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趣味丸出しで、好きだと思ったものについて書き綴ります

サラッと『さらざんまい』について語りたい③ 一稀

皆さんは『さらざんまい』という深夜アニメ「ノイタミナ」の枠で放送されていた幾原邦彦監督のオリジナルアニメ作品をご存知ですか?

前回に引き続き、今回は『さらざんまい』の主人公の一稀を中心に物語の第5・6話について語りたいと思います。

 

 

中学生トリオは仲が良いのか?

第1話から第4話まで、一稀・悠・燕太の三人はケッピによってカッパの姿にされ、さらざんまいの歌を歌い、互いの秘密を共有し、力を合わせてカッパゾンビを倒してきました。

たとえ成り行きだったとしても、少しずつ仲間として一致団結し共に敵に臨もうとしていくところだと思いますが、彼ら三人はちょっと違うように感じます。

燕太は、幼なじみの友達として以上の好意を一稀に対して抱いています。一稀と悠が花やしきに二人でいることを知って嫉妬したりもしていますが、一稀には全くその気持ちに気づかれないまま。

悠は拳銃を持っていることを知った燕太に悪い奴だと警戒されているものの、他校のサッカー部員とケンカしている燕太を助けたり、一稀の無理な頼みを聞いてやったりしています。

そんな二人に対して、一稀はあまりにもフラットに接しています。燕太が自分にキスしたことを漏洩で知ってもサッカー部の罰ゲームと解釈し、気にする様子もありません。また悠が銃を隠し持っていることを知っても、一稀は誰にも秘密はあると言い放ち、悠が人を撃ち殺した過去が漏洩してうろたえる燕太とは対照的に、全く何も感じていないように平然とキュウリをかじっていたりします。

一稀を悪い奴である悠から遠ざけたい燕太。距離を置こうとしながら結局一稀や燕太に付き合ってしまう悠。二人は漏洩した秘密によって相手に対する気持ちに変化が起きています。

しかし一稀は漏洩した燕太や悠の秘密に動じません。驚くほどに無反応です。彼は距離が近いように相手に感じさておきながら、実際には非常に関心が薄いのです。そしてそのことを、一稀本人は自覚してはいません。

 

一稀という少年

吾妻サラのコスプレをしたりメッセージをやりとりしたり、飼い猫だったニャンタロウを盗んでしまったり、果ては握手会で本人とすり替わろうと悠に吾妻サラの誘拐を頼んだり。春河のためという大義名分ができると、一稀は途端にリミッターが外れて大胆な行動に出てしまいます。一稀は必要以上に春河にばかり意識が向かってしまっているのです。

それは、春河が車椅子で生活していることに深く関係しています。

弟の春河は、一稀が5歳の時に生まれました。きっと一稀は弟を可愛がる優しいお兄ちゃんだったのだろうと思います。

しかし一稀には生みの親が別にいるということを、祖父から聞かされてしまいます。そのことを一稀は知らずに育ってきました。実子である春河が生まれても、育ての両親は一稀を疎むことなく接していたからなのでしょう。それでも「自分だけ家族じゃない赤の他人だった」という事実は、幼かった一稀を混乱させ悲しませ、絶望的な気持ちにさせたことでしょう。周りに馴染めないでいた燕太に声をかけてあげるような子どもだった一稀は、別に生みの親がいると知らされてから、自らの殻に閉じこもり笑わなくなってしまったのです。

そんな一稀の元に、突然生みの親が会いにやってきます。祖父は「ふしだらな女だ」と言っていましたが、彼女がとても優しい雰囲気の女性で、そんなひどい人間に見えないのは、一稀の目を通して見た姿だからなのでしょうか。彼女はどうしても会いたかったと一稀に告げますが、他に大事な家族がいるとも告げます。自分から子どもに近づいておいて、一稀が一緒にいたいと言い出さないよう予防線を張るのです。

今の家族は本当の家族じゃない。けれど、自分を産んだ母親も自分を選んではくれない。

一稀にとっては実の母の言葉もショックだったのではないでしょうか。物分かりの良い一稀は実の母の事情も理解し、今の家族と共にいることにします。しかしそんなことを知るはずもない春河は、実母の見送りに向かう一稀の後を追いかけていき、そして車に轢かれてしまうのです。

自分が本当の家族を求めたせいで、春河は一生歩くことが出来なくなってしまった。

どれほど一稀はそのことで自分を責めただろうかと思うと、キュッと胸が痛みます。

その後、彼は好きだったサッカーを辞め、春河が好きなアイドルの吾妻サラのフリをし、飼い猫を盗んで春河と世話をしてやります。そして握手会という大勢の人のいる前で、吾妻サラに成り済ましていることが暴露されてしまいます。

いつかはバレてしまう嘘で弟を騙し続けるその様子は、他人の目から見れば滑稽で道化のようにすら思えます。ですが、ただでさえ孤独を感じていた一稀は、「春河のためにここまで自分を犠牲にしているのだ」と自分に言い聞かせなければ、日々を過ごしていくことができなかったのではないでしょうか。

けれど一稀は「自分を守るために春河を騙していた」と認めます。今まで偽っていたことが春河に知られたことで、一稀は胸の底に押し込めていた感情と向き合わなければならなくなったのです。

 

二人がいてくれて良かった

春河が母の匂い袋を持っていたことを知った一稀が動揺し、三人は初めてカッパゾンビを倒し損ねてしまいます。そのためカッパの姿で過ごさなければならなくなってしまう三人。一稀はカラ元気で痛々しいほどです。

カッパの姿は人からは見えないことを利用して、三人は遊びに出かけます。しかしその先で、異変が起きます。父親と一緒にいた春河の姿が消えてしまったのです。

春河はカッパ王国の敵であるカワウソ帝国にさらわれてしまっており、殺されてカッパゾンビにされてしまうとケッピに知らされた一稀は、迷うことなくカワウソ軍のアジトへと向かいます。

アジトには大量の箱。その一つひとつに欲望を持った人間が入れられ、次々と処分されていきます。その中にある春河の入れられた箱を走って追いかけますが、一稀たちは追いつけず春河の箱は奈落に落とされてしまいます。

そこでケッピは一稀にある提案をします。

尻子玉を春河に移植すれば、命を救える。

しかし、尻子玉を失うことによって、この世界から自分の存在自体が無かったことにされてしまうというのです。燕太も悠もその事実に驚きますが、自分はこの世界に存在していない方が良いと一稀は自ら奈落に降りていこうとします。銃を使ってそれを阻止する悠。

胸糞悪いこと言ってる暇があったら別の方法考えろ!

悠の言葉と燕太から渡されたミサンガによって、一稀は意味の無い自己犠牲に酔う自分に気づき、目を覚まします。

抱いているのは欲望ではなく愛だと判定を受け、カッパゾンビにはなれないため一つだけ別の場所に移される春河の箱。

春河は一稀の実母に出会い、「もう来ないで」と言い放っていました。それはたとえ実の兄弟でなくても彼が一稀を大切に思っているからこそ出た言葉です。春河は一稀とのつながりを必死につなぎとめようとしていたのです。それでも春河は自分のことを、ひどい事を言って一稀の大事な人を傷つけた悪い子だと言います。一稀がサッカーを辞めたのも、笑わなくなってしまったのも自分のせいだと、春河は自分を責めていたのです。

再び一稀たちは春河を追いかけ、シュレッダーにかけられようとする春河の箱を間一髪で奪回します。アイドルになりすましたり、盗んだ猫で気を引いたり、そんな嘘ばかりの繋がりを作って春河をつなぎとめようとしてきた一稀は、しっかりと自分の腕で春河を抱きしめます。

「どんなことがあっても僕が春河を守る」

生まれたばかりの春河を見て心に決めた一稀。この時、彼はようやく本当に春河を守ることができたのです。

春河を無事に助け出し、人間の姿に戻った三人。一稀は、新しい生き物になったみたいだと口にします。

今まで殻に閉じこもり、自分を押さえつけ続けてきた一稀。彼は偽りの姿から本来の自分の姿を取り戻すだけではなく、大きく成長して自分の目でしっかりと世界を見ることができるようになったのです。

二人がいてくれてよかった

春河を共に助けてくれた悠と燕太に向かって笑いかける一稀。それは初めて彼が悠と燕太を本当に見つめた瞬間だったのだと思います。

 

次回は、7話について語りたいと思います。

 

 

前回は一稀を中心に1〜4話を語っています。興味を持っていただけた方は、こちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com

 

 

サラッと『さらざんまい』について語りたい② 希望の皿

皆さんは『さらざんまい』という深夜アニメ「ノイタミナ」の枠で放送されていた幾原邦彦監督のオリジナルアニメ作品をご存知ですか?

前回は『さらざんまい』という作品との出会いでの自分の混乱っぷりについて語ってしまいましたので、今回は主人公の一稀を中心に、物語の序盤部分について語りたいと思います。

 

 

『さらざんまい 』ってどんな作品?

『さらざんまい』は、浅草を舞台にした作品です。雷門をはじめ、仲見世合羽橋など、実在の風景が印象的に使われています。

先に言い訳をさせてもらうと、『さらざんまい』は、要約するのがものすごく難しい作品なのです。でも、この浅草を舞台に中学二年生の少年三人がカッパに姿を変えてカッパゾンビと戦い、そのたびに漏洩する三人の秘密が互いの関係を少しずつ変化させていく、というのがメインのお話と言っていいかなと思います。

 

この作品の主な登場人物は、以下の通りです。

まずは中学生トリオの三人から。

【矢逆一稀(やさかかずき)】この作品の主人公の中学生の少年。肌身離さず持ち歩いている箱には、彼の秘密が詰まっている。春河という弟がいる。

【久慈 悠(くじとおい)】一稀の学校に転校してきたそばかすの少年。ヤクザである兄の誓(ちかい)の影響で、車上荒らしなどの悪事を働いている。金属製の物差しを武器のように使う。

【陣内燕太(じんないえんた)】一稀の幼なじみのメガネの少年。教師の姉と祖母と暮らしている。一稀と再びサッカーをしたいと願っている。

次は警察官のお二人。

【新星玲央(にいぼしれお)】交番勤務の金髪で褐色の肌の警察官。歯がギザギザ。真武の相棒。

【阿久津真武(あくつまぶ)】交番勤務の色白でメガネをかけた警察官。無表情。玲央の相棒。

その他の人物として、ニコニコと可愛らしい一稀の弟の春河、一稀達をカッパに変えてしまう白くて丸いカッパのケッピ、浅草のアイドルの吾妻サラ、悠の兄の誓などがいます。

物語の前半は、中学生の一稀を中心に、悠・燕太と春河を絡めた物語が、後半は中学生トリオと対を成すように玲央・真武の二人や誓という大人たちを中心とする物語が進み、最後は全てが再び一稀・悠・燕太の三人へと集結していきます。

作品を貫くキーワードは二つ。「つながり」と「欲望」。「つながり」という優しい響きの言葉と対照的な「欲望」という強くて怖いようなネガティヴなイメージもある言葉。

 

つながっても、見失っても。

手放すな、欲望は君の命だ。

 

キャラクターが飛び出す楽しげな画像とともに、公式サイトにはこのコピーが掲げられています。カラフルで明るいキャラクターたちの表情に対して「欲望」という強い言葉が使われ、このコピーは一筋縄ではいかない作品の二面性を感じさせ、否応なく心に残ってしまうのです。

『さらざんまい』は、とても印象的なアバンから始まります。アバンというのは、オープニングの前に流れるプロローグの部分のことを言うそうで、『さらざんまい』についてのツイートを見ていて初めてこの言葉を知りました。

夜の浅草、隅田川に架かる吾妻橋付近を走る一稀。彼の頭上から、ピンクの円の中にカタカナのアの書かれたお皿のような看板のような巨大な「ア」のマークが落ちてきて、一稀の体はその中心を通過します。

この一稀の頭上に降り注いだ「ア」のマークは、一稀の住む浅草の街のあちこちにいくつも貼り付いています。実際の浅草と変わらない風景の中に、実際には存在しない無数の「ア」のマーク。そしていわゆるモブと言われるその他大勢の人々はピクト化されて無表情に町を行き交います。まるで見ている私たちも「ア」のマークを通り抜け、一稀たちの住む「浅草」という世界に迷い込んだように感じるのです。

 

三人は欲望を選ぶ

前半の6話は一稀を中心に物語が進んでいきます。

一稀はなぜかダンボール箱を大事に抱え、常に気にしています。その箱の中身は浅草のアイドルである吾妻サラのコスプレ衣装。

春河とは同じ家に住む兄弟だというのに、一稀はアイドルの吾妻サラになりすまし、自撮りを交換するなどして携帯の画面上で会話を交わしているのです。彼はどうしてそんなおかしなことをしているのでしょうか。

それは彼にとっての切実な理由があり、それが前半6話の軸になっています。

 

合羽橋にある金のカッパ像を壊して、ケッピにカッパの姿に変えられてしまった一稀・悠・燕太の三人。

第1話ではそれぞれ大事なものが入った箱を、第2話では春河が可愛がっている猫を、第3話では燕太の姉を、第4話では悠の親戚の蕎麦屋の蕎麦を。彼らはそれらを取り返すために、カッパゾンビと闘っていきます。

戦いに勝つと、枚数を揃えると願いが叶うという「希望の皿」が手に入ります。しかし、カッパゾンビを倒すためには、三人で「さらざんまい」を行うことが必須であり、それには大きな代償が伴います。

それぞれが隠している秘密が漏洩されてしまうのです。

一稀は吾妻サラのコスプレをしていること、春河のために飼われていた猫を盗んでいたこと。

燕太は好意を持っている一稀のリコーダーを舐めたり、彼が寝ている間にキスをしていたこと。

悠は借金で亡くなった両親の蕎麦店を潰すまいと金を盗んだ兄のために、ヤクザを撃ち殺していたこと。

決して人には知られたくないそれぞれの秘密。一稀・悠・燕太の三人は「さらざんまい」する事で強制的に互いの秘密を共有させられることになるのです。

ケッピはこれからもカッパゾンビと戦ってほしいと三人に言います。

叶えたい望みがあるのなら、と。

彼らには秘密を持つのと同じく、叶えたい希望も胸に秘めています。三人とも、カッパゾンビと戦う怖さや戦うたびに秘密が漏洩することよりも、戦いの後に手に入れられる「希望の皿」に関心が向いています。

彼らは秘密を隠し通すことよりも、自分の希望を叶えたいという「欲望」を選ぶのです。

 

次回は引き続き一稀を中心に『さらざんまい』第5・6話について語りたいと思います。

 

 

前回、『さらざんまい』の第1話を視聴して大混乱に陥った、作品との出会いについて書いています。興味を持っていただけた方は、こちらからどうぞ。

 

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サラっと『さらざんまい』について語りたい① 出会い

皆さんは『さらざんまい』というアニメ作品をご存知でしょうか?

この作品は深夜アニメの「ノイタミナ」枠で放映されていた、幾原邦彦監督によるオリジナルアニメです。この作品が放映されていた2019年4月から6月の3カ月間、私は寝ても覚めてもこの作品のことばかりをひたすらに考えているという文字通りのどハマりっぷりでした。ここまで熱に浮かされるくらい何かにハマるということ自体が珍しい自分にとって、まさしく特別な作品になっています。

寒さが増し、2019年も終わろうとしている今だからこそ、この『さらざんまい』という作品について、語りたいと思います。

 

 

『さらざんまい』との出会い

『さらざんまい』という作品に出会ったのは、ノイタミナ枠で放映されていた誰もが知る名作マンガ『バナナフィッシュ』が物語の後半に入り、「あの結末」に向けて息の詰まるような展開を繰り広げているのを見守っている時でした。半年後に同枠で放映される作品の告知PVが流れ始めたのです。

その作品が『さらざんまい』でした。

村瀬歩さんの優しい声のモノローグ。実写の浅草の風景の中に違和感無く存在するアニメの男の子。ちょっと和風でセンチメンタルな響きの音楽。「つながり」というキーワード。可愛らしいカッパ。『さらざんまい』というとぼけたタイトル。

ひと目見て、「これはよくわからないけれど、何か実験的で面白そうな作品が始まりそうだ」と感じて心惹かれ、ワクワクしたのを覚えています。

その後、パーカーのフードを目深に被ったそばかすの男の子、一人サッカーをしているメガネの男の子、金髪で褐色の肌の警察官、メガネで色白の警察官と、キャラクターの一人ひとりがそれぞれ「つながり」について語るモノローグのPVが流れ、少しずつPV自体がつながっていく様子に、きっとこの作品は切ない物語なのだろうなと、私は想像していたのでした。

しかしその後、まだ本編が放映前だというのに『さらざんまい』のスピンオフのマンガ『レオとマブ〜ふたりはさらざんまい』がBL雑誌で連載されると知り、ピクトで表現された『さらざんまい』のディザーPV「本当のことを言うよ編」「でも、それが嫌なんだ編」「この世界が空っぽになっても編」の3本でのナレーションが語るメッセージとイラストや音楽の不穏さに驚き、テレビで流れた告知PVから安易に切ない物語だと想像していたけれど、どうも違うらしいぞ?と混乱させられ、その真相が知りたくてますます作品に興味を引かれていったのです。

まさに制作側の思うツボにまんまとハマった形です。

そして迎えた4月。録画していた『さらざんまい』を張り切って見始めた私。主役の一稀はちょっと内向的な雰囲気の少年で、登場シーンがガード下での車上荒らしという影のある少年悠が転校してきて、これから彼らが紆余曲折を経て心の通い合うまでの切ない物語が多分始まるに違いないと思いつつ 視聴を続けていました。しかし、白くて丸い王子を名乗るケッピというカッパが現れたり、悠と一稀と彼の幼なじみの燕太の三人がいきなり可愛らしいカッパに姿を変えられてしまったり、突如現れたカッパゾンビと戦うために歌い踊り、ゾンビのお尻に突っ込んでいって尻子玉を引き抜くなどという話の展開に、ただただ流されていくばかり。そして最後は漏洩した一稀の秘密からシリアスムードになり、エンディングの曲が流れるころには「本当に訳が分からないけれど何やらとにかく凄いものを見た」という実感だけが残り、あまりの衝撃にすかさずまた最初から見返すため再生ボタンを押していました。その時の私のTwitterでの取り乱しっぷり。今、冷静に見返すと相当なものです。

第1話というものは、どの作品でも謎だらけの状態で始まります。

これはどんな世界が舞台なのだろう

どんなキャラクターが出てくるのだろう

どんなことが起こるのだろう。

誰もがそんなことを思いながら、情報を読み取るように作品に入っていきます。登場してくるキャラクター同士の行動や会話から、人間関係や物語の世界の背景を探っていきます。この主人公は、この理由があってヒーローを目指すのだな、このきっかけで恋に落ちるのだななどと、第1話は初めて接する人に作品の概要を理解させ、興味を引きつけておいて次回に繋げる必要があります。

しかし『さらざんまい』の第1話を見た私は、何がなんだかさっぱり分からないまま終わってしまうという、置いてけぼりをくらってしまったのです。どんな話か分かりにくいなと思うことはあっても、ここまで呆然とすることは初めてでした。

幾原邦彦監督作品を見ること自体が未体験だった私は、まるでジェットコースターに乗せられたような気分でした。向かい風に吹きつけられながらすごいスピードで景色が移り変わる中走り抜けて、自分はただ座っているだけなのにがっつりとエネルギーを持っていかれる感覚。

私は三度目の再生ボタンを押しながら、この『さらざんまい』というジェットコースターから振り落とされないように、最後までしがみついていようと決意したのです。

 

次回は主人公である一稀を中心に、『さらざんまい』の前半の物語について語りたいと思います。

 

 

前回は『彼方のアストラ』のウルルカの二人について語っています。記事に興味を持っていただけた方はこちらからどうぞ。

 

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『彼方のアストラ』ウルルカについて語りたい

『彼方のアストラ』について長々と語ってきましたが、最後はウルルカの二人について、腐目線もありつつ語りたいと思います。

 

  

7年後のウルルカ

『彼方のアストラ』の物語の終盤は、長いエピローグとしてアストラ号のメンバーの7年後が描かれています。

有言実行で自分の船を手に入れたカナタ。無事ザックと結婚しているキトリー。カナタと結婚が決まったアリエス。フニちゃんは可愛らしい高校生になっており、歌手になったユンファ、ヴィクシアの王位に就いたシャルス、教師になったポリ姉は、それぞれ自分のすべきことに取り組み、邁進しています。

そんな彼らの中でウルガーとルカの二人はどうなっているでしょう。

ジャーナリストとなったウルガーは、変わらずニット帽を被ってはいますが、右目を長く伸ばした前髪で隠すことをやめて、ずいぶんとスッキリした表情になりました。それだけでなく、アストラ号にいた時とは違い、ポリ姉やフニちゃんともにこやかに話す好青年となっているのです。トゲトゲしていたウルガーも、7年経って大人になったのだな〜と時の流れを思わせるとともに、彼の気持ちが安定している様子も伺えます。

アニメの最終話では、ウルガーに原作には無いシーンが追加されています。そのシーンは、ウルガーがアストラ号の仲間を今も大事に思いながら、過去と決別してしっかりと自分の道を歩んでいるのだと強く感じさせ、原作を補完しているものでした。

一方ルカについては、ユンファのコンサートに訪れる様子が描かれています。アストラ号にいた時には天真爛漫で茶目っ気のある少年という感じでしたが、皆と同様に7年を経て大人になり、以前よりもぐっと落ち着いた雰囲気になっています。

キトリーとアリエスがそれぞれの近況を報告しますが、ルカもウルガーとのことについてさらりと言及しています。「トンボみたいな人」とルカに表現されているように、ウルガーは前触れもなくふらりとルカを訪ねて来ては、挨拶もそこそこにすぐに取材先へと出て行ってしまうような慌ただしい状態なのかもしれません。「放っておけばいい」という言葉から、ルカはもう少し二人でゆっくり過ごしたい気持ちもありそうですが、ウルガーに半ば呆れつつも現状を認めているようにも思えます。

ウルガーのことをルカが語ることについて、キトリーもアリエスも特に驚く様子もありませんし、ウルガーとルカの間にはくだけた雰囲気も感じられます。彼らは腐れ縁とも言えるような離れはしないけれど馴れ合いすぎることもない距離をずっと保ち続けてきており、そんな彼らをB5班のメンバーたちは見守ってきたのかもしれません。

そんなウルガーとルカの関係に、私は微笑ましさと共に羨ましさも強く感じるのです。

 

ウルガーという少年

アストラ号にいた頃のウルガーは、メンバーの中でも無口で、一匹狼的な性格をしていました。長い前髪で片目を隠していることから、外の世界とは自分の意思で距離を置こうとしているのだなと分かります。

クローンとして生まれたために疎まれて育ったウルガーに唯一温かく接してくれていた兄は、ある事件を追う中で自殺に見せかけて殺害されてしまいます。その仇を討つと心に決めたウルガーは、繊細で優しい自分を抑えこもうと、あえて周りとの繋がりを持つことを避け、敵を作るような態度を取っていました。そのためその頃のウルガーは言葉遣いがキツく、とても付き合いにくい印象を与えます。

しかしそんなウルガーでも、ルカとは無愛想ながらも旅の序盤から会話が成立しています。シャルスに話しかけられても無視していたのと対照的に、ルカには自分から過去の話をしてさえいます。

ウルガーはもともと広く浅くたくさんの人間と友好関係を作るのを好まず、信頼できると判断できた人間に対して心を開き受け入れるタイプなのでしょう。そんな彼だからこそ、仇を討とうと決意するほどに兄への思慕は強かったのだろうと思います。

B5班はにわかに集められただけのメンバーで、互いに信頼関係はありませんでした。仲間なんていないと言い放つウルガーに対して、どうしても身構えて接しているメンバーが多かっただろうと思いますが、ルカは最初から邪気も無くニュートラルに接してきたのだろうと思います。

ルカに隙を突かれて何かとからかわれてしまう様子には、ウルガーが他の人に対しては抑え込んでしまっている、本来の人の良さが出ている気がします。

 

性別を自分で決めるということ

ルカはインターセクシャルという、性別を医学的に判別できない状態で生きています。体も心も、グラデーションであると語っています。

「自分は男性だ」「自分は女性だ」と心も体も性自認がはっきりできる人でさえ、いわゆる「男らしさ」「女らしさ」とされるものは、人によって様々な状態で混在しているものです。私自身も女性であることを受け入れられない部分もありつつ、それでも自分は男性ではないと確信できるのは、意識と体の性が一致しているからであり、自分の性別がどちらなのかと迷うようなことはありません。

男性か、女性か、どちらでもないのか、どちらでもあるのか。

性別というものは、アイデンティティの深いところにあるものです。多くの人が考える必要のない性別というものについて、ルカのように自分の意思で選び自分の意思で定義しなければならないということがどれほど大変なことなのか、正直想像もつきません。男女に二分される世界の中でどちらともつかない曖昧な状態でいるのは不安なことだと思いますし、どちらか一方の性別を選びもう一方を切り捨てるということもきっと難しいことだろうと思います。

それでもルカは、インターセクシャルである自分の体を個性的で好きだときっぱり言い放ちます。他人とは共有できない悩みや苦しみも今までたくさん経験してきて、ルカはそれらを経て、曖昧さや変化を恐れず、そのままの自分を愛することができる心の強さを身につけたのだろうと思います。

 

ウルガーとルカ

故郷の星を目指す旅の途中、ウルガーはルカが自分の兄の仇であるエスポジト氏の長男であると知り、銃を突きつけました。その時ルカは、自分がインターセクシャルであることを証明するために、メンバーの前で裸をさらすことになってしまいました。

そのことをB5班の皆の前でしっかりと謝ってはいますが、その後も何かとそのことをネタにしてルカ本人がからかってくるため、ウルガーは罪悪感を引きずらずに済んだことでしょう。でもそのおかげで、他のメンバーよりもルカの中に女性性を意識させられることも多かったのではないでしょうか。

単なる「男友達」というわけにはいかないけれど、「女友達」よりもずっと気が楽。

ウルガーはそんなことを思っていたかもしれません。

またルカは、エスポジト氏を殺して兄の仇を討とうというマイナスな思考から目を覚まさせ、真実を突き止め告発するという兄と同じジャーナリストとしての目標を思い出させてくれた人物でもあります。見失っていた目標に向き合わせてくるきっかけを作ってくれたルカに対して感謝をしているはずです。そのことだけでも、ルカはウルガーにとって特別な存在になったと言っていいと思います。

一方、アストラ号に乗っていたときには自認は男だと言っていたルカですが、ウルガーに自分の胸を意識させるような言動をして赤面させたりしています。他の男性陣には、そうやってからかっている描写は見られません。一番ウルガーがシャイでからかいがいがあったということもあるでしょう。でも、ウルガーと過ごすことによって、ルカの中で自分の性別に対する心境が少しずつ変化していったのかもしれません。

ウルガーの気持ちは一切語られてはいませんが、彼にとってルカは男友達とも女友達とも違う、気の許せる特別な存在です。だからこそウルガーは取材に忙しく飛び回る中でも、ルカの家をわざわざ訪れてきているのです。そのことをルカも理解しているからこそ、呆れつつもウルガーを迎え入れているのでしょう。

信頼できる人を見極めて心を開くウルガーと、おおらかにあるがままを受け入れることのできるルカ。一見正反対に見え、噛み合いそうにないように思える二人ですが、彼らの波長はあっているのだなと強く感じさせます。それはお互いそのままの姿を受け入れているからなのです。

それは当たり前のように思えて、とても難しいことです。それをさらりと実現させているウルルカを、私はとても素敵な二人だなと思うのです。

 

 

前回はシャルスについて気合いれて語っています。興味を持って頂けた方はこちらからどうぞ。

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『彼方のアストラ』シャルスについて語りたい

原作マンガは「マンガ大賞2019」を受賞し、素晴らしいアニメも放映された『彼方のアストラ』。本来であれば、この作品の主人公であるカナタについて語るところですが、今回はあえて作品の登場人物の一人であるシャルスに焦点を当てたいと思います。

 

 

シャルスという少年

シャルスは金髪に緑の瞳を持つ、メンバーも「イケメン」と口にするほど美しい顔立ちの少年です。物言いも穏やかで、後にヴィクシア王政地区の出身と語るも、カナタたちにむしろ納得されてしまうような育ちの良さが滲みます。

遭難した旅の序盤ではリーダーに推薦されるも自分には向いていないと辞退したシャルス。確かにどこかおっとりとしたシャルスよりも、決断力に優れたカナタの方が、客観的に見てもリーダーとして適任だとも思われます。ですが、何よりシャルスにはこの旅のリーダーにはなれない「決定的な理由」があったのです。

カナタをはじめ、惑星キャンプに参加した9人のB5班のメンバー。誰もがこの惑星キャンプを楽しみにしていた中、シャルスがその心の中で抱いていた感情は、他のメンバーとは全く違うものだったでしょう。彼ひとりがこの惑星キャンプに参加する目的が全く別のところにあったのですから。

B5班のメンバーはキャンプ先である惑星マクパに到着してすぐに謎の球体に襲われ、宇宙の彼方へと放り出されてしまいます。ここから彼らは自分たちの故郷に戻るため、5012光年という途方もない距離を旅することになるのですが、カナタたちB5班のメンバーを襲ったその謎の球体「人工ワームホール」を操っていた人物こそ、シャルスだったのです。

メンバー全員を殺す。そして自分も死ぬ。

彼は、自分もろともB5班のメンバー全員を殺処分する使命を帯びて惑星キャンプに潜入していたのです。その使命を果たすためには、生きて帰ることを目的とした旅のリーダーなどにシャルスがなれる訳がありません。

「僕は君の右腕となる」

何気なく口にしたであろうこのシャルスのセリフは、物語の終盤であまりにも重い意味を持ち、私たちに大きなショックを与えることになります。

 

クローンとして生きること

故郷の星を目指す旅の中で、B5班のメンバーたちは自分が親と思っていた人間のクローンであることを知ります。彼らは若返りのただの器のクローンとして生み出されました。しかしゲノム管理法が成立してクローンを作ることが重罪となったため、彼らは殺処分されようとしていたのだと分かります。

自分の出自を知らずに今まで「自分」として生きてきた彼らにとって、この二つの事実はこの上ない大きなショックだったろうと思います。

ですが、カナタたちB5班のメンバーを殺処分する使命を帯びていたシャルス本人も、彼らと同じくクローンでした。しかも、彼は他のメンバーとは違い、幼い時から王のクローンとしてのみ扱われ、「自分」として生きることを許されずに育ってきたのです。

記憶を移植できる年齢になったら、自分の体を王に明け渡す。

そのために生まれたことを聞かされ育ったシャルス。それは死を意味することだとしても、彼にとって当然のことであり、彼の存在意義そのものでした。自分の命を王に捧げる時のために健康な体を保ち続けることに、彼は何の疑念も不安も抱くことは無かったと語ります。そして王のために死ぬ使命を持つ自分の人生を、すばらしいとすら言い切ります。

でも、果たしてそれは、彼の本心からの言葉だったのでしょうか。

王のクローンであるシャルスは、ヴィクシアの城の外に出ることを許されず狭い世界に閉じ込められていました。そんな彼が興味を持ったのは生物。ちょっと気持ち悪いとさえ言われるほどの生物に対する好奇心と豊かな知識を、彼は持ち合わせていました。

また、将来ヴィクシアの王の器となるときのため、シャルスは隠蔽されたアストラの本当の歴史を教えられていました。

彗星直撃から地球の生命を救うために惑星間移住が計画され、それを叶える手段として開発された人工ワームホールの技術。しかし、移住先のアストラの領地を争う、全人口の約半数が失われるほどの激しい戦争の中で人工ワームホールが使われたことから、その技術は永久に封印されることになりました。残った人々はその存在すら完全に葬るために偽の歴史を捏造し、その技術を使った惑星間の移住そのものを無いこととしたのです。

その歴史は、アストラに住む多くの大人ですら知らない大きな秘密でした。シャルスはそんな人類の愚かな歴史の秘密を知る、数少ない人間だったのです。

生物に深く興味を抱き、真の歴史を教えられていたシャルス。聡明な彼は、命とは、人間とは、自分とは何かと、幾度となく考えてきただろうと思います。

しかし王という絶対的な存在のクローンとして育ってきた彼は、豊かな知識を得られても、クローン以外の生き方を得ることはできません。シャルスはこの人生こそ幸せであるのだと、自分に言い聞かせるしかなかったのではないでしょうか。

カナタたちB5班のメンバーには決して言うことのできない大きな秘密を抱えて、惑星キャンプに参加したシャルス。彼は計画通りに全員を人工ワームホールに飲み込ませましたが、その先で発見された宇宙船アストラ号が操行可能だったため、誰一人殺すことができずに終わります。

そのため、惑星ヴィラヴァースで再びシャルスは人工ワームホールを出現させるのですが、その後最後の惑星までそれを出現させることを止めます。彼は計画を変更したのです。

自分も含め全員を殺処分することに迷いなど無かったシャルスの考えを変えさせた存在、それがアリエスでした。彼女はシャルスのオリジナルであるヴィクシア王の娘セイラのクローンだったのです。

カナタたちB5班のメンバーが揃って親との希薄で冷たい関係にさらされてきた中、アリエスだけが母親から温かい愛情を感じて育ってきました。

そして彼女のオリジナルであるセイラは、シャルスを父親のクローンとしてでなく、あくまでも一人の人間として接してくれた、ただ一人の人物でした。

アリエスはメンバーに足りない「愛情」について補完する存在だと言えます。物語の終盤、アリエスを媒体として、カナタとシャルスは対峙することになるのです。

 

ヒロインであり影の主人公

セイラのクローンであるアリエスを王の元へ連れ帰る。

シャルスは課せられた使命に自分の意思で方向転換を決めます。もしかすると、それは初めてシャルスが王に逆らった瞬間だったのかもしれません。

自分で定めたその目的のため、B5班のメンバーと協力的に過ごすことにしたシャルスは、食料調達に蓄えてきた生物の知識を駆使して殺す標的である彼らの生命を存えさせ、共に力を合わせて困難な状況を乗り越えていきます。

王宮からは遠く離れた広大な宇宙で、見知らぬ惑星の多様な生命に触れ、同じ年代の仲間と過ごす旅です。すべてがシャルスにとって初めてで楽しいことばかりだったことでしょう。人と触れ合うということ、生き延びるために行動すること、自ら考え動くこと。それらを経験していく中で、自分の中で仲間たちに対して芽生えた感情と自分に課せられた殺処分という使命との間で、シャルスは板挟みのまま過ごしていたのではないかと思います。

とうとう最後の惑星に辿り着き、いよいよ自分とアリエス以外のメンバー全てを殺さなければならなくなった時、シャルスの心の内はどのようなものだったのでしょうか。

カナタによって自分が刺客であることを明らかにされ、B5班のメンバーの全員殺処分の計画は頓挫したシャルスは、仲間の前で自分の過去と使命を語り、ひとり人工ワームホールに飲まれて死のうとします。

「こめんね、みんな。ホントは好きさ」

シャルスが呟いたこの言葉は、私たちの胸に刺さります。彼は自分の使命よりも仲間の命を守ることを取り、彼らを裏切り続けてきた自分を罰しようとしたのです。誰よりも孤独で、誰よりも大きな秘密を抱えて生きてきたシャルス。彼はセイラを亡くした時からずっと死ぬために生きていたのかもしれません。

そんな彼をカナタは右腕を犠牲にして助けます。カナタはその優れた身体能力と勇気で数々の困難の突破口を開き、仲間を助けてきたまさに「ヒーロー」でした。そしてシャルスは、メンバーの中で最もカナタによって救われるべきこの物語の核を握る「ヒロイン」的な役割を担っていたのだと言えるでしょう。

アストラに帰り着いてからのシャルスは、真の歴史を人々に明らかにするようにカナタとともに訴え、ヴィクシアの王位に就いてからは、政治的権力を放棄し、今まで隠していた秘密を歴史研究のため解放します。まさに生まれ変わったような活躍です。

しかし、いくらヴィクシア王本人のクローンとはいえ、ただ王と遺伝子が同じというだけの少年です。彼が王位に就いて大胆な改革を行うことは、決して容易ではなかったことは想像ができます。シャルスは自分がリーダーには向いていないと言いましたが、これほどの困難をやり遂げられる彼の行動力と勇気は、カナタ以上のものを感じます。きっと彼のオリジナルであるヴィクシア王も、本来であれば優れた王だったのではないか、そんなことさえ想起させます。

同じ遺伝子を持っていても、ヴィクシア王とシャルスの間には大きな隔たりがあります。過去に囚われてしまった王と、過去を乗り越え前に進むシャルス。

 

誰と、どのように過ごし、何を見て、何を感じて、どう行動していくのか。

 

まさにそれこそ、その人の生き方を決めるのだとシャルスを見て感じるのです。

常に前を向いて自分や仲間を奮い立たせて進むカナタの姿は、この作品の主人公にふさわしいとものです。しかし、この作品のテーマを一番表している人物は、シャルスであり、シャルスはカナタと対になる「影の主人公」であると思います。

 

次回は『彼方のアストラ』の主要なキャラクターの中から、ウルガーとルカについて語りたいと思います。

 

 

『彼方のアストラ』のテーマについて書いた前回の記事に興味を持っていただけた方ははこちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com

名作マンガ『彼方のアストラ』について語りたい!③

マンガ大賞2019」を受賞し、アニメも素晴らしかった『彼方のアストラ』。

今回は、この作品が私たちに伝えるもの、テーマについて語りたいと思います。

 

 

明らかになっていく謎

カナタたちの目指すのは、故郷の星アストラ。しかしその星はあまりに地球に似ており、別の星であるにも関わらず話す言語は地球人であるポリ姉と同じ英語。このあまりにも不可解な状況に、B5班のメンバーとポリ姉は、情報のすり合わせを行います。

カナタたちの住むアストラには国という領土形態も宗教も無く、過去は振り返るなと意図的に歴史をほとんど教えていないこと、そして第三次世界大戦が起きていたということが明らかになります。

一方、ポリ姉の住んでいた地球では、第三次世界大戦は回避されていました。しかし、その後巨大隕石が衝突するという予測から、別の惑星への移住の計画がされます。ポリ姉は隕石が落ちる前に、地球の生命の移住先の惑星を探すという悲壮な使命を帯びて宇宙に出ていたのです。

惑星イクリスで彼女がスリープに入っている間に、人工ワームホールを使って惑星間移住は終わってしまっていました。その移住先が惑星アストラ。カナタたちはアストラへ移住した地球人だったのです。

カナタたちを襲った謎の球体は人工ワームホールであり、彼らが飛ばされた5012光年先にあった氷の星は、地球だったという事実も分かります。

この作品の始めから私たちが気づかぬように張り巡らされていたいくつもの伏線が、終盤に向かってパズルのピースがはまっていくように回収されていく気持ち良さ!この快感は『彼方のアストラ』の物語に触れた方は、皆さん感じるところでしょう。

あれもこれも伏線だったのかと、考え尽くされたストーリー構成を確認したくて、私は最初から見直してしまうほどに感服させられました。

 

命の価値

なぜ地球からアストラへの移住という、この歴史的な事実をカナタたちは全く知らなかったのか。

まだ謎も矛盾も残ったまま、カナタたちは最後の惑星ガレムに降り立ちます。

そこでまたもカナタを襲う謎の球体。危うく難を逃れたカナタは、最後の中継地点であるこの惑星で、刺客がB5班のメンバー全員を殺して自分ひとりアストラに戻ろうとしていると読み、刺客との対決を決意します。

カナタはシャルスとザックにのみ、刺客と対決する作戦を話します。ターゲットは、なんとウルガー。その作戦は、食糧採取の振りをしてシャルスがウルガーとともに行動、カナタとザックが隙を見てウルガーを捕らえるというものでした。

ウルガーが刺客だという事実に驚きながらも、シャルスとザックは作戦を実行します。

刺客は他の者の目がない状況になった時、メンバーを処分するため、謎の球体である人工ワームホールを出すはず。

洞窟の中でウルガーとシャルスの二人きりとなった瞬間、カナタの読み通りに謎の球体が現れました。しかし、カナタが捕らえたのはウルガーではありませんでした。

「やはり刺客はお前だったんだな」

真のターゲット、刺客の正体はシャルス。カナタの本当の計画は、シャルスを欺くことだったのです。

なぜシャルスが刺客としてB5班のメンバーを殺処分しなければならないのか。共に今まで幾多の困難を乗り越えきたアストラ号の仲間たちに向かって、彼は語り始めます。そこには彼の壮絶な過去がありました。

他のメンバーとは違い、シャルスは自分がクローンであることを知っていました。しかも彼はヴィクシア王政地区の王のクローンであり、大人になった時に王に体を明け渡す使命を聞かされて育ってきました。

自分の命は、王のためにのみある。それがシャルスの中で当然のこととして認識されていました。ゲノム管理法が定められ、クローンを作ることが重罪とされるようになった瞬間、彼の使命は王のために体を差し出すことから、自分もろともクローンたちを全員殺処分することへと変わります。ようやく自分の命の使い道ができたことに、シャルスは喜びさえ感じるのです。

しかし、シャルスはB5班のメンバーの中に王の娘、セイラのクローンであるアリエスを見つけます。セイラは唯一自分に人として接してくれた人物。アリエスをセイラのクローンであると確信したその時から、彼はアリエスを王の元へ連れ帰ることを決意します。そのためカナタたちB5班のメンバーと力を合わせていたのです。

しかしB5班のメンバー全員に知られ、その目的をも果たせなくなってしまったシャルスは、自分ひとり人工ワームホールに飲み込まれて宇宙の果てで死のうとします。それを止めに入ったカナタ。シャルスは体を張って守ろうとするカナタが共に飲み込まれるのを防ぐために人工ワームホールを消します。

旅の始め、シャルスは全員を殺処分するという使命を果たそうと、虎視眈々と機会をうかがっていたかもしれません。しかし共に苦難を乗り越えてきたB5班のメンバーに心を通わせていたのは、シャルスも同じです。死ぬことが目的なら、カナタを巻き添えにもできました。でも彼はカナタまで巻き込むことはできなかったのです。その行動は、彼がカナタを大事な仲間だと思っているからこそのものです。そこにシャルスの本心が現れています。

人工ワームホールに右腕が飲まれ、カナタは右腕を失ってしまいます。しかし、シャルスの心を理解しているカナタとB5班メンバーは、彼の生まれた環境も犯した罪も全て受け入れ許しました。対峙すべきものは、シャルス個人ではないと彼らの誰もが考えた、その絆の強さと正しく物事を捉える判断力は素晴らしいものです。

そんな彼らB5班のメンバーに、シャルスは自分の知っている本当の歴史を語ります。その歴史は意図的に封印され、無かったことにされていた事実でした。

 

『彼方のアストラ』のテーマ

自分たちは親と思っていた人間のクローンだった。

自分たちの知っていたのは捏造された歴史だった。

自分たちを取り巻く全てが偽りのものだと知るカナタたち。しかし、彼らはそれら全てを飲み込み、惑星アストラに住む一人の人間として自分自身の人生を力強く歩んでいきます。

『彼方のアストラ』という作品は、カナタたちB5班のメンバーがいかにして苦難を乗り越え故郷の星アストラへと帰り着くまでを描いた作品ではないのだと私は思います。

無事に帰還してからの彼らの姿を描いたエピローグの長さを見れば、そう感じてもらえるのではないでしょうか。

7年後に宣言通り若くして自分の宇宙船を手に入れたカナタをはじめ、すっかり大人になった彼らの変わらない明るさや逞しさに、私たちは大いに励まされるのです。

 

誰と、どのように過ごし、何を見て、何を感じて、どう行動していくのか。

 

それが人生を決める最大の要素です。カナタたちほどの凄まじい経験はなくても、誰もがそれぞれに過去を持っています。胸を張れる過去ばかりではないかもしれません。

それでも自分は変わっていけるのだと、自分の人生を歩んでいいのだと、『彼方のアストラ』はまっすぐに明るいメッセージを送ってくれているのです。

だからこそこの『彼方のアストラ』という作品は、多くの人の心に深く残る名作となっているのだと思います。

 

次回は『彼方のアストラ』の主要なキャラクターの中から、シャルスについて語りたいと思います。

 

 

『彼方のアストラ』のタイトルについて書いた前回の記事に興味を持っていただけた方は、こちらからどうぞ。

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名作マンガ『彼方のアストラ』について語りたい!②

原作マンガは「マンガ大賞2019」を受賞し、アニメも賞賛にうちに最終回を迎えた『彼方のアストラ』。

この作品の概要を前回語りましたが、今回はさらに詳しくネタバレ含めつつ語りたいと思います。

 

 

B5班メンバーの旅

カナタたちB5班のメンバーは、水と食料を調達するために5つの惑星に立ち寄ります。星が違えば、地形、気候、生物がまるで違います。見知らぬ動植物を相手に繰り広げるまさにサバイバル。いくつもの危機的状況が彼らに襲いかかります。

また、人間が集まれば当然ぶつかり合いも起こります。印象が悪かったり、誤解をしたり。それでも各々の抱える傷を分かち合い、理解を深めてかけがえのない仲間となっていきます。

皆とても個性的なB5班のメンバーたち。彼らは自分の置かれた状況を前向きに捉え、この困難な旅もこのメンバーとなら楽しいとさえ口にします。同じ高校とはいえ面識もなく、ぎこちなかったB5班のメンバーたちが、徐々に打ち解けて力を合わせて困難に立ち向かっていく様子は、彼らの旅を見守っている私たちに、頼もしさと微笑ましささえ感じさせます。

シリアスな状況の中でも、高校生らしく和気あいあいと過ごし、自分たちが「殺処分」されそうになったことも、それを実行する「刺客」が仲間の中にいることも忘れてしまうほどに深まっていく絆。

しかし、この『彼方のアストラ』という作品は、このままでは終わってはくれないのです。

カナタたちの乗るアストラ号は、帰還まであと一歩というところで、操行不能となってしまいます。惑星イクリスの巨大植物に襲われ、アストラ号が修理不能なほどのダメージを受けてしまったのです。

降り立ったイクリスは荒涼な大地の広がる惑星。そんな惑星で9人生きていかなければならないという絶望的な状況。メンバーたちは食料調達に出ますが、すぐに気持ちを切り替えられるわけがありません。ここまで来られたのも、故郷に帰りたいという強い願いがあったからです。その願いは打ち砕かれたかに思われました。しかし、そこでアストラ号と同じ型の宇宙船アーク号が発見されるのです。

 

『彼方のアストラ』というタイトルの意味

アーク号でひとり冬眠状態で助けを待ち続けていた女性がポリーナ・リヴィンスカヤです。彼女の登場により、物語は大きな転機を迎えます。

彼女の乗っていたアーク号も壊れていましたが、それがアストラ号とは別の部分だと判明。アリエスの提案により、それぞれ無事な部分をドッキングさせて操行可能な機体を一機作り出すことに成功。再び故郷への帰還を目指すことになります。

使命を帯びて宇宙に出ていたポリーナはカナタたちB5班のメンバーたちよりも年上のため、彼らにポリ姉と呼ばれ受け入れられます。長期間の冬眠状態で衰弱していた彼女の体調も戻り、あとは故郷をひたすら目指すだけとなり、再びアストラ号は明るい雰囲気に包まれます。

しかし、ポリ姉の何気ない一言をきっかけにして、B5班のメンバー全員が自分の親と思っていた人間のクローンだという事実が突きつけられてしまいます。クローンを作成するのは重罪。そのため彼らは集められ、処分されようとしていたのです。

 

遺伝子だけで自分という人間が出来ているわけではない。たとえクローンとして生まれていようと、自分はオリジナルの人間とは全く別の人間だ。自分は誰かのコピーなんかではない。

 

B5班のメンバーは「自分」としてこれから生きるためにも、全員で生きて帰り着く決意をさらに強くします。今まで困難を乗り越えてきた彼らは、自分の存在意義すら揺るがすこの事態さえも、自らはね退けるのです。

その強く前向きな意志は、彼らを応援してきたはずの私たちが、まるで「自分として生きろ」と励まされているかのような、震えるほどの感動を与えてくれます。

目指す故郷の姿を捉え、感涙にむせぶB5班のメンバーたち。無事に帰り着き、オリジナルである親たちを断罪し、彼らは新しい戸籍を手に入れクローンではなくオリジナルの自分になって新しい人生を歩き出していけるのだと祝福したい気持ちにもなりますが、物語はまだ終わってはくれません。

「やっと地球に帰れる」

と涙を浮かべるポリ姉を不思議そうに見るカナタたち。

 

「チキュウって何だ?」

 

彼らが目指していたのは、地球ではなく、惑星アストラ。この宇宙船に乗る人間の中で、ポリ姉だけが地球人だったのです。

このカナタの言葉に、ずっと親しみを抱いて無事に帰れるようにと見守ってきたB5班のメンバー全員が一気に得体の知れない人間たちに見え、私は背筋が寒くなるほどの衝撃を受けました。

アニメでは9話が、原作では4巻がこの場面で終わります。私は原作を読まずにアニメを視聴しており、この場面に思わず声が出てしまったほどでした。カナタ役を演じる細谷佳正さんの演技は「本当に彼らは地球の存在を全く知らないのだ」と私たちに実感させ、ゾクゾクとする怖さを感じてしまうほどの素晴らししいものでした。

『彼方のアストラ』というタイトルは、カナタたちB5班のメンバーがアストラ号に乗って旅をするからではなく、彼らが目指す5012光年彼方にある母星アストラを指していました。確かに今まで、次に向かう惑星の名は口にしても、誰ひとり「地球」という言葉は口にしてはいません。物語の最初から、伏線は仕組まれていたのです。

 

次回は、『彼方のアストラ』が私たちに伝えることについて語りたいと思います。

 

前回書いた『彼方のアストラ』の概要についての記事に興味をお持ちいただいた方はこちらからどうぞ。

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