観て聴いて読んで書く

マンガ、アニメ、ゲームなど好きだと思ったものについて無節操に書き綴ります

BL『お前のほうからキスしてくれよ』について語りたい

皆さんはやまやで先生の商業BL『お前のほうからキスしてくれよ』という作品をご存知ですか? キッチリとした仕事ぶりの経理部の上野と営業部のエースの神田。仕事のできるサラリーマンの二人の関係が、友人から恋人へと変化していく過程を描いた作品です。異性愛者だった神田の方からのアプローチによって、恋に臆病になっていたゲイの上野が一歩踏み出していきます。

ということで、今回はこの『お前のほうからキスしてくれよ』について語っていきたいと思います。

性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。

 

ネタバレを含みますのでネタバレ苦手な方は注意してお読みください。

 

ただの同期

きっちりとした仕事ぶりの経理部の上野と、営業部のエースである神田は犬猿の仲。他の書類ではミスなどしない神田が、なぜか経理部に出す書類だけはミスばかり。ミスを指摘する上野をわざとイラつかせるように、のらりくらりと書類の修正をする神田。 そんな2人の様子を見ていてハラハラする同僚も。

しかしそれは会社だけでのこと。神田は上野がゲイだと知っていても家に毎週のように泊まっているというほどの仲の良さ。どうせ持ってくるからと、通販で買った物の届け先を上野の家にしているくらいに上野の家に入り浸っている神田。図々しいと言いながらも合鍵を渡して神田が自分の部屋で我が家同然にくつろいでいるのを受け入れている上野。

作品を読んでいて序盤のうちは、神田の方は完全に友情だとしか思っていなくて、上野の方が神田への思いを抑え込んでいる関係なのかなと思っていたんです。上野は大型契約を決めた神田にお祝いにプレゼントしようとネクタイを選んでいる時に、昔付き合っていた恋人との別れの場面を思い出したり、プレゼントに喜ぶ神田の顔を見ながら、こんな時を誰よりも共有したいと思ったりしていますし。

仕事ができるのに愛嬌があって、自分がゲイだということを知っても引くどころか、それを受け入れてむしろ懐に入り込んできてくれた神田。上野は神田が自分に心を許してくれている、そのことがとても心地よく感じられているわけです。神田に向ける気持ちが、上野の中でただの友情に収まりきれなくなっちゃうのも当然だなと思います。

なので、上野の気持ちに気づいた神田が、戸惑いながらもその思いを徐々に受け入れていくという流れになるかと思ったんですが、この作品は違ったんですよ。ノンケである神田の方から上野にアプローチしていくんです。

 

甘えたい

上野は神田にゲイであるとカミングアウトした際に「タイプじゃないからこの先絶対に何も起こらない」と言っています。気を遣って、先に上野の方から予防線を張ってくれたんですよね。自分が好みのタイプじゃないからこそ、上野と仲の良い友達でいられるんだろうと思うものの、 それがちょっと納得いかない神田。

神田にとって上野は、気が合って一緒にいると楽しい仲の良い同僚というだけの存在ではないんです。神田が弱ってしまっている時に、彼はいつもそれを察知してさりげなく寄り添ってくれていたんですよね。神田の胸の中で生まれた、上野に対する「甘えたい」「独り占めしたい」という気持ち。

ゲイであることをカムアウトしている後輩の小林から、同性愛者ではない友達とセックスをきっかけに付き合うことになった経験があると聞いた神田。上野がマッチングアプリで知り合った知らない誰かを部屋に呼んで一緒に過ごしていたと知り、神田は堪えきれずに自分から上野にキスをして押し倒し、自分だって上野とセックスできると分かってもらおうとします。

ただ仲のいい同僚同士の関係から、はみ出してしまった二人。上野も神田も互いに好意を持っているのですから、これをきっかけに関係が進展していく、と思うじゃないですか。でも上野は、神田への想いがあることを自覚してはいても、頑なに友達としての距離を保とうとするんです。

お互い好きなのにどうして? となりますが、その理由は神田のネクタイを選んでいた時に上野の脳裏にフラッシュバックしていた光景にあります。上野は以前、親友だった男性と恋人として付き合うことになったものの、うまくいかずに別れてしまった経験があるんです。

 

お前が俺を男として見る目…どうしても耐えられそうにない

 

別れの時、上野が親友に言われた言葉。親友が口にした「男」というのは、男性女性の性別の意味ではもちろんありません。上野の恋愛対象は同じ男性。そして上野は男性を抱きたい、いわゆる「攻め」側です。当然、親友の彼は「受け」側に回ることになります。

異性愛者だった上野の親友は、それまで女性と交際してきたわけで、自分が「抱かれる側」になるなんて一度も考えたことがなかったはずです。

恋人関係になったのだから、上野が彼とセックスだってしたいと思うのは当然ですよね。でも上野の親友は、自分が男から「セックスの対象」として見られるようになった、そのことに今まで経験したことがない怖さを感じ、それを乗り越えることができなかったのでしょう。

女性なら誰でも、望んでもいないのに性的に見られて怖い思いをしたことがありますよね。親友の男性が上野に対して同じような感情を抱いたのだろうなと思うと、ちょっと責められなくなってしまいます。しかし、男性しか恋愛対象にできない上野はこの時、親友と恋人を同時に失ってしまったんですよね。

この苦い経験から、上野は神田に友情以上の気持ちを抱いていても、たとえ神田が好意を示してくれたとしても、その先に踏み出すことができなくなってしまっているんです。

 

踏み出す気持ち

上野は神田のことを、本当に大切に思っています。絶対に失いたくないんですよ。誰よりも心を開ける相手なのですから。だからこそ上野は丁寧に言葉を尽くして、末長く友達でいたいと神田に伝えてしまうんですよ。

上野にとっては、神田との友達関係を失いたくないがゆえの言葉でも、神田にとってそれは、上野からの拒絶の言葉でしかありません。だって神田は、ただの友達ではいたくない一心で、付き合う相手は自分じゃダメかと上野に聞いたんですから。

上野の家に来なくなり、LINEも送らず、会社で会っても話をすることをしなくなった神田。振られてしまったと思っているのですから、当然ですよね。いつも通りどころか他人のフォローまでこなすくらいに神田は仕事に励んでいますが、休憩室で仮眠と言えないほどガッツリ眠っているなど、疲れも取れていない様子。明らかに神田は調子を崩してしまっています。

神田は上野に振られてしまったというショックや悲しみだけで、落ち込んでいるわけではありません。上野がどうしたいと思っているのかも考えずに、自分の気持ちさえあればと強引にキスをしたりして上野を傷つけてしまったと、神田は後悔しているんです。自分のことよりも上野のことを思って悔やみ落ち込んでいるところに、上野に対する神田の想いが、勢いやノリなどではなく真剣なものだと強く感じられます。

神田は上野のために友達に戻ろうと思ってはいますが、自覚し口にしてしまった気持ちって、どう頑張っても無かったことになんてできませんよね。

 

神田はノンケだろ? 男を好きになったことないだろ

 

そんなこと言われたって、神田は自分と同じ男性の上野を実際に好きになったし、恋愛関係になろうとしたのに拒まれショックを受けているんです。上野への想いを信じてもらえる手だてがない神田が口にする言葉が本当に切ないんですよ。

 

お前じゃない男と付き合うでもして一生かけて証明すればいい? 
そんで生まれ変わったらお前に好きになってもらえんの…?

 

なんでこんなこと神田に言わせるような可哀想なことするんだよ、上野!ってなりました。でもこの言葉を聞いたら、恋に臆病になりすぎてしまっていた上野だって動かずにはいられませんでした。神田を抱きしめ、自分の本当の気持ちを正直に打ち明ける上野。神田の想いの強さが、上野を前に踏み出させたんですよね。

ちなみにここ、神田の泣き顔のアップから次のページに移って上野が神田を抱きしめている場面となっているんですが、このシーンをより胸に迫って感じられるように、ぜひとも紙の書籍で、もし電子版でも「横読み」で読んでもらいたいんですよ。なぜなら、ページがめくられるという横の動きによって、上野が思わず飛びつくように神田を抱きしめにいっている「動き」をより強く感じられるんです。私は「縦読み」で読んでしまっていたため、これは失敗したなと後悔しました。

お互いの気持ちを受け止め合った2人。晴れて恋人同士となった後の変化がすごく良いんですよ。恋人を甘やかすタイプの上野と、ちゃんと甘えられる神田。恋人になったからこそ見せる表情なんです。見ているこっちまで幸せな気持ちになれるんですよね。

この作品、続編が描かれるとのこと。引き続き彼らを見守っていきたいと思っています。