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『機動戦士ガンダム 水星の魔女』に描かれた恋について語りたい①

2023年7月に最終回を迎えた『機動戦士ガンダム 水星の魔女』(以下『水星の魔女』)。

この『水星の魔女』は主人公のスレッタをはじめ、多くのキャラクターたちはアスティカシア高等専門学園の生徒たち。当然彼らの間に友情も恋も育まれていくわけです。ということで、今回は『水星の魔女』について、特に恋の描かれ方を中心に、書いていたら長くなったので数回に分けて語っていきたいと思います。

 

ネタバレがありますので、未視聴の方はご注意してお読みください。

 

『水星の魔女』の世界の恋

『水星の魔女』はスレッタがアスカティカシア高等専門学園に編入する所から始まる学園ものでもあり、同じ学園の生徒同士のぶつかり合いや深まっていく友情、親との対立やそれを乗り越えてスレッタたちが自立していく様子が描かれる成長のドラマでもあります。

大人たちが作り出し維持してきた古くさい世界を、スレッタたち若い世代の人間に新しい世界へと生まれ変わらせていってほしいという制作側から若い人たちにエールを贈っていて、なかなか良い物語だったなぁと思っています。

そんなメッセージを持つ物語であることは、グエルとの決闘に勝ったスレッタがミオリネの花婿となったことを告げられる場面でまず示されているんですよね。スレッタは自分もミオリネと同じ女性なのに花婿になるのかと驚き、かなり動揺していますが、当のミオリネには全くそんな様子は見られません。

 

水星ってお堅いのね、こっちじゃ全然ありよ

 

よろしくね、花婿さん

 

リアルタイムで見ていてミオリネの言葉に「おおお〜!」っとなりましたよね。

創作の中では確かに女性同志や男性同士の恋愛も多く描かれるようになりましたが、「ガンダム」のシリーズとなるとファーストガンダムからずっと追い続けているような情熱的なファンの方もいらっしゃるくらいに歴史がある巨大コンテンツ。もはや1つのジャンルになっていますよね。そうなると関わる方もたくさんいるわけで、あまり無茶はできないのではないでしょうか。だからもしかすると、テレビ放映する作品で少女であるスレッタを主人公にするだけでも、けっこうなチャレンジだったのかもしれないですよね。さらにただ単純に男女を逆転させるのではなく、スレッタのパートナーとしてミオリネを据えたガールミーツガールの物語としたことは、ガンダムらしくあらねばならないという「縛り」がある状況の中で、今の時代に合う新しいガンダムを生み出そうと制作側の方たちがかなり気合を入れていたんだろうなと感じます。

ガールミーツガールを引き立てるため「水星の魔女」の中に描かれる異性間の恋は、必然的に結ばれないものが多くなっています。

 

①男性から女性への恋

男性から女性への恋は、グエルからスレッタへ、そしてシャディクからミオリネへの恋が挙げられます。スレッタとミオリネが結ばれるため彼らの恋はどちらも叶わずに終わるのですが、恋が消えていくまでの過程がグエルとシャディクは対照的に描かれていました。

 

グエル→スレッタ

スレッタとの決闘に負けたグエルは、その直後に思わずスレッタにプロポーズしています。水星から出てきた田舎者だとスレッタを見下していたグエル。しかし彼も優秀なMSのパイロットですから、決闘で戦うことでスレッタの実力を理解したはず。本当に強い奴だと実感した相手であるスレッタに「あなたはとっても強かったです」と言われ、グエルの目が大きく見開かれましたよね。人が恋に落ちる瞬間を目にして、なんだか心が浄化された感じがしました。

会社のための手駒扱いな上に決闘に勝てるようにとMSに小細工までする父親に、ちゃんと自分のことを見てもらいたいと頑張っていたグエルにとって、スレッタはずっと欲しかった言葉をくれた人だったんですよね。それはうれしいですし、心も動くのは当然だと思いますよ。

グエルはスレッタと別の寮だった上に学園から去るので、そこまで彼女と深い交流はありません。そのためグエルは母親を大事にしており内気なところもありながら逃げ出さず前に進むスレッタの「きれいな部分」だけを見ています。そうなると恋心も相まって美化されちゃうんですよね。

 

俺はあいつに…スレッタ・マーキュリーに進めていない!

 

テロに遭い殺すか殺されるかの実戦に出た時にグエルが口にしたセリフです。「逃げればひとつ 進めばふたつ」と自分に言い聞かせながらスレッタは前に進み続けているのに、学園を抜け出し父親から逃げて死の恐怖から思うように戦えないでいる自分に、グエルは心の底から不甲斐なさを感じたんだと思います。自分の命と引き換えに父親を殺してしまったり、捕虜になり連れて行かれた地球でも少女の命を救えず、とことん自分の弱さを思い知らされ、自分のやるべきことを見つけまたグエル。一気に大人び、表情も言動も穏やかに落ち着いたものとなるグエルの成長っぷりは感涙ものです。

スレッタが自分に対して特別な感情は抱いていないことを分かっていながら、スレッタに想いを伝えるグエル。幼すぎた恋心にケジメをつけるために、そして前に進むことの怖さとそれを乗り越えていく強さを教えてくれたスレッタへの感謝を、グエルはちゃんと自分の言葉で伝えたんですよね。真摯で誠実な人だなーと思います。

 

シャディク→ミオリネ

幼い頃からミオリネと過ごしてきたシャディク。スペーシアンとアーシアンの間に生まれた戦争孤児だった彼をサリウスが養子にしたのは、その才気を見込まれてのことなのでしょう。シャディクはミオリネと2人で事業プランを練っていたということもあったようで、頭脳明晰な彼らは互いに通じ合うものを感じていたこともあるのではないかと思うんです。

しかしスレッタが学園に転入してきた時点でのシャディクは、決闘委員会として決闘を仕切るものの、ミオリネの花婿を巡る決闘に自身は一切参加しようとはしません。しかも彼は5人の女子生徒たちを側近としたりして、女性関係が派手にも見えます。そんなシャディクにとってミオリネとはもうただの幼なじみでしかなくなったのかなと思いきや、彼の胸の中に秘めたミオリネへの想いは激重なんですよ。

サリウスがを養子に迎えた時は、まだデリングは彼の部下だったのではないでしょうか。サリウスはシャディクの頭脳を、シャディクはサリウスの後継としての地位をそれぞれ得ようとする心づもりがあった、つまりこの頃すでにシャディクは自分でのし上がっていつかアーシアンの苦しい状況を変えてやろうという気持ちを抱いていたと思うんです。

しかしデリングがベネリットグループの総裁となり、サリウスとの立場が逆転してしまいます。いつかベネリットグループを手中にして握りつぶそうと思っていたシャディク。その計画を実行すれば、総裁の娘であるミオリネを不幸にしてしまいます。後ろ暗すぎて彼女に想いを伝えられませんよ。「本命にだけ奥手」という単純なものではなく、この世界への復讐心とミオリネへの恋心を天秤にかけて、シャディクは復讐を取ろうとしていたのだ思うんです。

でも恋心ってのは消そうとして消せるものじゃないですよね。シャディクは、ミオリネを自分影響が与えられるところに置いて、付かず離れず(でもできるだけ近いところでから)彼女を守ろうとします。グエルがホルダーとなりミオリネを花嫁にしたのをシャディクが静観していますが、御三家のジェターク社の後継者であるグエルと共にいれてくれれば近い関係を保てて目が届かなくなることもないだろうし、何よりグエルとミオリネが一向に打ち解け合う様子がないことで、「一番そばにはいられないけど離れたくはないし離したくもない」シャディクにとって都合が良かったんですよね。

だから突然現れたスレッタがミオリネの花婿になるのは彼にとって想定外で、心中穏やかではいられなかったはずです。それまでスレッタを「水星ちゃん」と呼びやけにフレンドリーに接していたというのに、決闘することになって敵意剥き出しになるシャディク。なんだよ、やっぱりスレッタのことが気に入らなかったんじゃん! ってなりましたよ。

 

スレッタ・マーキュリー。君からガンダムと花嫁を…奪い取る

 

ミオリネの隣に立つのは、俺だ!

 

ミオリネはちゃんと向き合えば受け止めてくれる人。たとえスペーシアンに復讐心を抱いていようと、シャディクはミオリネに想いを真っ直ぐ伝えるべきだったし、グエルがホルダーとなった時に力づくでもいいから奪い取るべきだったんです。そうしていたら、ミオリネと共に別のやり方でスペーシアンとアーシアンとの間の深い溝を埋めていけたんじゃないか、そんな気がしてなりません。

 

あれ、エラン5号とノレアは?

物語のラストで、エラン5号はノレアの遺したスケッチに描かれた場所を探す旅をしている様子が描かれていました。命を削られていく恐怖とスペーシアンへの憎しみに苛まれながらもガンダムに乗るノレアを説得していたエラン5号。

 

僕と来い! 生き方がわからないなら一緒に探してやる!

 

この言葉、グッと来ますよね。エラン様として振る舞うのではなくエラン5号本人として最初から素のままで接していたら、スレッタに気味悪がられてしまうこともなかったはず。非常に真っ当な人だなと感じます。そんなエラン5号がノレアに向けた感情が恋かというと、私自身は違うんじゃないかと思っています。

エラン5号とノレアの境遇は共に組織に命を搾取される立場に置かれていて、とても似通っています。エラン5号は飄々としていますが、顔も名前も奪われ、あくまでもエランの代わりとしての存在とされ、さらにはガンダムのパイロットとして命を削ることを前提とされるという境遇を、彼自身が望んでいたとは考えられません。エラン5号となる前の過去について語られませんが、止むに止まれぬ事情があったのだろうと思われます。きっと自分の前にエランとして学園に送り込まれていた4号が居なくなった理由も彼は察したんじゃないでしょうか。エラン5号の生への執着の強さは、これまでの強化人士たちと同じようにペイル社にただ利用されて終わりたくないという組織への敵対心の現れでもあったのだと思います。

ノレアは仲間のソフィが亡くなり死への恐怖が優っている状態。それでも組織の使い捨ての駒としてガンダムに乗り込んでいきます。エラン5号にはノレアに恋をしたというより、そんな彼女と自分とが重なって見え、強い共感を抱いたんだと思うんですよね。

エラン5号は死にたくなくてペイル社から逃げ出したものの、1人でこの先どうしていいか分からなかったんじゃないかなと思います。ノレアを説得しようと発した言葉に、仲間を求めるエラン5号の孤独が見えたような気がしています。

 

②女性から男性への恋

女性が男性に想いを寄せる恋としては、スレッタからエラン4号への恋が挙げられますよね。

 

スレッタ→エラン(4号)

スレッタはアスティカシア高等専門学園に編入して早々、ミオリネを巡る決闘をすることになったり、エアリアルがガンダムであるということで拘束されてしまったりと訳もわからないままに波乱に巻き込まれていきます。

新しい環境になりまだよく知らない場所でよく知らない人たちに囲まれるというだけでもストレスがかかります。その上、うまくやっていこう、楽しく過ごそうとやりたいことのリストまで作って学園生活を楽しみにしていたのに、身に覚えのないことで糾弾されるなんて、キツすぎて耐えられませんよね。

そんな時に静かに寄り添ってくれたのがエラン4号なんですよ。彼の存在はスレッタにとって大きな支えになったはず。恋に落ちてしまいますよね。それまであまり同世代の子たちとの交流を持てなかったスレッタならなおさらです。

でもこの頃のスレッタは、エラン4号に好意を抱いて浮かれたりするほどに心が成長しきれていません。周りの女の子たちがエランとスレッタがデートすることになったと盛り上がっていることに、スレッタ本人はあまりついていけていないように見えます。初恋だな〜って感じですよね。

一方でエラン4号は、スレッタに近づくのはペイル社の指示を受けての任務ではありますが、自分と同じくガンダムの機体に乗っているスレッタに対して、密かに仲間意識や親近感のようなものを抱いていたと思われます。それは、苦しみ命を削りながらガンダムに乗っている自分とは違い、スレッタは何もダメージを受けることなくガンダムに乗っているという事実を知ったエラン4号がスレッタに怒りをぶつけたことからも感じられます。

 

君はなんでも持っている。友達も家族も、過去も未来も、やりたいことリスト、希望だって…だったら勝利くらい僕にくれよ! じゃなければ…不公平すぎる!

 

このセリフ、泣きそうですよ。赤の他人の顔にされ記憶を消され、使い捨てだと分かっていながらペイル社の言いなりになるしかないエラン4号。スレッタもそんな絶望を抱いている同じ仲間かもしれないと思っていたのにと、裏切られたような気持ちになってしまったんですよね。

でもエラン4号のことを知りたいというスレッタの気持ちは本当に真っ直ぐなんですよ。そんなスレッタに、失くしていたはずの本来の自分自身だった頃の温かな思い出を呼び覚まされたエラン4号。彼は「処分」されてしまうことになりましたが、最期の瞬間に「エラン・ケレス」の替え玉としてではなく自分自身としていられました。スレッタの想いは絶望しかなかったエラン4号の心を確実に癒したのだと思います。

 

次回も引き続き『水星の魔女』に描かれた恋について語っていきたいと思います。