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ダークさが魅力のBL『6と7』について語りたい

皆さんは凡乃ヌイス先生『6と7』という作品をご存知ですか? この作品は、禄斗(ろくと)七海(ななみ)の恋人同士の2人の物語。もしも恋人が、大切な人の姿をした「人ならざる何か」だったとしたら。共依存とも献身とも言える愛の形が描かれています。カバー絵を見てもおわかりになると思いますが、ほの暗い雰囲気の作品で明るく幸せなハッピーエンドには至ることはありません。でもこのダークだけど切ない感じ、とても惹かれるんですよね。この作品は1巻で物語は完結していて、結末に向けて突き進んでしまうのを止められない感じが良いんですが、上下巻でもっと幸せそうに過ごしている禄斗と七海の物語を読んでいたかったと思わせられるほど、結末が胸に深く刺さっています。

ということで、今回はこの『6と7』について語っていきたいと思います。 

 

性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。

 

ネタバレを含みますのでネタバレ苦手な方は注意してお読みください。

 

怪物を飼うということ

禄斗と七海は仲の良い恋人同士。けれど、「小さい頃からの幼馴染みであり一番大切な人」と思っているのは禄斗だけ。七海は禄斗を「都合のいい生き物」だと称しています。なぜなら、禄斗はかつて七海が愛した恋人と同じ姿を模した人ならざるもの、人間の肉を食らう「寄生生物」なのだから。

「人ならざるもの」に愛される物語ってありますよね。獣人や悪魔、異形の者などといった人間ではない種族の者と、姿形や種族、時には倫理観などの違いを乗り越えて理解し合い、気持ちを通じ合わせ愛し合うようになっていく、そんなファンタジー寄りな物語というイメージがあります。

しかし、かつて自分が愛した恋人と同じ姿に擬態した「寄生生物」に深く愛されとしたら、その物語はファンタジーとは違う色合いを帯びてきます。

恋人を亡くして悲しみに沈む七海の前に、死んだ恋人と同じ姿で現れた寄生生物。それが禄斗でした。彼は人ではないため臍を持たず、都合の良い記憶を捏造して「あるはずのない思い出」の話をし、人間のふりを続けています。でも禄斗自身に、その自覚はまったくありません。禄斗は純粋に、ただ七海を愛する者としてだけ存在しているんです。

「亡くした恋人と同じ姿形をした者が現れる」というだけでも、心は大きく揺さぶられますよね。死者に対しての冒とくだと感じて、激しく怒る人もいると思います。しかし七海は、禄斗のことを「神様から届いたプレゼント」だと言っているんですよ。恋人が自分のところに帰ってきてくれた、もう2度と喪いたくない、七海は禄斗が現れてそう強く思ったのだと思います。

誰からも愛される神に祝福されたような完璧な存在だった恋人とは違い、禄斗は人のふりをしているだけのいびつな存在。死んだ恋人をどんなに真似てもなりきれず、不完全で未熟であるからこそ庇護欲や独占欲が湧き、七海の中で禄斗への愛おしさがよりいっそう増したのではないでしょうか。

寄生生物である禄斗が頼るのも愛するのも、七海しかいません。人間の肉を食べる禄斗のために、密かに自殺志願者に接触して殺し続けている七海。自分が寄生生物である自覚が無く、人間であると思いこんでいる禄斗は、七海が自分の食料調達のために殺人を重ねていることなど知りません。美味しそうに七海が作った人肉を使った料理を食べる禄斗。一緒に食卓を囲み、笑い合い、体を重ねあう、2人だけの日々。

しかし、いつか罪は必ず裁かれる時は来ます。禄斗と共にいられる時間は、決して長くはないと予感していた七海。そして終わりの日は唐突に訪れてしまいます。禄斗が、自分は人ならざるものなのだということを知ってしまうのです。自分が人間を食べる寄生生物であったことにショックを受け、食事を受け入れなくなってしまう禄斗。

恋人の姿をした禄斗を受け入れた時からすでに、2人でたどり着ける未来など無かったんです。そのことを、七海自身が一番わかっていました。それでも彼は禄斗を手放すことなどできなかったんです。禄斗には七海しかいなかったように、七海にとって、禄斗こそがすべてになってしまっていたのですから。

禄斗はもはや、死んだ恋人の代わりなどではなくなっていました。七海は禄斗という存在そのものを愛していたんです。たとえ深い罪を重ねることになっても構わないほどに。

 

俺の生きる理由になってくれてありがとう

 

七海が禄斗に語るこの言葉がすべてなんですよ。禄斗と共にいられない世界には、七海が生きていく理由なんて無いのです。

 

寄生

この物語を禄斗の側から見ると、また違う側面が見えてきます。

最愛の人の死を嘆き悲しむ七海をかわいそうに思い、七海の記憶を探って自分の姿を七海の亡くなった恋人と同じ姿に作り変えた禄斗。悲しみに暮れる七海は、恋人の姿をした人ではない「何か」であるとわかったうえで、禄斗を受け入れてしまいます。

禄斗には自分が寄生生物であるという自覚はまったく無く、人肉を食らっていることも知りません。自身が捏造した「幼馴染みで恋人」という記憶に沿って、禄斗はひたすら純粋に七海を愛していきます。

禄斗は非常に素直で可愛らしいところがあってなんていい子なんだろうと思ってしまうのですが、忘れてはいけないことがあります。それは禄斗が人ではなく寄生生物だということです。彼は何に寄生しているのか。

禄斗は七海に寄生しているのです。

すべての生物には生存するための本能があり、戦略を持っています。イワシが群れを成すのも、蜘蛛が巣を張るのも、チョウチンアンコウのオスがメスの体に吸収されてしまうのも、全て繁殖して生き抜くための生態という戦略。そしてそれを、寄生生物も同じく持っているわけです。

禄斗が七海を守りたい、笑顔にしたいと思った気持ちは決して嘘偽りではないと思います。今の禄斗には、七海の恋人としての記憶しか無いのですから。

しかし禄斗はあくまでも寄生生物。その本能に従って自分の宿主となる人間を決め、その人間の一番大切な存在に姿を変えて愛させ、宿主を抱いて体液を注ぎ込んで偽物とバレたとしても自分を手放せない状態にさせ、食料である人肉を調達させていたんですよね。それこそが寄生生物の生態。そこに禄斗自身が七海を愛しているかどうかということは、まったく関係しません。禄斗が素直で善良で優しい子だということさえも、宿主を自分に惹きつけておくための戦略かもしれないのです。

別の個体の寄生生物に出会ったことで、禄斗は自分が人間ではないことに気づき、七海と2人で過ごす日々が終わりを迎えることになります。寄生生物の本能で選んだだけの相手だったのかもしれません。けれど禄斗は最後まで心から七海を愛していたんだなと、胸が痛む場面です。

ですが、命を落とすことになるのは七海だけ。かつて禄斗だった寄生生物は生き延びて新たな宿主を見つけ出し、自身を新たな姿へと変えています。きっと禄斗だった寄生生物は、七海に対してそうであったように、新たな宿主も一途に愛していくのでしょう。でもこれは、決して禄斗の七海への愛情が足りないということではないんですよ。禄斗はそうやって生きていく寄生生物なのですから。

ここで思い出してしまうのが、禄斗が出会った別個体の「そろそろフォルムを変えたい」という言葉です。寄生生物は宿主の最愛の人の姿を借りています。それを「変えたい」と思って変えられるのかもしれないと思わせられる表現ですよね。つまりそれって、寄生生物は自分の意思で寄生する人間を乗り換えられるということも考えられます。もしもそうであるとするならば、寄生生物はある一定期間ごとに宿主となる人間を変えながら生きるという生態を持っているかもしれないわけです。

七海は自分の犯している殺人や禄斗が寄生生物であるということを、いつまでも隠し通すことはできないだろうと、終わりの予感を抱いていました。しかし寄生生物が寄生する宿主を転々とする生態を持っているのだとしたら、七海の予感とはまったく関係なく、禄斗との日々が終わってしまっていたのかもしれませんよね。

七海は禄斗と2人で命を終えることはできませんでした。しかしその時に禄斗が口にした「人間に生まれ変わって七海に出会いたい」という言葉は、間違いなく禄斗としての心の底からの気持ちだったはずです。

七海は禄斗は自分と一緒には死なないことも、死んだ自分を置き去りにして新たな宿主を見つけることも知らないまま、禄斗を愛し禄斗に愛されたという幸せな記憶を胸に命を終えることができました。そのことが、この物語の唯一の救いだと思います。