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BL『明烏夢恋唄』について語りたい

皆さんは朔ヒロ先生の商業BL『明烏夢恋唄』という作品をご存知ですか? 幽世の妖怪たちの遊廓を舞台にした、人間の男性暁人と男娼の烏天狗翠蓮の恋を繊細に描いた作品です。とても絵が美しくてお話も切ない素敵なこの作品について、今回は語りたいと思います。

性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。

ネタバレが含まれるので、ネタバレダメという方は注意してお読みください。

 

異界に住む者

公園でいじめられている子どもを見かねて助けたサラリーマンの金沢暁人(あきと)。彼が助けたのはなんと妖怪の豆腐小僧。妖怪を見るのは小学生6年生の時以来だと言う暁人に、豆腐小僧は助けてもらった礼として3枚の割符を手渡します。

 

きっと楽しんでいただけます…!

 

怪しいとは思いながらも、豆腐小僧の言葉に乗ることにした暁人。公園の茂みを進んでいくと、あるはずのない湖とそこに浮かぶ大きな船が彼の前に現れます。

その立派な館のようなその船の中に足を踏み入れた暁人は、人間の客が来たと異形の者たちにたちまち囲まれ、遊女を選ぶよう迫られてしまいます。実はこの船、「かすみ楼」という幽世(かくりよ)の妖怪たちの遊廓だったのです。

帰ろうとする暁人の前に現れた、背中に黒い翼を持ち黒髪に褐色の肌と翠色の瞳の烏天狗の翠蓮(すいれん)。しつこく迫って帰ろうとしない客に困っている様子の翠蓮に黙っていられなくなった暁人は勢いで彼を指名し、居残っていた客を追い払います。

使われた割符が自分の禿(かむろ=先輩遊女の世話をする見習い。豆腐小僧は男の子なので男娼見習い)である豆腐小僧のものだと気づいた翠蓮は、早々に帰ろうとする暁人を何の礼もせずには帰せないと引き留め、男娼らしく誘惑します。

しかし、その気にならない様子の暁人。ならばと翠蓮は人間の女に姿を変えますが、暁人は女の姿での相手も断ります。

 

見てみてーな……そのでっかい翼で飛ぶところ
迫力あんだろうなあ…

 

翠蓮の焦げた羽を手に微笑む暁人。その後も翠蓮は誘いの言葉を口にしますが、結局暁人は翠蓮と同じ布団にただ枕を並べて眠るだけで、彼の体に触れることさえしないままに朝を迎えます。烏は夜明けを告げる鳥。目を覚まして窓から外を眺める暁人の前に、大きく翼を広げて舞い降りてみせる翠蓮。暁人は翠蓮のその美しい姿をその目に焼き付け、日常へと戻っていきます。

遊郭は一夜限りの夢を見せる場所です。ただでさえ遊女は手に届かない存在。それが妖怪の世界の遊郭であればなおさら。男娼である翠蓮がただの人間の自分を本気で相手にするわけはなく、ただの社交辞令だと十分理解していながら、それでも「また来て」という翠蓮の言葉を思い出してしまう暁人。

それは翠蓮の方でも同じでした。暁人は、本来ならばここには来るはずのなかった人間の客。遊郭での一夜だというのに朝まで翠蓮を抱くことをしなかった暁人は、男娼である翠蓮にとって忘れられない客となったのです。

 

籠の中の鳥

豆腐小僧や翠蓮を見かねて助けたことからもわかるように、正義感がとても強い暁人。割り切って要領よく立ち回るということができない彼は、会社の上司とソリが合いません。仕事がうまくいかずに落ち込む暁人の前に、ひと月ぶりにかすみ楼へと続く入り口が現れます。

久しぶりに訪れた暁人に駆け寄ってくる豆腐小僧。豆腐料理を振る舞うと誘いを受け、暁人は2つめの割符で豆腐小僧を指名します。しかし時は丑三つ時(午前2時)。いつの間にか眠ってしまった暁人を、翠蓮の声が目覚めさせます。

暁人に会うために座敷を抜け出したとお愛想を言う翠蓮。座敷の騒がしさを避けようと館の外に出たことがきっかけで、暁人は大きな翼を持ちながら翠蓮は遊廓に繋がれて自由に飛ぶことができないのだと知ります。

遊廓の中で夢を見られるのは客だけ。立派な屋敷できらびやかな着物を着た美しい遊女や男娼たちは、生きた「商品」。たとえ大きな翼を持っていようと、年季が明けるまで翠蓮には自由などないのです。

 

一度くらいは商売抜きで
自分の選んだ相手とーー…

 

寂しげな表情で呟く翠蓮に、座敷を抜け出して自分に会いに来たということは「選んだ」ことにならないのかと尋ねる暁人。飛ぶところを見たいと言った暁人の願いを翠蓮が叶えたように、暁人は翠蓮の夢を現実に変えようとしているのです。

見つめ合う2人。しかし間が悪いことに翠蓮に指名が入ってしまいます。暁人が今指名しているのは豆腐小僧であって翠蓮ではありません。自分の名の姿を探す帳場役に見つからないようにと、暁人とくちづけたまま湖に潜って身を隠す翠蓮。

 

…あんたを選んだよ 暁人

 

この時の翠蓮の笑顔が実に美しいんですよ。恋に踏み出した表情なんです。

ずぶ濡れのまま物置に隠れ、忙しなく愛を確かめようとする暁人と翠蓮。しかしローションとして使う油瓶がないことを知った暁人は、行為を我慢してまた次の機会に持ち越そうとします。誰かに邪魔されてしまわぬように、痛い思いをさせないように、コソコソと隠れてなどではなく、次こそちゃんと翠蓮を指名して……。そう暁人は考えたのです。

翠蓮が平気だと言っているからといってがっついてしまわないなんて、暁人って奴はなかなか紳士的じゃないか〜と私も感心したりしました。だってそれは彼が翠蓮を大切に思っているという証ですから。

でも、それはあくまでも普通の恋愛の場合。翠蓮にとって、暁人のその優しさは不要なものでしかないんです。なぜなら彼は男娼の身。自分を指名し金を払った客であれば、体を開かなければなりません。自分の意思で抱かれたいと思った今この瞬間に暁人が抱いてくれなければ、翠蓮の願いは叶えられないのです。翠蓮が痛いのも我慢すると言って食い下がったのもそのため。

しかし指名された客から逃げて暁人を選ぶということが、翠蓮にとってどれほどの決意を必要とすることなのかなど、暁人にわかるはずもありません。そのことを悟り、男娼としての作り笑顔を浮かべる翠蓮。

 

なら口でシてあげる 気に入ったらまた来てよ

 

互いの想いが共鳴しあったはずなのに、再び男娼と客という距離に戻って自分に接するようになってしまった翠蓮に戸惑う暁人。

結局、暁人と隠れているところを見つかってしまった翠蓮は、客の元へと行ってしまいます。後を追おうとするも体に力が入らず立ち上がれなくなった暁人は、翠蓮が過去にかすみ楼に付け火をした罰として男娼となり、客から生気を奪って湖の睡蓮の花を咲かせていることを聞かされます。

翠蓮は自分の生気を奪おうとしていた、そのことにショックを受ける暁人。しかしそれでも彼が思い出すのは、男娼らしい貼り付けたような上っ面だけの笑顔ではなく、その仮面を外した素のままの表情の翠蓮ばかり。人づてに聞いた噂を信じるのではなく自分で翠蓮の真実の姿を知ろうと、暁人は手にかすみ楼を訪れ最後の割符で翠蓮を指名します。

 

お前が嫌ならすぐ帰る
…けどその前に一つだけ答えてくれ
この前のお前は本気だった?

 

この暁人の問いは翠蓮にとって、あまりに酷なもの。男娼である翠蓮が客を拒むことは許されません。あの時翠蓮は、その禁を破ってまで暁人を選んだのです。しかし暁人は翠蓮を抱いてはくれませんでした。客ではなく自分の選んだ相手に抱かれたいという翠蓮の願いを、あの時暁人は叶えてはくれなかったんです。それなのに本気だったのかと翠蓮の気持ちを確かめるような問いをしてくるなんて、淡い期待を持たせておいてまた突き放すつもりなのかと怒りが湧くのも当然ですよね。

 

俺たちは好きな時に抱かれて
飽きられたらそれまでだ
どんなに焦がれても 深く思ったとしても
逢いに行くことさえできないんだから

 

涙ながらに苦しげに感情を吐き出す翠蓮の姿に、ようやく彼の置かれている状況を理解した暁人。翠蓮を大切に思っての自分の言動が、逆に彼の心を揺さぶり傷つけてしまっていたことに気づいた暁人は、翠蓮を抱きしめくちづけます。愛する男に抱かれたいと願う翠蓮の心と、客としてではなく純粋に翠蓮を抱きたいと思った暁人の気持ち。ようやく重なり合う2人の心と身体。

翠蓮は自分を金で買った客には幾度となく抱かれてきたはず。しかし自分が望み選んだ相手に抱かれるのはこれが初めて。暁人の腕の中で自分でも戸惑うほどに感じてしまう翠蓮。

しかし暁人に渡した割符はもうありません。これが自分の選んだ相手に抱かれる最初で最後の夜。翠蓮は暁人が口にしてくれる「絶対また来る」という言葉も、きっと叶うことはないと諦観の笑みを浮かべ聞き流していきます。「一度でいいから望んだ相手に抱かれたい」という望みを暁人が叶えてくれたこの一夜を、翠蓮は自分の胸に閉じ込めておくつもりでいたのです。

 

身を賭して

初めから一夜限りなのだと思っていた翠蓮。しかしこれが始まりのつもりでいる暁人は、再びかすみ楼に足を踏み入れます。

妖怪が見えるとはいえ特別な術が使えるわけでもない暁人が支払えるのは、人間の世界のお金だけ。でも妖怪の世界では人間の使う金など価値はありません。しかも翠蓮は位が高い男娼。今まで暁人が翠蓮に会うことができていたのは特別符を持っていたからなのです。

玉代の払えない者に声を掛ける資格は無いと、翠蓮の名を呼ぶことさえ許されない暁人。彼は翠蓮と交わした「また来る」という約束を自分の血と引き換えにして果たそうとしますが、帳場役にこんな無茶では命を落とすと諭され、引き下がるしかありませんでした。

ある日そんな暁人の部屋に現れた翠蓮。彼はかすみ楼の結界を破って暁人に逢いにきたのです。

暁人への思いが募った、ただそれだけでは翠蓮がここまですることはなかったでしょう。暁人が一夜の夢で終わらせることなく再び会うために命を削ろうとさえしてくれたからこそ、翠蓮は自分の身を賭してでも彼の想いに応えたかったのだと思うんです。

暁人の住む世界を案内してもらって目に焼き付けた翠蓮は、自分の意思で男娼になったと嘘をつき、「もう来るな」と言い捨てて去っていきます。彼はこの時すでに自分の命と引き換えにして百の睡蓮の花を咲かせることを心に決めていたのです。

今まで遊廓で生き、男娼として客を取ることが当たり前のことだった翠蓮に、暁人は違う世界を見せてくれました。しかし年季が明けるまで、翠蓮は遊廓から離れることはできません。人間である暁人は人の理から外れた幽世であろうと、自分に会うためにかすみ楼に通い続けてくれるでしょう。そうすれば彼はいずれ命を落としてしまいます。そして何よりも暁人に出会い恋に落ちてしまった今、たとえ一夜の伽とはいえど、客に体を開くことは翠蓮にとって耐えがたい苦痛でしかありません。暁人を守り、暁人への想いを貫くために、初めての恋に命をかけようとする翠蓮の嘘を見抜いていた暁人。すぐさま後を追いかけた彼もまた、翠蓮のために身を投げ出すことになります。

客と男娼というだけでも結ばれるのが難しい恋であり、2人に困難が待ち受けていることは明らかですよね。しかも彼らは人と烏天狗です。まさに禁断の恋ですよ。そんな障害を打ち破るのはただ、彼らの互いを想い求める強い気持ちなのです。

夜明けの空を眺める暁人の前に、大きな翼を広げて舞い降りる翠蓮。手を伸ばす暁人に応えて、彼は満面の笑顔で手を重ねます。この時こそが、人の世に生きる暁人と幽世で生きてきた翠蓮が本当に結ばれた瞬間だったのではないかと私は思うのです。

 

『SK∞ エスケーエイト』の愛忠についても語っています。興味を持っていただいた方はこちらからどうぞ。

isanamaru.hatenablog.com