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BL『レンタル彼氏のお尻をご指名』について語りたい

皆さんは百瀬あん先生『レンタル彼氏のお尻をご指名』という作品をご存知ですか? この作品は、レンタル彼氏というアルバイトをしている大学生とアダルトグッズの制作会社に勤める会社員のお話。大人のオモチャでお尻をじっくりと開発されていく大学生の伊織くんが可愛いんですよ〜。

ということで、今回はこの『レンタル彼氏のお尻をご指名』について語っていきたいと思います。

性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。

ネタバレが含まれるので、ネタバレダメという方は注意してお読みください。

 

レンタルの目的は

この作品の主人公で大学生の伊織(いおり)のバイトはレンタル彼氏。その響きの怪しさに友人たちは心配そうにしていますが、「依頼に応じて彼氏になりきって楽しい時間を提供するだけ」と本人は楽しんで仕事をしていました。そう、彼と出会うまでは。

その日指名をくれた、伊織より8歳年上というタマキさん。どんな女性かと想像を膨らませていた伊織の前に現れたのは、なんとスーツ姿の男性環(たまき)でした。

高級レストランに伊織を連れていった彼は名刺を差し出し、彼女との記念日のための下見に付き合ってほしいと依頼を告げます。いつもと違い男性が相手という新鮮さや同じく甘い物好き同士ということもあって、環との食事を楽しむ伊織。しかし環がグラスを誤って倒してしまい服をワインで汚されてしまった伊織は、すぐに服のシミを取らなければと環の家に連れていかれることになります。

本当なら依頼者と2人きりになるような密室に行くのは規則で禁止されているのですが、環とは男同士ということで何があるわけでもないだろうと勧められるままシャワーまで浴びる伊織。でもここは、BLの世界なんですよね。油断は禁物!

着替えの服が用意されておらず、仕方なく裸のまま出ていった伊織が目にしたのは、勝手に中を漁られたカバンとくわえタバコで伊織の免許証を手にしている環の姿。環からは先ほどまでの紳士的な優しい雰囲気は微塵も感じられず、ガラが悪くてまるで別人のよう。それもそのはず、こちらの方が彼の本来の姿。アダルトグッズの会社に勤める環は、自社製品の宣伝のために女子大生という設定で運営している自身のブログで男女兼用製品のPR企画をするため、女子大生にお尻を開発されちゃう「彼氏役」をさせようと伊織を自宅に連れ込んだんです。

 

尻だけでイける身体にしてやるよ
『彼氏』くん

 

免許証を携帯で撮られてしまった伊織は、個人情報を流出させてもいいのかと環に脅され、指と大人のオモチャでお尻を開発されていくことになってしまうんです。

これ、現実世界では犯罪ですよ、事件ですよ。創作の世界だって、これはかなりシリアスで怖い展開なはずです。なんですが、環と伊織の関係にはそこまでのシリアスさは生まれないんですよね。

その理由は、環と伊織の会話の多さにあります。環は自分が女子大生の設定で書いているブログを伊織に見せてあげつつ企画の主旨を話して聞かせるし、無理矢理とはいえ乱暴なことはしませんし痛くないか聞いてもくれます。伊織の方でも、環が手作りしたというガトーショコラが食べられると思って家に来たのに嘘だと分かって落胆して文句を言うし、お尻いじられつつ「へたくそ」と環を煽ったりもします。(当然その後、環に大人のオモチャで反撃されてしまいます。)環は言葉遣いが荒くて意地悪でオレ様な態度ではありますが、伊織の言葉にはちゃんと言葉で返してあげています。伊織の方でも環に脅されてる側なのに反発するし、徐々に遠慮がなくなって呼び捨てになっていきます。環も伊織も互いにああ言えばこう言うという感じで相手に対して文句を言ってばかりなのですが、2人の会話はかなりテンポが良いんですよね。そのため、脅迫する側される側という関係のはずなのに、環と伊織は気づけば対等な感じになっているんです。会話が弾む2人の様子に、相性の良さを感じずにはいられません

この「会話」というのは、この作品でかなり重要ポイント。環はアダルトグッズの制作会社に勤務、伊織はレンタル彼氏でバイトと、あまりよく知らない人からすればいかがわしいと偏見を持たれてしまうような仕事をそれぞれしています。でも彼らは会話をする中で、「自分がすることで誰かに喜んでもらいたいと思って仕事に向き合っている」という共通点があることを知るんです。

同じ気持ちを持っている人に出会ったら、すごくうれしくなりますよね。例えば同じ作家さんが好きだとか、同じ物事に興味を持っているとか、同志!って感じになって一気に気持ちの距離が近づきます。環も伊織も、この仕事に関しての会話をしたことをきっかけに、相手に対する気持ちが大きく変化したんじゃないでしょうか。

 

不器用な男

環に呼び出されて会うという繰り返しの中で、少しずつ変化していく伊織の気持ち。最初は環のことを、騙して家に連れ込み脅して無理矢理人のお尻を開発するとんでもない奴でしかないと思っていたはずが、頬に触れた手のひらの温かさを知り、仕事への向き合い方に共感し、タバコの匂いを覚え、環に大人のオモチャで弄ばれるのを当たり前に受け入れるどころか、自分の中でどこか期待するような気持ちさえ芽生えてしまっていることに気づきます。

物語は伊織の視線で進んでいきます。そのため伊織の気持ちの揺れ動きは描かれているんですが、環が何を考えているかは描かれません。彼はいつも冷めたポーカーフェイスでいることが多くて、感情があまり読めないんです。しかもずっと伊織に対しての態度は素っ気ないままで変わることはありません。だからちょっとしたひと言の破壊力がすごいんですよ。

 

正直 抱ける

 

いきなりそんなことを口にして伊織を動揺させておきながら、変わらずお尻をオモチャで責めるだけの環。そしてオモチャだけではいられなくなってしまった伊織が思わず環を求めようとした直後、彼は伊織を突き放そうとするんです。伊織は大混乱ですよ。でもきっと、環は伊織以上に混乱し動揺していたんじゃないかと思うんですよね。

環はそれまで、あくまでも伊織に自社製品宣伝用のブログの「彼氏役」をさせるためという理由をつけて呼び出していましたし、伊織もそのつもりでいると思っています。最初はレンタル彼氏の名簿の中から好みの顔だからと軽い気持ちで伊織を選んだのかもしれませんが、繰り返し会っていくうちに伊織を他の誰かに取られたくないという独占欲が環の中に芽生え始めてしまっていたんです。しかし抱きたいと思っても本当に抱いてしまうわけにはいかないと、伊織を遠ざけた環。彼はこの関係に伊織を誘い込んだけじめをつけるように、彼は自分から終わりにすることを決意します。伊織のバッグにレンタルの料金を入れておくんですよ。特別な感情で会っていたわけではないのだと、まるで環が自分に言い聞かせているようでツラくなってしまいます。

レンタルされれば料金は発生するのですから、お金をもらうのは当たり前。しかし依頼として呼ばれたつもりではなかった伊織はショックを受けてしまいます。さらに追い討ちをかけるように、「次はない」とLINEにメッセージを送りつける環。本当なら、もう環に呼び出されてお尻を大人のオモチャで弄ばれブログに載せられることが無くなるんですから、喜んでいいはず。なのにそうは思えず、投げ出すように突然終わりにしようとする理由を確かめるため環の部屋に突撃していく伊織。環は会わないままで終わらせようとしますが、伊織に食い下がられドアを開けます。そして追い返すために伊織をレイプしようとするんです。もちろん環は本気で襲いかかっているわけではなく、その手も伊織には通用しません。そこで初めて、環は自嘲するように自分の想いを口にするんですよ。

 

脅さねーと 好きな男ひとり 家に呼べねえよ

 

環はゲイでも伊織は違います。この想いを告げても、受け入れられないと伊織は自分を拒絶するだろう。環はそう思っていたんじゃないでしょうか。環が素直になれないでいたのは、プライドや良心・良識みたいなものが邪魔をしているからというのもあると思いますが、何より先に進むことで伊織を失ってしまうのが怖かったんだろうと思うんです。でも、いつもポーカーフェイスで素っ気なかった環が、その胸の内では自分と会いたいと思っていたし自分に惹かれていたのだと知ったら、そしてずっとそのことを悟られないように振る舞い続けていたのだと分かったら、たまらなく愛おしくなっちゃいますよ。自分から飛び込んでキスをする伊織に驚く環の表情には、いつものキツさは全然感じられません。それが本当の彼の素の顔なんだろうなと思います。

思いを確かめ合い、初めて体を重ねる環と伊織。ずーっと指とオモチャで伊織が責められていたのでちょっと忘れそうになりますが、環は決して伊織を無理矢理自分のものにしてしまおうとはしてこなかったんですよね。容易に手を出せないくらいに伊織を大切に思うようになっていたということですよね。最初は騙すし脅すしゲスだったけど、伊織を自分のものにしたいと思う気持ちをずっと押さえつけて我慢していた環は偉いと思いますよ。

初めてのセックスの後、「めんどくせー奴に捕まった」と言いながら溶けるように眠ってしまった伊織の顔を見つめて環が言うセリフが良いんです。

 

俺の方が 捕まってんだよ

 

こんなこと言っちゃうなんて、環はもう伊織にべた惚れのメロメロじゃないですか! でもその言葉を伊織が起きてる時には言わないのが環なんですよね。

物語の最初は表情豊かで明るい伊織くんがお尻を開発されてだんだん気持ち良くなっていっちゃう様子が可愛いくて読み進めていましたが、最後は自分の気持ちを素直に出せない環の不器用さに、私も伊織と同じようにグッときてしまっていました。