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BL『社畜は異世界の王に抱かれたくない!』について語りたい

皆さんは刹那 魁先生『社畜は異世界の王に抱かれたくない!』という作品をご存知ですか? この作品は親に捨てられ借金を背負ってブラックな会社で働く会社員と、彼を番にと求める異世界の夜の王の物語。すっきりしたキレイな絵柄がとても好みだし素敵なお話なんですが、正直、このタイトルでめちゃくちゃ損をしてるよなーって思うんですよね。

ということで、今回はこの『社畜は異世界の王に抱かれたくない!』について語っていきたいと思います。

性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。

ネタバレを含みますのでネタバレ苦手な方は注意してお読みください。

 

 

異世界の夜の王

借金を背負わされた挙句に両親に捨てられたという苦しい境遇の主人公の黒瀬貴之(くろせ たかゆき)。彼は上司に叱責され残業を押し付けられ、バカにしたように笑うばかりで誰も助けてはくれないブラックな環境の会社で働き詰めの毎日を過ごしています。疲れ果てて自分の部屋に戻りベッドに倒れ込んだ黒瀬は、夢うつつの状態で言葉を交わした黒髪の男に突然くちづけられてしまいます。

 

お前を気に入った
俺の番になってくれ

 

訳のわからないままに、番を求めていると言う黒髪の男に服を脱がされて組み敷かれ、あれよという間に口だけでイカされてしまう黒瀬。男の隙を突いて逃げ出した彼が目にしたのは、夜空に浮かぶ二つの月。夢でも幻覚でもなく、目の前に広がる異世界に驚き言葉を失う黒瀬。彼は、「夜と共に歩く王」と呼ばれる夜の王に番として選ばれ、この異世界に連れてこられてしまっていたんです。

かなり強引に黒瀬を異世界へと連れてきているし、黒瀬の体を弄り回すし、「夜と共に歩く王」って呼ばれてるらしいし、こいつはとんでもなく傲慢な奴なんじゃないのかと思ったんですが、違うんですよ。

番を探していろいろな世界を回っていたという夜の王。それまでに何人もいたであろう候補の中から番に選んだ黒瀬に対して、彼はものすごく一途。それもそのはず、黒瀬は夜の王に、そのつもりはなかったものの名前を授けちゃっていたんですから。

名前って特別です。子供が生まれたら親は真っ先に名前をつけてあげます。この先の生活で名無しだと何かと不自由だから名前をつけているわけじゃありませんよね。名前はその子を示す世界でただ一つの言葉。つまり誰かに名前を呼ばれることで、「その他大勢」から抜け出して世界で唯一の存在となれるわけなんです。好きな人から名前を呼ばれたらうれしいのも、その人の中で自分がモブではないということが感じられるからなんですよね。

人間だけじゃありません。ペットをお迎えする時だって、この子にふさわしい名前をつけてあげようといろいろ名前を考えてあげます。生きものに限らず、大好きなぬいぐるみに名前をつけてあげたり、自分が乗る車や船などにも○○号と名前を付けたりもしますよね。だって大事なんですもん。だから特別なものにするんです。

旧約聖書の冒頭では「光あれ」と言って光を生み出した神様が光を「昼」、闇を「夜」と名付け、おおぞらを「天」と名付け、乾いた地を「陸」と水の集まったところを「海」と名付けていきます。神様も作りっぱなしではなく、名前をつけるところまでやっているんです。どれだけ名前をつけるっておおごとなのかって話ですよ。

夜の王が「夜と共に歩く王」と人々に呼ばれていると語ったことに対して、黒瀬は寝ぼけた状態で「百鬼夜行」と返しました。百鬼夜行とは、妖怪や鬼などの様々な化け物が夜に歩き回るという意味の言葉です。「夜と共に歩く王」という言葉から連想して口にしただけで、黒瀬には名付けたという意識はありませんでしたが、夜の王は「百鬼夜行」という言葉を気に入り、自分の名前とします。それまで彼を示していた「夜と共に歩く王」という言葉は、あくまでもこの異世界の夜を管理するという彼が担う役割を指す名称に過ぎません。役職で呼ばれ続けていた感じ。ずっと名前のないまま、誰かにとっての特別な存在になれないまま生きてきたんです。「夜と共に歩く王」以外の言葉で彼自身を呼んだのは、黒瀬が初めてだったんですよ。

 

他でもない クロセが欲しい

 

黒瀬から自分以外の匂いがするのを嫌い、執着を見せる夜行。自身の感情の動きに疎い夜行は、黒瀬に向けている気持ちを自分でも理解できていません。そのため今まで感じたことのない感情を抱くと、黒瀬に尋ねて確かめようとします。その度に黒瀬はゾッとしたり顔を赤らめたりして反応するのですが、夜行の表情があまり変わらないため、黒瀬が見せる表情の変化によって2人の関係性が示され、とても印象的です。

黒瀬は序盤、夜の王を「お前」としか呼んでいません。夜行にくちづけられ触れられることに恐怖し拒絶するように目を見開いていた黒瀬。しかし両親にさえ捨てられた自分をひたすらに求め続ける夜行に、彼は徐々に絆されていきます。そして心の距離が縮まっていくにつれて、黒瀬は「夜行」と名前で呼ぶようになり、ただ体を弄られ感じさせられてしまうだけではなく、自分から夜行の体に触れ、快感に身を浸して目を細めるようになっていくんですが、その表情が良いんですよ。

この作品、セックス描写はあるんですが、修正が入ってません。と言うのも、修正が入らないように上手に隠しているんです。

BL作品を読んでいて、白抜きで修正があちこちに入っていたりするとかなり目立つので、せっかくのエロなのに気が散っちゃうなって思うことがけっこうありました。彼らのデカくなったペニスを見たくないわけではないんです。ただ、それよりも私は、彼らが愛し合って互いにトロトロになっちゃう様子を堪能したいんです。どんな言葉を掛けてあげるのか、どんな体位を取るのか、どんな表情をするのか、どんな声で喘ぐのか、必死に追っかけているところにバーンとあまりにもあけっぴろげに白抜きペニスが出てくると、引いちゃうというか、気持ちが盛り下がっちゃうんですよね。

でもこの作品では、その構図やポーズ、書き文字などで局部が見えないように上手に隠されていて全然不自然さを感じずにいられますし、修正が入らないため気を逸らさずにいられます。あからさまなエロが苦手な方もいると思うんですが、スッキリした絵柄でセックス描写に下品さが無いので、没頭してエロを堪能しながら読み進められるんです。

夜行はロングコートを着たままで逞しい身体のすべてを拝見することはできませんし、夜行に触れられて反応しちゃっている黒瀬のペニスも、黒瀬の可愛いお尻に突き立てられている夜行のペニスも見られませんが、全然エロい! いやむしろそれが逆にエロい! 2人の結合部が見えないからこそ、否応なしにかき立てられ、より豊かに膨らんじゃう想像力。黒瀬のよがっている表情だけで生唾ゴクリとさせられちゃってました。

 

元の世界へ

図らずも夜の王に「百鬼夜行」という名前を与えてしまい、異世界に連れてこられてしまった黒瀬。どうにかして元の世界に戻してもらおうと夜行の姿を探していた彼は、魔物に襲われてしまったところをスーツ姿に首から社員証を下げた男に助けられます。天沢依織と名乗る彼も、この異世界に来てしまった人間でした。自分の意思とは関係なく、会社帰りに気付けばこの異世界に来てしまっていたというのに、自分が知識を持っているものなら作り出すことができるという能力を得ているだけでなく、魔物退治の仕事を請け負っているなど誰かのためになることをし、すっかりこちらの世界に馴染んでいる天沢。

黒瀬はそんな天沢との会話の中で、夜行が討伐の対象にされていることを知ります。力が弱まってしまった夜行を倒し、新しい夜の王に代替えさせようという動きがあるというのです。夜行が討伐の対象にされていることが腑に落ちない黒瀬。しかし彼は勝手に連れてこられただけでこの世界の人間ではありませんし、夜行について何も知らないため天沢に何をどう話すべきかもわかりません。

そんな黒瀬が夜行にくちづけられている場面を目にした天沢。彼は夜行が黒瀬には全く警戒心を抱いていないことを利用し、2人でいるところを狙って襲撃します。

誰も助けてくれずただ搾り取られるように働き続けるだけの世界と、ただひたすらに自分の存在を求めてくれる夜行がいる異世界と。天沢から元の世界に戻してあげると言われていた黒瀬は、戻りたい気持ちと夜行に対して芽生えた感情の間で揺れ動いていました。しかし、人間の負の感情から生まれた魔物を抑え管理していることを人々から理解されず忌み嫌われ、傷つけられてもそれを静かに飲み込み受け入れ生きてきた夜行の孤独に触れた黒瀬は、天沢の攻撃から彼を庇って傷を負ってしまいます。そんな黒瀬の傷を治し、すでに残り少なくなっている力を使って元の世界に送り返す夜行。

夜の王としての力を取り戻すために番を求めていた夜行は、黒瀬の気持ちに関係なく、ずっと彼を手元に置き続けるつもりだったんです。そうしなければ、夜の世界の管理ができなくなってしまうんですから。でも黒瀬と天沢の会話を密かに聞いていた夜行は、黒瀬が元の世界に戻りたいという気持ちを持っていることを知り、その望みを叶えてあげることを選びます。番を手放して力を放棄する、それは自ら夜の王から降りたということ。つまり夜行は討伐されることを受け入れたんです。夜の管理をする力も弱くなり、黒瀬を失った夜行には、生にすがる意味も無くなってしまったんですよね。

夜行によって元の世界に戻された黒瀬。自分は夜行から不要とされたのか、天沢たちに襲撃された夜行はその後どうなったのか、夜行はすでに弱まっている力を自分のために使ってしまって大丈夫だったのか。さまざまな思いが黒瀬の頭の中で渦巻きます。しかし確かめる術はありません。家族も恋人も友人も無く、仕事も失い、疎外された世界で夜行に会いたい気持ちを抱え、夜の街を1人見つめる黒瀬の悲しげな表情。

何なんですか、この切なすぎる2人のすれ違いは! 

夜行は黒瀬のために、黒瀬は夜行のために。自分を犠牲にすることも厭わなかった2人。もう夜行と黒瀬は、これほどまでにお互いを想い合っているんですよ。そのことに気づいた天沢に促され、再び黒瀬を迎えに行く夜行。天沢、グッジョブです! 

抱きとめられた黒瀬が夜行に向けた表情が、とにかく可愛いんですよ。冒頭では荒んだ表情をしていた黒瀬が、こんなに可愛い顔をするようになってしまうなんて! 

そして夜行にも大きな変化が。

 

俺の伴侶になってくれ
俺はクロセが居れば それで良い

 

物語の序盤では、夜を管理する力を蓄えるために夜の王として番を必要とし、黒瀬がそれに相応しいかを品定めしていた夜行。しかし今彼は、夜の王の力など関係なく、ただ黒瀬と共にあることだけを純粋に求めているんですよ。黒瀬によって「愛してる」その言葉の変化に、夜行の胸の中にある黒瀬への愛情の大きさが感じられますよね。

身体を繋ぎ、互いの思いを確かめ合う2人。夜行に愛されて求められて、満ち足りた表情になる黒瀬。夜行と黒瀬は互いに孤独を埋め合い、本当の番となれたんだなあと感じました。