皆さんは上田にく先生の商業BL『あのとき君とシておけば。』という作品をご存知ですか? 高校の時に付き合っていた2人が社会人となって再会するところから始まる物語。すっかり大人の2人のはずなんですが、2人とも別の方向にこじらせてて、これが可愛い可愛い!
ということで、今回はこの『あのとき君とシておけば。』について語っていきたいと思います。
性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。
ネタバレを含みますのでネタバレ苦手な方は注意してお読みください。
不器用すぎる高嶺の花
この作品の主人公早川高嶺(はやかわたかね)には、高校生の時に年下の恋人である真鍋理久(まなべりく)といい感じになったというのに、怖じ気付いて拒否してしまったことから関係が自然消滅してしまったという悲しい経験が。不器用な彼は、それから10年以上経っても理久のことが忘れられず、新しい恋に踏み出せないまま。まさに 『あのとき君とシておけば。』というタイトルそのままな状態なわけです。
ろくにお酒も飲めないというのに、1人ゲイバーに来てくだを巻いているのを見かねた店員の本宮から、次に来た客に声をかけてみてはと提案されます。新たに店に来た客の方へと高嶺が顔を向けると、そこに立っていたのは紛れもなく高校時代に恋人だった理久!ナイスタイミング!
想いが消せないままの元恋人との10数年ぶりの再会です。すっかり大人になった理久に、舞い上がってしまう高嶺。
この時、理久は高校時代の時のことを後悔し、ずっと会いたいと思っていたとかなり率直に話してくれています。良い流れじゃないか! と思いきや、なぜかそう簡単にはいきません。
理久を忘れようとゲイバーに来ていたことがバレたら、復縁の可能性が無くなるかもしれない。でも、今もまだ理久を好きでい続けていることの方が、重くて怖いのでは?
高校生の時の恋を引きずり続けており、ゲイバーに来たこと自体数回しかなく、お酒も弱くて本宮には苺ミルクを作ってもらっているというのに、高嶺は脳内会議の結果、なぜか「遊び慣れた大人の男」として振る舞うことを決めてしまうんです。
その結果、自分とも遊んでくださいと理久にお持ち帰りされることになった高嶺。理久の家に行って良い雰囲気になったものの、ぎこちないキスしかできない高嶺は、「遊び慣れているという設定」が嘘だとバレてしまわないように、シャワーを浴びると言う理久を押しとどめ勢いだけでフェラをし、逃げるように帰ってしまうんです。
ずっと忘れられずにいた理久と再会したにもかかわらず、「遊び」だと必要もない予防線をわざわざ張り、昔のことを話したりして懐かしさに浸るでもなく、いきなり口でしてあげて帰ったことを知った本宮(高嶺より年下)には
本気なら順番は大事にしないと
とたしなめられてしまう始末。
高嶺は理久のことがまだ好きだから、少しでも彼に素敵な大人の男性だと思ってもらいたいんですよ。そして、できることならもう一度恋人同士に戻りたい。高嶺にとって、これが一番重要なわけです。
だったら最初から素直に「まだ好きで、忘れられなかった」と言えばいいのに、高嶺にはそれができない人なので、どんどん話がややこしくなっていきます。
人付き合いが苦手で恋愛経験に乏しく、 30歳になろうというのに大いに空回ってしまっている高嶺。このままでは、良くてもきっとセフレ止まりで終わってしまうと本宮に言われ、高嶺はドップリと落ち込んでしまいます。「一度セックスして終わり」となってしまわないように、次に理久と会っても、すぐにセックスせずに引き延ばせと本宮からアドバイスされた高嶺は、律儀にそして頑なにそれを遂行しようとするんです。
そのままを受けとめて
久しぶりの再会で舞い上がっていた高嶺とは対照的に、冷静そうだった理久。ですが、ゲイバーの店員の本宮と高嶺の仲を疑ってみたり、大学時代に高嶺が日記がわりにしているSNSのアカウントを割り出してからずっとネットストーカー状態であることが判明したりと、 実は彼もなかなかのものだったりします。
でも、高校生の時の2人の様子を知ると、高嶺を受け止められる人は理久の他にはいないなと思えるんですよ。
高校時代、パソコン同好会を作りたかった理久は猫の世話をすることを条件に社会科準備室のパソコンを借してもらえることに。1人で黙々とパソコンでゲームを作っているところに高嶺が猫と戯れる目的で訪ねるようになったことで、2人の距離は縮まっていきます。
容姿端麗で成績も優秀、人当たりも良い高嶺。彼は、ファン同士が抜け駆けしないように見張りあっていたり、勝手にアクキーを作られてしまうなどまるで学校のアイドルで、学年が一つ下のため全く交流のなかった理久ですら「女子から人気の先輩」と認識し名前を知っているような存在でした。
しかし実際の高嶺は、目立つ容姿のせいで幼い頃から周りの人からあれこれ噂を立てられてしまい、それを訂正するタイミングを失ったまま、望まれるように振る舞っていることに、申し訳なさを感じてしまっているような人なんです。
自分にも、よく知らない人から顔とオタク気質のギャップに勝手にがっかりされるという経験があるものの、気にもしていなかった理久。そんなの、周囲が作り上げたイメージで盛り上がっているだけなんだから、気にせずありのままの自分で過ごせばいいんですよ。でもそれができない高嶺は、周りからのイメージに合う自分をでいようと嘘をついて情けないとさえ口にします。そんな不器用で繊細な高嶺の本当の性格に、唯一気づいたのが理久だったんです。
高嶺に対して、理久が返す言葉がまた良いんですよ。
…別にそれでもいいんじゃないですか
気にするなとアドバイスするのでもなく、訂正した方がいいと注意するのでもなく、理久はそれでもいいと、ただ今の高嶺を認めてあげているんですよね。誰でも取り繕うことをしているんだと理久に言ってもらえて、高嶺はすごく安心できたと思うんです。無理して変わらなくてもいいと言ってもらえたんですから。理久は周りの人たちが作り上げた完璧な王子様のような高嶺の虚像ではなく、本当の高嶺をちゃんと見て、そのまま受け入れてくれていたんです。
2人の仲が自然消滅してしまい、それぞれ社会人となった今でも、高嶺は理久のこの言葉に支えられているし、理久は不器用で誠実な高嶺への思いを消せずにいます。こんなの、放っておいてもくっつくじゃんと本宮じゃなくても思うところですが、この2人、そう簡単にはいかないんですよ。
不器用でも2人で
セフレになるのを回避すべく、本宮のアドバイス通りに「理久といい雰囲気になっても絶対にセックスはしない」と高嶺が決意していることを理久は知りません。そして理久はずっと前から高嶺のSNSを割り出して日頃の投稿を見続けているし、何なら高嶺が抱かれたいと投稿したのをスクショさえしていますが、そんなことは絶対高嶺には言えません。
お互いに好きすぎるからこそ、すごーく大事な部分が伝え合えずにいる2人。 本人たちは大真面目ですが、その様子はまるでコントを見ているよう。読んでいるこちらも2人には早く復縁しておくれと応援する気持ちはあるんですが、切ないとかじれったいとか感じるよりも、むしろそのすれ違いっぷりが楽しくなってきてしまうんです。
でもすれ違いと言っても、ちょっと噛み合わないくらいの可愛いものから、完全な誤解からの修復不可能になってしまうような致命的なものまでありますよね。高嶺が上の空であまり理久の話を聞いていなかったり、缶詰で仕事をしていたため理久の判断力が著しく落ちた状態だったりと、それぞれ悪い要素が重なってせいで、2人の関係は完全に決裂してしまうところまで行ってしまうんです。
どうにか繋ぎ止めようと、理久は高嶺に(諸々含めて)本当のことを打ち明けます。再会した夜はまるで遊び慣れているように高嶺を誘ったけれど、理久だって本当はずっと再会できるのを心待ちにしていたし、本気でまた付き合いたいと思っていたし、完璧に振る舞いたいと見栄も張っていたのだと知った高嶺。初めて2人がちゃんと見つめ合えた瞬間ですよ。 やっとですからね、良かったー!って心の底から叫びました。
高嶺が、理久に対して「本音で話す練習」をするシーンがあるんですが、とにかく高嶺が可愛くて可愛くて。 外見だけで判断して、彼がこんなにも可愛い性格だということに気づけなかったなんて、みんな目が節穴ですよ。高嶺が人付き合いが苦手で素の自分を出せない性格だったことで、 理久以外の人には彼の本当の魅力を気づかれずに済んでいたんですよね。理久はほんとに命拾いしたなって思います。