえコマンドは効かなくても、甘やかし可愛がることができるのは、同じく強いDomであるマサなんです。
Good boy
これ、ようやく自分の気持ちに素直になったオトにマサが言ってあげるんですよね。この時のマサの表情がとにかく良いんですよ。まさしく「Domの顔」なんです。この終盤の2人の会話、彼らがDom同志であることの意味が全て詰まっているなと強く感じました。
