皆さんは『カラオケ行こ!』という作品をご存知ですか? 和山やま先生原作のこの作品は、同人作品として話題になってKADOKAWAから単行本化され、「このマンガがすごい! 2021」オンナ編 の第5位などを受賞、続編となる『ファミレス行こ。』の上巻が発売されています。
2024年に山下敦弘監督で実写映画化され、第48回日本アカデミー賞で優秀主演男優賞など4賞を受賞。そして2025年7月からは、同じく和山やま先生原作の『夢中さ、君に。』とともにアニメ化されました。
この作品、ヤクザ者の成田狂児(なりた きょうじ)と中学生の岡聡実(おか さとみ)の2人の関係性が刺さりまくりなのですが、アニメを繰り返し観ていて実写映画とは2人の関係の印象が違うなーと感じたんです。同じ映像化でも、それぞれ原作へのアプローチの仕方が変わってくるというのがとても興味深かったんですよね。
ということで、今回は実写映画にも触れつつ、アニメ『カラオケ行こ!』について語っていきたいと思います。
ネタバレを含みますのでネタバレ苦手な方は注意してお読みください。
まずは馴れ初めから
『カラオケ行こ!』を知ったのは、「このマンガがすごい!」のランキングでした。ヤクザと中学生の男の子がカラオケ行く話と知って「何だ、それ⁇」となりました。だってかなり突飛な設定ですよね。ヤクザの絡む話は苦手で、その時は読もうという気にはなりませんでした。
しかしその後、2024年に実写映画化されることを知ったんですよ。組員全員参加のカラオケ大会をやる暴力団というのも面白いですが、歌の指導を中学生に頼むヤクザ成田狂児(なりた きょうじ)を綾野剛さんが演じるっていうのがめちゃくちゃ面白そうだなと思ったんです。
私の中で、綾野剛さんはとてもクールなイメージ。カッコよいヤクザじゃなく、カラオケで下手な歌を歌うヤクザ役なんて想像がつかず半信半疑だった分、映画の予告編で「裏声が気持ち悪い」と一蹴されているのを見た時の衝撃の大きさがすごかったんですよね。
裏声で熱唱する綾野剛さん、見たいじゃないですか! 映画館で見たい見たいと思いながら予定が空けられず、モタモタしている間に上映が終わってしまったため、アマプラで配信が始まってすぐに観賞しました。
綾野剛さんのヤクザはそれだけで魅力的なのに、カラオケで「紅」を歌い始めると一気にイメージが崩壊してしまう感じが面白かったのですが、ヤクザにカラオケ指導を頼まれてしまう中学生の岡聡実(おか さとみ)を演じた齋藤潤くんがまた良いんですよね。真面目でおとなしそうにも、生意気でふてぶてしくも見える表情が、すごく中学生だなーって感じがして可愛くて。そして北村一輝さんの組長の貫禄! 綾野剛さんも斎藤潤くんも、原作絵とは雰囲気がかなり違うなとは思いますが、原作未読だったこともあり先入観なく楽しめました。
しかも脚本が『アンナチュラル』などを手がけた野木亜紀子さんということで、面白いのも納得の映画だと思いました。家で観ていてこれだけ面白いのに、なぜ映画館で観らえれなかったのか! とちょっと凹みました。
そしてまた時が経ち、2025年7月からアニメ『カラオケ行こ!』が放送されることを知った私は、すぐさま放送開始日時と放送局を調べました。もうすでに、アニメ化を知った時点で「見ない」という選択肢は存在していませんでした。実写映画とアニメとでは物語がどう変わるんだろう? 綾野剛さんが演じていた成田狂児は本当はどんなキャラクターなんだろう? そんな興味が湧いたんですよね。私が『カラオケ行こ!』のアニメに辿り着けたのは、綾野剛さんと野木亜紀子さんのおかげだと思っています。
なんでカラオケ行くん?
アニメ『カラオケ行こ!』はTOKYO MXなどで2025年7月から放送されていました。「紅」を裏声で熱唱するヤクザ成田狂児の声は小野大輔さん、そして狂児にカラオケの指導をすることになる男子中学生の岡聡実の声は堀江瞬さんが演じられています。アニメで狂児と聡実の声を聞いた時には「原作の2人のイメージってこうだったのか!」と妙に感激しました。
組員全員参加のカラオケ大会で最下位になって、組長に下手な刺青を入れられてしまうのを避けたい成田狂児は、合唱部の部長をしている中学生の岡聡実に目をつけ、歌の指導を頼むことに決めます。訳もわからないままカラオケ店に連れて行かれた聡実は、狂児が「紅」を熱唱するのを聞いて「裏声が気持ち悪い」と率直な感想を述べますが、狂児に怒られるどころか、むしろ気に入られてしまいます。何度も会ううち、狂児と聡実の間に芽生える友情のようなそれ以外の何かのような不思議な繋がり。狂児との最後のレッスンを終え、自身の中学最後の合唱コンクールに向かう聡実の目に飛び込んできたのは、大破した狂児の車で…と、いうのがこの作品のストーリー。狂児の裏声で歌う絶妙に下手な「紅」のインパクトはアニメになっても絶大です。
いい年をした大人が、子ども相手に教えを請うってだけでも、そうそう無いシチュエーションですよね。しかもこの物語は、中学生に教えを請う大人というのがヤクザ。それだけに留まらず、「ヤクザが組員みんなでカラオケ大会」を年4回も仲良くやっていることも、「組長直々の刺青が最下位の罰ゲームになっている」ことも、「上手く歌えるように教えてもらおう」と思考が真面目な方向にいっていることも、盛られた要素すべてのインパクトが強すぎ。なので、「歌を教えてもらう相手にわざわざ男子中学生を選ぶ」という設定が、しれっと自然に受け入れられ成立しちゃうんですよね。
この「いい歳したヤクザと男子中学生」というあり得ない組み合わせであることが、この『カラオケ行こ!』の一番重要なフック。絶対変えることができない要素です。
例えば、狂児が歌を上手くなりたい理由が「女性の前でカッコつけたいから」でも、狂児が聡実に習うのが「書道」だったとしても、ちょっとインパクトは小さくなりますが、おかしみを残したまま物語は成立します。しかし、狂児が歌を教えてもらう相手が路上で弾き語りしている大学生だったりしたら、あり得なさが薄れてあまり面白くなくなってしまうんですよね。
狂児はヤクザですからね、現実では大人だって絶対に関わり合ってはいけない人間ですよ。そんな狂児に目をつけられ、絆されていってしまう聡実。関わりを持った理由のあまりのキテレツさからくるおかしみの後ろに、危うさが見え隠れしています。そのことに気づかずにはいられないからこそ、狂児と聡実の関係に目が離せなくなってしまうんですよね。
実写映画では「ヤクザと中学生」という「組み合わせのおかしさ」を前面に出していて、狂児と聡実の関係には歳の離れた「友達」感を強く感じさせていました。「出逢うはずのなかった2人の間に芽生える奇妙な友情」ってやつです。映画はターゲットを広く取るため、2人の関係の危うさを隠してコメディとして仕上げたのだろうと思います。実写映画にしたからこその改変だなと思います。
しかし原作を再現するアニメでは、この狂児と聡実の関係の「危うさ」がしっかり描かれています。その「危うさ」をより増幅させているのが、小野大輔さんのお声です。その色気のある素敵なお声が、アウトローなのに妙に人好きがして、懐にいつの間にか入り込んできている狂児というキャラクターに説得力を持たせています。もし狂児に実際に出会ってしまったら、気付かぬうちにハマって抜け出せなくされてしまいそうで怖いなーと思って見ていました。
狂児は聡実に何かするわけではないですが、聡実に対してメチャクチャ優しいんですよ。観ていて「これは狂児からの聡実に対するグルーミングなのでは⁇」とハラハラしてしまったほど。この狂児の接し方、女性に対するものと同じなんだろうなと思うんですよね。狂児が聡実を女の子扱いしてるということではなくて、そこら辺にいる子供だったら雑に扱うのでしょうが、歌の先生で世話になってる聡実はぞんざいにはできないってことで丁寧に接しようとすると、そうなっちゃうのかもなと。そんなところに、狂児にとって聡実は特別なんだなと感じられます。
ソプラノの喉を潰して
いきなり知らない人に声をかけられ、カラオケ店に連れていかれて歌の感想を求められるとか、恐怖体験以外の何物でもないですよね。ユルユルな感じではありますが、相手がヤクザとなれば普通は大人だって縮み上がって何も言えませんよ。
ですが、聡実はモリモリ食事を摂りつつ狂児の熱唱する「紅」を聴き流し、「裏声が気持ち悪い」と容赦なく切り捨てます。普通なら怖くて仕方がないはずの状況ですが、おとなしそうな中学生が大胆にもヤクザにダメ出しをし、ヤクザが怒るどころかどこが悪かったのか下手に出て訊ねるという逆転が面白いんですよね。
やけに当たりが柔らかく気さくな感じで話す狂児。話している内容はヤクザそのものなのですが、まるでただの「話のおもろいおっちゃん」のようにも思えてきます。狂児はチンピラではないので、子ども相手に暴力で言うことを聞かせたりはしないんでしょう。それに歌を教えることを了承してもらうためにも聡実の警戒心を解きたい。案の定、話を聞いているうちに狂児に対してあまり怖くないかもと思ったから、聡実は遠慮なく「裏声が気持ち悪い」と言い放てたわけです。聡実は歌に真面目に向き合っているので、狂児と対する時に歌に関して嘘をつかなくていいと思えたのは大きいと思うんですよ。
こうして聡実の懐に入りこんだ狂児は、LINEを交換して彼の部活のない曜日にはカラオケに付き合わせてアドバイスをもらう、と自分の希望を全部しっかり叶えています。とはいえ狂児は聡実をコントロールしようと意識的に動いているわけではないし、天然の人たらしなのでしょう。人心掌握に長けたヤクザ、無敵です。
狂児に気に入られてしまい、聡実は困惑しただろうなと思います。たかがヤクザの身内のカラオケ大会ですから、彼にとってはぶっちゃけどうでもいい話です。聡実自身もヤクザの世話なんてしてる暇はないと言ってもいます。しかし歌を仕方なく嫌々聞いていたはずの聡実ですが、狂児に徐々に気を許し、歌い方を教えてもいいと引き受けることになります。狂児が歌が上手くなりたいと思っているのは本当らしいし、自分の意見やアドバイスをちゃんと聞こうとしてくれる。これだけでも十分ほだされる理由になるかなと思いますが、心境の変化の1番の鍵となるのは、聡実が「変声期に差し掛かっている」というところなんです。
変声期って、本当に声出なくなるんですよね。家族が変声期になったのは、ちょうど聡実と同じ中学3年生の時。音楽の授業の歌のテストでみんなの前で歌うのに、声がうまく出せなくて下手だと思われるのがイヤだし内申点も心配だと言って、非常にかわいそうだなーと思ってました。
中学最後の合唱祭とちょうど変声期が重なってしまい、「自分の声に裏切られたような気分」とさえ言うほど聡実はナーバスになっています。声変わりをして大人の男性の声になっていくのは避けられないことですし、決して悪いことではないのですが、聡実にはそれが憂鬱なことでしかありません。
生理が始まって身体だけ強制的に大人にされてしまったように思った女性は多いんじゃないでしょうか。望みもしない身体の変化に心がついていかない感じが辛かった覚えがあるんですが、聡実の声変わりに対して抱く感情がこれに近いだろうと思うんですよね。今までソプラノを歌えていた自分の声がどう変わってしまうのか、声が変わってしまってもこれまでと同じように歌が歌えるのか、変わってしまった声で歌うことが楽しく思えるのか。聡実の中にある大人になっていくことへの不安や戸惑いが、変声期の不安定な歌声に重ねられ描かれているんです。
部活の練習で思うように歌えず苦しんでいても、「歌の先生」として狂児のカラオケを聴いたり、彼が歌いやすい歌を考えたりしていたことで、聡実は不安に飲み込まれずに済んでいたのではないでしょうか。狂児は聡実よりもずっと年上なので、飄々としていてあまり動じず余裕があります。そんな人と一緒にいると落ち着きますよね。狂児といる時の聡実は肩の力を抜くことができたのでしょう。狂児にそんな意図はなかったかもしれませんが、彼は聡実の不安定な気持ちを支えてくれる存在になっていたんです。
だから、狂児の車が追突されて潰れてしまっているのを見た聡実は、自分の中学最後の合唱祭に出ることよりも、狂児の安否を確認することを選んだんです。しかしヤクザたちはスナックでカラオケ大会の真っ最中。実際には、狂児は追突されたものの上手く避けて軽傷で済んでいますし、さらに追突してきた相手をタコ殴りにしてカラオケ大会のスナックに来ているのですが、聡実はそんなことは知りません。組長に「狂児は地獄に落ちた」と言われ、組の一員である狂児が死んだというのに呑気にカラオケなんてやってるヤクザたちに向かって「狂児と一緒に地獄に落ちてまえ」と泣きながら言い放つ聡実。
狂児への鎮魂歌として一曲歌っていくようにと組長に要求された聡実は、狂児の十八番の「紅」を熱唱します。狂児に歌ってと言われてもキッパリと断っていた聡実が、喉が潰れてしまうのも厭わず狂児のために狂児が好きだった「紅」を声の限りに歌う、その姿が胸を打つんですよね。ソプラノの声を守ろうと喉を庇っていた聡実は、狂児のためにその大切だった歌声をかなぐり捨てたんです。
「紅」を歌っている場面で、水中にいた聡実が狂児の声に導かれるように目覚めて水面に顔を出したのだろうと察せられる描写がされています。守ってきたソプラノの歌声を狂児のために自分の意思で捨てたことで、聡実は大人へと大きく踏み出したんですよね。
実写では聡実を演じていた齋藤潤くんが実際に声変わり期にあったことで、この場面はそのままリアルなものになっていました。しかしアニメで聡実を演じている堀江瞬さんはすっかり大人。どうなるのかなと思っていたんですが、歌っている途中から声がうまく出せなくなりひっくり返ってしまったり、歌い終えた後の声がしゃがれていたりとかなりリアルでした。アフレコアフタートークで、堀江さんは聡実の歌を心情を反映させて歌うため、絵コンテを見ながら録っていたとお話されていました。堀江さんが聡実として歌っているから、堀江さんの喉が心配になってしまいそうなほどのリアルさが出ているし、見ているこちらもその歌声に胸がキュッとなってしまうんですね。
アニオリの5話
アニメ『カラオケ行こ!』は、ちょっと変則的な放送のされ方をしていました。『カラオケ行こ!』4話を放送した後、同じ和山さわ先生原作の『夢中さ、君に。』のアニメの放送を挟み、その後に『カラオケ行こ!』の原作にはないアニメオリジナルのエピソードを5話として放送したんです。
私は原作に無いものを付け加えることはあまり好きではないので、アニオリについてどちらかというと否定的です。でもこのアニオリのエピソードについては、正解ではないかもしれないけれど、この作品を好きな人たちが作った原作補完一つの解として、見て良かったなと素直に思えるものになっていました。
原作ではヤクザのカラオケ大会の後、聡実は狂児と全く連絡も取り合うことなく高校3年間を過ごし、東京の大学へ進学をするため向かった空港で狂児に再会して終わります。歌ヘタ王になったと言う狂児のその腕には聡実の名前の刺青が彫られていたり、本当はずっと会いたかったと口にしたりして、狂児は冗談めかしながらも聡実への執心を感じさせています。弄ぶように思わせぶりで、こんなの聡実じゃなくても顔まともに見られなくなってしまいますよ。ズルい…。
アニオリの5話では、カラオケ大会の後に収監されていた狂児が3年の刑期を終えて出所するところから始まります。原作は聡実目線で空港で再会するまでを描いていましたが、アニオリはそれを狂児目線で描き、連絡が途切れた3年の空白期間を、狂児が刑務所にいたからという設定で納得できるようにしています。
出所して組の事務所に戻ると、まさかのカラオケ大会の日。狂児は組長に出所したばかりだから参加を辞退させてくれと直訴しますが、死んだ人間以外は参加必須のためあえなく参加させられ、「紅」を熱唱して歌ヘタ王に輝き、刺青を彫られることになってしまいます。
この時まで狂児は、聡実のこと忘れてしまっているんですよね。他の組員たちの方がよっぽどちゃんと覚えていて、あれだけ聡実を気に入ってた様子だったというのに、非常に冷たい感じにも感じます。でも、聡実が普通に高校生活を送っていたのと同じく、狂児も粛々と刑期を過ごしていただけなんですよ。聡実が狂児との思い出を卒業文集に書いたり、2人で一緒に行っていたカラオケ店で自分が何気なくソファと壁の隙間に挟みこんでいた狂児の名刺を見つけて切ない気持ちになったように、狂児も「さとみ」と名前を呼ぶ声や中学生くらいの男の子たちの姿に思わず反応しています。思い出さずにそれぞれ別々に過ごしていても、狂児も聡実も心の中でお互いのことを忘れられずにいたんですよね。
隔離されていた刑務所から現実世界に戻ってきた狂児は、組員や組長と話しているうちに、聡実と過ごした時間を徐々に思い出していきます。そんな狂児の腕に、もう忘れさせないようにするかにように組長に彫られた聡実の名前の刺青。
東京へ行くよう組長に言われた狂児が空港で目にしたのは、大学進学のため東京に向かう聡実の姿でした。狂児は携帯の充電を終えても聡実に連絡を入れてはいません。ヤクザの自分は、このまま聡実とは会わない方がいいと思っていたのかもしれません。しかし偶然にも聡実と再会し、しかも昔自分があげた名刺を手にしているのを見てしまったら、気持ちを抑えるなんてできませんよね。修理された腕時計が時を刻み始めたように、偶然にも聡実と再び出会えたことで、狂児は自分の人生の歯車がカチリとはまったように感じたのではないでしょうか。
4話では狂児には聡美を弄ぶような大人の狡さを感じさせられましたが、狂児目線で描かれたアニオリのエピソードである5話を見て、狂児の聡実へ向ける感情の中にある純粋さに気付かされました。
