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『ID: INVADED イド:インヴェイデッド』について語りたい⑧イドの嵐

あおきえい監督・舞城王太郎脚本のオリジナルアニメ『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』について、前回は第10話について語りました。今回は第11話【STORMED】についてネタバレしつつ語りたいと思います。

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第11話【STORMED】

吹きすさぶ風。舞い上がる砂。嵐の中、浮かび上がる「ジョン・ウォーカー」の影。自分が酒井戸ではなく鳴瓢秋人であると思い出したことによって起きた激しい嵐。

鳴瓢は、この砂漠のイドが自分のものであること、そして自らも「ジョン・ウォーカー」に殺意を操られて殺人を犯していたことを理解します。自意識から逃れようと嵐を巻き起こしながら砂漠のイドが膨張を続けるため、酒井戸たちの位置を完全に見失ってしまう井戸端メンバー。酒井戸たちを強制的に排出することも、ミズハノメをシャットダウンさせることもできず、彼らはイドの中で何が起きているかを全く把握する事ができなくなってしまいます。

お前、どうして……どういうつもりだ!

殺意を剥き出しにして富久田に掴みかかる鳴瓢。しかし抵抗しないどころか、微笑みさえ浮かべている富久田の態度に、鳴瓢は違和感を抱きます。怒りに任せて鳴瓢が富久田を殺すというところまでが、「ジョン・ウォーカー」の罠。富久田はそのことを理解して、わざと鳴瓢を自分自身のイドで自分を思い出させたのです。

どうしてお前は死にたがる?

富久田は自分で頭に穴を空けてもなお、生きていた男です。そんな男がなぜ今、鳴瓢に殺されることを願うのか。そもそもなぜ富久田は自分の頭に穴など空けたのか。

鳴瓢は、富久田の目が数字を求めるように忙しなく動いていることに気づきます。砂漠の砂粒を数えるなど、普通の人間では行わない行為です。それだけではありません。彼は鳴瓢と会話しながら、必ず同じ動作を3回ずつ繰り返していました。

お前、数唱障害だな

鳴瓢は富久田がこの強迫性障害の一つにあることを見抜きます。数唱障害とは、こだわりの数字や回数を持っていて、その数字を避けたりその回数同じことを繰り返したりせずにはいられない、というものが主な症状のようです。富久田の場合、それだけの症状で収まることができませんでした。彼は数字に囚われてしまった男でした。数字があれば数えずにはいられないのです。

本堂町を拐って逃亡した富久田を追う松岡が踏み込んだ富久田の自宅。随分と物が少ない殺風景なその部屋の壁は、富久田が書いたと思われる手書きの数字でびっしり埋め尽くされていました。また地面に数字が刻まれている雷のイドに穴井戸として投入された富久田は、推理を進めるようなふりをしつつ、いかにも意味ありげに刻まれている地面の数字から、あえて情報を取ろうとはせず、自分に言い聞かせるように「数列の把握なんてしなくていいんだ」と口にしながらフラフラと歩いて雷に撃たれてすぐに死亡していました。砂漠のイドでは鳴瓢を待つ間に砂を数えてコックピットに数字を刻み続け、流砂に埋まった死体を掘り出す前には、「二人で辿り着けた」とわざわざ鳴瓢に念を押していました。

常に数を意識し、数え、計算し、把握せずにはいられない富久田。彼は常に頭の中に渦巻く数から逃れようと、自分の頭にドリルで穴を開けていたのです。脳を削り、頭を貫通するほどの穴。それは、一瞬で空くようなものでは決して無いはずです。富久田は右側の顔から頭部にかけての皮が剥がれたインパクトのある風貌になっていますが、それは彼が自分の頭にドリルを突き立てた際、ドリルに巻き込まれて皮が剥ぎ取れてしまったということのようです。貫通するまでドリルで自分の頭をえぐり続けた富久田の狂気や強迫性障害の苦しみを感じざるを得ません。彼は脳を削り頭に穴を空けたことによって、数を気にせずにいられるようになったのでしょう。彼が「穴は解放だ」と口にしていたのは、そういった意味が込められていたのです。

しかし、名探偵の姿はその人間の二十代の頃の姿となるのか、穴井戸としてイドに投入されることになった富久田の頭に空けたはずの穴は、塞がってしまっていました。「名探偵」としての明晰な頭脳で数唱障害が復活するなど、富久田にとって耐えがたい苦痛だったに違いありません。だからこそ、穴井戸の彼はイドから早く排出されたいがために、ろくな推理もせずにすぐに死んでいたのです。

砂漠のイドで目覚め、自分の手がカエルちゃんと繋げられていた時点で、富久田はここが鳴瓢のイドだと勘付いたのでしょう。だからこそ、結び付けられていたワンピースの裾で作ったリボンを解き、時計泥棒を追うなどと言って鳴瓢を置いて先に一人で歩き始めたのです。第8話で富久田がよろけた時に、地面を踏む硬い足音がすると、Twitterで話題になっていました。砂漠に成り果ててはいますが、ここは鳴瓢のイドに間違いはないと富久田は確信していたのです。

しかしいくら歩いても、空は曇らず雷は落ちてはくれません。彼は雷に撃たれて死ぬことはできないのです。自分の記憶通りの場所にミズハノメのコックピットを見つけた富久田は、確実に死ねる最後の手段として「ジョン・ウォーカー」の策に乗ったのではないでしょうか。

同情はする。だが俺は、お前を殺してはやらない

鳴瓢が自分自身を思い出してイド嵐が起きたその瞬間、砂漠のイドと雷のイドから、同時にそれぞれミズハノメのコックピットが消えていました。自分のイドを認識したことで砂漠と雷のイドとが繋がり合ったのです。このイドにあったコックピットが、雷のイドで本堂町の座るコックピットに置き換わったと読んだ鳴瓢。彼は富久田と共に、埋れてしまっている本堂町を助け出すため砂を掘り出し始めます。こんな大量の砂の中に埋れていたら、本堂町は窒息してしまうのではないかと心配になってしまいますね。今、イド嵐に阻まれて、鳴瓢たちの行動は外から感知することができなくなっています。外からの目があれば現実世界とイドの時間の流れは同期しますが、外から監視できない閉じた空間となったイドの中では、時間の流れは現実とはリンクしないのです。現実世界の5分はこの世界の5分とは長さが違います。うたた寝で長い夢を見るように、いくらでも時間を引き伸ばすことができるのです。

その頃、まだイドの中のイドに取り残されたままの本堂町は、鳴瓢が殺人鬼排除のために借りていたアジトを訪れていました。ホワイトボードには、「顔削ぎ」をはじめとする7人の連続殺人犯とその被害者たちの名前がビッシリと書き連ねられ、考察と排除を重ねていた様子がうかがえます。

7人の連続殺人犯たちの殺害方法には、「一対一で殴り合う」「顔面を削ぐ」「舌を引き抜く」など、それぞれ独自の嗜好があり、同じ殺害方法で繰り返し殺害に及んでいます。歴史上の連続殺人鬼にもそれが当てはまるように、「ジョン・ウォーカー」も例外では無いはず。本堂町は、奴が作り出した殺人鬼たちの共通点を探り、その実態についての推理を進めていきます。

第一の共通点。連続殺人犯たちの殺害方法は、必ずしも被害者を即死させるものではないということ。実際に、現実では生き残った被害者を保護したことから、犯人逮捕に繋がっています。

第二の共通点。被害者の最大人数は7人。それ以上の被害者が出る前に、殺人鬼たちは逮捕されているのです。

そして第三の共通点。「股裂き」は月曜、「顔削ぎ」は火曜と、それぞれが担当するように同じ曜日に犯行を行っているということ。「ジョン・ウォーカー」は、曜日を決めて殺人鬼たちの殺意を操作し、殺人行為を行わせていたのです。まるでつまらないルーティンの仕事をこなすように。あるいは、1週間で世界を作った神を気取るように。

7人の被害者と7人の連続殺人鬼を生み出した「ジョン・ウォーカー」。奴は百貴に濡れ衣を着せ、鳴瓢をドグマに落とす罠を仕掛け、このまま自分の活動を終わらせるのか、それとも違う段階に進むつもりなのか。

ところで、なぜ百貴の自宅から鳴瓢の思念粒子が採取されたのでしょうか。確認のため百貴宅に戻った松岡。思念粒子が採取されたのは白駒の死体が発見された庭でも「ジョン・ウォーカー」の服でもなく寝室からでした。寝室に飾られていた写真の裏に、鳴瓢の独房に貼ってあった花火師を殺した時の思念粒子が付いた写真が重ねられていたのです。東郷があっさりとそのことを見破ったのですが、それと同時に彼女が百貴の寝室に入るような関係にあると明かされてしまいます。緊迫した場面が続く中での、全く方向の違うところからの衝撃ですね。松岡や若鹿をはじめ、誰も東郷の告白にツッコミができない状況。サラッと流すのもなかなか難しそうです。私も思わず、百貴は独身なのかな? と心配になってしまいました。油断ならないです。

イドの中のイドにいる本堂町は、逮捕される直前の富久田の元に向かいます。いきなり潜伏先に単身で乗り込まれ、驚く富久田。本堂町は銃を構えつつ、富久田が本当にしたいことは誰かの頭に穴を空けたいのではなくて、もう一度自分の頭にドリルで穴を空けることだと言い当て、自分も富久田のドリルで自から頭に穴を空けたことがあるからそれが分かるのだと説明します。怪訝そうだった富久田でしたが、自分の本当の望みを言い当てられたことで本堂町を受け入れ、彼女が頭に空いた穴は自分の一部だったと言ったことに満足そうな表情になります。富久田だけでなく本堂町も、頭に空いた穴を持つことで自分という存在が落ち着き馴染んだ側の人間なのでしょう。

鳴瓢の描いた絵を見せながら、富久田に夢の話を訊ねる本堂町。「ジョン・ウォーカー」によって飛鳥井木記の夢の中に導かれ、彼女の頭に穴を空けないかと3度誘われたと富久田は言います。彼は、夢の中の穴には興味が無いと誘いを断ったものの、結局は殺意を操作され、自分にではなく他人の頭にドリルで穴を空ける殺人行為を繰り返すことになってしまったのです。

3年前の8月15日の午後2時から午後3時
9月7日の午後11時から午前3時
9月10日の午後11時から午前3時

富久田は夢に「ジョン・ウォーカー」が出てきた日時をはっきりと憶えていました。一回だけ時間帯が違うのは、それが富久田は自分の頭にに穴を空けて倒れていた日だったから。富久田は自分に対する殺人行為をしたその日に、「ジョン・ウォーカー」によって夢の中に誘い込まれたのです。しかし、飛鳥井木記の夢に誘い込むためには自分も夢を見ていなければなりません。その日、「ジョン・ウォーカー」にとって昼の時間帯が夜だった、つまり時差のある外国にいたのではないのか。

鳴瓢の独房から写真を持ち出すよう指示を出すことができ、百貴を逮捕させる権限を持ち、イドのデータに接触でき、ミズハノメについて詳しく知っており、3年前の8月15日に海外にいた人間。本堂町の脳裏に一人の人間が浮かびます。

もしもし、「ジョン・ウォーカー」さん?

本堂町のかけた電話の繋がった先は蔵の局長である早瀬浦。彼は言葉を失い、目を見開きます。ふわりと浮かび上がる本堂町の体。砂漠のイドで、砂の中から鳴瓢と富久田がコックピットを見つけ出し、排出ボタンを押したのです。砂漠のイドで目覚めた本堂町は、すぐに鳴瓢に捜査の報告をします。

「ジョン・ウォーカー」の正体、判明しました。早瀬浦局長です。

俄かには信じられない事実。しかし一刻も早くこの砂漠のイドから脱出し、現実世界で追及しなければなりません。鳴瓢たちはカエルちゃんの死体のあるスタート地点に戻ります。カエルちゃんの死体を中心に渦を巻くイド嵐。イドと外の世界との時間が同期し、彼らは現実世界へと戻ります。常にこのイドの世界で殺されるカエルちゃん。彼女は繰り返される自分の死の謎を解き、救ってくれることを名探偵たちに求めているのです。

無事にイドから排出され、目覚めた名探偵たち。「ジョン・ウォーカー」の正体が早瀬浦であると本堂町から伝えられた東郷は、すぐさま逮捕状の請求を命じます。しかしその瞬間、早瀬浦の手によってミズハノメが停止させられてしまいます。羊水の中に浮かぶ胎児のように、大きな水槽の液体の中で眠る飛鳥井木記の姿。

さあ出番ですよ。飛鳥井木記くん

早瀬浦によって、彼女はミズハノメのシステムの一部として取り込まれてしまっていたのです。

 

 前回はID: INVADED  イド:インヴェイデッド』の第10話について語っています。興味を持っていただいた方は、こちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com

 

 

『ID: INVADED イド:インヴェイデッド』について語りたい⑦鳴瓢秋人という男

あおきえい監督・舞城王太郎脚本のオリジナルアニメ『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』について、前回は第9話について語りました。

今回は第10話【INSIDE-OUTED Ⅱ】についてネタバレしつつ気合を入れて語りたいと思います。

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第10話【INSIDE-OUTED Ⅱ】

偽りの世界で

飛鳥井木記の見る夢。そこには、彼女を殺そうと訪れる殺人鬼たちが抱く未来に対する気持ちなどが反映されるのだと、彼女は語ります。つまり「そうなる可能性のある未来」が彼女の夢に現れるということ。それはまさに予知夢に限りなく近いものだと言えます。

俺も、長い、長い夢を見ていたような気がして……

鳴瓢はこの世界に来る以前のことを思い出します。砂漠のイドで見つけたミズハノメのコックピットによってこの世界に来たこと。酒井戸として潜った何人もの殺人鬼たちの様々なイドのこと。自分が「対マン」を撃ち殺したこと。娘の椋が殺され、絶望した妻の綾子が自殺し、自分一人だけが生きていること。全てはまるで、夢の中の出来事なのだと思いたいことばかりです。それらがもしも、全て本当に夢であったなら。

ここはイドの中のイドの世界。ここの全てはまやかしに過ぎないと、鳴瓢はかろうじて思い直します。しかし、束の間のうたた寝でさえ時間をかけて腕を捥がれて殺される夢を見たという飛鳥井木記。夢の中の時間の流れは、現実世界とは同じではないのです。

刑事さんは、どんな夢を見たんですか?

飛鳥井木記は、鳴瓢に問いかけます。

もし、あの朝目覚める前の全ての出来事が、自分が飛鳥井木記の中で見ていた長い夢なのだとしたら?

全く信じ難いし、矛盾もたくさんあるような気がするが、
これが「現実」ということになる

この世界について、砂漠のイドにあったミズハノメによって作り出された「でっち上げの世界」だときっぱり言い切っていた鳴瓢。しかし10分後に穴井戸によって排出ボタンが押されるはずが、「対マン」との戦いで負った傷が癒えて退院するほどの時間が経ってもなお、彼は排出されることなく日々を過ごし続けています。

娘が殺されることも、妻が自殺することも無いく、「対マン」を殺しても正当防衛とされて家族と共に穏やかに暮らせている世界と、娘を殺され妻は自殺し、娘を殺した犯人「対マン」を殺して自らも殺人犯として収監され孤独に耐えている世界と。どちらが望む形の世界なのか、改めて自分に問うまでもありません。

「そうなる可能性のある未来」を予知する長い夢を見ていただけで、今自分がいるこの世界こそが、真実であり現実なのではないのか。鳴瓢の中で、何が現実の世界での出来事なのか、少しずつあやふやになっていきます。

娘の椋は殺されたりしない。妻の綾子も自殺なんてしたりしない。なぜなら、それらは自分が見ていた夢の中の出来事に過ぎないのだから。

それは鳴瓢にとって都合のよい「そうであって欲しかった過去」そのものの世界です。誰にでも過去に戻ってやり直したいと思うことはあると思います。彼は家族を失う前の過去に戻れたのです。これが偽りの世界だとしても、選び取ろうと手を伸ばす鳴瓢を、私には責めることはできません。

少なくともこの世界で「対マン」と「顔削ぎ」は排除できたんだ。
ならば引き続き、やれる事はある。

鳴瓢はこの世界に対して抱いている違和感に目を逸らし、「対マン」「顔削ぎ」に続く殺人鬼たち「腕もぎ」「舌抜き」「股裂き」の排除の計画を進めていきます。そうすることで、助けたいと涙さえ流したカエルちゃんと同じ姿をした飛鳥井木記を悪夢から救うこともできると信じきっている鳴瓢。妻も娘も生きているこの世界に来てもなお、殺したいからではなく「自分にはそれをやれると思ったから」殺人鬼たちを殺していく鳴瓢。現実世界とのリンク。どこの世界に行っても彼は殺人を犯すしかないのかと、切ない気持ちにさせられます。

飛鳥井木記の病室に向かう病院のエレベーターに、偶然乗り合わせた鳴瓢と百貴。百貴は飛鳥井木記の見舞いに時折通っている様子です。

お前、今何してるんだ?

百貴はやつれてしまっている鳴瓢の姿に驚き声を掛けます。鳴瓢は「対マン」との格闘での負傷により休職中で、百貴と顔を合わせるのは久しぶりなのだろうと思われます。しかし彼はその間に、一人で飛鳥井木記の夢に現れる殺人鬼たちを死へと追い詰めていたのです。そんなことを、百貴に言えるはずもありません。家族サービスをしていると、鳴瓢は嘘をつきます。

そんな彼に、改めて「対マン」の件についてこれ以上の追及はしないことを伝える百貴。連続殺人を犯した犯人たち自らが、続けて不可解な死を遂げていることについて、警察に一切情報がいかないはずはないでしょう。嘘の裏で鳴瓢が何かをしていることを、もしかすると百貴は感じ取っていたのかもしれません。それでも彼は鳴瓢に何も聞こうとはしません。なぜならここは鳴瓢にとって都合の良い世界なのですから。

飛鳥井木記の病室には、ミズハノメの開発者である白駒ニ四男の姿がありました。彼は飛鳥井木記に脳波を測定するような装置を被らせていましたが、鳴瓢たちの姿を見ると逃げ出すように病室を出て行ってしまいます。怪しいと感じ、白駒の後を追う百貴。

そうして飛鳥井木記と鳴瓢の二人だけが残された病室。衰弱して体を起こしているのもつらい状態だと言う飛鳥井木記に、鳴瓢は淡々と殺人鬼たちを「排除」した報告を始めます。まるで雇われた殺し屋のようです。そして追い討ちをかけるように、ぐったりとしている彼女に、殺人鬼たちの死に方についての自分の分析までも語って聞かせ、排除した殺人鬼たちから「ジョン・ウォーカー」の情報は得られなかったことを伝えます。

鳴瓢の中では、殺人鬼たちの排除こそ、飛鳥井木記を救う手段であり「ジョン・ウォーカー」捜査の一環なのです。「排除」などと言い替えてはいますが、鳴瓢のしていることは殺人と何一つ変わりません。しかし自分が今、連続殺人犯そのものになっていることに、彼は全く気付いていません。

苦しげな表情で報告を聞いていた飛鳥井木記は、殺人鬼がいなくなったとしても、悪夢は終わることは無いと鳴瓢に告げます。生きている限り夢を見る。生きている限り記憶は残る。夢と記憶とは入り混じり、鳴瓢が完全に殺人鬼を排除しても、彼女の中で殺人鬼は絶えず生み出され続け、決して消えることは無いのです。

夢の中で殺され続ける暴力の世界で、自分が無くなってきていると話す飛鳥井木記。

私というものが溶けて世界に溢れ出て、混ざり合ってしまうような、
そんな無くなり方なんです

彼女は自分が世界のあり方をねじ曲げてしまうとさえ口にします。鳴瓢はあり得ないと全く聞く耳を持ちません。

夢の中で殺され続けて、もうすぐ自分の自我が崩壊してしまう。そうなれば、自分で制御することのできないテレパスの能力が暴走してしまい、殺人鬼たちを生み出し続ける悪夢が溢れ出して現実世界を脅かす事になるのではないか。

「世界のあり方をねじ曲げてしまう」という表現は、鳴瓢には大げさに聞こえたのでしょう。しかし実際に自分の思考や記憶が他人に勝手に伝わってしまう経験を重ねてきた飛鳥井木記は、自分から溢れ出た悪夢を全ての人間が共有し苦しむ恐怖を常に感じ続けていたのではないでしょうか。

この世界を救うために、
私というものを排除していただくことはできませんか

彼女は、自分を殺して欲しいと何度も鳴瓢に懇願します。しかし自分は警察官であり、できることは殺人鬼たちの排除くらいだと、鳴瓢は彼女の願いを受け入れません。いつもイドの中で死んでしまうカエルちゃんを、彼はずっと救いたいと思っていました。たとえ飛鳥井木記本人の願いだとしても、カエルちゃんと同じ顔をした彼女を、鳴瓢がその手で殺せるわけがないのです。

自分がすべきことは「ジョン・ウォーカー」を探し出して排除することだと改めて決意をした鳴瓢は、もうこの病室には来れないと告げ、出ていきます。鳴瓢の中で重要だったはずの「飛鳥井木記を救うこと」が転げ落ち、「殺人鬼を排除すること」が目的となった瞬間です。

1ヶ月後、飛鳥井木記の失踪の連絡を百貴から受けた鳴瓢。失神した13人の看護師達のうち目覚めた3人は、同じ夢を見ていたような証言をしています。飛鳥井木記の能力を知っている鳴瓢には、それが何を意味しているか分かっていたはずです。しかし彼は何も思い当たることは無いと、百貴からの電話を切ってしまいます。もはや鳴瓢にとって、飛鳥井木記は殺人鬼を排除するためのきっかけでしかなくなってしまったのです。

 

本当の自分は

百貴は衰弱しきった状態で失踪した飛鳥井木記の捜索を続けています。彼女はその能力を何らかの研究の対象とされていた様子があると分かり、一層彼女の身を案じる百貴。しかしそんな話を聞きながら、鳴瓢の関心は全く別の方向に向いていました。排除し忘れていた殺人鬼「穴空き」の存在を思い出したのです。彼は、拳銃を手に「穴空き」富久田の自宅へと向かいます。

動かないで! 拳銃を地面に置いて、ゆっくりこっちに振り返りなさい!

「穴空き」排除に向かう鳴瓢の背後から呼びかける声。その声の主は本堂町でした。呼び止めた男が鳴瓢だと気付いた彼女は、鳴瓢もイドの中のイドに来たのかとたずねます。

娘も妻も生きているこの世界。鳴瓢は酒井戸として殺人者のイドに潜って捜査に協力することなどなく、このまま本堂町と出会わずにいたはずでした。しかし彼女はワクムスビを手に、自分の前に現れました。警察も百貴も飛鳥井木記も、誰からも咎められることのなかった殺人鬼の排除を、本堂町は止めたのです。彼女はこの世界の人間ではありません。現実世界の人間なのです。鳴瓢は怯えたような表情になります。

酒井戸なんて知らない。俺は鳴瓢秋人だ。
ここで生きてるんだ。生きてきたんだ

まるで駄々をこねる子どものように、ここが「でっち上げの世界」であることを認めることを拒否し続ける鳴瓢。

本堂町は、自分が置かれている状況を冷静に把握し、元の現実世界に戻る方法を探っていたのでしょう。鳴瓢よりも先にイドに中のイドに来たはずの彼女は、このイドに来てからまだ20分ほどしか経っていないと話します。

今日は2019年4月20日だと言う本堂町。しかし鳴瓢がこの世界に来た時の日付は2016年10月26日。そして今、彼のスマホに表示されているのは2018年11月18日。鳴瓢は、10分にも満たない短い時間を、およそ2年という長い時間に感じていました。なぜならば、夢の中と現実とでは、時間の流れの速さは違うのです。全ては長い長い夢の出来事。

自分はこの世界の人間ではなく、酒井戸として投入されてここに来たのだと鳴瓢が認めた瞬間、彼のスマホの表示は乱れ、風景が揺らぎ消え始めます。

壊れる……この世界が!

本堂町と鳴瓢が出会ったことによって起きた矛盾に、世界が耐えられなくなったのです。慌てて妻の綾子に電話を掛ける鳴瓢。

俺だ、綾子! 今すぐ逃げろ! 
椋はいるか? 今すぐ椋を連れて逃げてくれ!

鳴瓢は妻と娘に、どこに逃げればいいのか伝えることなどできません。どこにも逃げる場所などないのです。そのことを分かっていてもなお、それでも「逃げろ」と彼は叫ぶしかありません。死なせたくなかった、死んでほしくなどなかった妻と娘を守れたというのに、鳴瓢はまた家族を失うのです。この世界とともに。

この場面、自宅にいる妻の綾子と娘の椋の顔の表情は隠され、見ることはできません。その表情を隠すことによって、この世界の人間である彼女たちとの距離を感じさせられます。

アキくん、今どこにいるの?

優しい妻の声に、家族で過ごした日々を思い出し声を詰まらせる鳴瓢。私たちも鳴瓢と共に、彼の幸せだった日々の追想を目にすることになります。

妻と寄り添い、娘の誕生に駆けつけ、風呂上がりに部屋を走り回る幼い娘を追いかけ、娘の成長を祝い、家族3人で同じソファに仲良く集まってくつろぐ姿。私たちが目にする鳴瓢の思い出は、特別なことなど何も無い、ごく普通のどこにでもいる家族の幸せな日々です。そのことが私たちの胸に刺さります。

本当の俺は、現実にいるんだ。
君のいない、椋のいない、現実に。

ここは、鳴瓢がそうであってほしいと願っていた通りの世界でした。妻がいて、娘がいて、自分は家族と共に暮らしていられる、彼の願いは誰もが描くような平凡でささやかなものです。しかし現実には、娘は連続殺人鬼に殺され、絶望した妻は自殺をし、自分は殺人を犯して独房の中で壁に貼られた幸せだった頃の家族の思い出の写真をただ眺めることしかできないのです。どんなに認めなくなくても、それが鳴瓢の現実。真実の姿です。

今そこで君らと一緒にいられなくて
本当に悔しいよ

この幸せだった世界は壊れていきます。もう止めることはできません。この世界と共に、妻も娘も消えていきます。鳴瓢は、消えゆく家族と共にいることさえできません。

必ず帰る。必ずちゃんと帰ってくるから

鳴瓢は二度と会うことの叶わない家族に、そう言って電話を切ります。彼はこの世界に別れを告げたのです。

鳴瓢と妻とのこの電話の場面での津田健次郎さんの演技は、とにかく素晴らしいです。愛してやまない家族を助けられなかった虚しさや悔しさ悲しみを一人で飲み込み、過酷な現実と向き合っていくことを決意するまでに至る鳴瓢の心の揺れ動きを感じられ、何度見ても胸が苦しくなり、こみ上げてくるものがあります。この作品んの絵柄がシャープな印象である分、津田健次郎さんの声が加わることで、鳴瓢の胸の奥に押さえ込もうとしている様々な感情が邪魔をされることなく私たちにダイレクトに伝わってくるように思います。

家族との最後の電話を終え、スッキリと晴れやかない表情を浮かべる鳴瓢。ようやく本当に彼は、家族の死を受け入れられたのでしょう。

本当に素晴らしい世界だったぜ

この世界が壊れてしまう前に、少しでも「ジョン・ウォーカー」について調べようと歩き出した鳴瓢。しかしまさにその時、砂漠のイドでちょうど10分間が経ち、穴井戸が排出ボタンを押してしまいます。突然浮き上がる鳴瓢の体。もうこの世界にいられないと悟った鳴瓢は、このイドの中のイドの世界で過ごした2年の間に集めた捜査資料を本堂町に託します。

そうして砂漠のイドに戻ってきた酒井戸。イドの中のイドで家族と過ごした幸せな日々の記憶は、彼の中には残っていません。それでもその頬を流れ落ちる涙。

待つ間、暇だったから砂を数えていたという穴井戸に、呆れて笑う酒井戸。その時、自分と穴井戸の手首に残る日焼け跡を目にして、彼はカエルちゃんのワンピースの裾が破られていたことに思い至ります。穴井戸のジャケットを探ると、案の定リボン状に裂かれたワンピースの裾が出てきます。この手首に残る日焼けの跡は、カエルちゃんと酒井戸、穴井戸が結び付けられていた証であり、カエルちゃんののそばから離れるなというメッセージです。しかし酒井戸よりも先にイドで目覚めた穴井戸は、カエルちゃんと自分たちを結びつけていたこの裾を解いてしまっていたのです。どうして解いたのかと酒井は穴井戸に詰め寄ります。

さすがは名探偵。確かに観察は大事だね

穴井戸は10分間の間に、この周辺を観察していたと言う穴井戸。彼は流砂の中で死んでいる男のジャケットの胸ポケットから見つけたと、一枚の写真を取り出します。それは、鳴瓢の家族との写真。

君はこれが誰だか分からない。だよね、酒井戸くん。でも僕には分かる

富久田が頭に穴を開けている事が影響し、富久田としての意識を持ったまま、穴井戸としてイドに潜っていたのだと語ります。酒井戸が忘れてしまっていることも、彼は全て覚えたままいるのです。

君の名前は鳴瓢秋人。
元警官の殺人犯だよ

大量の砂が巻き上がり、その下からは数字の刻まれタイルのように区切られた地面が現れます。酒井戸と穴井戸が潜っていたのは、百貴のイドなどではありません。ここは、鳴瓢のイドの成れの果てだったのです。穴井戸は、この砂漠のイドが鳴瓢のイドだということに気付いていたのです。

図らずも自分自身のイドに潜ってしまっていた鳴瓢。百貴が罠だと叫んだ理由も、イドの中のイドが彼の過去にあまりに似た世界だった理由も、ここが鳴瓢のイドだったからなのです。

鳴瓢は穴井戸によって、自分のイドの中で自分自身のことを思い出させられてしまいます。自分の無意識を意識してしまうという矛盾。自意識の侵略から逃れようとするイドが、嵐を引き起こします。ミズハノメの排出機能が停止し、井戸端のメンバーは鳴瓢たちを現実に連れ戻す事ができません。

鳴瓢がドグマに落ちます!

吹きすさぶ風に舞い上がる砂。激しいイドの嵐が鳴瓢を飲み込んでいきます。

 

 前回はID: INVADED  イド:インヴェイデッド』の第9話について語っています。興味を持っていただいた方は、こちらからどうぞ。

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『ID: INVADED イド:インヴェイデッド』について語りたい⑥イドの中のイド

あおきえい監督・舞城王太郎脚本のオリジナルアニメ『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』について、前回は第7話・第8話ついて語りました。今回は第9話【INSIDE-OUTED】について、気合いを入れてネタバレしつつ語りたいと思います。

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第9話【INSIDE-OUTED】

もう一度、気が済むように

鳴瓢が目を覚ますと、そこは自宅の寝室でした。妻の綾子が「おはよう」と微笑み、娘の椋はまだベッドで布団をかぶって寝ています。既に死んでいるはずの妻と娘。家族が揃っていた頃の懐かしい日常の風景。

鳴瓢には今までの記憶が残っています。カエルちゃんやミズハノメのことはもちろん、自身が殺人を犯したことや、どうやってここに来たのかも。

10分後にコックピットの排出ボタンを押すようにと穴井戸に頼んでいたことを思い出し、彼は妻と娘を抱き寄せます。せめてこの世界から去る前にもう一度妻子を抱きしめたいと、鳴瓢が妻子の元に慌てて駆け戻るこの場面の描写は、彼の家族への愛の深さをとてもよく表現していて、10分経って再び彼らが離れ離れになってしまうことを思い、こちらの胸も痛くなりました。

しかし、10分経っても鳴瓢が排出される気配もありません。何事も無いように時を刻む時計。ここは砂漠のイドの中にあったミズハノメによって作られた「でっち上げ」の世界。イドの中のイドの世界です。ここにはカエルちゃんはおらず、まるで本当の過去の世界そのもののように見えます。

今、俺は全てを憶えている。
俺は俺だ。名探偵などではない。ただの、俺。

スマホに表示されたニュースは、連続殺人鬼「対マン」の新しい被害者を報じています。その日付は2016年10月29日。これが過去の世界で、自分の知っている通りに物事が進むのであれば、娘の椋はいずれ「対マン」の被害者になってしまいます。でもまだ妻も娘も「この世界」では生きています。

俺にはできることがある。

鳴瓢には記憶が残っています。「対マン」が誰で、どこに住んでいて、どのように娘を殺すのかを、彼は既に知っているのです。

「対マン」勝山を、鳴瓢はもう一度殺しにいくことを決意します。

実行するかどうかは別の話ですが、子どもを殺された親として、犯人を同じ目に遭わせてやりたいと激しい感情を抱くのは当然のことでしょう。現実世界では、鳴瓢は「対マン」勝山の自宅に踏み込んですぐに、その場で射殺してしまいました。しかし彼の中では、勝山を銃でただ撃ち殺してしまうだけでは、気が済まなかったのではないでしょうか。長い時間、痛みと恐怖を味わい続けてなぶり殺しにされた娘と同じように、できることならば勝山にもっと苦痛を味わわせて殺したかったと思っていたはずです。

でも今なら、今いる「この世界」なら、もう一度「対マン」勝山を殺し直すことができるのです。

刑事でありながら「対マン」を殺しに行くことを決意した鳴瓢。この後、自分が殺人者として収監されることを知っている彼は、「対マン」事件の捜査本部へ同僚たちと決別するように顔を出し、すぐに立ち去ってしまいます。

すぐさま鳴瓢の後を追う百貴。二人は共に勝山の自宅を訪れます。過去の世界にいる百貴は、まだ勝山が「対マン」だということは知りません。ここが「対マン」事件の犯人の自宅だと聞かされて驚く百貴に裏からのバックアップを頼み、鳴瓢は勝山宅のインターフォンを押します。

この時点では警察は「対マン」が誰かは掴んではいません。捜査の手がまだ及んでいないというのに、自分を連続殺人鬼「対マン」と呼んだ鳴瓢を無視するわけにはいかなかったのでしょう。勝山は彼を自宅に招き入れます。

「対マン」さんと対マンやりに来たんですよ。
男らしく、正々堂々とね。

全く動じる様子の見えず、あくまでも殺人ではなく格闘だと言う勝山を煽るように、鳴瓢は言葉をぶつけ続けます。

14歳の女の子を撲殺して楽しんだクソ変態

洋服を脱ぎ、格闘のスタイルとなった勝山に向かって、さらに鳴瓢は挑発を重ねます。

一度でも女子供相手に無茶苦茶やった奴が
強い弱いを口にすんじゃねえよ

勝山は殴りかかる鳴瓢を軽くいなし、拳を食らわせます。プロレスラーや空手家なども殺してきた勝山。鳴瓢の足をすくって倒れさせるや、腕ひしぎ十字固めで彼の左腕をへし折ります。勝山に技を決められ、鳴瓢の腕の筋肉が断裂して関節が逆方向にたわむ描写が絶妙に痛そうで、いつも見るたびに薄目になってしまいます。

あなた本当に警察官? 学生さんみたい。

痛みを堪える鳴瓢を小馬鹿にするように薄ら笑いを浮かべ、膝を食らわせ殴り続ける勝山。しかし鳴瓢は勝山と勝負するためではありません。奴を殺すためにここに来たのです。正々堂々となどと口では言いましたが、鳴瓢に勝山の格闘に付き合うつもりなどあるはずもありません。鳴瓢に両脚を銃で撃たれ、尻もちをつく勝山。

男らしくやるんじゃないんですか

うろたえる勝山に、鳴瓢はさらに容赦なく発砲し、弾は奴の耳を削ぎます。

肉体的な強さは圧倒的に勝山の方が上。鳴瓢は殴られ、絞め技を何度もくらいますが、彼はすぐには勝山を殺そうとはしません。奴が死ぬにはまだ、苦痛も恐怖も足りていないのです。

しかしそれは、鳴瓢にも危険な方法です。脚を掴んで倒され、馬乗りになった勝山に何度も拳で頭を殴られ続けます。抵抗できないまま殴られて、グチャグチャになった鳴瓢の顔。見開いた眼や殴られる時の重たい音など、今回は鳴瓢の痛みの描写に特に力が入っている気がします。

グッタリしている鳴瓢を見下ろす勝山。その腹にまた鳴瓢が銃を放ち、奴は床に倒れますが、こんな状態になっても不気味な薄ら笑いを浮かべたまま。

まだまだ行くぞ! かかってこい!

鳴瓢は勝山の顔を膝で蹴り、歯が折れるほどの頭突きを食らわせます。もう鳴瓢も勝山も満身創痍で血塗れの状態です。それでも倒れた勝山の腹の上に跨がり、鳴瓢は執拗に何度も銃のグリップの底で奴を殴り続けます。

何が連続殺人鬼「対マン」だ!
大したことねえなあ! おい!

勝山の頸動脈に触れ、脈が止まっていることを確認すると、雄叫びを上げる鳴瓢。興奮状態にあるはずだというのに、確実に仕留めようとしていたことを改めて感じさせるその行動に、鳴瓢の中の殺人者としての資質を見せられたようで、思わずゾクリとさせられます。そんな場面を、裏から警戒しつつ潜入していた百貴が目撃します。

お前、なんて事してくれたんだ!

まだ容疑者にも挙がっていなかったであろう勝山を、鳴瓢がいきなり殺してしまっていたのです。百貴の驚愕の大きさは相当なものだったはずです。彼はすぐに救急車を呼ぼうとしますが、ほかにまだ被害者がいると鳴瓢に教えられます。勝山がなぶり殺しを楽しむために造った地下のリング。長い髪の女性が、そこに力なく座り込んでいます。彼女は血塗れで、勝山に一方的に痛めつけられていたことは、火を見るより明らか。

なんて酷い! もう大丈夫ですからね。お名前を教えていただけませんか。

駆け寄り声を掛ける百貴に、女性は顔を上げて震える声で答えます。

飛鳥井です……名前……飛鳥井木記

この女性こそ、「対マン」最後の被害者、飛鳥井木記なのです。

死なせてください

その言葉とともに彼女は意識を失い、倒れてしまいました。

 

飛鳥井木記の悪夢

病院に運ばれた鳴瓢と飛鳥井木記。鳴瓢は彼女の病室を訪ねます。現実世界では「対マン」を撃ち殺して収監されたため、鳴瓢は飛鳥井木記の顔を知らずにいたのでしょう。酒井戸としてイドに潜るたびに出会い、自分の娘と重ねて見ていたカエルちゃんと全く同じ顔をした彼女を見て驚く鳴瓢。しかし彼女は、カエルちゃんのこともミズハノメのことも、全く知らない様子です。

彼女を襲った「対マン」について話そうとする鳴瓢の頭の中に、殺意を持って殴りかかってくる勝山の姿が突然生々しく鮮明に浮かびます。戸惑う鳴瓢。飛鳥井木記は、勝山に殺されかけていた時の自分の記憶を、鳴瓢が受け取ってしまったのだと説明します。

昔から私の内側にあるものが、周囲の方に届いてしまうんです。
言葉や思い出や想像したことなどが

この言葉から、飛鳥井木記はテレパシーの能力を持っていると思われます。しかし自分の意思で相手に思考を伝えるのではなく、溢れるように自分の心の内が他人に伝わってしまうのを、全くコントロールができないのです。そのことが、彼女にどんな影響を与えてきたか。それはすぐに分かります。

病院の廊下に口笛を響かせ、飛鳥井木記の病室に現れた一人の男。「今夜私を殺す人」だと彼女が言うその男に、鳴瓢はさらに驚かされます。「顔削ぎ」園田。自分が収監されている現実世界で獄中自殺させた連続殺人鬼「顔削ぎ」が、この病室に現れたのです。

こいつの夢にいるってことは俺たちの仲間だろ? 今夜は俺の番だぜ?

意味の分からないことを口にする園田。殺人鬼をこのまま病室にいさせるわけにはいきません。鳴瓢が殴りつけると、彼の姿はこつ然と消えてしまいます。

あなたが痛い思いをさせたから目を覚ましたんです。
私はいつも死んでからじゃないと目を覚ますこともできませんが

理解が追いつけない鳴瓢に対して、飛鳥井木記は淡々と説明を続けます。

これは私の夢です。眠っているあなたが私の夢に入ってきたんです

目を覚ました鳴瓢。陽の差し込む明るい病室。妻の綾子と娘の椋が彼のベッドに縋り付いていました。「対マン」を殺害し飛鳥井木記を救出した後、鳴瓢は一日以上ずっと眠り続けていたというのです。

改めて飛鳥井木記の病室を訪れる鳴瓢。

確かめにいらしたんですね

鳴瓢は飛鳥井木記のその言葉で、本当に彼女と同じ夢を同時に見ていたのだということを、納得はできないながらも理解します。

あなたが私の夢に入ってきて、あなたは私の心を読んだのではなく、私の心があなたに勝手に届いたんです。理由は分かりません。私は昔から私だけの秘密というものが持てないんです

鳴瓢は病院に運ばれて眠っている間に、飛鳥井木記の夢に入り込み、その夢の中で「顔削ぎ」に出くわしました。「顔削ぎ」園田も鳴瓢と同時に、彼女の夢に入り込んでいたのです。彼女を殺すために。飛鳥井木記は、無意識のうちに見る夢までも、自分の内に留めておくことができないのです。

夢の中には、自分を殺そうとする連続殺人鬼しか現れないと言う飛鳥井木記。鳴瓢は狼狽しますが、彼女には彼も殺人者だと既に分かってしまっているのです。

「今夜は俺の番だ」と口にしていた園田。違う夢の中では、また別の連続殺人鬼が自分を殺しに現れるのだと飛鳥井木記は言います。夢の中で幾度となく殺人鬼たちに殺されてきた彼女は、そのことから逃れようとすることさえ諦めてしまっています。

鳴瓢の頭の中に流れこむ、殺人鬼たちによってあらゆる方法で繰り返し殺されている飛鳥井木記の姿。

最初に飛鳥井木記の夢に入ってきたのは「ジョン・ウォーカー」でした。奴が彼女の夢に殺人鬼たちを呼び込んだのです。奴は飛鳥井木記を殺しに夢に現れた人間の中から、連続殺人鬼となる人間を選別していたのかもしれません。あるいは、飛鳥井木記の夢の中で繰り返し殺人を犯させることによって、現実世界での殺人へと導いていったのでしょう。

実際に、殴るのも殴られるのも好きという趣向を持っていた「対マン」勝山は、夢では痛みを得られないことに満足できなくなり、彼女を拐って殺そうとしました。

鳴瓢が「対マン」を殺したことで、飛鳥井木記の夢の中に奴が出てくることは無くなりました。殺人鬼が一人も居なくなれば、彼女は二度と夢の中で殺されることはありません。

俺があなたのことを楽にしてあげますよ

鳴瓢は飛鳥井木記の見る悪夢に現れる殺人鬼たちを排除していくことを決意します。今までイドの中で死んでいるカエルちゃんを、救いたいと思い続けていた鳴瓢。この世界で自分の妻も娘も死なせずに済んだ彼は、カエルちゃんと同じ姿をした飛鳥井木記を救いたいと考えたのです。

車椅子姿で鳴瓢は夜に病院を抜け出し、「顔削ぎ」の潜む倉庫に向かいます。この「顔削ぎ」と呼ばれる男は、この作品の第1話の時点で、すでに鳴瓢によって自殺させられていた殺人鬼のうちの一人です。

鳴瓢は「顔削ぎ」をすでに一度殺しています。たとえケガで体が動かなくても、彼は「顔削ぎ」を言葉だけで追い詰めつることが可能なのです。

お前がどうして人の顔を削ぎたいのか、どうしてお前が弱虫で自分の顔を結局削げないのか、ゆっくり話をしようぜ

「顔削ぎ」は自分の顔を削ぐことができないまま、首を吊って死ぬこととなります。

朝になり、妻の綾子が自殺する場面を目撃する悪夢にうなされて目を覚ました鳴瓢。抱き寄せられた綾子は、優しく彼に語りかけます。

私が死んだらそれが夢だって合図だから、そこで起きればいいよ

娘の椋が殺されたことも、妻の綾子が自殺したことも全ては夢であってほしい。そう思いたい鳴瓢にとって、ここは都合の良い世界です。「対マン」を殺しても正当防衛とみなされ、娘の椋が殺されることも妻の綾子が自殺することもありません。綾子の優しい言葉は、彼が「でっち上げ」だと思っていたはずのこの世界を現実の世界だと思い込むように誘う悪魔の囁きにも似ているようにさえ感じました。

 

 前回はID: INVADED  イド:インヴェイデッド』の第7・8話について語っています。興味を持っていただいた方は、こちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com

 

『ID: INVADED イド:インヴェイデッド』について語りたい⑤雷と砂

あおきえい監督・舞城王太郎脚本のオリジナルアニメ『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』について、前回は第5・6話について語りました。今回は第7話「雷の世界」と第8話「砂の世界」のイドについて、それぞれネタバレをしつつ語りたいと思います。

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第7話【THUNDERBOLTED】

加害者と被害者の関係にある富久田と数田の、どちらのイドにも「ジョン・ウォーカー」が姿を現わしたこと、富久田の自宅と鳴瓢の娘を殺した連続殺人鬼「対マン」勝山伝心の自宅から同じ型の監視カメラが見つかったことから、殺人鬼たちの間に繋がりが見えてきました。

予想していた通り、「対マン」のイドにも「ジョン・ウォーカー」の姿が現れたことから、百貴は「対マン」を殺した鳴瓢も「ジョン・ウォーカー」の影響を受けていた可能性を指摘します。

鳴瓢は「ジョン・ウォーカー」に作られた連続殺人鬼によって娘を殺された上、自身も「ジョン・ウォーカー」によって殺人鬼にされたのではないか。

鳴瓢が3年前に「対マン」を撃ち殺した現場から採取した思念粒子からイドを形成し、そこに「ジョン・ウォーカー」が出現するかの確認を行うことになります。

しかし、自分自身のイドに入れば「無意識を意識する」という矛盾が生まれてしまい、意識の侵略を阻止しようとイドが荒れて、名探偵はイドから永遠に抜け出せなくなる「ドグマに落ちた」状態になってしまいます。そのため、鳴瓢は自分のイドには潜ることはできません。

鳴瓢のイドに潜るのは本堂町。名探偵としての初任務です。

「名探偵」聖井戸御代(なぜか本堂町だけフルネーム)となった本堂町。目覚めると、垂れ込める真っ黒い雲から断続的に放たれる雷に、多勢の人々が逃げ惑っていました。逃げ惑う人々の中には鳴瓢の妻の綾子と娘の椋の姿もあり、百貴は思わず息を呑んでしまいます。

マス目で区切られ、ランダムに数字が刻まれた地面。その数字を狙うように雷が落ち、その数字の刻まれたマスに立っていた人間は、雷に打たれて死んでしまうのです。何人も落雷で黒焦げになって死んでいるのを目の当たりにした聖井戸。逃げるために立ち上がろうとしますが、その右手は手錠でカエルちゃんの死体と繋がれています。このままでは逃げることもできないまま、自分も雷に打たれてしまいます。しかしどんなに探しても、カエルちゃんは手錠の鍵を持っていません。

もう、どうして? 道連れにするつもり?

聖井戸は焦りからカエルちゃんに悪態を吐きますが、すぐに自分の使命を思い出します。自分はカエルちゃんの死の謎を解くためにここに来たのだと。

雷に打たれて死んでいるのはカエルちゃんだけ。そのことは、手錠を掛けたのはカエルちゃんではなく、彼女が死んだ後に別の人物が手錠をかけたことを表しています。隣のマス目に横たわる、黒焦げた鳴瓢の死体。聖井戸は鳴瓢がここにいれば安全だと自分に教えるために手錠を掛けてカエルちゃんの死体のそばに引き留め、自身は雷に打たれて死んだのだと推理します。

約9秒ごとに走る稲光。これは偽物の雷。そう確信した聖井戸は鳴瓢のジャケットから見つけた銃を空に向けて発砲し、周囲の人間にこの雷は同じ所には再び落ちないことを伝えます。手錠を外した聖井戸。いよいよ彼女の行動開始です。すでに落雷したマス目からマス目へ、走って移動していく聖井戸。9秒以内なら、雷を避けて動くことができるのです。その途中、彼女はうずくまっている鳴瓢の妻の綾子と娘の椋に出会います。

この雷はいつまで落ち続けるの?

聖井戸に問いかける綾子。絶え間のない激しい落雷で、たくさんの人々が次々に死んでいくこのイドの世界。怯えて足が動かなくなってしまっても仕方がありません。

すでに雷が落ちた所なら移動できるし、雷が落ち続ければ移動範囲も広がっていく、と聖井戸は彼女たちを励ましますが、綾子の表情は晴れません。遠くで雷に打たれている人々を助けたいと言う綾子に対し、聖井戸はこんな言葉を返します。

私、名探偵なんです。謎を解くためにいて、
人を助けるためにいるんじゃないんです。

遠くの人が気になるのなら、自分で助けに行けと言い放つ聖井戸。同じイドの中の「名探偵」とはいえ、自分は関係ないと言いつつ誰かを助けようとしてしまう酒井戸とは、ずいぶん異なる印象です。

名探偵の言動を見守る井戸端スタッフの羽二重は、この聖井戸の徹底したドライさに戸惑いを見せますが、鳴瓢の娘である椋はその言葉を受け取り、決意した表情になります。

私たちだって頑張らないと。逃げ方は教えてもらったんだから、次は私たちがこの世界を良くしようよ。

まだ14歳の少女の口から出た、とても力強い言葉。百貴は本物の椋そのままだと思わず笑みを浮かべます。

鳴瓢の娘である椋は、連続殺人鬼「対マン」相手に満身創痍になりながら、息を引き取る最後まで勇敢に抵抗をし続けていました。回想シーンで、自分は警察官に向いていると思うかと、鳴瓢に尋ねる場面もあります。きっと鳴瓢から見ても、娘の椋は正義感の強い勇気のある少女だったのだと感じさせる場面です。

二人と別れた聖井戸は、その先でミズハノメのコックピットを発見します。鳴瓢が勝山を殺したのは3年前。ここは蔵の発足よりも以前の殺意の世界のはず。しかしこのイドは、ミズハノメによって現在の鳴瓢の無意識とリンクし、更新し続けているのです。稼働しているコックピット。そこに表示されている井戸主の名前は「飛鳥井木記」。3年前に百貴によって救出された「対マン」最後の被害者の女性の名前です。彼女は救出されたものの行方不明になっているのです。

なぜ鳴瓢のイドの中にミズハノメのコックピットがあり、飛鳥井木記のイドに繋がっているのか。

いきなり大きな謎の出現です。飛鳥井木記について、もう少し情報が欲しいと思う私たちの欲求に応じるように、コックピットに座ろうとする聖井戸。しかし、それではイドの中のイドに潜ることになってしまいます。危険を感じて百貴が聖井戸の排出を指示しますが、その瞬間、井戸端に踏み込んでくる男たち。彼らの後から局長の早瀬浦も姿を現し、この捜査員たちの言うことを聞くようにと指示を出します。

百貴さん、あんたが「ジョン・ウォーカー」だな

逮捕状を突き付けられる百貴。富久田の家の監視カメラに百貴のPCからの複数回のアクセスが確認され、彼の自宅の庭からミズハノメの開発者である白駒二四男の白骨化した遺体が発見されたというのです。井戸端のメンバーの前で百貴は取り押さえられ、逮捕されてしまいます。

逮捕され、室長を解任された百貴に代わり、鳴瓢に、彼の殺意からイドを形成して捜査をしたことを報告に行く東郷。

俺のイドに「ジョン・ウォーカー」はいましたか

自分が言い出すよりも前に鳴瓢の方から尋ねられ、彼女は言葉を失います。

「対マン」のイドにも「ジョン・ウォーカー」の姿はありました。そのイドに潜ったのは、鳴瓢だったはずです。このまま捜査を続けるのであれば、勝山のイドの次には、富久田と数田の関係のように、勝山との間に加害者・被害者という繋がりがあり、かつ自身も殺人犯である自分のイドを探るに違いない。既に鳴瓢はそのことを確信していたのです。

イドの中に「ジョン・ウォーカー」の姿は無かったと告げられた鳴瓢。彼は、なぜ東郷がそのことを伝えにきたのか、百貴の身に何が起きたのかを尋ねます。

「ジョン・ウォーカー」として殺人犯たちに殺人教唆を働いた疑いで、百貴が逮捕されたことを聞かされた鳴瓢。それが本当であれば、百貴が間接的に自分の娘を殺したことになります。暴れ出した鳴瓢は、刑務官に押さえつけられながら、百貴のイドに潜らせてくれと東郷に直訴するのです。

このイドは、鳴瓢が娘の椋を殺した相手である「対マン」に向けた殺意の世界です。つまりその時の彼の感情が形となったものです。絶えることなく落ち続け、自分自身をも殺してしまうほどの雷。第7話の終盤に、井戸端メンバーの若鹿と白岳の会話で、この雷が落ち始めたのは鳴瓢の娘の椋が殺された日だと判明します。娘を失った鳴瓢の悲しみの深さと抱いた殺意の激しさを感じずにはいられません。

 

第8話【DESERTIFIED】

殺人鬼メーカー「ジョン・ウォーカー」であるとして逮捕された百貴。松岡によって彼の自宅の寝室から思念粒子が採取されました。

鳴瓢と同じく、百貴のイドにも飛鳥井木記のイドと繋がるコックピットがあるとみた早瀬浦の指示により、イドの世界から戻れなくなっている本堂町を救出するため、酒井戸と穴井戸の二人を投入することになります。

その前に鳴瓢のイドに投入されて20回ほど雷に打たれては繰り返し死んでいたらしい富久田は、はっきりと拒否こそしないものの、イドに投入されることに対して明らかに乗り気ではありません。彼はまるで時間稼ぎをするように「ミステリー小説では二人の名探偵は両立しない」と言い出します。なぜなら真実は一つであり、名探偵が二人いれば、どちらかの推理は間違っていることになってしまうのだ、と。

イドに酒井戸と穴井戸の二人の名探偵が投入され、どちらかが推理を間違えて名探偵として失格となったときに、一体どうなるのか?

結局は東郷によって有無も言わさずイドに投入されてしまうのですが、屁理屈のようにも聞こえる富久田の問いかけは、この作品が小説家である舞城王太郎脚本であるということを加味して考えると、かなり面白い発言だなと感じます。

百貴のイドに投入された二人。まずは穴井戸が、追って酒井戸が目を覚まし、そのイドの様子が井戸端に伝わります。そこは一面の砂の世界。果てのない砂漠でした。

お前は誰だ?
キミこそ誰だ?

いつものようにイドの中の名探偵には記憶が無く、自分が誰か分からないと言う酒井戸。

へえ、そういうことか。
じゃあこの女の子も、記憶喪失だったのかな。

穴井戸が指差す先には、砂に埋もれるように倒れている少女。慌てて酒井戸は少女を助け起こしますが、それは既に死んでいるカエルちゃんの死体でした。彼女の死体を目にしたことで二人の名探偵は覚醒し、その死の謎を解き始めます。

状況から見て、恐らく彼女はこの砂漠の中で水を求めている間に脱水症状を起こして死んだと思われ、その死因には謎は無さそうです。しかし酒井戸は、カエルちゃんの手首に巻き付くように日焼けをしていない部分があるのを発見します。同じく自分と穴井戸の手首にも、腕輪のように日焼けしていない部分が。

俺たちは腕時計でもしてたのか? それが無くなっている。

彼らの腕時計を盗って逃げた人物と思われる足跡が砂の上に残っています。その人物が何かを知っているかもしれません。すぐに追いかけていきたい所ですが、酒井戸も穴井戸も、水や食料を持ち合わせてはいません。うかつに歩き回れば、カエルちゃんと同じように脱水症状を起こすだけ。そこで酒井戸の提案により、各自の服を尿で濡らし、体表からの水分の蒸発を防ぐことになります。イドでの言動は全て井戸端に筒抜けになっていますので、当然この時の二人のやりとりもスタッフ全員が聞いています。成人男性二人の放尿を見守らなければならないのは、仕事とはいえ大変そうです。

カエルちゃんの死体の状態をしっかり確認しておこうとする酒井戸。すぐにでも「時計泥棒」を追いたい穴井戸。二人はいまいち噛み合いません。

今まで名探偵は、イドの世界の中で一人で推理を行ってきました。しかし今回、名探偵は二人。自分たち以外の人間の姿のない砂漠を、酒井戸と穴井戸は言葉を交わしながら、「時計泥棒」の足跡を追って進んでいきます。

いつもはちょっと気取ったような口調で斜に構えた物言いをする富久田ですが、穴井戸の姿の彼はずいぶんと朗らかで、とぼけたことも口にします。

名探偵の姿になると、その人間の素の部分が現れるのでしょうか。いつも独房で陰鬱な顔をしている鳴瓢ですが、酒井戸の姿では元刑事らしく果敢に謎に立ち向かっていきますし、本堂町が聖井戸の時には、理路整然としたドライさがぐっと増します。どこか酒井戸に甘えているようにも見える穴井戸。頭に穴を開ける前の富久田は、お茶目さを感じさせるような人物だったのかもと思わせられます。

そんな飄々とした穴井戸に、いつもは冷静な酒井戸が振り回されている様子は、ただ砂漠を男性二人が歩いているだけというのに妙なおかしみを感じます。孤独にイドの世界で戦ってきたためモノローグが多かった酒井戸ですが、今回は必然的に穴井戸との会話がメインとなり、ちょっと楽しそうにさえ見えます。

しかしここは、植物が一本も生えておらず、虫一匹の姿もありません。砂を焼く太陽が真上のまま動くこともない、時間が止まった荒寥とした砂漠です。

この砂漠に出口ってあると思うかい?

穴井戸の問いかけに、この砂漠には出口などなく、砂漠の外に別の世界があったとしても、自分たちには到底たどり着くことはできないだろうと淡々と話す酒井戸。

酒井戸は今まで何度もイドに潜ってきていますが、不条理なその世界について把握しようとはしても、その世界そのものを疑ったりしている様子はありませんでした。彼は、自分が今いる世界についても、ただ砂しか無い閉じた世界だと認識し、それを受け入れていることが感じられます。穴井戸に聞かれるまで、酒井戸はきっとこの世界の出口など考えたことも無かったのではないでしょうか。

つまりこの世界を構成するのは、
大量の砂とカエルくんの死体と彼女の死の謎を握っているかもしれない時計泥棒、
そして僕たち名探偵ってわけか。
事件を解き終わったら、
この世界の存在意義が無くなりそうだね。

笑いながら、この世界の存在自体を怪しんでいる様子の穴井戸。イドの世界に対する二人のスタンスの違いは、後でさらに明確になります。

そんなことを話していると足元の砂が崩れ、酒井戸は砂の山から滑り落ちてしまいます。落ちたところはその麓の流砂溜まり。彼は腰まで砂にはまってしまいます。

地獄と同じく、抜け出したいともがくから、より深みにハマってしまうのだという穴井戸。

自分というものを地獄が完全に飲み込むまでには時間がかかるし、
時間がかかっているうちにゆっくりと這い出せばいい。

穴井戸の助言で、なんとか無事に流砂から抜け出した酒井戸。二人はさらに足跡を追って歩いていきます。果てのない砂漠。体力が尽きてきた穴井戸はふらりとよろけ、自分が先に死のうとまで言い出します。

そんな時、二人の前に現れた別の流砂溜まり。そこには砂に呑まれて死んでいる人間の指先が見えていました。酒井戸と穴井戸が追っていた「時計泥棒」はここまで逃げてきたというのに、結局は流砂に呑まれて死んでしまったのです。

二人で「時計泥棒」の死体を掘り出す酒井戸と穴井戸。しかし掘り出したその死体は、顔が分からないほどに損傷した状態。ただ流砂に呑まれて死んだとは違う、もっと惨い死に方をしていました。この人物は誰なのか、井戸端では顔の復元作業を進めます。「時計泥棒」の死体のすぐ脇には、同じように砂に埋れたミズハノメのコックピット。酒井戸たちは、「時計泥棒」を追っているのではなく、「時計泥棒」によってここまで導かれていたのです。

コックピットは稼働中。そして表示されている井戸主の名前は「飛鳥井木記」。このコックピットも、酒井戸の雷のイドにあったコックピットと同じく、飛鳥井木記のイドに繋がっていたのです。

その頃、警察で取調べを受けている百貴は黙秘を続けていました。しかし自分のイドに酒井戸たちが投入されたことを伝えられた途端、彼の顔色が変わります。

今すぐにイドから出すんだ!

しかし百貴の言葉は井戸端のメンバーの耳に届くはずはありません。もちろんイドの中の名探偵たちにも。

名探偵だから分かる。
俺たちは何もかもについて全て正しくて、
これはここでこうしてこうなるように揃っていたのだ。

10分後に排出ボタンを押すようにと穴井戸に頼み、コックピットで静かに目を閉じる酒井戸。

その時現実世界では、警官たちに体を押さえつけられながらも、百貴はなおも激しく声を荒らげていました。

イドから出せ! 全部罠だ!

百貴の叫びは、自分のイドに酒井戸たちを入らせたくない一心からのものなのでしょうか。それとも、イドに入った酒井戸たちを罠から救うためのものなのでしょうか。

百貴の言う「罠」とは何か、飛鳥井木記とはどんな人物なのか、さらに謎は深まっていきます。

 

前回は『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』の第5・6話について語っています。興味を持っていただいた方は、こちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

『ID: INVADED イド:インヴェイデッド』について語りたい④落下と環

あおきえい監督・舞城王太郎脚本のオリジナルアニメ『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』。前回は第3話・第4話について気合入れて語りました。今回は第5話「落ちる世界」と第6話「円環の世界」の2つのイドについて、ネタバレしながら語りたいと思います。

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第5話【FALLEN】/第6話【CIRCLED】

第4話の「墓掘り」の模倣犯は逮捕したものの、被害者を助けられず本物の「墓掘り」は野放しのままという後味の悪い結末となりました。

犯人の大野宅に捜査に行っていた本堂町は、犯人逮捕に集まってきた野次馬たちの中に、死んだと思われていた「穴あき」の被害者である数田遥を見つけます。

数田さん。良かった、無事だったんですね!

声を掛けた本堂町に、数田は無言のまま唐突にキスをして、逃げるように立ち去ってしまいます。

なぜ「穴あき」の被害者の数田があの現場に来ていたのか、なぜ本堂町にキスをしたのか、なぜ彼は保護されるべき警察の人間から逃げたのか。

明らかに野次馬とは違う様子だった数田。彼は単なる野次馬ではなく、模倣犯の確認をしに来たのではないか。犯人が警察の人間に出くわして逃げ場もなければ、口封じに殺そうと考えるのが自然だが、キスをして逃げた。それは穴あき」によって頭に穴を開けられた影響によって、数田の中で殺人衝動と愛情表現が入れ替わってしまっているからではないか。

松岡と共に数田と遭遇した場所に戻った本堂町。そこで殺意が検知され、数田が本当は本堂町を殺そうとしていたと断定。6人も生き埋めにして殺しているにも関わらず、今まで「墓掘り」の殺意の思念粒子が検出されなかった理由もこれで説明がつきます。

被害者から事件の容疑者へ。早速、酒井戸が数田のイドに投入されます。空高い雲の上に浮かぶ一軒の家に向かって真っ逆さまに落下していく酒井戸。その家はまるでゴッソリとショベルでえぐったように、敷地の地面ごと空に浮かんでいるのです。

家の中に入った酒井戸は、畳の部屋に大量の血液ごと浮かんでいるカエルちゃんの死体を見つけます。酒井戸のマフラーや花瓶なども浮かんでおり、重力が弱くふわふわとした状態と分かります。カエルちゃんの死体の下を覗き込むと、そこには少女が一人怯えたように体を丸めて身を隠していました。

すごい怖いオバケがいるんです

少女は酒井戸の姿を見ても、カエルちゃんの死体の下から動こうとはしません。カエルちゃんを殺した犯人はたぶんそのオバケと戦いに行っている、という少女の話から推察するに、犯人はカエルちゃんの死体の下に彼女を隠して、オバケを倒しに行ったようです。数田の犯行が、好意を寄せる女性のためであることが感じ取れます。

少女の言う、オバケと犯人を探しに行く酒井戸。彼は抉られた地面の裏側で「ジョン・ウォーカー」が少年の体を切り刻んでいる場面に遭遇します。殴りかかる酒井戸をかわしてまたしても逃げてしまう「ジョン・ウォーカー」。まるで、酒井戸に自分の存在を認識させるためだけに現れているかのような「ジョン・ウォーカー」にはまるで目的が見えず、酒井戸を戸惑わせます。

少女の元に戻り、少年が殺されてしまったことを告げる酒井戸。すると少女は顔色も変えずこう言うのです。

じゃあ、お兄さんが代わりに私を守ってくれる?

この少女の顔は、「墓掘り」のこれまでの被害者たちの顔のパーツを組み合わせたものでした。イドに被害者たちが現れたことで、百貴は数田を「墓掘り」と認定。イドの中の家は数田の実家の離れであり、そこで見つけた写真は数田の中学時代のものということも判明。現実世界で外部分析官たちが動き出します。

数田の実家へ向かった分析官の西村。以前数田の家が営んでいたという醤油醸造所の樽にケーブルが設置されており、「墓掘り」の被害者が中に閉じ込められている可能性があると見て直ちにその樽を調べます。しかし中に入っていたのはガソリン。たちまち爆発が起こり、西村はその爆風と炎に巻き込まれてしまいます。全て「墓掘り」の仕組んだ罠だったのです。

一方、松岡と本堂町は数田の中学時代の同級生である伊波七星宅を訪れていました。友達というよりさらに疎遠だったと言いながら、数田に付き合っている女性はいなかったと情報を把握している伊波。「墓掘り」が恋愛感情を殺人衝動にすり替えて犯行をしていることから、本堂町は数田に対して恋愛感情があったかを伊波に尋ねます。

本堂町さんも分かりますよね。相手の子が自分のこと好きなのかもな、みたいなの

事件捜査のために来た警察の人間からの質問だというのに、本堂町に「可愛い」と繰り返し、まるで友人との恋愛トークのように笑いながら喋る伊波。本堂町とは若い女性同士だからということもあるのかもしれません。しかし彼女の様子は、状況が分かっていないどころか、むしろ数田のことを喋りたくて仕方ないようにさえ見えます。普通の感覚の人間なら、警察が聴取に来たとなれば緊張しつつ誠実な受け答えをするのではないかと思いますが、全くそんな気配すらも無い伊波の態度に、本堂町ならずともイラッとしてしまうのではないでしょうか。こんなねっとりした女性は苦手だなぁと思いつつ見ていたのですが、その瞬間、本堂町が爆弾を投下したのです。

やはり人のケガとか死ぬところ見るの好きなんですね。びっくりついでに教えてあげます。私、数田遥とキスしちゃったんです。してないでしょう? プラトニックでネチョネチョするだけの関係だったから

本堂町の言葉に表情が変わる伊波。本堂町は伊波に拳銃を向けます。「墓掘り」の主犯は伊波、実行犯は数田。伊波は自分に好意を寄せている数田を利用し、何人もの人間を殺させていたのです。ずっと異様に機嫌の良かった伊波。本堂町の治りきっていない頭の傷を見て、気持ちが高揚していたのかもしれません。

拳銃を突きつけられたまま、伊波はプレゼントを見せびらかすように被害者たちを映している映像をPCに表示してみせます。自分のために動いてくれると伊波が確信している通り、身を隠していた二階から包丁を松岡に投げつけ、ナイフで本堂町に襲いかかっていく数田。しかし本堂町に胸を深く刺された彼は、最後に彼女にキスをして絶命してしまいます。

思念粒子、ゲット

本堂町は自分が刺した数田を全く気にかけることもせず、殺意を検知したワクムスビを確認。数田に駆け寄ることもできないでいる伊波に対し、冷たく言い放ちます。

そういうのって何なんですか。プライドとは言いませんよね

その言葉にうなだれる伊波。数田も伊波も互いに好意は持っており、その気持ちは通じ合っていました。しかし二人とも臆病すぎて、最後まで近づくことはできなかったのです。

イドの世界で「ジョン・ウォーカー」に体を切り刻まれてもなお、数田は庭の端から家の中にいる伊波を見守り続けています。酒井戸は二人にそれぞれ声をかけますが、このままでいいと頑なに近づくことを拒み、彼らはただ見つめ合うだけ。これ以上何の進展も無いこの数田のイドから、酒井戸は排出されます。

 

「ジョン・ウォーカー」がイドに現れた連続殺人鬼は、数田で6人目となりました。接点の無い殺人犯たちのイドに全く同じ姿で現れたことから、「ジョン・ウォーカー」が殺人鬼たちに直接会うなどして強烈な印象を与えたと考えられます。

真っ赤なフロックコートにシルクハットを被り、ステッキを持つという派手な服装でありながら、目撃者も出さずに連続殺人鬼のみにターゲットを絞って接触することなどできるのか。そして、どうやって無意識の部分に働きかけて彼らを連続殺人鬼に仕立てるのか。

そこで若鹿は「ジョン・ウォーカー」が直接犯人の無意識に潜入できる機械を使っているのでは、と仮説を立てます。ミズハノメを使えば人の無意識にアクセスできるとして、大胆にも井戸端スタッフによる内部犯行もある得るとまで言い出す若鹿。そんな物騒な憶測も口にできるほどに井戸端メンバーの信頼関係はしっかりしたものであることが感じられます。しかし、彼らが事件捜査に使っているミズハノメという装置は、開発者である白駒が失踪しており多くの部分が謎のまま。プロトタイプの存在すらも分かリマせん。「蔵」という捜査組織自体も、何だか急にきな臭くなってきました。

逮捕された伊波の自供により、生き埋めにされた「墓掘り」の被害者たちの遺体は全て回収されます。

だってカメラで様子が見られないんじゃ、死んでてもらう意味が無いじゃないですか。

人が死ぬところというよりも、死んだ体が朽ちていく様子に強い関心があったのだと感じさせる異様な言葉です。

そんな伊波のイドは、向かい合わせのボックス席の並ぶ列車でした。暗い夜を走る列車の中で、カエルちゃんは血を流し座席に座った状態で死んでいます。床には彼女を刺した血塗れのナイフが転がり、別の車両へ続いている血の足跡。酒井戸は逃げた犯人のものと思われるその足跡を追って車両を移動していきますが、どの車両に行っても乗客は死人ばかり。しかも、いつ死んだか分からないほど時間が経ち、骨になっています。そして足跡を追い続けているうちに、再びカエルちゃんの死体のある車両に再び戻ってきてしまった酒井戸。この列車は、先頭と最後尾が繋がった輪の状態でグルグルと回り続けていたのです。

おじさんのこと待ってたの。

酒井戸はカエルちゃんの死体のいる手前の席に座る少女から声をかけられます。それは中学生の伊波でした。彼女の手には血のついたハンカチ。酒井戸は伊波にカエルちゃんを殺したのかと尋ねます。

あの子、死んだんだ。

伊波は返り血を浴びてもいなければ、血塗れのハンカチを握りしめ、血に汚れたカエルちゃんの靴を平然と足元に置いています。カエルちゃんについて、特に関心も無く名前すらも知らない様子。伊波は血塗れで列車を一周してきたカエルちゃんに頼まれて、床に付いた彼女の足跡をハンカチで拭いただけでした。

伊波の母親は、彼女が中学生の時に電車に飛び込み自殺していました。今このイドで酒井戸たちが乗っているこの電車は、解析により伊波の母が飛び込んだ電車と同じ時刻を走っていることが判明します。つまり、酒井戸たちが乗っているこの列車こそ、伊波の母親を轢いた列車なのです。

ねえ、この電車いつ次の駅に着くか知ってる?
お母さんが迎えに来てると思うんだけど。

伊波は酒井戸に尋ねます。しかし彼女の母親はこの列車が通過する踏切から飛び込んでおり、駅にいるはずはありません。そして円環状のこの電車が、次の駅に到着することもありません。伊波は母親が次の駅で待っていると信じたまま、永遠に自分の母親を轢いた列車に乗り続けているのです。

伊波の母親の飛び込んだ踏切には「墓掘り」の被害者たちの姿がありました。人の死に強い関心を持っている伊波。彼女は人間が死にゆく様子を何度見届けてもなお、母親の死を受け入れられずにいたのでしょう。そんな彼女の心に、数田は寄り添おうとしたのかもしれません。伊波のイドにも姿を現した「ジョン・ウォーカー」。「ジョン・ウォーカー」はそんな彼らの心につけ入り、二人を連続殺人鬼に仕立て上げたのです。

伊波と通路を挟んだ席には、同じく中学生の姿で数田が静かに座っていました。彼らは顔を合わせようとはせず、列車の窓に映るお互いの姿を見つめているばかり。酒井戸が促しても、決して近くの席に来ようとはしません。

ずっとこのままでいいの。

伊波と数田は、この先も決して近づくことはないでしょう。なぜなら彼らは、永遠にどこにもたどり着くことのない列車に乗っているのですから。

死んでいるカエルちゃんの向かいの席に戻った酒井戸。この列車がグルグルと同じ所を回っているだけだということを酒井戸に伝え、伊波と数田の席にまで誘導するために、カエルちゃんは自殺をしたのです。

血を流して死んでいるカエルちゃんの前に跪き、彼女の細い手を取る酒井戸。その頬を涙が伝い落ちます。

君は死ななくていいんだ。死んで欲しくない。
俺は、君を助けたいだけなんだ。

救いたいとどんなに強く願っても、酒井戸はカエルちゃんの死体としか会うことができません。カエルちゃんは死ぬことによって酒井戸を目覚めさせ、真実に導く役割を持っています。事件解決のため、酒井戸に真実を伝えるために、必ず彼女は死ななければならないのです。

自分の娘を亡くしている鳴瓢。彼はカエルちゃんに娘を重ね、現実世界では自分ができなかったことを、自分のもう一つの姿である酒井戸に託しています。しかし、名探偵は謎を解くことはできても、人を救うことはできません。彼のその悲しみはどこに向けることもできないまま、この到着駅を持たない列車のように辿り着く先を失い、堂々巡りを続けるしかないのです。この場面、演技に合わせて絵の方を修正したという津田健次郎さんの迫真の演技が、深く胸を突きます。

事件の幕が引かれ、本堂町は松岡と共に早瀬浦局長の元へ出向いていました。松岡の推薦により、「名探偵」として「ジョン・ウォーカー」の捜査の任務に就くこととなったのです。本堂町は松岡が推薦してくれたことに対して礼を述べますが、松岡が彼女を見る目は冷たいものとなっていました。

本堂町と伊波の二人を対比するような会話シーンでは、粘着質な伊波に対してサバサバとした本堂町に好印象を抱かせました。しかし、殺人犯とはいえ自分が刺し殺した人間を前にして、一切気にかけることをしなかった本堂町。伊波とも違う異様さには、薄ら寒いものを感じさせました。きっとその場にいた松岡も同じように感じたのではないでしょうか。

松岡は以前、「穴あき」のドリルで自ら頭に穴を開けて入院した本堂町を見舞った時に、すでに彼女の中に鳴瓢に近いものを感じていました。彼女と行動を共にしていくうちに、まともなはずがないときっぱり断じた「名探偵」の資質が本堂町の中にあると確信したのです。この自分の見立てが当たってしまったことは、松岡にとって決して嬉しいことではなかったでしょう。

そしてこの第6話のラストは、「ジョン・ウォーカー」が目をつけた殺人鬼たちを監視していたカメラが、鳴瓢の娘を殺した連続殺人鬼「対マン」の自宅からも発見されたという東郷の報告で終わります。この後、物語の焦点は今まで「名探偵」として傍観者の立ち位置にいた鳴瓢自身へと移っていきます。

この場面ですが、百貴はミズハノメのコックピットのある部屋から階段を上って、井戸端に戻ってきています。永遠にどこにも到着できずに回り続ける列車という、物悲しいイドの世界をもう少し見ていたいと言った百貴。「墓掘り」事件の捜査を終えた鳴瓢と百貴は、どんな言葉を交わしていたのでしょうか。ちょっと気になりますね。

 

前回は、『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』第3話・第4話について語っています。興味を持っていただけた方は、こちらからどうぞ。 

isanamaru.hatenablog.com

 

『ID: INVADED イド:インヴェイデッド』について語りたい③滝と炎

あおきえい監督・舞城王太郎脚本のオリジナルアニメ『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』について、前回は第1・2話について語りました。今回は第3話「滝の世界」と第4話「燃えさかるビルの世界」の2つのイドについて、ネタバレしつつ気合を入れて語っていきたいと思います。

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第3話【SNIPED】

第3話は鳴瓢の過去から始まります。それは少し美化された夢。鳴瓢の語りから、彼の娘が凄惨な死を迎えたことが明らかになります。独房の壁にベッドを囲むように貼られた何枚もの家族写真はどれもが幸せそうなものばかりで、彼の悲しみを感じて胸が苦しくなります。

今回彼が酒井戸として投入されたのは、ビルを爆破し大量の死者を出している無差別連続殺人犯「花火師」のイド。ヨーロッパの古い城にあるような、石造りの大きな円塔の上で酒井戸は目を覚まします。塔を囲む巨大な滝の内側から断続的に発射される銃弾により、弄ぶように殺されていく人々。カエルちゃんも既に胸を銃で撃たれて死んでいます。周りを遮る物が何も無く、しかもどこから銃を発射しているのから特定できない状況。カエルちゃんの死体の謎を突き止めようとする酒井戸も、頭を撃たれて死んでしまいます。

酒井戸、死亡!

イドの中で死んだ感覚は鳴瓢に伝わり、彼は精神的なダメージを受けていますが、捜査は終えられません。すかさず再度イドに投入された酒井戸。しかし今度は自分の名前を思い出す前に撃たれて死んでしまいます。

第1話で百貴は「とうとう寝室からの落下を生き延びられたか」と安堵したように呟いていました。あの「穴あき」のバラバラな世界のイドでも、酒井戸は既に死を伴うトライアルアンドエラーを何度も繰り返していたことがわかります。鳴瓢はバーチャルな世界の中とはいえ、何度も自分の死を味わい続けているのです。しかし「名探偵」である彼の使命は、あくまでもカエルちゃんの死の謎を解くこと。真実さえ掴めれば、彼の生き死には関係ないのです。

何度目のイドへの投入でしょうか。狙われにくくなるよう匍匐前進で動き回る人や、絶えきれず塔から身を投げる人も現れます。飛び降りようとする女性を思わず助けようとする酒井戸。その時、遠くで塔から飛び降りたはずの男が、自分の真下で死んでいるのが目に入ります。何故そんなことが起こるのか。この円塔自体が回転をしていたのです。複数の狙撃手があちこちから撃っているように感じたのも、カエルちゃんの死体に感じた違和感も、これが理由でした。

井戸端メンバーの解析により、酒井戸とカエルちゃん以外の塔にいる人々が、一人を除き中東での爆破テロの被害者たちであると判明します。そして残る一人、イドの世界で匍匐前進の号令をかけていた男こそが犯人の「花火師」だったのです。

現実世界で逮捕された「花火師」。報道カメラマンである彼は、爆破現場に集まる野次馬たちの姿を写真に撮っており、自分が爆破事件を起こしたのは人間の空っぽな精神を明らかにするためだと語ります。大量の死者を出す爆破事件を起こす理由にもならない身勝手な理屈。しかし「花火師」はそれを認めようとしません。

人の命に価値なんか無い。俺のもあんたのもあんたの可愛い娘さんのもな。

「花火師」は、弱みを突いて鳴瓢を黙らせるつもりだったのかもしれません。しかしその一言で、彼は鳴瓢の逆鱗に触れてしまいました。

厭世家を気取りながら、実際は爆破テロの光景を自分で再現して全能感に浸って楽しんでいるだけ。鳴瓢は理詰めで「花火師」にそのことを自覚させ、追い詰めていきます。

お前の楽しみはもう終わったんだ。もう地獄は無いよ。お前の記憶以外に。
もう、いいんじゃないか?

鳴瓢の淡々と低く囁くような声。真っ暗になった監房で「花火師」は自ら命を断ちます。鳴瓢は自殺教唆という形で、収監されていながら五度目の殺人を犯したのです。

その夜、鳴瓢の見た夢は「花火師」のイドの世界でした。

ああ、助けたかったのに…

撃たれて倒れるカエルちゃんに駆け寄り、抱き上げる酒井戸。「名探偵」である彼の使命はカエルちゃんの死の謎を解くことです。カエルちゃんの死体を見て「名探偵」として覚醒し、謎を解くことで現実世界で起きている連続殺人事件の容疑者が特定されるのです。そのためにも、イドの中でカエルちゃんは殺されていなければなりません。凶悪な連続殺人事件の捜査とカエルちゃんを救うことは決して両立できないのです。

しかし、酒井戸として何度もカエルちゃんの死体と出会い、その名前を呼ぶうちに、鳴瓢の中でイドの中で必ず殺されてしまう彼女を助けたいという気持ちが強くなっていったのでしょう。カエルちゃんと亡くしてしまった娘を重ねて助けたいと思うようになるのは、心の動きとして自然なことだと思います。しかし酒井戸の腕の中で、カエルちゃんから姿を変え、娘の椋が冷たく言い放ちます。
どうして私たちが死ぬ前に
そばにいてくれなかったの。

夢から醒めた鳴瓢の目に浮かぶ涙。

カエルちゃんは椋じゃない

自分に言い聞かせるように家族写真を見つめて呟く鳴瓢の低い声。たとえカエルちゃんを救っても、娘の椋は生き返りはしません。そして彼の中の良心や悲しみを見ても、彼の言葉によって「花火師」が死んだ事実は覆ることはないのです。

 

第4話【EXTENDED】

「花火師」を自殺に追いやったことで、鳴瓢は身動きも取れない狭い懲罰牢に閉じ込められてしまいました。

彼がそんな状況でも、連続殺人事件は起きてしまいます。局長の早瀬浦の指示により、富久田をミズハノメのパイロットに登用できるか試験を行いますが、どのイドに投入しても彼のアバターである穴井戸はすぐに死んでしまい、使い物にはなりません。

殺人鬼を殺してるだけの鳴瓢と違って、本物の連続殺人犯と一緒に仕事してるってことにどうしても反発があって、俺ら自身のパフォーマンスも落ちているのかも

井戸端メンバーの羽二重の言葉。酒井戸に対して好意的でないなりに、彼らの中には鳴瓢に対して共に捜査する仲間意識が芽生えているようです。

そんな折、「墓掘り」と呼ばれる連続殺人犯による新たな事件が発生します。この「墓掘り」は、誘拐した被害者を生き埋めにし、窒息死していく様子をネットで中継し続けるという残忍な殺人鬼です。今回の被害者は高校生の少女。彼女が生きている間に、何としても救出しなければなりません。7人目の被害者にしてようやく「墓掘り」の思念粒子採取に成功したため、百貴は捜査のために鳴瓢を懲罰牢から出します。

「墓掘り」のイドで目を覚ました酒井戸。そこは薄暗い古いマンションの一室です。カエルちゃんは人相がわからないほどに焼け焦げた焼死体となっています。窓から外を眺めれば、並んで立つ2棟の高層マンションは共に下の階から炎が広がっており、カエルちゃんのように焼け焦げた何体もの死体が火の海の中に転がっています。さらには燃え盛りながら、音を立ててマンションの部屋が増殖していくという異常な光景。

向かい側のマンションに目をやった酒井戸は、その高層階の部屋に一人の少女の姿を見つけます。その少女は、今回の「墓掘り」の被害者の幼い頃の姿と判明します。酒井戸は少女の救出に向かいますが、爆風に吹き飛ばされ炎に焼かれて、酒井戸は死んでしまいます。最初の部屋からの脱出すらも爆発が起こり、困難な状態です。

よし!生き延びた!
その調子!

井戸端のメンバー若鹿(羽二重も?)が思わず声をあげてしまい、室長補佐の東郷からたしなめられてしまうほどの過酷さ。それでも百貴は、死んだ酒井戸を排出してはすぐさま機械的に投入指示を出します。

もう6時間以上イドでずっと死に続けています。疲労は限界のはずですが。

東郷があまりの厳しさに進言しますが、百貴は全く聞く耳を持ちません。

懲罰牢で休んでたんだ。投入しろ。

被害者は今まさに「墓掘り」に生き埋めにされ、その命を救うためには一刻を争います。しかも鳴瓢は百貴の言葉を聞かず、5度目の自殺教唆を犯したのです。鳴瓢にトイレにも行かせず食事も摂らせずに、死んではイドに再投入させる百貴。東郷を戸惑わせるほどの彼の冷たさには、事件解決を急ぐ焦りと鳴瓢に対する怒りが強く感じられます。

爆発から逃れてなんとか向かい側のマンションに辿り着いた酒井戸。それでも焼けて崩れ落ちた瓦礫に無残にも押し潰されて死んでしまいます。これは何度目なのでしょう。繰り返し死の感覚を味わい、ダメージを受けている鳴瓢。最初の部屋からの脱出すらも難しくなってきた酒井戸の様子に、百貴はようやく彼に食事を摂らせる指示を出します。

酒井戸が死んでしまえば、捜査は進みません。その後も死を伴うトライアルアンドエラーを幾度となく繰り返す酒井戸。井戸端を訪れた局長の早瀬浦と百貴の会話から、すでにこの過酷な捜査が二晩徹夜で行なわれていることがわかります。コックピットに座る鳴瓢も疲れ果てているのは明らかです。しかし彼の表情は、まるで決意したように今まで以上に鋭いものとなっていました。

炎を逃れ爆発から身をかわして向かい側のマンションまでたどり着き、少女のいる部屋まで壁に這わせた排水用のパイプをよじ登っていく酒井戸。バックに流れるMIYAVIさんの「samurai45」という曲が、この場面の疾走感をさらに増幅させます。誰の助けも借りることができないイドの世界の中で一人、命をかけて少女の元に向かう酒井戸の姿は、まさに「侍」のイメージに重なります。

少女の部屋に酒井戸が到着したその瞬間、若鹿は思わず「よし!」と両腕を上げ、百貴も深く息を吐きます。井戸端のメンバーたちが、どれほど長時間酒井戸の生き死にを息を詰めて見守り続けてきたかが感じられます。

イドに前に潜った時の記憶は持ち越すことはできません。つまり、イドに投入されるたびに、酒井戸が違う行動を起こすこともあり得るのです。しかし酒井戸は、記憶がリセットされていてもそれでもなお、死を繰り返しながら少女を助けようとし続けていたのでしょう。

早瀬浦は、連続殺人犯に成り下がってしまった鳴瓢には誰かを助けたいという動機はもう存在しない、と評していました。穏やかな口調ながら、かなり厳しい意見です。

俺はあの子を助けたい。でもそれは俺の使命ではない。

酒井戸は確かにそう言っています。唯一の生存者である少女の存在がカエルちゃんの死の謎を解く鍵だと彼が感じていたのは間違いないでしょう。しかし「助けることは使命ではない」と言いながら、それでも少女の元へとひたすらに向かっていった酒井戸。彼は幼い少女を見殺しにすることなど出来なかったのです。

この家、燃えて死んでる人ばっかり

 少女の言葉に、酒井戸は改めて冷静に状況を振り返ります。たくさんの焼死体。しかし、カエルちゃんだけが、まだ燃えていない部屋ですでに焼け焦げていました。それはなぜか。酒井戸はカエルちゃんはこの火事で焼かれたのではなく、別の場所で焼いた彼女の死体を犯人がこの火事の中に紛れさせたのだと推理します。「木は森に隠せ」つまり、別の人物がこの事件を真似て自分の殺人を隠蔽しようとしたのです。思念粒子が今回だけ採取できたのも、今回の事件が「模倣犯」によるものだったからなのです。

ならば、このイドは誰のものなのか。部屋から逃げ出そうと酒井戸が少女を抱き上げたその時、少女は向かいのマンションの部屋を見てこう言います。

大野さんの家、すごい燃えちゃったね。

その部屋には火を持った中年男の姿。また再び井戸端に緊張が走ります。

大野さんはダメな人でね、全部やり直すために家に火をつけたんだよ。家族が寝てるのにね。たぶん私がそれを見てたんだと思ってる。

向かいの部屋の男は、被害者の少女が5歳の時まで近所に住んでいた大野という男だと判明します。男は口封じのために「墓掘り」を真似て被害者を生き埋めにしたのです。現在の大野の住所を特定し、突入する松岡ら。大野の部屋にはカエルちゃんの死体の下に敷かれていたものと同じカーペットが敷かれており、その下から地下室への階段が見つかります。ネット中継ではまだ生きている被害者。しかし発見された少女は、すでに死後数日経っていました。ネットに流されていたのは、ライブではなく録画だったのです。

酒井戸は少女を抱き上げ、マンションの部屋から脱出します。

もうこれ以上怖いものを見なくていいからさ。

自らも火に包まれて焼け落ちていく男の姿を見せまいと、少女の目を手で覆ってやる酒井戸。事件の結末を知っていてこの場面を見ると、目を見開いたまま亡くなっていた少女の姿とリンクして胸が痛みます。

被害者は何も見ていませんでした。それどころか当時幼すぎて男のことを覚えてすらいなかったのです。しかし、少女は既に殺されていました。

そのことを鳴瓢は百貴から聞かされます。

犯人の大野を殺したいか?

百貴にそう尋ねられた鳴瓢。彼は即答します。

殺していいんですか?

イドの世界では少女を救えても、彼は現実世界では何もできなかったのです。心の中には犯人に対する憎しみが渦巻いていたことでしょう。殺していいものなら、犯人を殺してやりたいと思っていたはずです。しかし、今まで蔵の中で5人の犯罪者を自殺に追い込み殺してきたが、それは殺したかったからではないと鳴瓢は答えます。

耐えきれない殺意が俺の中から湧いてきて、その時思ったんです。
俺には殺せると。だから殺したんです。

人間は衝動だけでは行動しない。理由も無く5人も死に追いやったと言っておきながら、鳴瓢の矛盾を孕んだ返答。

お前は人間だよ、鳴瓢。それは俺が保証してやる。ただ弱いんだ、人として。

百貴の言葉は、厳しいながらも鳴瓢を突き放しきれていないように感じられます。

家族についても知っているほど、親しかった百貴と鳴瓢。酒井戸としての彼の行動から、百貴はそこに良心を見ていたはずです。殺人を犯したことを詰らずにはいられないが、それでも鳴瓢をまだ信じたい。そんな葛藤する気持ちが百貴の中にあり、そのことは鳴瓢にも伝わっているのではないでしょうか。

お前はまだ俺の仲間だって意識はあるのか。

捜査後に交わされる二人だけの会話の時間。百貴だけは、連続殺人鬼としてでも、ミズハノメのパイロットとしてでもなく、人として鳴瓢を見ているのです。

 

鳴瓢秋人

鳴瓢秋人

前回は、ID: INVADED  イド:インヴェイデッド第1話・第2話について語っています。興味を持っていただけた方は、こちらからどうぞ。

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『ID: INVADED イド:インヴェイデッド』について語りたい②バラバラの世界

あおきえい監督・舞城王太郎脚本のオリジナルSFミステリーアニメ『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』を、皆さんはご存知でしょうか?

前回はこの作品との出会いを、主にオフィシャルトレーラーの映像について語りました。今回から、いよいよ本編についてネタバレしながら語っていきたいと思います。

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第1話・第2話【JIGSAWED】

『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』は1月5日の放映初回に、第1話・第2話を続けて放映しました。なんだか太っ腹だなぁなんて思って見てたのですが、これには大きな意味があったのです。

物語が続いているということもあるのですが、第2話を見終えると第1話でのキャラクターたちのセリフには全て意味があり、無駄なものが一切無いことがわかり、この作品の構成の巧みさに衝撃を受けると思います。この作品を観ていただく際には、ぜひとも第1話・第2話を間をおかずに連続して観ていただきたいと思っています。

『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』は、奥へ奥へと潜り込んでいくような緑色の光の映像の後、男がベッドで目覚める所から唐突に始まります。

彼の目の前には真っ白な空間。それを確かめるように男は手を伸ばしますが、その腕は、ブツンッブツンッと音を立ててたちまち輪切り状に切断されていきます。彼の腕も脚も胴体さえも、いえ彼の体だけではなくこの世界そのものがバラバラに分解され、白い空間に漂っているのです。

俺に何が起こったんだ? 何も思い出せない。
俺は誰だ? 俺は誰だ?

目覚めると自分の記憶が失われている上に理解できないような状況になっていてれば、誰でも取り乱してしまいますよね。しかし、彼はバラバラになった腕で自分の意思通りに壁を叩くことができることに気づき、すぐに冷静さを取り戻します。そしてバラバラになった体を繋げぎ合わせながら、この状況について推理を始めます。津田健次郎さんの推理を繰り広げるひとり語りはこの作品の特徴のひとつで、その語りはとても心地良く耳に入り、アニメを見ているのに、まるで演劇を見ているような不思議な感覚にさせられます。

白い空間に銀河の星のようにバラバラになった街や家が漂っている中に、自分以外の人間の姿を見つけ、男はその部屋を引き寄せます。しかしその部屋にいたのは、胸をナイフでひと突きされて死んでいる白いワンピース姿の少女でした。

カエルちゃん…

初めて見た少女の死体。しかし彼女の名前が口をついて出てきます。その瞬間、彼は「名探偵」として覚醒したのです。

俺の名前は酒井戸。下の名前が思い出せないが、まあどうでもいい。
大事なのは俺が名探偵であること。
そして俺はこの子、カエルちゃんの死の謎を解かねばならないということだ。

自分の名前と使命を思い出した酒井戸は、すぐさま行動を開始します。カエルちゃんの死体が「名探偵」のスイッチになっているのです。

イドでの酒井戸の動向を、外から見守っている人物たちがいます。百貴を始めとする、井戸端のメンバーです。ミズハノメという装置によって作り出されたイドの世界にいる酒井戸の言動を見守り、そこからイドの主である殺人犯についての情報を収集して逮捕に繋げるのが彼らの仕事です。

いつも通り慎重にやろう

百貴の言葉が示すように、彼らにとって、このような不条理なイドの世界を目撃するのは日常です。

今回、酒井戸が投入されたのは「穴あき」と呼ばれる、電動ドリルで頭に穴を開けて殺すという連続殺人犯のイドの世界。酒井戸がここで見聞きしたあらゆるものから、井戸端のメンバーは「穴あき」を特定できる情報を解析していきます。この時の彼らが交わす会話は、このイドについての推理であると同時に、私たちにイドの世界がどんなものであるかを無理なく理解させてくれます。

そんな井戸端の様子を、さらに外側で眺めている人物たちが現れます。井戸端と同じ警察組織「蔵」に所属する、ベテラン外務分析官松岡と新人の本堂町です。本堂町は初めて目にするイドに素直に感心し、この中に入ってみたいと思わないかと、松岡に尋ねます。純粋な好奇心からの屈託のない質問ですが、それを聞いた松岡は非常に苦々しい表情をします。

なぜならば、ミズハノメの作り出したイドの中に名探偵として入ることができるのは、殺人を犯した者だけ。つまり、連続殺人事件の容疑者のイドの世界で犯人を突き止めている酒井戸は、自らも殺人を犯した人間だということなのです。

松岡は吐き捨てるように本堂町に言い放ちます。

連続殺人鬼の殺人衝動そのものの世界だぞ、イドってのは。
そんなところで活躍する名探偵が、まともなはずがねえだろ。

松岡は、「名探偵」酒井戸に嫌悪感しか抱いていないようです。しかし、イドの中にいる酒井戸の印象は凶悪な殺人犯とは結びつかず、私たちに不穏な感情を持たせたまま物語は進みます。

井戸端メンバーから犯人に繋がる場所の情報を得て、すぐさま飛び出していく松岡と本堂町。酒井戸はバーチャルリアリティに似たイドの世界で、井戸端のメンバーと外務分析官は現実の世界でそれぞれ捜査を行なうという明確な役割分担がされているのです。そして犯人の活動圏内でワクムスビが新たな殺意を検出。「穴あき」こと富久田保津の自宅へと突入します。

一方、酒井戸はカエルちゃんの死体以外の、このイドの世界の住人たちに出会います。彼らも酒井戸と同様に体がバラバラで、どこかしらのパーツが欠けている状態です。井戸端の照合により、この住人たちは「穴あき」による被害者及び誘拐された人たちであることが判明します。彼らはこの異常な状況に何も感じていない様子。しかし「名探偵」である酒井戸は違います。

俺は世界のあり方すらも疑っていい

全てがバラバラな世界を駆けていく酒井戸。漂う町のパーツをパズルのように次々組み合わせていきます。この時の酒井戸のアクションは軽やかでとてもスタイリッシュです。そして、この世界では欠けた部分が重要な意味を持つと気づく酒井戸。しかし、カエルちゃんの死体には欠けているパーツがありません。

そこにいる犯人。カエルちゃんから離れろ!

カエルちゃんの死体の欠けた部分と自分の体を組み合わせて身を隠していた犯人、富久田保津が姿を現します。そこにもう一人、唐突に現れた本堂町。彼女は現実の世界で警察を欺き逃走した富久田によって拉致されてしまい殺意を向けられたため、彼のイドに現れたのです。

イドの世界の富久田も、酒井戸をかわして逃亡します。追いかけようとする間も無く富久田を逃すかのように、赤いフロックコートにシルクハットを被りステッキを手にした男「ジョン・ウォーカー」が酒井戸の前に現れ立ちはだかります。「穴あき」以前に逮捕した連続殺人犯たちのイドにも現れていた謎の存在であり、「連続殺人鬼メーカー」とさえ言われている男の出現に、井戸端のメンバーたちの間に動揺が走ります。本堂町の捜索に充てていた人員を、「ジョン・ウォーカー」の情報収集に振り分ける百貴。本堂町の捜査に手を抜いていると松岡は怒りをぶつけますが、百貴から「ジョン・ウォーカー」と名前を出されると引かざるを得ない様子を見ても、その謎の男の存在をどれほど危険視しているかが感じられます。

しかしその時、富久田に拉致された本堂町には危険が迫っていました。業務用の調理台に拘束された彼女は、富久田と対峙していたのです。自分の頭に穴を開けたと言う富久田。彼は電気ドリルを突きつけながら本堂町を脅します。この状況の中で、富久田と自分の居場所を知らせる手段は、と考えた本堂町は、自ら富久田のドリルで頭に穴を開けにいきます。彼女の頭にドリルが刺さった瞬間、形成される本堂町のイド。自殺という、自分が自分自身に向けた殺意でもイドは形成されるのです。

百貴によって、「穴あき」のイドから間髪おかず本堂町のイドに投入される酒井戸。そこには一本の木があり、先ほどは胸をひと突きされていたカエルちゃんは、このイドでは首を吊って死んでいます。彼女の足元にはサンダルと「これは自殺です」と書かれた手紙。解くべき謎も無く、酒井戸はカエルちゃんと共に巨大なドリルによって貫かれてしまいます。

酒井戸、死亡!

事務的に報告される酒井戸の死。井戸端のメンバーは慌ただしく本堂町に繋がる情報を吸い上げ、彼女の監禁されている場所を特定します。「ジョン・ウォーカー」についての情報は得られませんでしたが、本堂町を救出し富久田保津を逮捕して、この事件の捜査を無事に終えることができたのです。

井戸端の緊張感が解け、ほっと息をつくメンバーたち。功労者を労うと言って、百貴は階下の部屋へと降りていきます。その部屋で百貴に鳴瓢と名を呼ばれたその男こそが、ミズハノメのパイロットであり、酒井戸の本体なのです。ここで初めて酒井戸がこの鳴瓢という男のアバターであることがはっきりと示されます。

鳴瓢はイドの世界の中で「名探偵 酒井戸」として捜査に協力し、活躍をした人間です。しかし百貴は近づこうとはせず、かなりの距離を保ったまま彼に言葉を掛けます。百貴は刑事であり、鳴瓢は囚人です。共に捜査を行った者ではあっても、距離を縮めることは出来ないのです。それでも百貴は鳴瓢を気遣うような言葉をかけます。

颯爽としていた酒井戸と同じ声で、ボソボソと答える鳴瓢。事件捜査について振り返りを語り合う彼らのやりとりはとてもスムーズで、このような会話を過去に何度もしているのだろうと察せられます。

鳴瓢は、イドの中で記憶がないことにも死ぬことにも慣れ、カエルちゃんの死体に会うのは死んだ娘への面会のようだと百貴に語ります。その言葉から、カエルちゃんの死体を犯人が隠れるために利用したことに鳴瓢が怒りを感じていると気づく百貴。

二度と誰かを自殺に導こうとなんてするな。

説得するような百貴の言葉に対し、鳴瓢は挑発的にふてぶてしい口調で答えます。

二度と? 五度と、の間違いじゃないですか?

捜査に協力しているとはいえ、彼は殺人犯。鳴瓢が殺人の他にも、酒井戸としてイドに潜った連続殺人犯を、今までに4人も自殺教唆で死に追いやっていることがうかがえます。酒井戸である時の彼と殺人犯である彼の印象の落差に愕然とすると同時に、以前二人の間にはあったであろう信頼や気安さが、今は消え失せてしまっていることを感じさせられるのです。

壁に何枚もの家族写真が貼られている鳴瓢の独房。彼はベッドに横になり、本堂町のイドのことを思い出します。

君の選んだ死は首吊りなんだ。ドリルで貫かれることじゃなくて。

本堂町のイドで、ドリルに貫かれるのは自分一人で良かったのだと悔やむ鳴瓢。しかし彼が今いくら手を伸ばしても、そこには独房の天井があるだけです。

 「名探偵」としての頭が切れ冷静な彼と、暗い目をした殺人犯としての彼と、カエルちゃんを救えないことを悔いる彼と。どれが「鳴瓢秋人」の本当の姿なのか。

たくさんの謎が散りばめられた物語が幕を開けたのです。

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前回は『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』との出会いについて語っています。ご興味を持っていただけた方は、こちらからどうぞ。

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