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『SK∞ エスケーエイト』について語りたい ⑦2人だけのレースを

沖縄を舞台に、廃鉱山で行われるスケートボードのレースの熱い戦いと暦とランガの2人の友情を描いた内海紘子監督のオリジナルアニメ作品『SK∞ エスケーエイト』

今回はランガと愛抱夢の決勝レースとその後が描かれる12話について語りたいと思います。

#01 PART 熱い夜に雪が降る

#01 PART 熱い夜に雪が降る

  • メディア: Prime Video

 

第12話 俺たちの無限大!

土砂降りの嵐の中、愛抱夢はデッキの上でひたすらにステップを踏みながら、ある場所に向かっていました。そこはオーダーメイドの高級紳士服店。突然訪れ、服を仕立ててほしいと言われた主人は、愛抱夢の着ている「S」の衣装に戸惑い、「スーツしかできない」と 断ります。

この場面は、暦とのビーフの直後ということなのでしょう。愛抱夢は暦を、ただランガのそばをウロチョロしているだけの邪魔な雑魚だとしか思っていませんでした。暦を容赦なく叩き潰すことでランガの気を引こうとした愛抱夢。強くあるべきと叩き込まれた愛抱夢にとって、心で通じ合うランガと暦の関係は理解できないものだったのです。

そんな暦とのビーフで、思いがけず苦戦を強いられた愛抱夢は、そのまま会場を後にして店に向かったのでしょう。どうやら菊池は一緒に来ていないようなので、後から慌てて愛抱夢を追いかけているのかもしれません。警察がクレイジーロックに現れた時には素早く車で愛抱夢を拾っていた菊池。そんな彼が置いてかれてしまっているのですから、かなりの異常事態です。

髪の毛を逆立てて派手な仮面を付け、真っ赤なマタドールの衣装を着たずぶ濡れ泥だらけの男が、嵐の中いきなり店に来たら、それは誰でも怖いですよ。愛抱夢がちょっと尋常じゃない精神状態にいるなということが伝わってきますね。

 

一生に一度の大切な日。正装が相応しい。

 

結婚式かと問う主人に対する愛抱夢の返答は、雷鳴に遮られてこちらには聞こえません。しかしそれを聞いた店の主人は表情をこわばらせており、愛抱夢は何を言ったのかなーと非常に気になるアバンで12話は始まります。

 

孤独な王様

いよいよ今夜に迫ったランガと愛抱夢のビーフ。新しく制作したデッキの仕上げをしながら、暦はランガに何か作戦を考えたかと問います。しかしランガが気になっているのは「なぜ愛抱夢はスケートをするのか」ということ。愛抱夢が自分を「独りぼっちだ」と言っていたことが、ランガにはひっかかっている様子です。

 

そりゃアレだ、楽しいからだろ。スケートすんのにそれ以外なんてあんのかよ。

 

もう全くブレない暦。そんな暦のブレのなさに安心したように笑うランガ。

バイクに乗るジョーをのぞき、チェリーの運転する車で決勝の行われるクレイジーロックに向かうランガたち。前回の暦のビーフでは病室で応援していたシャドウも、今回は寝ていられるかと病院を抜け出して来ています。

会場へと向かう途上、ランガに勝ち目があるのか真剣な表情で話し始めるチェリー、MIYA、シャドウ。暦の時は心底心配そうにしていたMIYAですが、以前のビーフではランガは愛抱夢といい勝負をしていたと落ち着いた様子。しかしチェリーは、愛抱夢は未だ本気で滑っていたことはないと言い放ちます。

完全に潰すつもりで対戦相手に指名した暦に、勝ちはしたもののあと一歩の所まで追い詰められプライドを傷つけられた愛抱夢。そんな彼が今、異様に執着しているランガとの対戦でどれほどに危険な滑りを行うのか予想もつきません。

チェリー、MIYA、シャドウが深刻な表情になっているその後ろで、ランガと暦は新しく作ったデッキを手に、スケートを始めたばかりの頃のことを笑いながら楽しげに話し始めます。同じ車内なのに、すごい温度差です。

スケートを滑り始めた頃のランガは、デッキにガムテープで足を固定して滑ったり、ボードを足で蹴るプッシュすらもできなかったり。今ではとても信じられません。

 

暦、ありがとう。配達のスケボー間違えてくれて。

 

ランガは最後に冗談めかしてしまいますが、「ありがとう」と言った彼のこの言葉には、たくさんの意味が込められているんだろうなと思います。だって暦と出会えたことが、ランガにとってすべての始まりだったんですから。

クレイジーロックに到着したランガたち。今回のゴール地点には大きな墓のようなオブジェが設置されていました。今まではまるでお祭りのようだったトーナメント。しかし一番盛り上がるはずの決勝戦だというのに、会場はまるでホラー映画の世界のような、暗く物々しい雰囲気に包まれています。

先日の嵐で廃工場に入れなくなり変更された今夜のコース。このコースが相応しいと愛抱夢が指定をしたのだと、菊池が暦たちに伝えに来ます。しかしそれは「S」が始まった当初使われていたものの、危険すぎるという理由で使用を禁止されたコースだったんです。会場の大型スクリーンに映し出される決勝のコース。狭く急なカーブが続き、ほんの少しでも判断を間違えてしまえば崖に転落して大ケガを免れることはできないそのコースを見て、思わず息を飲む暦。

風の吹きすさぶスタート地点の大きな枯れ木の下で、黒いマントに身を包み、まるで死神のように対戦相手であるランガを待っていた愛抱夢。そんな彼を見て私が思わず連想したのはハロウィンの世界でした。「誰か死ぬという意味か」とさえ口にする観客がいるほどの異様さ。鉱山とはいえ、こんな場所が沖縄にあるのか? という疑問すらも吹き飛ぶシリアスさで物語は続きます。

棺の形をしたボードに骨の仮面、そしてあの嵐の夜に仕立てさせた新しい衣装。青と黒を基調に、バックリ開いた背中にはゴツゴツとした背骨がくっついているという、なかなかに奇抜でいかにも悪役らしいデザインです。スーツしかできないと言っていたお店の主人でしたが、見事に愛抱夢の無茶な要求に応えたようですね。グッジョブです。

 

今夜はこの装いが相応しいと思ってね。旅たちの日だから。そう。誰にも邪魔されない、二人だけの世界へ。

 

投げたコインが地面に落ちると同時に、スタートを切る愛抱夢とランガ。少しブレてしまえば岩壁に激突、転落は免れない狭く危険なコースをものともせず、いつも以上のスピードで滑っていく愛抱夢。ランガも必死にその後を追います。ラブハッグと思わせておいて、フルスイングキッスを繰り出してくる愛抱夢。何とかそれをかわし、くらいついていくランガ。カメラが追いつかないほどに2人はスピードを上げ続け、ランガの視界から周囲の景色が消え去ります。まるで愛抱夢に引き寄せられるように、ランガはゾーンに入りこんでしまったのです。そこは愛抱夢とランガだけしか存在しない「無」の世界。

 

ようこそ。2人だけの世界へ。君なら来れると思っていたよ。この素晴らしい世界にね。ここには僕らしかいない。俗世のことはすべて忘れるんだ。

 

ゾーンとはトップアスリートのみが経験する極限の集中状態ですよね。意識を超えた超意識ってやつでしょう。愛抱夢に取り込まれ、心を失った人形のような表情で滑っていくランガ。

 

戻ってこいランガ! お前の滑りはそんなんじゃねえだろ!

 

ランガの意識を呼び戻そうと必死に叫ぶ暦。しかし、ランガはすべての感覚の無い真っ白な世界に陥ってしまっていました。恐怖心すらも失い、ただ操られるように愛抱夢の後を追って滑っていくランガ。滑っていた木の渡橋が崩れ、ランガは崖下に落下していきます。

抵抗もせず、そのまま死を受け入れようとするランガ。しかしその時、彼の目に暦の作ってくれたボードに書かれた文字が飛び込んできたのです。

 

FUN

 

暦は、ランガのために新たに作ったデッキに「FUN=楽しい」と描き加えていたのです。その文字を目にしたランガの脳裏に、暦と出会い、スケートを始め、仲間たちと滑った今までの出来事が甦ります。

 

そうだ……スケートは……楽しい!

 

感情を取り戻し、「無」の世界を抜け出したランガ。彼はボードに手を伸ばし、生き生きとした表情でほぼ垂直の崖を滑り降りていきます。

このビーフで愛抱夢がランガを誘い込んだ世界は、ランガが父を亡くした時に感じた世界と同じものでした。深い悲しみに心を大きく深くえぐられてしまったランガ。ランガは大きな空虚を抱え、何も感じることもできず、肉体だけがただ生きているだけの状態になってしまいました。そんなランガの空虚を埋めてくれたのが、暦とスケートでした

かつてのランガと同じ「無」の世界にいる愛抱夢。つまり彼も心に埋められない大きな穴が空いたまま、もはや1人もがき苦しむことに耐えられなくなっていたのです。

愛抱夢は幼い頃からおばさまたちから愛情だと言いながら虐待を受け、逆らうことを許さない強権的な父親に支配され、ただ神道家の人間として生きるよう強要されてきました。そして成人して亡き父の後を継いだ彼は、政治の世界に身を置き、駆け引きや保身、権力抗争などに巻き込まれることになります。愛抱夢の置かれた状況を考えると、信じられる者など存在しないと周りの人間に対して疑心暗鬼になっていくのも仕方ないかなと思ってしまいます。

この作品でのゾーンというものは、究極に削ぎ落とされた「無」の世界として描写されています。それは限りなく「死」に近い場所。だから愛抱夢はランガに、すべて忘れろと言ったのです。

愛抱夢が今まで着ていた赤を基調にしたエネルギッシュなイメージの衣装から、死神を想起させる黒い衣装へのチェンジ。そして骨をつなげた表情の見えない仮面。ランガとのビーフに愛抱夢が何を望んだのか。愛抱夢はビーフの前に「共に堕ちよう」と語りかけていましたが、それは愛抱夢がランガを道連れに、「本当の意味」での現実世界からの逃避行をしようとしていたということなのではないかと思うんです。しかしランガに「無」の世界から消え去られてしまったことに気づき、取り乱す愛抱夢。

 

やはり最初からイヴなんていなかったんだ、どこにも。僕のそばには、誰も……。

 

絶望感に打ちひしがれる愛抱夢の手を掴み、無理矢理に「無」の世界から彼を引き戻すランガ。

 

そっちは楽しくない

 

現実の世界に引き戻されて怒りを露わにする愛抱夢に、ランガはスケートの楽しさを教えると説得をはじめます。スケートは仲間と滑るから楽しいのだと自分も教えてもらったから、と。言うまでもなく、ランガにスケートの楽しさを教えたのは暦です。暦と出会えたことで、父の死によって失っていた豊かな感情を取り戻すことができたんです。

同じように、愛抱夢にはスケートの楽しさを教えてくれた菊池がいました。愛抱夢は菊池と共にいる時だけは素の自分になり、心から楽しみ笑うことができていたのです。当主の家の子とその使用人という身分の差など関係なく、愛抱夢は菊池に心を開いていたのでしょう。

しかし愛抱夢が父親にボードを燃やされた時、菊池は何も言ってはくれませんでした。まだ歳も若く、使用人でしかない彼には、この家の主人である愛抱夢の父親に意見するなどできるはずもありません。ですが愛抱夢は菊池が自分を裏切ったと感じ、深く傷ついたのです。

 

仲間になどいつか裏切られる。他人なんてあやふやなものを信じたがるのは、君がまだ子どもだからだ

 

自分を裏切る仲間など必要ない。そう言いながら、自分しか感じられない世界へとランガを引き摺り込もうとした愛抱夢。彼も本当はやはり、心を通じ合うことのできる「誰か」を求めていたのです。

しかしそのことを頑なに自分で認めようとしない愛抱夢は、ランガに襲いかかります。激しくぶつかり合い、ランガと愛抱夢は弾き飛ばされるように共に倒れてしまいます。衝撃の激しさになかなか起き上がれない2人。必ずランガは立ち上がると信じて見守る暦。痛みと衝撃に顔を歪ませようやく上体を起こした愛抱夢の眼前に、先に立ち上がっていたランガが笑顔でボードを差し出し、言うのです。

 

滑ろう。1人じゃ楽しくない。

 

愛抱夢の目にランガの姿と幼い頃に泣いていた自分に声をかけてくれた菊池の姿が重なって見えたその瞬間、彼の顔を隠していた仮面は剥がれ落ちます。その毒気の抜けた表情こそが、本来の愛抱夢なのでしょう。

ランガからボードを受け取り、レースを再開する愛抱夢。ここから先は、アダムは素顔を見せた状態で滑っていくんですよね。孤独に苛まれ現実から逃れることを願っていた愛抱夢が、しっかりと生身で現実の世界を滑っていきます。ラブハッグやフルスイングキッスといった技はもう必要ありません。ランガと愛抱夢のスケートのスピードのみで競う、純粋なレース。

愛抱夢の脳裏には菊池と一緒にスケートを滑った幼い日の思い出がよぎります。菊池と共にただ純粋に楽しいと笑い合ったた時間は、確実に彼の心を救ってくれていました。そのことを、愛抱夢ははっきりと思い出したのです。

ゴールまであと少し。ランガを迎えるため、ゴールに走る暦。激しい競り合いを制し、先にゴールを決めたランガ。無事にビーフを滑り切りゴールした彼の目には、もう暦しか見えていません。まるで大きな犬が主人に飛びつくように、暦めがけて抱きつくランガ。

 

勝ったんだよ、お前が。ホントすげえよ。感動した

 

満面の笑みを浮かべる暦に、安心したように微笑むランガ。ジョー、チェリー、MIYA、シャドウも集まり、ランガの勝利を喜び合います。

そんな彼らに背を向け、1人静かに会場を去る愛抱夢。ランガに敗北を喫した彼を、菊池はいつもと変わらず待っていました。

 

教えられたよ。かつてお前が僕にそうしたように

 

優しく菊池に語りかける愛抱夢。彼はスケートへの愛情と菊池への信頼を取り戻すことができたのです。スネークと愛抱夢の対戦は実現しませんでしたが、菊池が望んだ結末になったということですね。

 

2人だけのレースは続く

ランガと暦のバイト先の屋上で開かれるランガの祝勝会。ランガ、暦はもちろん、ジョー、チェリー、MIYA、シャドウ、岡店長も、みんなで料理を囲んで明るく和気あいあいとした雰囲気。やっぱりみんなが笑顔で過ごしているシーンはいいですよね。

そしてそこに突然、上空のヘリコプターから真っ赤な薔薇の花束を手に、パラシュートで降下してくる愛抱夢。もちろんヘリコプターを操縦しているのは菊池です。「S」で戦った相手は皆、仲間。わだかまりなど、もうそこには存在しません。

現実ではこのようなことは実現が難しいと分かっているからこそ、スケートで激しい戦いを繰り広げ感情をぶつけ合った皆が集まっている、このとても楽しげな大団円がうれしく感じられます。

EDの曲に合わせ、カナダに父親の墓参りに帰ったランガの様子や、妹たちにスケートボードを教えてあげる暦など、それぞれのその後が描かれていきます。

そしてCパート。暦が1人夜の町をスケートで滑っていくシーンで始まったこの作品のオープニングと対を成すように、ランガが夜の町を1人滑っていきます。

 

暦がさ、言うんだ。テレビのヒーローが怖かったって。君の幸せは何かってきいてくるから。俺には最初、何が怖いのかよく分からなかったけど、今ならちょっとだけわかるよ。自分の幸せが何か分からないってすごく怖いことだって。

 

でも俺はもう知ってる。俺の幸せは何かって。俺の幸せは……

 

第1話のアバンに呼応するランガのモノローグ。物語の最初に主人公が投げかけた言葉に、最終話でもう一人の主人公が答えるって、こういうの好きですよ。

クレイジーロックに着いたランガ。そこには暦の姿がありました。DAPを交わすと、アダムとのビーフに向かう車中で約束をしていた「2人だけの決勝レース」を行うため、ランガと暦はスタートラインに立つのです。彼らの進むコースの先を眩しく照らす朝の太陽。希望に満ちたエンディングに、胸が熱くなりました。

 

前回は、暦と愛抱夢の戦いを描く『SK∞  エスケーエイト』の11話について語っています。興味を持っていただいた方はこちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com