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BL『あかりと彼はなやましい』について語りたい①

皆さんは鶴亀まよ先生の商業BL『あかりと彼はなやましい』という作品をご存知でしょうか? 素直になりきれない男子高校生あかりが10歳年上の会社員瑞貴と出会い、恋に踏み出すまでを丁寧に描いた作品です。今回はこの作品について語りたいと思います。

性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。

ネタバレが含まれるので、ネタバレダメという方は注意してお読みください。

 

「あかりと彼」と「三上と里」

スピンオフ作品って番外編にとどまらず本編と同じくらい人気になったものって、実はけっこう多いですよね。『ジョジョの奇妙な冒険』からのスピンオフ『岸辺露伴は動かない』などドラマ化されるものもあります。良い作品って主役が魅力的なのは当然ですが、魅力的な脇役もいるってことなのでしょう。本編を知らなくてもスピンオフ単体で十分楽しめる作品になっていることが多いように思います。

この『あかりと彼はなやましい』『三上と里はまだやましくない』という作品に出てくる、三上と里と同じ高校に通う友人の桜井あかりを主人公にしたスピンオフ作品。続編無しの予定だったにも関わらず最終話で反響が大きかったということで、なんと本編より先に2巻が発刊されたそうです。すごい!

本編は主人公の三上と里の2人がぎこちなくも初々しくて高校生同士の可愛い感じのお話。しかしこの作品は、主人公のあかりがゲイであることによってままならない経験を何度もしていることもあって大人びていることや恋の相手が年上であることから、物語の雰囲気はちょっとビター寄りな感じになっています。もちろん本編を全く知らなくてもこの作品のみで独立した物語として楽しめる作品ですし、私はむしろこの『あかりと彼はなやましい』の物語の方が好きだったりします。

 

居場所のない高校生

小学生の頃からずっと仲が良く、ゲイであることを周囲にバラされても、あかりへの態度をまったく変えることが無かった里。自分にとって信頼できる大切な友人である里が同性の三上と付き合い始めたことにさみしさを感じたあかりは、1人でゲイバーへ。このバーのママである大学の先輩に頼まれて臨時の手伝いでカウンターに入っていた若宮瑞貴に未成年と見抜かれオレンジジュースを出されたあかりは、意地になってギムレットを頼んで一気に飲み干してしまいます。

このギムレット、ドライジンとライムジュースのカクテル。ベースになるジンが度数40ほどと高いため、ギムレットも度数が25前後とカクテルとしてもけっこう強いんですよ。チャンドラーのハードボイルド小説『長いお別れ』に出てくる「ギムレットには早すぎる」というセリフにちなみ、ギムレットのカクテル言葉は「遠い人を想う」「長いお別れ」という切ないもの。あかりがこのカクテル言葉を知っていたかは分かりませんが、里に対するあかりの気持ちを代弁しているようです。

アルコールの強いギムレットを飲んで、そのまま潰れてしまったあかり。目覚めたのは瑞貴の部屋でした。瑞貴はバーのママに頼まれて、閉店になっても目を覚さないあかりを仕方なく家に連れてきたのです。

未成年なのにゲイバーなんて行くなと瑞貴に諭され、自分にはあんな所しか出会える場所なんてないと反発するあかり。そんな彼を心配した瑞貴は、自分で自分の可能性を潰しているんじゃないかと、大人としてかなり親身な言葉を掛けます。そのまま一晩ベッドだけを借り、何も言わずに部屋を出たあかり。きっともう2度と会わないだろうと思っていたというのに、忘れ物を取りに再びあかりは瑞貴の部屋を訪ねることになります。

 

お腹空いちゃった 中入れて

 

わざと茶化しておどけて振る舞うあかり。彼の着ている制服を見て通っている高校が男子校だと気づいた瑞貴に同じように同性が好きな生徒もいるのではと言われ、あかりは学校の友達に対して恋愛感情を持たないように無意識にストッパーがかかるのだと言い訳をします。ゲイバーに行くのも禁じられてしまったら出会いなんてないと口にするあかりの頭を撫で、「大丈夫」と瑞貴は優しく背中を押します。

しかしいくら里と仲が良くても、それはあかりが彼の隣にいられることとイコールではありません。里には付き合っている三上がいるのです。里も三上も、あかりにとって大事な友人。自分がもしも気持ちを里に伝えてしまったら、その瞬間に3人の関係は壊れてしまうのは目に見えています。里を好きだからこそ踏み出すことができないあかり。忘れ物を知らせるために瑞貴がかけてきた電話で、堪えきれずにしゃがみこんで泣き出してしまうあかりに胸が痛みます。

きっとあかりは、瑞貴に「大丈夫」と言ってもらえたことがうれしかったんだと思うんです。分別がつきすぎて、先回りして自分の気持ちに蓋をしてしまうあかり。彼は背中を押してくれる誰かを待っていた、それがまだ出会って間もない瑞貴だったのではないでしょうか。だからあかりは踏み出してみようとしたんですよね。そしてちゃんと傷ついて、里への想いに区切りを付けることができたんです。

 

臆病者の一歩

このことをきっかけに、週に数回瑞貴の部屋を訪れるようになったあかり。お風呂に入らせてもらったり、机を借りて勉強したり。瑞貴の部屋で過ごすあかりは、とてもくつろいでいるように見えます。

こんなに頻繁に泊まりに来て大丈夫なのかと瑞貴は心配しますが、あかりは平然としています。それもそのはず、あかりが片道2時間以上もかけて通う学校には寮がありますが、ゲイであることを理由に両親に入寮を反対され、とはいえ家にいれば弟に悪影響だと言われ、週に何度も外泊しても咎められもしないのです。

 

邪魔だと思ったら ちゃんと言ってよ
そうしたら俺も ちゃんといなくなるから

 

貼り付けたようなような笑顔で、そんな悲しいことを口にするあかり。そんな彼の表情に、ゲイバーで同性愛者でもない自分が声をかけてしまったことを瑞貴は後悔します。あかりの居場所になってくれるような相手との出会いを自分が奪ってしまったのではないか、と。

瑞貴は本当に優しい人ですよね。きっと最初のうちは1人の大人として、まだ高校生のあかりのことが危なっかしく感じ、気にしてあげていたのだろうと思います。しかし、置き忘れていた「忘れ物」を取りにいくという言い訳を作っては自分の部屋を訪れるあかりに、彼がこんなふうに甘えられるのは自分だけなのかもしれないと、瑞貴は気づいてしまったんでしょう。少しずつ瑞貴の中で湧いてくる庇護欲。

そんな瑞貴に甘えながら、素直に彼の優しさを受け取れないあかり。彼は瑞貴の優しさを試すように甘えていても、いつでも離れていけるよう猫のように距離をとり続けています。瑞貴は誰にでも優しいだけで自分が特別だからじゃないと、舞い上がらないように、うぬぼれてしまわぬように、あかりは自分に釘を刺してしまうんです。

高校生までの間は、大人が勝手に決めた「普通」と思われていることにおとなしく従うことを強要されます。でもあかりは、自分ではどうしようもない部分で望みもしないのに「普通」から外れてしまいました。そのことによって、彼はごく当たり前な望みすら認められないという体験を何度も繰り返し経験し、諦めて自衛することを学んでしまったんですよね。

瑞貴の優しさに居た堪れなくなり、逃げ出してしまうあかり。瑞貴の部屋に行かず、連絡も取らなくなってしまいます。

そんなあかりを、友人の結婚式の行われる金沢へと強引に連れ出す瑞貴。結婚式に出席していたゲイバーのママや元カノと一緒にホテルに戻ってきていた瑞貴たちと鉢合わせしてしまったあかりは必死に他人のフリをしようとしますが、瑞貴は自分がここに連れてきたのだと彼らの前できっぱり言い切ります。

あかりは本当に面倒で手のかかる子です。自分が幸せになってはいけないと思っている臆病な子です。瑞貴はただ自分に同情して優しくしているだけだと言い聞かせ、いつしか彼に対して抱くようになっていた想いも打ち消そうとしてしまいます。でも瑞貴はもう、あかりのすべてを受け入れる覚悟を決めていたんですよね。

確かに最初から望みを持たなければ、傷つかずに済みます。でも臆病なままで何も得ることはできません。だからこそ、あかりは自分で欲しいと手を伸ばさなければならないんです。

 

いつまでもそうやって不幸面していたいのか

 

「可愛くて仕方ない」あかりに対し、瑞貴はあえて厳しい口調で叱ります。その言葉で目が覚めたあかりは、初めて自分で気持ちのストッパーを外し、瑞貴を失いたくないと想いをさらけ出すんです。

これぐらい揺さぶりをかけなければあかりの殻を破ることはできないことを、瑞貴は最初から分かっていたんじゃないでしょうか。もしもこの時あかりが踏み出すことができていなかったとしても、きっと瑞貴は辛抱強くあかりに言葉をかけ続けてくれたのではないかと思うのです。

 

想いに応えて

失くしてしまった合鍵を作り直してもらってから、あかりは以前よりも瑞貴の部屋で過ごすようになっていました。居場所を得て安心したように見えますが、あかりの中では不満が。それは瑞貴が自分とセックスしてくれないこと。強硬手段とばかりに瑞貴の寝込みを襲おうとするあかり。

瑞貴はとても理性的で、26歳という設定よりも年上のような印象を与える人です。そんな落ち着いた大人である瑞貴だからこそ、あかりは心を開いて前に進むことができたんです。あかりのそばに瑞貴がいてくれて、ホントに良かった〜と思っていました。

なので、巻末の描き下ろしで2人のセックスの話になって「本編では丁寧にあかりの気持ちの変化を描いていたけれど、巻末で安易にイチャイチャしちゃうのか〜」と、はじめは正直ちょっとガッカリしたんですよね。

だって瑞貴は26歳の会社員ですが、あかりはまだ16歳の高校生です。現実世界で大人の瑞貴が未成年のあかりに手を出したりしたら、回し蹴りどころじゃ済まないじゃないですか。瑞貴も結局はそんな残念な大人になってしまうのかと見損ないたくはないですし、2人のセックスを描くとしても物語としてちゃんと納得したいなと思ったんです。

こんな私のモヤモヤを、瑞貴はきれいに消し去ってくれました。自分よりもずっと年上でしかも同性愛者ではない自分を選ぶ決断をすることがあかりにとって決して軽いものではないと、瑞貴はちゃんと理解していました。すべてをかけたあかりの決意をしっかりと受け止め、瑞貴はあかりを抱くという行為によってその想いに真っ直ぐに応えたのだなと思える素敵な描き下ろしでした。

 

次回は『あかりと彼は悩ましい』2巻について語っていきます。興味を持っていただけた方はこちらからどうぞ。

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