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映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』を絶対見てほしいから語りたい

皆さんは映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』をご覧に行かれましたか? 古賀豪監督、吉野弘幸脚本のこの作品は水木しげる生誕100周年記念作品であり、興行収入は16億円を突破、週末動員は3週連続で増加しているんです。

鬼太郎誕生以前の物語であり、鬼太郎ではなく彼の父の目玉おやじであるゲゲ郎が主人公という意外性や、Xに投稿されている感想が自分の想像する「鬼太郎」のイメージとは全く違っていたことから、どんな映画なのか興味が湧いたのですが、家族に言っても興味を示してくれそうにないので、平日1人で映画館に行って観てきました。

この映画は、『ゲゲゲの鬼太郎』について私が抱いていたイメージをとても良い意味で裏切る、人間の醜い業と善性を描いた素晴らしい物語でした。PG-12の区分なんですが、これは間違いなく大人の方に向けた映画ですよ。もう一度劇場に観にいきたい! とウズウズして仕方ありません。

ということで、今回は『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』について語っていきたいと思います。

 

ゲゲゲの謎を観に行ってほしい

本当にお願いだからゲゲゲの謎を観に行ってほしい

 

 

クチコミに乗って観たんです

『ゲゲゲの鬼太郎』というと、子供のときにテレビででアニメを見ていたことはありますが、数年前に第6期を放送していたことは知りませんでした。『ゲゲゲの鬼太郎』といえば、怖いけれど見入ってしまう水木しげる先生の魅力的な絵柄とか、鬼太郎が仲間たちの妖怪たちと一緒に悪い妖怪をやっつけてくれるとか、アニメではねこ娘がどんどん美少女になっていってるとか、そんなイメージくらいしか持っておらず、かなり関心が薄い状態でした。

なので『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の上映が子どもが見に行きやすい冬休みを待たずに11月から開始するということについて、どうして今この時期に子ども向けの『ゲゲゲの鬼太郎』の映画をやるのかと不思議に感じながら、でも食指は動かないなーなんて思っていたんです。

でも『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の上映が始まってみると、名前をよく聞くマンガ家やイラストレーターの方たちが観に行っていらっしゃることに驚きましたし、鑑賞済みの方たちがXに投稿している感想の内容を見ていると、みなさん面白いと言っている方ばかりなうえに、因習村というワードや横溝正史や京極夏彦の名前が出てきたり、ホラーを思わせる血塗れのゲゲ郎と水木(しかも斧を持ってる!)のファンアートも多く目につき、私が抱いている『ゲゲゲの鬼太郎』のイメージとはかなり違っていることに興味が湧いてきたんです。で予告編を見てみて「これは絶対観に行かねば!」と決意しました。

そんな『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の予告編がこちら。

 

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予告編は全部で6本あるようですが、その中で『鬼太郎の父たち 絆編』というタイトルが付けられているのがこちら。

 

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鬼太郎誕生の前日譚ということは知っていましたし、散々ファンアートを見ていたというのに、鬼太郎の父ゲゲ郎と水木の2人がメインになっている映像を実際に目にして大きな衝撃を受けたんですよね。

だって、長身で浅縹色の着流しを着た白髪の男性は、説明がされなくとも鬼太郎の父だと分かる容貌で、目玉おやじが本当に人の姿をしているというだけでもインパクト大なのに! そのお声がなんと! 関俊彦さん! 優しさと色気があるお声です。そして水木の声は! なんと! 木内秀信さん! 落ち着いた穏やかな素敵なお声で、私にとっては『MONSTER』でテンマを演じられていた時の印象が強い方です。

予告編の画面に現れるおどろおどろしい書体。哭倉村という怖すぎる絶対に訳ありな村。猟奇的な殺され方をした死体。ゲゲ郎から「逃げ出すでないぞ」と言われた水木が「お前こそ」と返すバディ感!

もしかして不気味な村に巣食う妖怪をゲゲ郎と水木が2人で打ち倒すことになるのか? それは見たい! と予告編を目にしてすぐさま映画館の上映スケジュールをチェックしました。

 

鍵となるのは「血」

戦後をまだ引きずる昭和31年。帝国血液銀行に勤める水木は、自身が担当する龍賀製薬を経営する龍賀一族の当主時貞の死の知らせを受け、東京から哭倉村を訪れます。

分家を含め一族が勢揃いする場で時貞の遺言が読み上げられ、時貞の長男の時麿が後継に指名されますが、翌朝彼は死体で発見されます。その犯人として捕えられたのは謎の白髪男。警察を呼ぼうともせず、すぐさま男を殺してしまおうとする村人を止めた水木は、その男の監視役にされてしまいます。頑として名乗らない男にゲゲ郎とあだ名を付ける水木。

互いに訝しんでいたゲゲ郎と水木でしたが、ゲゲ郎は幽霊族の末裔であり妻を探してこの村に辿りついたこと、そして水木は龍賀一族が極秘裏に製造する使用した者は不眠不休で働き続けられるという血液製剤Mの秘密を暴く目的があることを明かし、それぞれの利のために手を組んで哭倉村と龍賀一族の謎に挑んでいくことになります。

この『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』という作品では「血」が非常に重要な鍵となっているんですよね。水木の勤め先は帝国血液銀行。何だか怖い感じの名称ですが、「血液銀行」というのはこの作品の創作ではなく、実際に存在したもの。昔の貧しい人々は血液銀行に自分の血液を売っていたんです。戦争ではたくさんの人々が血を流され、戦禍を生き延びた人々が生活にために血を売っていました。そんな時代の製薬会社が製造する謎の血液製剤Mとなれば、不眠不休で働けるという効能を差し引いても不穏な薬だということを感じざるをえません。

また龍賀一族の人々は長男の時麿が殺されたことを皮切りに、まるで一族の血を絶やそうとするかのように次々と惨い死を迎えていきます。そして彼らが隠している秘密が明らかにされるにつれ、ゲゲ郎にとっても「血」は重要な意味を持つことになっていきます。

おどろおどろしくなってきましたね!

舞台となっている哭倉村は、トンネルで唯一外の世界と繋がっている山奥の閉ざされた村。水木の勤務先の社長は哭倉村から無事に戻った者はいないと言っていますし、タクシーもトンネルの手前で水木を下ろしていて、哭倉村はあえて足を踏み入れるべきではない場所であることが伝わってきます。

そんな哭倉村で水木が出会う龍賀一族の人々は、時貞の長女で高圧的な乙米、彼女に従順な村長の長田、顔を白塗りして振る舞いが正気には思えない長男の時麿など、くせ者揃い。彼らは取引先の人間というだけのよそ者である水木に対して、わざわざ弔問に訪れてくれたというのに「何しにきたんだ」と言わんばかりに冷淡ですし、ゲゲ郎の監視役という体で座敷牢の部屋に追いやるなど、受け入れるつもりは全くなくとにかく排他的。

この龍賀一族の、何か隠していそうな後ろ暗い空気や彼らの凄惨な殺され方には、嫌でも市川崑監督による『犬神家の一族』などの横溝正史作品の映画を想起させられました。予告編を見ても、昭和の血生臭いホラーミステリーの雰囲気を狙っている感じがしますよね。まとわりつくような湿度の高い怖さです。

そんな中、長女乙米の娘の沙代や長田の妻で三女庚子の息子時弥の存在は、いわゆる清涼剤ってやつでした。特に、都会に憧れ東京から来た水木に淡い想いを抱く沙代は本当に可愛くて、龍賀一族の人の中では唯一感情移入して観ていました。

 

鬼太郎の「父たち」の物語

この作品での肝は、なんと言ってもゲゲ郎と水木の2人の関係性。彼らが心を通わせ、互いにとって特別な存在となっていくところです。

よそ者を寄せ付けない哭倉村にたどり着いたゲゲ郎と水木。幽霊族であるゲゲ郎の胸の中には、ただ行方不明となっている妻を探し出したいという愛情のみしかありませんが、水木は捨て駒にはされまいという強い出世欲から、血液製剤Mについて情報を探ろうとしています。この時点では、ゲゲ郎のピュアさに比べて、水木は欲塗れなんです。

水木は第二次世界大戦に出兵し、仲間たちが理不尽な戦いで命を落としていくのを目の当たりにしながら生き抜いてきました。顔や体には傷が残り、夜は悪夢にうなされています。彼は出世へのギラギラした野心を持つものの、時弥の聞き分けの良さに子供に気を遣わせてしまったと反省したり、好意を向けてくる沙代を利用するだけと割り切れなくなるなど、悪になりきれない部分を見せます。

そんな水木には、自分を含めた欲で動く醜い人間たちに比べて、妻への愛情のみで動いている幽霊族のゲゲ郎の方がよほど真っ当だと感じられたのではないでしょうか。ゲゲ郎と会話を重ねるうちに、彼が徐々にマッチョイズムに毒された野心から解き放たれていくのが感じられます。

一方ゲゲ郎は、人間たちによってたくさんの仲間達を殺されてしまった幽霊族の生き残り。彼の唯一の心の拠り所であった妻は行方不明となってしまっています。たぶんゲゲ郎はこの村に来た時点で、妻がここの人間に囚われているのではないかとある程度は踏んでいたと思うんです。ここの人間は信用なりませんが、水木はよそ者。それゆえに水木はこの村の人々の間にある暗黙の了解的な空気を読まずにゲゲ郎を助けようとします。そんな水木をゲゲ郎が好ましく思うのは当然だろうと思います。

ゲゲ郎は水木と言葉を交わすうち、彼の野心の根っこの部分に戦時に自分や仲間たちの命を蔑ろに扱った人間に対する不信があることや、仲間を救うことができず生き延びてしまったことへの後ろめたさや孤独など、自分と同じような痛みを抱えていることを知っていきます。

同じ酒を飲み交わし、一本のタバコを分け合って吸うまでに仲を深めていくゲゲ郎と水木。ゲゲ郎の影響を受けて妖怪の姿を見られるようになった水木が、以前は気を失ったりしていたというのに当たり前のように妖怪たちを受け入れているのを見ても、彼らがどれほど打ち解けたのかが感じられます。

数日の間に、まるで昔からの友のように関係を深めた2人。ゲゲ郎は水木の生きる未来を守るために身を挺し、水木はゲゲ郎の愛する者の命を守るために駆け抜けていきます。こいつのためならばと危険に飛び込むことを厭わないほどの2人の深い信頼関係に、胸が熱くなってしまいます。

この物語は目玉おやじが語って聞かせる過去の話の形をとります。そしてこの作品のキャッチコピーは「初めて明かされる、鬼太郎の父たちの物語」となっていますよね。龍賀一族の謎を明らかにしたゲゲ郎と水木が、その後どのような道を辿ったかをエンドロールで知った後に鬼太郎の姿を見た時、私の中にどうしようもなく愛おしさが湧き上がってしかたありませんでした。この作品を見る前と見た後では、鬼太郎というキャラクターに対する見方が確実に大きく変わったんですよね。

血まみれになったゲゲ郎と水木以上によく見かけるのが、まだ幼い鬼太郎と仲良く暮らす彼らの様子を描いたファンアートであるというのも、同じ理由なんじゃないかなと思うんですよね。みんな幸せになってくれ! って心の底から思います。

この作品の舞台挨拶で関俊彦さんが「鬼太郎、生まれてきてくれて本当にありがとうな」とおっしゃっている動画を見たんですが、その語りかける口調の優しさに胸の奥がじんわりと温かくなりました。

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龍賀一族の女たち

この『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』ではゲゲ郎と水木の関係に大きく心動かされますが、それは龍賀一族の圧倒的な闇深さがあってこそ。

当主を継ぐことになった時麿は、長男だというのに婚姻を許されず、当然子もいないまま。また次男の孝三は「時」の文字が名前につけられていないことからも、心を壊さずとも当主を継ぐ資格は最初から無かったことがわかります。

その代わりのように、強い権力を持っているのが時貞の長女の乙米。彼女の夫の克典も口出しできず、時弥の母親で気の弱い三女の庚子は彼女に恐る恐る接しています。そして駆け落ちから連れ戻された次女の丙江はその後も独身のままで、名前も出てこない男と寝ているなどすっかり蚊帳の外。

彼らがそうなった理由は、ゲゲ郎と水木が一族の真実に近づくにつれて嫌でも理解させられていきます。一族の中で村を出て東京に行くことができるのは、入婿で元々はよそ者である克典のみ。山奥の閉ざされた村の大きな屋敷に、龍賀の人間は縛り付けられたまま。龍賀一族はいき過ぎた家父長制度の上に成り立っているんです。

一族の繁栄を支えるために、特に龍賀一族の女性たちは大きな犠牲を強いられていました。21世紀に入った今でも男性と女性との立場の強さが対等ではないと感じることが多くありますが、この作品の舞台となる昭和の時代の女性は今よりもさらに弱い立場にあります。それを煮詰めて際立たせたものが龍賀一族の女性たち。決して口にすることができない彼女たちの苦しみを思うと、妖怪よりもずっと人間を恐ろしく感じてしまいます。

この『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は女性の観客が多いと聞きます。ゲゲ郎の妻子への一途で揺らぐことのない愛情が描かれていることに加え、龍賀の一族に生まれてしまった女性たちの深い悲しみがこの物語の根底にあることが共感を呼んだ結果、多くの女性客を惹きつけているのではないでしょうか。

1回目はゲゲ郎と水木を目当てに映画館に観に行きました。想像以上にゲゲ郎も水木も魅力的であり、彼らのバディとしての活躍を堪能しました。なので物語の全貌を知った後に見る2回目では、龍賀一族の女性たちにより注目して物語を追いたいと思っています。

 

www.kitaro-tanjo.com

 

【追記 2023/12/27】

2回目観に行ってきました〜!

龍賀一族の女性たちというよりも時弥くんの不憫さがグサグサきまして、龍賀一族に生まれてしまったが故の悲劇に胸が痛くなってしまいました。ゲゲ郎が「時ちゃん」と名を呼ぶときの声の優しさたるや! ゲゲ郎、絶対良いパパですって!

そしてそれまでの会話のすべてが結実されたラストには、なんて練られた素晴らしい脚本なんだろうかと改めて感激しました。セリフひとつ無駄がないんですよ! あまり興行成績を期待せずにいたというような話も聞きますが、水木しげる先生への敬愛と『ゲゲゲの鬼太郎』という作品への愛着をたっぷり込めて制作されていたことがひしひしと感じられました。

ホント、2回目観に行って良かったです!

 

次回でも引き続き『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』について、ゲゲ郎と水木の2人に焦点を当ててガッツリ語っています。興味をお持ちいただいた方はこちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com