皆さんは『オッドタクシー』という作品をご存知でしょうか。2021年4月から7月にかけてテレビ東京・AT-Xなどにて深夜放映されていたオリジナルアニメ作品です。公式のアカウントが突然カウントダウンを始め、ずっと気になっていたのですが12月25日に映画化が発表されました。Yahooニュースにも掲載されてちょっとビックリしたんですが、
この作品、ホント「傑作」なんですよ。
評判があまりにも良いので、私は全話放送が終了してしまってから追いかける形でこの作品を見始めたのですが、予想もしていなかった面白さに視聴を止められず最終話まで一気見をし、リアルタイムで視聴せずにスルーしてしまっていたことを心底悔やみました。「この先どうなるんだろう」とあれこれ考察ツイートを垂れ流しながらソワソワと一週間を過ごしていたかったタイプの作品なんです。
とにかくこの『オッドタクシー』は物語が進んでいくにつれて、まさに「右肩上がりに面白さが増していく」作品です。それは物語の中に仕掛けられていたたくさんの伏線が丁寧に拾い上げられ物語に活かされていくからなのですが、そんな作品だからこそ「まだ未体験の方には何も知らない状態で視聴して欲しい」でも「作品について語りたくて仕方がない」というジレンマにハマってしまっています。
ということで、今回はこの『オッドタクシー』について「マイルド編」としてまずはネタバレなしで語っていきたいと思います。
『オッドタクシー』ってどんな作品?
『オッドタクシー』は、これがTVアニメ初監督となる木下麦監督、映画化・テレビドラマ化もされた『セトウツミ』の此元和津也脚本のオリジナル作品です。
この作品に出てくるのは動物を擬人化したキャラクターたち。動物キャラの作品ということで、どうせ可愛らしい話だろうなと思って、正直な話、初めのうちはあまり心惹かれなかったんです。なので気にも留めないままに作品の放映期間が終わってしまっていました。
でも作品に呼び寄せられてしまうきっかけってあるんですよ。私の場合は、好きな漫画家である肋家竹一先生が『オッドタクシー』のコミカライズを担当されているし、Twitterでこの作品についてのツイを見ると面白いというだけじゃなく「サスペンス」だと言ってる方々が多くて絵柄と内容にギャップがあるらしいし、好きなイラストレーターの方もこの作品をベタ褒めしてらっしゃるし、と徐々に気になって仕方なくなっていったわけです。
で、アマゾンプライムビデオで全話見られるし、ちょうど見たいと思っていた作品は見終わって他に気になる作品もないし、お試しくらいの軽い気持ちで見始めたんですが、この先物語がどうなっていくのか気になって途中で観るのを止めることができず、結局最終話まで一気見してしまいました。恐るべし『オッドタクシー』。
脚本がすごい
この『オッドタクシー』の何がすごいのかと試聴した方達に聞いたら、まず挙げられるのは此元和津也さんの脚本でしょう。
動物キャラのアニメだし、サスペンスものって言っても『ズートピア』くらいな軽い感じでそんなに怖くはないだろうし、この主人公のタクシーにキャラクターたちがそれぞれ客として乗り込んで1話完結で繋いでいく、なんだかんだ心温まる系の物語なのだろうと勝手に想像していました。
しかしいざ視聴してみると、キャラクター同士の会話の台詞回しが面白くて笑ってしまう場面も多いのですが、実は物語の大半はかなりシリアスなんです。
物語の序盤、主人公である無愛想なタクシー運転手のおじさんが、載せたお客さんと他愛のない会話を交わしたり、行きつけの飲み屋で仲間と呑んだり、通っている病院の若い看護師さんから好意を寄せられたり、特別に大きな出来事も無く淡々とした感じで話が進んでいきます。が、それは錯覚。この時すでに私たちはある事象の真っ只中にいるんです。
そして話数が進むにつれて徐々に登場人物同士が絡まり合い、誰かの言動が確実に他の誰かに影響し、ストーリーは不穏な雰囲気に包まれてどこに向かって転がっていくのかどんどん分からなくなっていきます。
全話一気に見終えたこともあって、まるでクライムサスペンスものの映画を見終わったような感覚になりました。
とりあえずPV見てください
PVを見ると、『オッドタクシー』の絵柄とストーリーのギャップの大きさを感じることができます。
私は本編見た後で初めてこれらのPVを見たのですが、もし作品本編視聴前にPVを見ていたら、絵柄に反してかなりハードボイルドな世界が展開されそうな雰囲気に、不意を突かれて相当衝撃を受けていただろうと思います。
特に第2弾のPVでは、女子高生が行方不明になっていたり、ブルーシートに包まれ重りを付けられた何かが水の底に沈められたり、警官が誰かにSDカードをこっそり渡していたりと、絵柄からつい連想してしまう「ほのぼの系」とは程遠い描写が続きます。
キャラクターたちが動物の姿であることで、観ようかどうしようかとためらっている方もいるだろうなあと思います。でもこのPVにもあるように後半はかなりハードな展開になっていきます。キャラクターたちが動物の姿でなかったら私は見ていられなかったろうな〜というエグい場面もありました。動物化ありがとうです。
そもそもこの作品のタイトルに使われている「odd」という単語、意味を調べると「変な」「奇妙な」くらいの訳が出てくるかなと思います。同じ意味で私たちになじみがあるのは「strange」という単語の方。でもそちらの単語を使わなかったってことは、この物語がただ「変な」だけではないってことですね。
「odd」の意味の「変」には、「異常な」という意味合いが含まれているんです。やばい作品だぞってことですね。
引っ掛かりどころの多すぎる登場人物たち
『オッドタクシー』に登場するキャラクターたちは動物の姿をしており、可愛いネコや強面のシロクマなどさまざまな動物が出てきます。しかしこれがまた引っかかる面々なんですよ。
小戸川(声:花江夏樹)
この作品の主人公のセイウチ。41歳。職業はタクシーの運転手。無愛想。不眠で病院に通っている。女子高生の行方不明事件に何らかの関連がありそう。押し入れの中の誰かに時々話しかけている。
白川(声:飯田里穂)
小戸川の通う病院の看護師。ダイエット目的でカポエイラの使い手に。
柿花(声:山口勝平)
小戸川の高校からの友人。絶賛婚活中でマッチングアプリに実際とはかけ離れた年収で登録している。
剛力(声:木村良平)
小戸川の通う病院の医師。医師として友人として小戸川の病状の原因を探る。情に篤い。
ミステリーキッス(声:三森すずこ・小泉萌香・村上まなつ)
3人組の女性アイドルグループ。センターの二階堂は素顔で、残りのメンバーの市村と三矢は仮面で顔を隠すスタイルで活動している。
山本(声:古川慎)
「ミステリーキッス」のマネージャー。なぜか小戸川のタクシーのドライブレコーダーのデータを欲しがる。
ドブ(声:浜田賢二)
チンピラ。小戸川のタクシーに乗った途端に銃を突きつける。白川と繋がりがある様子。
大門兄弟(声:ミキ 昴生・ミキ 亜生)
一卵性双生児の警察官。タクシー運転手を毛嫌いしていて、小戸川とは犬猿の仲。兄はドブと繋がりがあるが、弟はそのことを知らない。
ヤノ(声:METEOR)
ドブと対立しているチンピラ。ラップで話す。
ホモサピエンス(声:ダイアン ユースケ・ダイアン 津田篤宏)
中堅どころの漫才コンビ。ボケの柴垣はキャバクラでボーイのバイトをしているが、ツッコミの馬場だけ売れてしまい、しかもアイドルの彼女もいる。
田中(声:斉藤壮馬)
ゲーム会社に勤める青年。あることで小戸川に強い恨みを抱いている。
今井(声:酒井広大)
ミステリーキッスのファンの青年。柴垣とは同じキャバクラのバイト仲間。小戸川を「様」付けで呼ぶ。
樺島(声:トレンディエンジェル たかし)
バズりたい願望からドブを追及する動画を配信している。
どうですか? 声が花江夏樹さんだというのに主人公は41歳のセイウチのおじさんという設定というところからして「ん?」と引っ掛かりますが、その他のキャラクターたちも負けず劣らず、ざっくりと紹介しただけだというのにどこかしら怪しげな部分がある人物ばかり。動物のキャラクターの可愛らしい印象とのギャップが大きく、こりゃ絶対「ほのぼの系」の作品じゃないなってなります。この作品、キャラクターたちの容姿からしてすでにミスリードなんですよね。
声優陣の演技がすごい
日本のテレビアニメは、絵の動きに合わせて声を吹き込んでいくアフレコ(アフターレコーデイング)が主流。大作アニメ映画の紹介番組などでは声優を務める方がアニメの映像の流れる画面に向かってセリフを喋り、監督から演技指導を受けている様子が紹介されたり、バラエティ番組ではスタジオでアフレコを再現してみせたりする場面を見かけたりしそれらの映像を見ていると、先に決まっている動きに合わせて喋ること自体にすごくテクニックが必要なんだろうなと感じます。
しかしこの『オッドタクシー』にはプレスコという手法を取られています。この言葉はプレスコアリングを略したもの。先にセリフなどを録音しておいて後から絵を描くという手法で、アフレコとは制作の順番が逆の流れになります。
このプレスコという手法は録音されたセリフに合わせて絵を描く必要があるため、アフレコよりもスケジュールや手間が必要となり、テレビアニメではあまり使われないそうなんです。しかし敢えてこのプレスコを採用したことによって、この作品には生々しさが加わっているんです。
この作品で声の出演をされている方の中にはお笑い芸人の方も多いのですが、絵に合わせてしゃべらなければならないという縛りが無いため、本職ではない方が声優を務められる時にどうしても感じてしまう演技の硬さがあまりありません。
お笑い芸人役で出演されているダイアンのおふたりからはお笑いの方の独特なしゃべりの間が、双子の警官役で出演されているミキのおふたりからは兄弟だからこその息の良さが滲み出て感じられるのは、絵に合わせず自分のタイミングで社べることができるプレスコだからこそなのだろうと思います。
私は本職ではない芸能人の方を声優に起用することに良い印象が無くて否定的なのですが、この『オッドタクシー』ではそこまで違和感はなかったなと思います。
もちろん本職の声優の方からも、プレスコという手法がよりリアルな演技を引き出しています。アフレコはよりアニメらしい演技に、プレスコはよりナチュラルな演技に、といった感じになるのでしょう。アニメなのにアニメくささがなく、キャラクターが素で喋っているんだなと強く感じさせられる演技でした。
オーディオドラマがすごい
この作品にはアニメ本編のほかに、YouTubeで公開されているオーディオドラマがあります。拾われたりプレゼントされたりしてキャラクターたちの間を渡っていくボールペンに仕掛けられた盗聴器が拾った音声を、ある高校生が公開しているという設定になっています。
盗聴器の音声ということで、ドラマに出てくるキャラクターたちがどんな表情をしているかなどの想像が膨らみ、本編でも見られないキャラクターたちの素(というよりも裏かも)の部分を垣間見ている感じになっています。
このオーディオドラマも脚本の此元和津也さんが手がけていて、本編に完全にリンクしておりただのお楽しみのオマケでは終わっていないのがすごいところ。本編で気になった部分を上手く突いてくるんですよ。本編のみで十分見応えがあるのですが、オーディオドラマを聞くことによって、さらに『オッドタクシー』の世界が広がっていくんです。本編を見てオーディオドラマを聴いて「あれ、もしかしてこれって…?」と確かめたくなってまた本編を見直して、というルーティンがすっかり出来上がっていました。
音楽がすごい
『オッドタクシー』は音楽もとても良いんです。OPはシンガーソングライターの澤部渡さんとDJやトラックメイカーなど幅広く活動し、この作品の劇伴も担当されているPUNPEEさんの2人による楽曲。聴いていて本当に心地よいんですよね。OPのアニメーションもとてもおしゃれ。このOPだけでもこの作品はひとクセあるぞっていうことが伝わり、ワクワクさせられます。
OPの映像も良いのですが、MVも素敵。観ていただくとわかるのですが『オッドタクシー』という作品に対する愛情で溢れています。
また作品への愛情と言えば、ヤノ役を演じられたラッパーのMETEORさんは、この『オッドタクシー』のインスパイア音楽作品として、ご自身の作品であると同時にヤノというキャラクターとしての作品でもあるという『2019』というアルバムを出されているんです。曲を聴いていると、ヤノにどんどん愛着が湧いてくるのを感じてしまいます。
本当にとにかく観てほしい
ここまでとにかくこの『オッドタクシー』という作品をどうしても観てほしくて、勢いに任せてすごいすごいと言い続けてきました。極上のミステリ作品であるこの『オッドタクシー』に少しでも興味を持っていただくきっかけになれたらいいなあと思っています。
ということで、今回は「マイルド編」としてネタバレ無しで語ってきましたが、次回は「ヘビー編」としてネタバレを交えて思い入れたっぷりで語っていきたいと思います。