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吉田秋生先生の名作『櫻の園』について語りたい

マンガ家の吉田秋生先生の作品というと、皆さんはどの作品を思い浮かべますか?

ノイタミナ枠でアニメ化されたことも記憶に新しい『BANANAFISH』他、『海街diary』『夜叉』などなど作品名を挙げればどれも名作ばかり。その作品の中で、今回は女子高を舞台とした櫻の園を取り上げて語りたいと思います。

櫻の園 (白泉社文庫)

櫻の園 (白泉社文庫)

 

櫻の園』とはどんな作品?

櫻の園は描かれたのが1985〜1986年と、今から30年以上も前の作品です。吉田秋生先生の画風も今とは違いますし、携帯もまだ無い時代ですから家に彼氏から電話がかかってきて父親が取ってしまったりするなど、読むとずいぶん古い話だなぁと感じると思います。でも一読していただければ、高校生の少女の心の繊細な揺れ動きは、いつも変わらないと感じるのではないでしょうか。

この作品の舞台は桜華学園という女子校です。「ごきげんよう」という挨拶を交わす、伝統のあるお嬢様学校です。丘の上の立つ校舎の周りには数百本の桜の木が植えられており、春には「薄紅のかんむりをかぶっているように見える」ほど。創立祭の恒例で、毎年チェーホフの『櫻の園』の劇を上演する演劇部の生徒「敦子」「杉山」「由布子」「千世子」の4人をそれぞれ主人公とした短編を繋ぎ、物語は進んでいきます。

4編それぞれのあらすじは以下の通りです。

①「花冷え」
劇では「娘役」を演じる敦子を主人公とした第1章。シンちゃんとは付き合って1年の敦子。彼とキスまではしても、その先には進む勇気が持てずにいます。そんな時、結婚を間近に控えた10歳年上の姉から、高校時代に付き合っていた彼と再会したという話を聞いて敦子は…。

②「花紅」
劇では「(男の)召使役」を演じる杉山を主人公にした第2章。いわゆる「フツーの子」たちから、ハデで不良っぽいと思われている杉山。しかし、中学の時から付き合っている俊一とはキスもしていません。「ただ楽しくやりたいだけ」なのに、女の子であるからこその窮屈さ感じています。タバコを吸っているところを見つかり自宅謹慎になった杉山に俊一は…。

③「花酔い」
劇では「小間使い」を演じる、この演劇部の部長の由布子が主人公の第3章。本人にはそのようなつもりは無いのに、同学年からも敬語を使われてしまうような、真面目で近付きにくい印象を持たれている由布子。一緒にお昼を食べていた杉山に、同じ演劇部の千世子に想いを寄せていることを言い当てられて…。

④「花嵐
劇では「女主人」を演じる千世子が主人公の第4章。彼女は背も高く、昨年の劇では美少年の役を演じ、後輩たちから人気になっています。自分に向けられる後輩たちからの「好意」。でも千世子自身は、学校の帰りにすれ違うだけの名前も知らない少年に恋をしていて…。

劇で割り振られた役が、それぞれの主人公4人の性格や立ち位置にリンクしています。明確にメインの主人公は決められていないのですが、全編に出ており演劇部の中心となっている由布子が、この物語を動かす鍵となっている人物ではないでしょうか。

 

櫻の園の少女たち

この櫻の園という作品の面白さは、それぞれの物語が入れ子のように組み合わさり、繋がり合うことでまた別の物語を生み出しているという構成にあります。物語それぞれを単独で味わってもいいお話だと感じられますが、4つの物語を束ねて全体を眺めた時に「そういうことか」と印象が大きく変わってくるのです。

第1章「花冷え」では、結婚を控えた10歳離れた姉が語る高校生の時の思い出話を聞きながら、敦子は10年後の自分の姿と重ね合わせます。キーワードは初体験とキス。

第2章「花紅」の杉山は、男の子を舐めて見ている部分があり、背伸びをしたりもしていましたが、今まで何事も無くいられたのは男性側に気遣われていたからだと気づきます。キーワードはキスと初潮。

第3章「花酔い」では、早くに初潮を迎えたことを健康的な体の成長とは見てもらえず、周りから自分の意思とは関係なく「ませている」と性的なものとして捉えられるようになり、苦しみを抱いている由布子が描かれます。キーワードは初潮と乳房。

第4章「花嵐」では、内面、少年ぽい顔立ち、背の高さ、大きな胸と、自分の全てがちぐはぐに感じられ、いっそ男の子だったら良かったのにとさえ千世子は呟いています。キーワードは乳房と恋。

この4つのお話のキーワードは、主人公たちが思い悩む事柄であり、リレーのように後の物語に引き継がれていきます。第1章の敦子と第2章の杉山は彼との関係の深さについて、第3章の由布子と第4章の千世子は自分自身の体について悩みを感じています。章が進むにつれて彼女たちの視線は自分の内側へと移っていき、主人公となる少女が「自分が女性であるということ」に息苦しさを感じている度合いが少しずつ深まっているのです。

4人それぞれの息苦しさに共感ができるのですが、由布子の自分から切り離すことのできない自身の体に対する嫌悪や苦悩の描写は特に素晴らしく、読みながら胸が詰まってしまいます。

 

ここは王女たちだけの国

そんな苦悩の深さに呼応するように、少女たち同士の結びつきは物語が進むにつれて強くなっていきます。

第1章では敦子と彼との初体験の話を聞こうと女友達がはしゃいでいますが、第2章では屋上に集まって喋ったり学校をサボったりと共に行動しており、第3章では二人きりで食事をしながら本音を打ち明け、最終話である第4章では体を寄せ合い「好き」と繰り返し告げるという関係にまで距離が近づき、親密さを増していくのです。

では各章の主人公の4人と男性の関わりについてはどうでしょうか。

第1章の敦子は、彼との初体験を済ませますが、第2章の杉山は彼に許すのはキスまで。第3章の由布子は恋心を抱いていた従兄の胸に耳を押し当てていますが思いは伝えず、第4章の千世子はただすれ違うだけで声もかけられないまま。思いを寄せる少年とは目も合わせられないでいたのではないかと思うほど。

少女同士が物理的にも心理的にも距離が近くなっていくのとは逆に、第1章から章が進むにつれて、主人公の少女たちと関わる男性たちは、彼女たちからどんどん遠ざけられていきますそれはまるで校舎を取り囲む桜が男性から彼女たちを守っているようにも感じますし、女子校に通う彼女たち自身が男性を退けているようにも感じられます。

 

なぜならば、彼女たちがいるのは「少女だけの世界」なのですから。

 

この先、年齢を重ねて大人になっていくにつれ、それぞれのタイミングで結婚したり出産をしたりと、立ち位置が大きく異なってきてしまう女性にとって、高校生という時期は、一番純粋に同性同士で結びつき共鳴できる時期なのではないかと思います。吉田秋生先生は、その限られた短く儚い時期をすくい上げ、櫻の園という美しい作品として描き出しているのです。

 

この櫻の園中原俊監督によって二度実写映画化もされています。2008年のものは原作と大きく変わっているようです(すみません、未見なのです)が、1990年の作品は原作を上手く活かして、どこにでもいる普通の少女たちの群像劇として繊細に描いた良い映画だと感じました。原作に興味を持たれた方は、映画も是非ご覧になってみて下さい。

櫻の園【HDリマスター版】 [DVD]

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  • 発売日: 2012/03/30
  • メディア: DVD

  

前回は、晴川シンタ先生の商業BL『全員起立!私立BL学園高等学校』について語っています。ご興味を持っていただいた方は、こちらからどうぞ。

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