皆さんは『さらざんまい』という深夜アニメ「ノイタミナ」の枠で放送されていた幾原邦彦監督のオリジナルアニメ作品をご存知ですか?
前回に引き続き、今回は『さらざんまい』の主人公の一稀を中心に物語の第5・6話について語りたいと思います。
中学生トリオは仲が良いのか?
第1話から第4話まで、一稀・悠・燕太の3人はケッピによってカッパの姿にされ、さらざんまいの歌を歌い、互いの秘密を共有し、力を合わせてカッパゾンビを倒してきました。
たとえ成り行きだったとしても、少しずつ仲間として一致団結し共に敵に臨もうとしていくところだと思いますが、彼ら3人はちょっと違うように感じます。
燕太は、幼なじみの友達として以上の好意を一稀に対して抱いています。一稀と悠が花やしきに2人でいることを知って嫉妬したりもしていますが、一稀には全くその気持ちに気づかれないまま。
悠は拳銃を持っていることを知った燕太に悪い奴だと警戒されているものの、他校のサッカー部員とケンカしている燕太を助けたり、一稀の無理な頼みを聞いてやったりしています。
そんな2人に対して、一稀はあまりにもフラットに接しています。燕太が自分にキスしたことを漏洩で知ってもサッカー部の罰ゲームと解釈し、気にする様子もありません。また悠が銃を隠し持っていることを知っても、一稀は誰にも秘密はあると言い放ち、悠が人を撃ち殺した過去が漏洩してうろたえる燕太とは対照的に、全く何も感じていないように平然とキュウリをかじっていたりします。
一稀を悪い奴である悠から遠ざけたい燕太。距離を置こうとしながら結局一稀や燕太に付き合ってしまう悠。2人は漏洩した秘密によって相手に対する気持ちに変化が起きています。
しかし一稀は漏洩した燕太や悠の秘密に動じません。驚くほどに無反応です。彼は距離が近いように相手に感じさておきながら、実際には非常に関心が薄いのです。そしてそのことを、一稀本人は自覚してはいません。
一稀という少年
吾妻サラのコスプレをしたりメッセージをやりとりしたり、飼い猫だったニャンタロウを盗んでしまったり、果ては握手会で本人とすり替わろうと悠に吾妻サラの誘拐を頼んだり。春河のためという大義名分ができると、一稀は途端にリミッターが外れて大胆な行動に出てしまいます。一稀は必要以上に春河にばかり意識が向かってしまっているのです。
それは、春河が車椅子で生活していることに深く関係しています。
弟の春河は、一稀が5歳の時に生まれました。きっと一稀は弟を可愛がる優しいお兄ちゃんだったのだろうと思います。
しかし一稀は自分には生みの親が別にいるということを、祖父から聞かされてしまいます。そのことを一稀は知らずに育ってきました。実子である春河が生まれても、育ての両親は一稀を疎むことなく接していたからなのでしょう。それでも「自分だけ家族じゃない赤の他人だった」という事実は、幼かった一稀を混乱させ悲しませ、絶望的な気持ちにさせたことでしょう。周りに馴染めないでいた燕太に声をかけてあげるような子どもだった一稀は、別に生みの親がいると知らされてから、自らの殻に閉じこもり笑わなくなってしまったのです。
そんな一稀の元に、突然生みの親が会いにやってきます。祖父は「ふしだらな女だ」と言っていましたが、彼女がとても優しい雰囲気の女性でそんなひどい人間に見えないのは、一稀の目を通して見た姿だからなのでしょうか。彼女はどうしても会いたかったと一稀に告げますが、他に大事な家族がいるとも告げます。自分から子どもに近づいておいて、一稀が一緒にいたいと言い出さないよう予防線を張るのです。
今の家族は本当の家族じゃない。
けれど、自分を産んだ母親も自分を選んではくれない。
一稀にとっては実の母の言葉もショックだったのではないでしょうか。物分かりの良い一稀は実の母の事情も理解し、今の家族と共にいることにします。しかしそんなことを知るはずもない春河は、実母の見送りに向かう一稀の後を追いかけていき、そして車に轢かれてしまうのです。
自分が本当の家族を求めたせいで、春河は一生歩くことが出来なくなってしまった。
どれほど一稀はそのことで自分を責めただろうかと思うと、キュッと胸が痛みます。
その後、彼は好きだったサッカーを辞め、春河が好きなアイドルの吾妻サラのフリをし、飼い猫を盗んで春河と世話をしてやります。そして握手会という大勢の人のいる前で、吾妻サラに成り済ましていることが暴露されてしまうのです。
いつかはバレてしまう嘘で弟を騙し続けるその様子は、他人の目からは滑稽で痛々しくさえ見えます。ですが、ただでさえ孤独を感じていた一稀は、「春河のためにここまで自分を犠牲にしているのだ」と自分に言い聞かせなければ、日々を過ごしていくことができなかったのではないでしょうか。
けれども一稀は「自分を守るために春河を騙していた」と認めます。今まで偽っていたことが春河に知られたことで、一稀は胸の底に押し込めていた感情と向き合わなければならなくなったのです。
二人がいてくれて良かった
春河が母の匂い袋を持っていたことを知った一稀が動揺し、3人は初めてカッパゾンビを倒し損ねてしまいます。そのためカッパの姿で過ごさなければならなくなってしまう3人。一稀はカラ元気で痛々しいほどです。
カッパの姿は人からは見えないことを利用して、3人は遊びに出かけます。しかしその先で、異変が起きます。父親と一緒にいた春河の姿が消えてしまったのです。
春河はカッパ王国の敵であるカワウソ帝国にさらわれてしまっており、殺されてカッパゾンビにされてしまうとケッピに知らされた一稀は、迷うことなくカワウソ軍のアジトへと向かいます。
アジトには大量の箱。その一つひとつに欲望を持った人間が入れられ、次々と処分されていきます。その中にある春河の入れられた箱を走って追いかけますが、一稀たちは追いつけず、奈落に落とされてしまう春河の箱。そこでケッピは一稀にある提案をします。
「尻子玉を春河に移植すれば、命を救える」
しかし、尻子玉を失うことによって、この世界から自分の存在自体が無かったことにされてしまうというのです。燕太も悠もその事実に驚きますが、自分はこの世界に存在していない方が良いと一稀は自ら奈落に降りていこうとします。銃を使ってそれを阻止する悠。
胸糞悪いこと言ってる暇があったら別の方法考えろ!
悠の言葉と燕太から渡されたミサンガによって、一稀は意味の無い自己犠牲に酔う自分に気づき、目を覚まします。
抱いているのは欲望ではなく愛だと判定を受け、カッパゾンビにはなれないため一つだけ別の場所に移される春河の箱。
春河は一稀の実母に出会い、「もう来ないで」と言い放っていました。それはたとえ実の兄弟でなくても彼が一稀を大切に思っているからこそ出た言葉です。春河は一稀とのつながりを必死につなぎとめようとしていたのです。それでも春河は自分のことを、ひどい事を言って一稀の大事な人である彼の実の母親を傷つけた悪い子だと言います。一稀がサッカーを辞めたのも、笑わなくなってしまったのも自分のせいだと、春河は自分を責めていたのです。
再び一稀たちは春河を追いかけ、シュレッダーにかけられようとする春河の箱を間一髪で奪取します。アイドルになりすましたり、盗んだ猫で気を引いたり、そんな嘘ばかりの繋がりを作って春河をつなぎとめようとしてきた一稀は、しっかりと自分の腕で春河を抱きしめます。
「どんなことがあっても僕が春河を守る」
生まれたばかりの春河を見て心に決めた一稀。この時、彼はようやく本当に春河を守ることができたのです。
春河を無事に助け出し、人間の姿に戻った3人。一稀は、新しい生き物になったみたいだと口にします。
今まで殻に閉じこもり、自分を押さえつけ続けてきた一稀。彼は偽りの姿から本来の自分の姿を取り戻すだけではなく、大きく成長して自分の目でしっかりと世界を見ることができるようになったのです。
2人がいてくれてよかった
春河を共に助けてくれた悠と燕太に向かって笑いかける一稀。それは初めて彼が悠と燕太を本当に見つめた瞬間だったのです。
次回は燕太を軸に、『さらざんまい』7話について語りたいと思います。
前回は一稀を中心に『さらざんまい』1〜4話を語っています。興味を持っていただけた方は、こちらからどうぞ。