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BL『また明日会えるよ』について語りたい

皆さんは奏島ゆこ先生『また明日会えるよ』という作品をご存知ですか? ごく普通の会社員の2人が、本当に穏やかに少しずつ心の距離を縮めていく様子が丁寧に描かれていて、2人の誠実さに温かな気持ちになれるとても素敵な物語です。

読みながらすごくホッとできるこの『また明日会えるよ』について、今回は語っていきたいと思います。

ネタバレが含まれるので、ネタバレダメという方は注意してお読みください。

 

居心地の良い家

酔い潰れて繁華街のゴミ捨て場で寝てしまっている木村を国島が自宅に連れて帰り、解放してあげるところから物語は始まります。これってBLではわりとよくあるパターンではありますが、この作品はちょっと様子が違うんです。

目が覚めるとそこはまったく知らない家。水の入ったコップを手に部屋に入ってきた家主と見られる見知らぬ男性(=国島)に木村がまずかけた言葉が、こちら。

 

大変恐れ入りますが…どちらさまでしょうか…

 

とても酔っ払ってゴミ捨て場で寝てしまっていたと人物とは思えない、丁寧な口調です。国島と木村はお互い名前を名乗り正座でお辞儀し合うという、読んでいて拍子抜けするようないかにも会社員同士だな〜と感じさせるやり取りが続き、まだ体調の優れない木村は、国島の言葉に甘えてもう少し寝させてもらうことに。

この国島の家がなかなか良い雰囲気なんですよ。襖に畳敷きでお布団を敷いて、開けられた障子の先には縁側とたくさんのお野菜が植えられている庭が見えて。まるで田舎のおじいちゃんおばあちゃんの家に来た感じというか、すごく落ち着くしホッとできる感じなんですよね。初めて来た知らない他人の家だというのにすっかりくつろいだ気持ちになり、夕方までぐっすりと眠ってしまう木村。

後日お礼をするつもりで国島と連絡先を交換した木村でしたが、再度訪れる前に勤務先で次のプロジェクトメンバーとして国島と再会します。国島は技術部門、木村は営業、と所属する部署は違いますが、実は2人は同じ会社の社員だったんです。しかも国島が入社1年目の時の研修ですでに顔を合わせており、そのことを国島だけが憶えていたと判明。さすがに気まずそうにしている木村ですが、国島は特に気にしていない様子です。

話の流れで木村は国島と共に花見の場所取りに駆り出されることに。他の人たちが来るまで何もやることが無い時間。交わされるたわいのない会話。徐々に打ち解けていった木村は、国島に介抱してもらった夜に酔い潰れて泣いていた理由が失恋だったと打ち明けます。

 

恋愛とは恐ろしいものです

 

そう語る木村。

営業職というと明るくて快活な人のイメージはありますが、木村は人当たりがとても柔らかく穏やか。自分を律しているように感じられ、優等生のような印象です。そんな彼が口にした重たいひと言。彼がどれほど恋人を失ったことで深く傷つき苦しんでいるかが感じられて、胸が苦しくなってしまいます。

後日、猫の餌をお礼に持参して国島の家を訪れた木村は、自分がゲイであること、別れた恋人も同じく男性だったことも打ち明けていきます。

大人の男性が失恋で泣いていたら、「女々しい」などと言われてしまうことが多いんじゃないかと思いますが、国島は一切そんなことは口にはしません。木村の悲しみ方を否定しないんです。泣きながら酔い潰れていた木村が目を覚ました時には、国島は安心したように「少しは元気になったようでよかったです」と優しく微笑んでいました。そしてゲイだという木村の告白を聞いた国島は

 

ゲイだと友達になれないとかあるんですか…

 

自分がゲイであることを不快に思ったりしないかという木村の問いかけにも、なぜそんなことを聞かれるのか心底わからないといった表情を見せます。

国島の受けとめ方って、自分が知らなかった木村についての情報がひとつ追加されただけ、という感じなんです。とてもニュートラルに受けとめているんですよね。

まだまだ同性愛者に対しての偏見や困惑があったり感情的な拒絶反応をする人もいて、カミングアウトすることは困難で勇気がいる状況です。そんな状況の中、ずっと周りに悟られないように気持ちを抑え込んで生きてきたと語る木村。戸惑うような彼の反応を見ると、ゲイだということに対して変な気遣いをしたり構えたりすることなく「ただそのまま受け入れてくれる」人に出会えたのは、国島が初めてだったのではないでしょうか。

家を見ると住んでいる人がどんな人か分かるというのを聞いたことがありますが、国島はまさにその通りだなと思います。彼の家はまったく気取りが無く、東京にこんなところがあったのかと木村が思うほどにゆったりとした時間が流れています。技術畑の人間ということで会社でもジャンパーを上に着て過ごすこともあってか、ボサボサの髪にヨレヨレのワイシャツと自分の外見には無頓着。しかし庭に植えてある野菜をしっかり育てて収穫し、居着いてしまった猫の面倒を見てあげているなど、他者に対する気遣いやケアができる人なんだなと感じます。

そんな国島とだからこそ、木村は2人で居酒屋に飲みにいくようになったし、別れた恋人のことを思い出して泣きじゃくることもできたし、心からの笑顔になれるようになったんですよね。木村にとって国島と過ごす時間は、自分のことを偽らずにいられる大切な時間になっていったのだろうと思います。

 

それはそよ風のように

木村と過ごすうち、国島の気持ちにも変化が起きていきます。最初に新人研修で出会った時には、苦手なタイプだという印象を木村に抱いていた国島。しかし2人で過ごす時間を重ねていくうちに、社交辞令としての愛想笑いではなく目を細めてはにかむような笑顔を見せるようになった木村を「かわいい」と感じるようになり、戸惑ってしまいます。

国島は、最後の恋にしたいと思うほどに木村が真剣に恋人を愛していたこと、恋人が母親に打ち明けると言っていたにも関わらず「友達」だと木村を紹介したこと、そのことをきっかけに木村が恋人と別れることになってしまったことを知りました。

「どうして自分を恋人だと紹介してくれなかったのか」と怖じ気づいてしまった恋人を責めても全然良いと思うんですよ。頭ではわかっていても、感情では割り切れないことってありますよ。本当に好きだったからこそ、やっぱり恋人だと堂々と紹介して欲しいと思うのは当然だと思います。でもきっとカミングアウトすると言うことが勇気がいることだと自身の経験からも知っている木村は、責めることができなかったんじゃないかと思うんですよね。恋人の決意が揺らいでも仕方ないんだと、一生懸命自分に言い聞かせていたかもしれません。

彼自身も傷つき夜眠れなくなるほどに憔悴していたというのに、別れた恋人を一切悪く言わず、受け入れられなかった自分をひたすらに責めていた木村。そんな彼が笑えるようになるまで、国島はずっとそばで見守っていました。会うたびに木村の真摯さ、優しさ、正直さを知っていった国島は、自然に心惹かれていったんですよね。

 

たとえ関係は終わったとしても その人は木村さんに愛されて 幸せだったと思います

 

力強く背中を押すのではなく、添えられた手の温かさを背中に感じるような言葉。無理に木村を励まそうとしたものではなく、木村に惹かれている国島の心からの言葉だと思うんです。自分がもし木村に愛されたら幸せに思うに違いない、というような。

心のこもった言葉はグッと刺さります。この国島の言葉によって、木村はずっと抱え込んでいた苦しみから初めて解放されたんです。そんな言葉をくれた国島と終わりを迎えることのない「特別な友達」としてずっとそばにいたいと願う木村。自分の想いを知ったら木村が傷つくのではないかと思う国島。木村の長い出張で会えない日が続いて2週間ぶりに再会し、台風の直撃で国島の家で一夜を過ごすことになった2人。

 

僕は ずっと 会いたかったです… 国島さんに

 

俺……寂しかったです 木村さん会いたかったです すごく

 

思いは溢れ出し、くちづけを交わしますが、それでも2人は前に進むことができません。でも惹かれる気持ちは止められないですよね。相手が自分と同じ想いでいるかもと感じたのなら、なおさらですよ。

台風の夜のことを「気の迷い」だと思わず言ってしまった木村。前に進もうとすれば、国島とは「特別な友達」ではいられなくなります。好きだという気持ちがどれだけ強くても、関係が壊れてしまうことがあると思い知り、木村は自分の気持ちに気づいていながら目を背けようとしてしまってるんです。でもそれでは何も得ることはできないんですよね。

プロジェクトが無事遂行され、チームは解散することに。プロジェクトが終わってしまえば、今まで当たり前のように会っていた国島との接点が無くなってしまいます。国島と同じ会社に勤めていても、国島の家を知っていても、もう会えないかもしれない。勇気を振り絞り、自分の気持ちを伝える決意をする木村。会社員同士の恋ですが、屋上で国島と木村が互いの気持ちをちゃんと言葉で伝え合う様子はとても微笑ましいですし、木村の言葉を聞いた国島が目に涙を溜めているのに気づいて、2人が結ばれて本当によかったと安堵の気持ちで胸がいっぱいになりました。

「特別な友達」から一歩前に進んで「恋人」となった2人。でも彼らを包む優しくゆったりとした空気は変わりません。この先も国島と木村は穏やかに日々を重ねていくのだろうと感じられて、とても満たされた読後感に浸ることができました。