皆さんは映画『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』をご覧になりましたか?
映画館で見てすぐに私は黒猫の妖精小黒(シャオヘイ)がとにかく可愛いこの映画の虜になってしまいました。この映画の原作であるWeb版のアニメも最新話まで見尽くし、劇場で手に入れられずに通販で購入したパンフがようやく手元に届いて大喜びしているところなので、この愛すべきこの作品について語りたいと思います。
ネタバレが含まれるので、ネタバレダメという方は注意してお読みください。
映画『羅小黒戦記』とは?
映画『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』(以下『羅小黒戦記』)は中国人漫画家・アニメ監督であるMTJJさんがWebに公開していたアニメを原作とする作品。Web版は第28話まで公開されており、この映画はWeb版の前日譚を描いたものです。2019年9月に字幕版が公開され、その後2020年11月からは日本語吹き替え版が上映開始、今も上映が続いています(2021年2月15日現在)。
字幕版が上映されている時から「良い」という評判は耳にしていて気になっていたのに見にいくことが叶わずにいたのですが、日本語吹替版が上映されると知り、しかもキャスティングされた声優の方々が主要キャラクターのキャスト(小黒:花澤香菜さん、無限:宮野真守さん、風息:櫻井孝宏さん)を挙げただけでもわかるように豪華メンバーだったこともあり、いそいそと吹替版を通常上映と4DXとで鑑賞、字幕版も見ておくべきだったと激しく後悔させられました。
この映画のあらすじはこんな感じです。
―人間による自然破壊が進み森を失った黒猫の妖精小黒(シャオヘイ)は、暮らせる場所を求めて放浪していた。そんな彼に同じ妖精の風息(フーシー)が救いの手を差し伸べ、住処の離島へと連れていく。風息の仲間に温かく迎えられる小黒。しかし、人間でありながら最強の執行人である無限(ムゲン)が現れ、彼らの戦いの中で小黒は無限に捉えられてしまう。妖精たちの住む館に向かう無限と共に過ごすうちに小黒は徐々に彼に心を開いていくが、「ある計画」のため風息たちが小黒を奪還しようと動き始め……
自分と同じく人に居場所を奪われた妖精の風息と、人でありながら執行人として人と妖精の間に立つ無限。「ぼくが選ぶ未来」というサブタイトルにあるように、無限と風息、それぞれの思いを知った小黒がどんな結論を出すのか、私たちは見守っていくことになります。
映画『羅小黒戦記』のここが良い!
劇場で『羅小黒戦記』を鑑賞し、とにかくここが素晴らしいと私が感動した点を、思いのままに羅列していきたいと思います。
絵が良い!
最近の日本のアニメはとても描き込みが細かいものが多く、精緻で繊細な印象があります。劇場版ともなれば「なんて素晴らしい作画だろう」と絵の美しさに感動することも多々あります。
しかしこの『羅小黒戦記』の作画はとてもシンプル。描き込みは最小限でスッキリとしています。小さな子供(しかもケモ耳!)の小黒は佇まいも仕草もコロコロ変わる表情もとにかく全てが可愛いのですが、無限や風息他のキャラクターたちも頭身が低く設定されていて、成人男性も虎や鬼のような風貌をした妖精でさえも皆どこか可愛らしさを感じます。
この絵がとても良いんですよ。どこか懐かしささえ感じさせる温かみのある絵柄。鋭く尖った部分が無く丸みを帯びていて、全てにおいて優しくおおらかな印象を受けます。しかも、猫の姿をした小黒の転がる鞠のような動きや無限の髪がなびく様子など、動きがとてもキレイなんですよね。
アクションが良い!
私がこの映画について耳にした評判には「アクションが凄い」というものがとても多くありました。 その評判を聞いてもなお、このかわいい絵柄から抱いた「森を追われた幼い妖精の小黒が、多くの出会いを経て自分の居場所を見つける物語」という非常にハートフルな作品だろうという先入観が抜けず、本当にアクションが凄いの? と映画を見る前は半信半疑でした。が、本当にアクションが凄かったんですよ。何と言っても、その動きの大きさとスピード!
私が今まで見てきた作品は、ジャンプする前に地面を踏みこんだり、殴る前に大きく腕を振り上げたり、技を放つ前にキャラクターが色々思考したりと、アクションの間も細かく描写するものが多く、その分ドラマチックだし迫力もあるのですが、動きのスピード感という点では遅いものでした。漫画で言うと、何コマも使って1つの動作の描写がされる感じですね。
しかし『羅小黒戦記』は、アクションはアクションだけに徹していて、まるで体が反応するままに動いているように見えます。私自身がカンフー映画など一切見たことが無いこともあるでしょうが、大きなモーションも無く、いきなりジャンプをして次の瞬間には相手の懐に入り攻撃を喰らわせているという動きの速さに圧倒されてしまいました。一連の動きが1つの大きなコマに描かれているような感じ。強力な能力を持つ者同士の戦いは、縦横無尽に空間を飛び回りながら繰り広げられていきます。シンプルで可愛らしい絵なのに、そのアクションはとてつもなくカッコいいんです。バトルシーンを見て、その動きが目に気持ちいいという感覚を初めて抱きました。
物語が良い!
絵柄がとても可愛らしい作品なので、きっと子供が見て楽しい平易な物語に違いないと予想して映画館に行きましたが、その予想は気持ち良く覆されました。『羅小黒戦記』は確かに2つの相反する思いがぶつかり合うシンプルな物語ではありますが、子供向けのわかりやすい単純な勧善懲悪のお話ではなく、大人が見て考えさせられ感動もできる、とても内容の深い物語だったのです。
人間の手により住んでいた森が壊され住処を追われ、さまようことになった小黒(シャオヘイ 声:花澤香菜さん)。その姿はずっと黒猫の姿で描かれているため、食べ物を失敬して逃げるその姿は野良猫の様子を眺めているようで楽しささえ感じます。しかし人間に追われているところを風息(フーシー 声:櫻井孝宏さん)に助けられた小黒が黒猫の姿を解くと、まだ幼い子供の姿が現れます。そこで初めて今まで見ていたものは、幼い彼が追い込まれた過酷な状況を生きている様子であることを知らされるのです。
たった一人で生き抜いてきた小黒を、風息の仲間の洛竹(ロジュ 声:松岡禎丞さん)、虚淮(シューファイ 声:佐藤壮馬さん)、天虎(テンフー 声:杉田智和さん)たちが迎え入れ、「これからここが君の家だ」と優しく風息は小黒に語りかけます。美味しいお肉ももらって安心して笑う小黒。ここで一気に観客の気持ちが風息に寄り添うんですよね。彼は小黒の味方になってくれた善の側の存在だと一度刷り込まれるんです。なので、顔が隠され不穏な印象で登場し、いきなり風息たちに攻撃を仕掛けて小黒を連れ去ってしまう無限(ムゲン 声:宮野真守さん)のことを、小黒と同じように観客は悪の側の者ではないかと警戒して見るわけです。
なんて物語に引き込ませるのが上手いんだろう! と、とにかく感心しかありません。
目的地の「館」に向かう旅を続ける無限と小黒。共に過ごし言葉を交わしていく中で、無限が悪い人間ではないと感じるようになった小黒は少しずつ心を開くように。そして無限は妖精たちの組織に属し人間と妖精の共生を目指しており、風息たちの方が組織から外れ人間に敵対しているアウトサイダーであると徐々に判明していきます。
無限と小黒の道中をずっと見守り、街で暮らす妖精の楽しげな表情を目にして、観客は無限が善の側の者であると確信するようになります。しかし、小黒を暖かく迎え入れ居場所を与えてくれた風息を既に知っているので、彼をもうただの悪役とは思えなくなっているんですよね。風息を信じたいと思いながら物語を見守っていくと、なぜ彼が他の妖精たちに刃向かってまで人に敵対するのか、その理由が明かされます。
風息が穏やかに暮らしていた森に入ってきた人間たち。最初のうちは風息も人が森に住みつくのを受け入れていました。しかし人間はだんだん増えていき、技術を高めて森を破壊していくようになります。やがて妖精たちは追いやられ、風息の故郷だった豊かな森は元の姿を失い、今では高層ビルが立ち並び車が行き交う大都会となってしまったのです。
妖精は人間よりもはるかに長い寿命を持っています。妖精である風息の中の時間の流れは、人間のそれよりもゆったりとしているはず。そんな彼の目には、後から来た人間たちがあっという間に故郷の森を破壊し尽くしていったように映ったことでしょう。風息の胸にある人間に対する怒りや悲しみが痛いほどに伝わり、だからこそ無限に彼の暴走を止めてもらいたい、そんな気持ちになります。その時、観客の目線は小黒と同じ目線になっているのです。
たとえ分かり合えない相手であろうと、この世界に共に生きるものとして妖精は人間と共存を図るべきだとする無限。それは妖精の組織の考えでもあります。しかしそれを受け入れることができず、ゲリラ的な手法で人の住む世界を壊そうとする風息。
無限と風息のそれぞれの思いを知った上で小黒が自分で結論を出す場面では、その偏りのない真っ直ぐな心と芯の通った強さを感じ、風息が最後に取った行動には、彼がどれほど故郷の自然豊かな森を愛し大事に思っていたのかを知らされ、胸が熱くなります。
無限と風息の決着は付きますが、本当に今のままの世界でいいのか、誰もが共に生き幸せになれるためにはどうしていくべきなのか、この世界に生きる人間である観客に重たい課題が託されるのです。
細かな描写が良い!
この映画では細かな描写の積み重ねによって、無限と風息の小黒に対するそれぞれの思いの変化を対照的に描いています。
登場してすぐの時点では、風息は小黒に穏やかに語りかけ温かな食事と寝床を与えていますが、無限は小黒を館に連れて行くため、問答無用で彼を縛り上げて自由を奪っています。明らかにこの時点で小黒に優しいのは風息の方でした。
しかし無限は小黒の持つ能力について教え、その力を発揮できるように育てていきますが、風息は小黒を拐い、彼の持つ能力を自分の目的のために奪ってしまいます。
物語の進行と共に、力で押さえ込むだけだった無限が小黒と心を通わせるようになる一方で、人間への復讐心に囚われた風息は仲間として迎え入れたはずの小黒の能力を「手段」として利用しようとするのです。この無限と風息の二人の内面の変化が小黒を鏡として映し出されているのです。
ちょっと政治的なことも連想しちゃいました
私は映画に詳しくなく、どうしても日本やハリウッドの作品を見る機会が多いので、それらの作品を観ても特に何も感じませんが、それ以外の作品では「イギリス映画」「フランス映画」「インド映画」というように「その作品を生み出した国」について、頭のどこかで意識して観てしまいます。この『羅小黒戦記』でも、中国の作品であるということで連想ゲーム的に頭をよぎったのが、ニュースで見聞きした「政治的なこと」でした。
人間を憎み人間の住む世界を壊そうとする風息。人と妖精の共存を願う無限。異なる思想を持ち相容れず彼らがぶつかり合う姿に、中国政府によって行われているモンゴル、ウイグル、チベットなど民族独自の文化や宗教を持つ人々への厳しい弾圧や、「香港国家安全維持法」が施行され政治的・法的な統制強化に抗議する香港の民主派の人々が禁固刑に処された報道に対して抱いたやるせない気持ちを思い起こさせられました。
また風息たちが地下鉄を襲い、無限が彼らと戦っている間に地上に出た車両が脱線、駆けつけた館長らが乗客たちを助けて彼らから事故の記憶を消すという場面では、事故現場となる高架下に事故車両が埋められた映像が衝撃的だった、2011年の中国高速鉄道の衝突脱線事故を連想させられました。
監督がこのような中国に実際に起きた(起きている)事柄を物語の中に反映させたかはわかりません。連想したのは物語の受け手である私の勝手であり、制作者側の意図とは違うものかもしれません。それでも、ファンタジックな物語の奥にある「訴えかけるパワー」を、私はこの作品から感じずにはいられなかったのです。
作品に対する愛情
この『羅小黒戦記』は2011年に公開を開始したWeb版から始まり、長い時間を経て映画制作に至りました。原作者で監督であるMTJJさんは自身でスタジオを設立し外注せずに映画を製作しており、まさしく自分たちの手で中国のみならず海外での公開まで漕ぎ着けたわけです。
この映画が完成した喜びと達成感が伝わる動画がこちら。
丸太で描かれているのが監督ご自身だそうです。この動画、とにかく楽しそうなんですよね。いたずらっ子でニコニコしている風息や無表情で踊りまくる無限など、映画と全く違う面が見られるわけですが、本当にキャラクターたちを愛しているんだなぁということが伝わってきます。
小難しいことも含めて色々と語ってきましたが、この「罗小黑大电影之歌」の動画を見て伝わってくるように、愛され楽しんで制作された作品が私たちに幸せな経験をもたらさない訳はないと感じたのです。
吉浦康裕監督の劇場用オリジナルアニメ映画『アイの歌声を聴かせて』についても語っています。ご興味を持ってくださった方はこちらからどうぞ。