皆さんは市梨きみ先生の商業BL『さよならアルファ』をご存知でしょうか。タイトルからも分かるように、オメガバース設定のBL作品です。今回はこの作品について語りたいと思います。
BがLするお話であり、さらにオメガバースでヒートと呼ばれる「発情期」の描写も出てきます。ガッツリ性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。

- 作者:市梨 きみ
- 発売日: 2017/07/10
- メディア: コミック
ネタバレが含まれるので、ネタバレダメという方は注意してお読みください。
歳上のオメガ
オメガバースというのは、男女の他にもさらに「アルファ」「ベータ」「オメガ」という3種類の第二の性が存在する世界です。ほとんどの人が「ベータ」で、「アルファ」は特に有能で社会的に地位も高い選ばれた性、「オメガ」は定期的に来る発情期のため社会的に地位が低い性、という設定です。
そんな世界にも、当然同い年のカップルもいれば歳の差カップルもいます。この『さよならアルファ』はそんな歳の差カップルを描いた物語です。
この物語の主人公の神宮寺千夏(じんぐうじちか)は容姿端麗で成績も優秀、生徒会の会長を務めています。そんな彼が小学生の長谷川遥(はせがわはるか)という男の子を助けたことで、大きく状況が変わってしまいます。今まで自分がアルファであることを疑いもしなかった千夏。しかし、この小学生の男の子の遥こそが自分の「運命の番」であり、しかも自分はオメガであることを確信してしまったのです。
大変なのはここからです。何しろ相手は、自分がアルファであることさえもまだ知らない小学生。千夏は高校2年生の17歳ですが、遥は千夏の9歳も歳下のまだ8歳という幼さです。それを頭ではわかっていても、「運命の番」である遥の前では、千夏はオメガである本能をなかなか抑え込むことができません。遥に会いたいと思う純粋な気持ちと、遥に会えば発情してしまう本能に振り回されてしまいます。
発情しているのを具合が悪いのだと心配した遥は、千夏の高校を訪れます。が、彼の姿を一目見ただけでも、千夏の体からはフェロモンが溢れ出してしまいます。抑制剤を飲んだものの、「運命の番」について尋ねる遥に、思わずくちづけてしまう千夏。
好きだ ごめん…はるか、ごめん…
状況をまだ理解できないでいる幼い遥に抱かれたいと思ってしまう自分。千夏は泣きながら遥に謝ります。それでもなお抑えきれず、家に帰るなり指と道具で自分を慰める千夏。
「千夏さん、大好き」と素直な言葉で遥が寄せてくれる純粋な好意に対して、「はるかに抱かれたい」と欲望を抱く自分の浅ましさに千夏は打ちひしがれてしまいます。ここまでくると、切ないというよりも「気の毒だなぁ〜」としみじみ同情してしまいます。
運命の相手と出会うタイミングってとても大切ですよね。もしも遥と千夏が大学生と社会人であったなら、二人の間に大きな問題など無かったとはずです。しかし遥とあまりにも早く出会ってしまったばかりに、千夏は1人で苦しむことになってしまったのです。でも、自分の「運命の番」に出会ってしまった事実を否定することなどできません。
「攻め」の性であるアルファが懊悩するというのではなく、「受け」の性であるオメガの千夏が本能に流されてしまいそうになる自分を恥じ、悩み、必死に欲望に抗っていくというところがこの作品のキモです。それも全ては、まだ幼い遥のことを思ってのこと。千夏の方がかなり歳上で遥はまだ小学生なのですから、人としてそれは当然のことではあるんですが、なんと言っても彼はオメガ。自身もオメガである遥の母親もオメガが本能に抗うことの難しさをこう言っています。
運命の番を前にした時のオメガの理性なんて驚くほど脆いもんなんだから
遥が現れてからの自分を振り返れば、その言葉は胸を突き刺します。それでも千夏は遥のそばに居させてくれるよう、遥の母に頭を下げます。
はるかが大人になるまで指一本触れません 抑制剤も飲むし お母様に顔向けできないことはしないと約束します
千夏のなりふり構わない必死な姿に健気さを感じ、遥が大きくなるまで無事にそばにいられるようにと、思わず2人を応援したくなる場面です。
遥がいるから
今まで自分がアルファであることを疑いもしなかった千夏。しかし遥に出会って自分がオメガと知り、アイデンティティが崩壊してしまいます。千夏には、オメガに対して見下すような発言はありません。それでも、「アルファやベータ相手に股を開くくらいしか能がない」と心ない人間が言うように、幼い遥の前では理性が保てず抱かれたいと思ってしまうオメガの自分に、大きなショックを受けていたのです。
自分のことを憧れだと言う遥に、千夏は「がっかりしただろ」と返します。
オメガって何ですか? いけないこと?
遥の問いに、千夏はずっと心の奥にしまっていた気持ちを思わず口にしてしまいます。
ただ俺は自分がアルファだとずっと信じてて…それを支えに今まで頑張ってきたのに…俺はアルファじゃなかったんだ…っ
アルファやオメガがどんな存在で、周囲からそれぞれどんなふうに思われているのか、ということなどまだ知らない遥は、無邪気に千夏に言います。
千夏さんはアルファになりたかったんですね そのためにいっぱい頑張ったんですね すごいなぁ…
アルファであることに誇りを持っていた千夏は、アルファらしくあるためにあらゆることに努力をしてきたのでしょう。自分を律し、周りからもそう見られてきた千夏は、アルファならば有能であることが当然だと、その努力を今まで誰にも認めてもらったことが無かったのかもしれません。
遥だけが本当の自分のことを見てくれている、そう実感した千夏は、遥のその言葉にどれほど救われたことでしょう。まだ遥が幼い子どもだからこその嘘偽りの無い言葉が千夏の胸に刺さり、素直にオメガである自分を受け入れることができたのではないでしょうか。
以前に遥が学校に来たときに生徒会室からフェロモンが外に溢れ出してしまったことをきっかけに、千夏が実はオメガであはないかという噂が広まっていました。周りの心配をよそに、千夏は皆の前で自分がオメガであることを堂々と認めます。
俺はもう何も怖くない
遥が自分を認めてくれたことで、彼は新たな心の支えを手に入れたのです。
さよなら、そして…
千夏にとって遥と過ごす時間はとても幸せなものでした。しかし、彼と過ごすために飲む抑制剤の量は増えていく一方。そしてついに、千夏は薬の過剰摂取のため倒れてしまいまうのです。
遥は母親からオメガバースについての本を与えられ、説明を受けます。そのことによって、自分に会う時に千夏が薬を飲まなければならないことも、千夏が辛そうにしていた理由も理解した遥。
千夏さんを苦しめるんなら もう僕は大きくなるまで千夏さんに会わない!
遥は千夏のことを思い、しばらく離れることを決意します。祖父母の家に引っ越すことにしたのです。
ボクは世界で一番ちかさんのことが大好きです
遥の手紙を読みながら、千夏は涙を流します。遥が自分のために距離を置こうとしていることを理解し、静かに受け入れる千夏。
そして、2人の間に11年の時が流れていきます。
社会人となった千夏は製薬会社の営業として働いているようです。仕事熱心で、後輩からも慕われている様子。そんな千夏に好意を寄せる後輩が、千夏のフェロモンに反応してしまいますが、そこに現れ千夏を助けたのは、すっかり成長した遥でした。遥は高校の卒業式を済ませてすぐに、待ち切れないとばかりに千夏に会いに来ていたのです。
18歳となり、すっかり成長して背も千夏より高くなった遙。
毎日 千夏さんのことが好きだって 千夏さんのことを想いながら 生きてきたんだよ
出会った頃はまだあまりに幼かった遙。千夏はもし彼が心変わりをしても責めないよう、期待しないよう、仕事に没頭することで遙への思いを追いやっていました。しかし遙は幼い時の約束の言葉通り、千夏に会いにきてくれたのです。千夏の想いが報われた瞬間です。
長い年月を経ての久しぶりの「運命の番」との再会に、体が反応してしまい動けなくなってしまう千夏を、遙は部屋まで抱えて走ります。そして帰り着くなり、求め合う二人。
11年もの間、ずっと互いのことを思い続けてきた彼ら。求めあった後のイチャイチャした2人の様子が可愛らしく(特に千夏さん!)、これから先、ずっと仲良く過ごしていくんだろうな〜とホッとできる結末でした。