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BL『ボーイミーツマリア』について語りたい

皆さんはPEYO先生の商業BL作品『ボーイミーツマリア』をご存知でしょうか。今回はこの作品について語りたいと思います。

タイトルやピンクを基調としたカバーの優しいイラストから受けるイメージを良い意味で裏切ってくれる作品です。明るい筆致で主人公である男子高校生2人の心の成長を描いた物語ですが、BがLする前提ですので、苦手な方はごめんなさい。

ボーイミーツマリア (cannaコミックス)

ボーイミーツマリア (cannaコミックス)

  • 作者:PEYO
  • 発売日: 2019/01/21
  • メディア: Kindle版

ネタバレが含まれるので、ネタバレダメという方は注意してお読みください。

 

ヒロインはマリア

この作品の主人公、広沢大河(ひろさわ  たいが)は、入学した高校の演劇部に入り、日本一ビッグな俳優を目指すと豪語。入学早々に「身の程知らずくん」とあだ名がついてしまいますが、彼は全く気に留める様子はありません。

目指す目標も定まり、あとはヒロインに出会うだけ。そんな大河は、演劇部の催しで美しく踊る「マリア」の姿を目にし、たちまち恋に落ちてしまいます。友人のテツと福丸が止めるのも聞かず、大河は校門前に咲いていた花を手にマリアに駆け寄っていきますが、見事に拒絶されてしまいます。

 

気安く近寄らないでくれるか?
悪いけど僕、更衣室行く途中だから

 

自分を「僕」と言う低い声も「ハスキーで魅力的」だと全く気にも留めない大河。そんな大河の前に、マリアは男子の制服で現れたのでした。

彼の本名は有馬優(ありま  ゆう)。女性の格好をしていたのは、辞めてしまった女子部員の代役のためと判明します。しかし、優と同じ小学校だったという男子生徒から、以前の優は女の子の格好をしていたと聞いた大河は、諦めの悪いことに改めてアタック。そんなにキレイな子が男のわけがない、などと一方的に喋り続ける大河。優は大河の襟首を掴むと、自分のズボンのベルトを緩めて言います。

 

男だって言ってるだろ それとも実際に証拠でも見せないと分からないのか

 

下腹部に付いている自分と「同じもの」を見せられては、彼が男であることを認めざるを得ません。ショックを受ける大河。しかし自分が押し付けた雑草の花を優が捨てずにいてくれていたのを目にして、ようやく彼を傷付けることをしてしまったと気づきます。まずは謝った方がいいという友人たちからのアドバイスに従い、大河は早速優に謝りに行くのですが、口にした言葉がまたとんでもありません。

 

気付いたんだ
オレは! お前にチ●コが生えてても!
お前のことが好きだってー!

 

他の生徒たちがいる前で、大声で告白した大河は、さらに言葉を続けます。女だろうと男だろうと優に対する気持ちは変わらない、もっと優のことを知りたい、などなど。

この大河という主人公、ホントによく喋ります。彼は思うまま、深く考えずに喋ってしまうのです。なので、決してそこに嘘は無いのに全く心に響かないという残念さ。でも、それには理由がありました。

幼い頃から特撮ヒーローが好きだった大河は、父親が家族のヒーローだと思っていました。しかし、現実は物語のようにはいきません。両親の仲はギクシャクし、大河の前でだけ仲良く振る舞っていたのだと知ってしまったのです。その後、大河は両親の間に漂う険悪な空気に目を背けるようになり、大河の母親は入院するほどの大病を患ってしまいます。

そして母親の亡くなった6年前のその日、大河は父親と共に、母親の病院へと見舞いに向かっていました。しかし父親は大河に先に病院へ行くようにと言い、見舞いの花束を持ったまま、まるで何かを見つけたように全く違う方へと走っていってしまったのです。病院への到着が遅れた父親は、母親の最期に立ち会うことはできませんでした。母親の最期の時まで他の誰かといたのか、あの花束は本当は母への見舞いではなかったのか、そんな疑念が大河の頭に浮かびます。

 

父ちゃんはいったい
誰にとってのヒーローだったの

 

母が亡くなり、父親と2人で暮らすようになった大河。明るい彼は、きっと友人は多くても、その付き合いはごく浅いものだったでしょう。深く考えようとしなければ、傷つかずにすむ。そうやって大河は自分の心を守ってきました。彼の口から次々と溢れ出す言葉は、これ以上踏み込みたくも踏み込まれたくもないという彼の気持ちの現れ、見えない壁のようなものだったのです。

 

お前みたいに物事の表面だけしか見れないような奴は、舞台の上でも薄っぺらい演技しかできない

 

優のようにそこまできっぱりと指摘した人間は、今までいなかったのでしょう。その言葉は大河の胸に深く刺さります。ちゃんと優の中身を知りたいと呟く大河。それは、あえて人と浅薄な付き合いしかしてこなかった大河が、初めて誰かと深く関わりたいと自分から願った瞬間だったのだと思います。

大河は演技力を磨くために猛勉強をし、優の心に届くような言葉を真剣に考え始めます。次にやる劇の50ページ以上もある台本の全ての役の台詞を覚えてしまったと言う大河の熱意に絆され、とうとう部長も指導してくれるように。そうして1週間後、大河は満を持して改めて優に気持ちを伝えに行きます。

 

俺がお前を絶対幸せにする
だからお前のことを教えてほしい

 

告白だと受け止めてもらえないどころか、セリフとして自分に向けて同じ言葉で演じる優にときめいてしまう大河。しかし彼のひたむきさに優も動かされ、放課後に演技の稽古をつけてくれることになります。毎日、大河の練習に付き合う優。大河は指導してくれる優の演技を見て、次第に彼を自分の「ヒロイン」としてだけでなく「ヒーロー」としても魅力を感じるようになっていきます。

 

なにも女装なんかしなくても
お前は十分主役として輝けるんじゃないかと

 

自分のことを「カッコイイ」と言う大河に、優は心をかき乱されるのを感じます。優のことをもっと知りたいと願う大河。しかし優は、大河に本当の自分を知られてしまうのを恐れていたのです。

 

自分もいつかヒーローに

優は、母親に女の子として育てられてきました。長く伸ばした髪、水色のランドセル、可愛らしいワンピース。それは全て優が望んだものではありませんでした。彼を「女優」にしたいと願う母親のために、女の子として生きていたのです。

完全に女の子らしく振る舞わせようと、母親は優を厳しくしつけたようです。そして彼も必死に女の子になりきろうとしてきました。まだ幼かった優にとって親の存在は絶対です。自分が男であるという自認を持ちながら、母親に認めてもらえるような女の子であろうとするのは、とても苦しいことだったはずです。「あなたならいつかはハリウッド女優よ」などと言う母親は、きっと理想も期待値も高く、優がいくら自分を殺して女の子のふりをしても、認めてくれることなどなかったのではないでしょうか。

そのままの自分を認めて欲しいと願うのは、当然のことです。いくら女として生きることが唯一の生きる道だと思っても、自分が本当は男であり、女の子のふりをしているだけという事実は消えません。優は、母親に通わされていた児童劇団の講師に尋ねます。

 

もしわたしが男の子だったとしたら
先生 わたしのこときらいになる?

 

その講師は、以前男の子に人気のタイガー仮面のシールを持っていたことをからかわれて破り捨てていた優に、やさしい言葉をかけてくれました。母親でなくても、そのままの彼を受け入れてくれる誰かがいたら、優はきっと救われていたでしょう。しかし、講師は優の告白に態度を豹変させます。その講師の男は、幼い少女を対象とする小児性愛者だったのです。

 

困るなあ そんなこと言われたら
確かめずにいられなくなるじゃないか

 

優を公園のトイレに連れ込んだ講師は無理矢理に彼の下着を剥ぎ取り、優が少女ではなく少年だということを知ると、怒りをぶちまけるように彼をレイプします。しかも優を犯した上に、邪魔だなどと言って彼のペニスを切り取ろうとナイフを取り出したのです。間一髪のところで見知らぬ男性が講師の男を殴り飛ばしてくれ、優はどうにか助け出されたのでした。

この恐ろしい出来事は、優に暗い影を落とし続けます。彼は自ら髪を短く切り、「男」として生き直そうと決意します。幼い頃からずっと女の子らしくあろうと生きてきたことを覆すことは、簡単なことではありません。彼は、母親に封じ込まれ、講師の男に踏みにじられた自分の中の「男」の部分を探し求めるように、演劇を続けていました。そして中学生になった優は、中学演劇の全国大会に主役で出場。しかし、その舞台で彼は客席に自分を犯したあの講師の男を見つけ、倒れてしまったのです。

それ以来、優は男役を演じることに恐怖を覚え、嘔吐してしまうようになってしまいました。彼にとって演じることは、自分の「男」の部分を取り戻す手段。辞めるわけにはいきません。高校生になった彼は、演劇部の他の部員たちには内緒で男役の演技指導をつけてもらえるようにと、顧問に頼み込んでいました。顧問もいい男優だと認めるほどのレベルの演技を見せる優。しかし彼は、自分の中の女の部分に頼って女装をしなければ、実際の舞台には立てません。恐怖は、それほどに強く彼を縛りつけているのです。

それでも優は自分の「男」の部分を取り戻そうと、必死に演技の練習を続けていました。そんな彼にとって、誰かの前で男役を演じて見せることは、どれほどの勇気を必要としていたことだったのかを初めて思い至った大河。

 

お前ほど本当の意味でカッコイイ人間は見たことがない……
オレ お前みたいになりたい お前が好きだ

 

深く考えることから逃げて自分を守ってきた大河にとって、つらい過去にたった一人で立ち向かい続けてきた優は、誰よりも強いヒーローに感じられたのです。

6月。顧問により新入生が主演を務める新入生公演で主役に抜擢された大河。優との特訓の甲斐もあって、彼は見違えるような演技をするようになっていました。そんな時、公開ゲネプロを待たずに、マリアに想いを寄せる男子生徒が友人たちと稽古を見学に来ます。友人たちが優は男だと言い聞かせますが、優と小学校が同じだった男子生徒は、その頃の女の子として生きていた優こそが本当の姿だと信じて疑いません。

 

髪も長かったし 白いワンピース着てて あいつは確かにあの時 誰がどう見ても

 

演劇部員たちの前で、男子生徒に女の子の格好をしていた過去のことを明かされてしまった優。舞台の上で立っていられなくなりうずくまってしまった優の体を支え、声をかけたのは大河でした。その時、優は気付いてしまったのです。あの日、公園のトイレで講師の男に襲われていた自分を助けてくれた見知らぬ男性に対するものと同じ気持ちを大河に抱いているということに。

その男性は持っていた花束の中から1輪の花を優に渡し、今まで傷つけてきた人が病気になり見舞いに行くところだったと話していました。それでも彼は、襲われた恐怖に泣きじゃくる優のそばにいて、いつまでも「大丈夫」と声をかけながら頭を優しく撫で続けてくれたのです。その男性は優にとっての実在するヒーローであり、心からの憧れとなっていました。無意識のうちに、優はそんな男性と大河とを重ねて見ていたのです。

自分の心の中の性別を定められずにいることを演劇部の皆に知られてしまった優。いたたまれなくなり姿を消してしまった彼を探して学校中を駆け回っていた大河は、台本を破り捨て教室の隅でうずくまっている優の姿を見つけます。

 

一緒にいてくれよ ……だって
きっとオレもお前がいてくれなかったら
この先一生 ひとりでいたはずだから

 

誰にも理解されない苦しみを抱えた自分と真逆の、孤独とは縁のない人間だというのに、どうしてそんな言葉を大河が口にするのか。優は怒りに任せて大河を押し倒し、服を脱がせようとします。まるであの時自分を襲った講師の男のように。しかし優は途中で泣き崩れてしまいます。

 

女でもなく、男でもなく
ぼくは ぼくは何なんだ

 

絞り出すような優の言葉に、大河も大粒の涙を流し、そのままの「優」でいて欲しいと彼に語りかけます。

 

ずっと逃げずに闘ってたお前みたいになりたかった

 

明るくてたくさんの人に囲まれ、素直に気持ちを口にできるように見えていた大河。しかし彼も自分をどうにか変えようとし続けていました。彼らは過去の自分から抜け出そうともがく者同士だったということに、優はようやく気づきます。

迎えた新入生公演本番。衣装を家に忘れてきてしまうなど抜けた所はあるものの、自分の内面にもしっかり目を向けるようになった大河。男役も演じてみたいと部長に自ら申し出た優。少しずつですが、確実に2人の心に変化は起きていました。無事に新入生公演を終えたものの、主役の大河は台詞を噛みまくり。しかし反省会と称して大河を連れ出した優は、誰もいない教室の教卓の陰で大河と初めてのキスを交わすのです。

 

ヒーローの正体

この物語の主題は、大河と優が過去の自分と向き合い乗り越え、それぞれに成長を遂げることにありますが、そこで重要な役割を担っているのは大河の父親です。

大河の父親は、妻の入院する病院へ見舞いに行く途中、優が男に公園のトイレに連れ込まれるのを目撃し、彼を助け出した人物です。そのため大河の父親は病院に行くのが遅れ、妻の最期を看取ることができませんでした。

大河の父親が人を助けた事実を誇らしげに話すような人間ならば、大河は疑念を抱くこともなく、深く人と関わることを恐れるようにならなかったはずです。しかし、彼は人助けを武勇伝のように言いふらす人間ではありませんでした。性的暴行という酷い事件に遭ってしまった少女を守るためにも、まだ幼い少年だった息子に本当のことを語ることはしなかったのです。

浮気をして夫婦仲を壊し、妻に謝ることもできないままになってしまった大河の父親。確かに彼は、大河や妻にとってのヒーローではいられなかったかもしれません。しかし救い出された優にとって、大河の父親は紛れもないヒーローであり、彼の心を支える柱となっていたのです。

人は誰でも、必ず誰かの心を支える存在になれる。『ボーイミーツマリア』は、そのことを教えてくれる、読んでいて胸が温かくなる素敵な物語です。

 

2020年8月30日追記

PEYO先生は「恵口公生」名義で月刊少年マガジンに『キミオアライブ』という作品を連載されていました。難病を患い寝たきりだった高校生の長谷川君生が、たくさんのやりたいことを叶えるため、仲間たちと共にYouTuberを目指す物語。

しかし、2020年8月19日に恵口公生先生逝去されたという知らせが編集部から出されました。まだ23歳とあまりにも若く、あまりにも才能に溢れた方が亡くなられたことに大きなショックを受けました。これからもたくさん描いて作品を生み出し続けていって欲しかったですし、先生もきっとたくさん描きたいこともやりたいこともあっただろうと思います。心よりご冥福をお祈りいたします。

 

前回は『ID: INVADED  イド:インヴェイデッド』の音について語っています。興味を持っていただいた方は、こちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com