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今敏監督の名作 映画『千年女優』について語りたい

皆さんは今敏監督作品『千年女優』という映画をご存知ですか? 映画監督デビューとなるアイドルを題材にしたサイコホラー『パーフェクトブルー』に続く第二作目で、初のオリジナル作品。今敏監督のその名が世界に広く知られるようになった契機となる作品でもあります。

キャッチコピーは「その愛は狂気にも似ている」。健気という言葉を通り越した一途な愛が描かれていきます。

今敏監督は46歳という若さで夭逝されましたが、その葬儀では『千年女優』のエンディングテーマ曲である「ロタティオン」が流されたというお話もあり、監督ご自身にとっても『千年女優』は思い入れの強い作品だったのではないでしょうか。

ラストのセリフが衝撃的なんですが、その辺りも絡めつつ語っていきたいと思います。ということで、ガッツリと映画のラストについて語りますので、ネタバレダメな方はUターンでお願いいたします。

千年女優

千年女優

  • 荘司美代子
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語り手は往年の大女優

芸能界を退いて久しい往年の大女優・藤原千代子は、かつて所属していた映画会社の撮影スタジオが取り壊されるということで、30年ぶりにインタビューを受けることに。取材に向かったのは、千代子の大ファンである立花と、千代子の存在をよく知らない世代のカメラマン井田。インタビューの前に、立花から古びた鍵を渡され、 懐かしそうな愛おしそうな表情を浮かべる千代子。それは彼女にとって、かけがえのない 「一番大切なものを開く鍵」。千代子は女優として名を馳せながら突然引退するまでの、自身と「鍵」をめぐる波乱の人生を語っていきます。

70代となった着物姿で白髪の千代子は上品な老婦人で、彼女の大ファンだった立花は感激していますが、井田にとってはただのおばあちゃんでしかないため、非常に冷めた表情をしています。私たちはそんな井田に限りなく近い状態で千代子の自分語りを映像で観ていくことになるわけです。よく知らない老婦人の一代記なんて、全然面白そうに感じられないと思うんですが! これがめちゃくちゃ面白いんですよね!

女学生だった千代子は、ある時警察に追われている画家と出会います。千代子は警官に画家が逃げた方向を聞かれますが嘘を答えて庇い、画家を自宅の蔵に匿います。しかし彼は追っ手から逃れるために満州へ。それを知った千代子は、猛反対する母を振り切って女優となり、画家が落としていった「鍵」を手に自身も満州へと渡ります。

千代子が想いを寄せる画家について、私たちには情報がほとんど与えられません。千代子にとって画家は、自分とは全く違う世界の人間に見えて惹かれたのかもしれませんし、交わす会話の中に通じ合う何かを感じる相手だったのかもしれません。彼女が画家に強い思いを寄せることになった理由は意図的に端折られてか、明示されないまま。大店のお嬢様だった千代子に海を渡るという大きな決断をさせるほどに、画家との出会いは運命的なものだったのだろうと想像させられます。

映画に出ていれば、いつかあの画家が自分に気づいてくれるかもしれない。もう一度あの人に会いたい。そんな思いで千代子は女優の道に踏み出したのです。その一途さ、健気ですよね。

自分の出演した数々の映画を振り返り語っていく千代子。千代子の語りはきっと、その世界に入り込ませるほどに巧みなものだったのでしょう。千代子の回想の世界に立花と井田も飲み込まれ、立花に至っては登場人物の1人として物語に介入して千代子を手助けし、井田を戸惑わせるようにまでなっていきます。

「千代子にはどうにか困難を乗り越えて画家と再会してほしい!」と思いながら観ていたのですが、とにかく会えない。こんなにも千代子が一途に思い続け追いかけているというのに会えない。戦国の姫として燃える城で殿に寄り添い、くノ一となり敵と戦い、遊女となって同じ遊郭の遊女からいじめられ、町娘の姿で町を走り、牢獄で警官の尋問を耐え、戦争で敵の空襲を受けて焼けた町で立ち尽くしてもなお会えない。千代子は出演したどの映画の中でも、必ず画家の男性を探し求め追いかけているというのに、会えないんですよね。

あれ? 映画の役でも千代子は画家の男性を追いかけてる? ってなりますよね。たくさんの映画に出演している千代子が演じてきた全ての役が、想いを寄せる男性を追う女性であるわけはないですよね。違和感を覚えるころ、まるで念を押すかのように、女学生役の千代子が警官に違う方向をさし示して追われていた男を庇う場面が出てくるんですよ。これ、まさしく千代子が画家の男性と出会ったのと同じシチュエーションですよね。千代子が最初に語っていた女優になるきっかけの場面がそのまま映画となったのか? それとも自身の映画の話をしていたのか? もう大混乱です。

この『千年女優』の語り手である千代子は、おばあちゃんですし、何より往年の大女優です。千代子は「信用できない語り手」の最たるものなんですよ。語られているのは、事実なのか自身の映画の話なのか嘘や妄想の類なのか判然としないままに、千代子が立花たちに語って聞かせる物語は突き進んでいくんです。

 

大切なものを開く鍵

物語が進むにつれて、千代子は画家の名前も知らないどころか、彼の顔さえも忘れてしまっていることが明らかにされます。それでも画家の男性を追い続ける、狂気をも帯びた千代子の一途さ。現実と映画の中の世界が交錯し渾然一体となった美しい幻想の中に立花や井田と共に入り込み、ひたすらに駆け抜けていく千代子に伴走しているような感覚は快さを抱かせます

しかし、そんな千代子が画家の男性を追うことを止めてしまう期間が2回存在するんですよね。それは、大滝という男と結婚をしていた時と撮影中に失踪してから立花のインタビューを受けるまでの30年間。

共演女優の手を借りた大滝によって大切な「鍵」を隠された千代子は、失意のまま大滝と結婚をします。「鍵」を失った千代子は良き妻として過ごしていたようですが、大滝が隠していた「鍵」を見つけ、再び女優として画家を追いかけ始めます。

しかしその後、映画の撮影中に起きた地震によってセットが崩れ、千代子はまたも鍵を見失ってしまいます。撮影を抜け出して画家の故郷だという北海道へと向かった千代子は、そのまま映画の世界を去ることに。その理由を立花に問われた千代子は、老いた姿を画家に見られたくなかったからだと答えます。その後30年、千代子はひっそりと静かに暮らしています。

「鍵」を失った期間の千代子は、妙に現実的ですごくおとなしいんですよね。大滝の部屋に掃除機かけていたり、もうとっくに少女ではないと年齢を気にしたりと、ちゃんと現実世界を生きている生身の女性という感じがします。

それに引き換え、「鍵」を身につけ女優として映画の世界に生きている時の千代子から漂う万能感! どの時代のどんな女性の役だろうと、千代子は想いを寄せる画家の男性を生き生きとした表情で追いかけていきます。問われるまでもなく、女優として生きている時の千代子の方が、現実の女性として過ごしていると時に比べて、圧倒的に魅力的なんですよね。千代子にとって「鍵」は、恋をした証であり、画家の青年との唯一の繋がりであり、現実世界では抑え込まなければならないエネルギーを解放できる虚構の世界の扉を開くための鍵なんです。

立花から渡されたことで、30年ぶりに「鍵」を手にした千代子。まるで彼女の失踪の前からやり直すように地震が起こり、気を失った千代子は病院へと運びこまれます。しかしベッドに横たわる千代子は明るい表情。彼女はこのまま亡くなってしまったと思われるんですが、そこに悲しみなんてものは存在していません。だって魂だけになれば、千代子は画家の男性を邪魔されることなく追いかけ続けることができるのですから。

どこまでが現実でどこまでが虚構なのかなど、もはや瑣末なことでしかありません。千代子にとって「初恋の人を一途に追いかけ続ける自分」だけが真実なんです。

 

ラストの受けとめ方

この『千年女優』という作品、ラストの千代子のセリフのインパクトが強烈ですよね。このセリフをどう受けとめるかによって、この作品全体の印象やテーマがガラリと変わってくるように思います。

私が初めて『千年女優』を観たのは何年も前。その時にラストのセリフから受け取った印象と、今回改めて観終えての印象は、全く異なるものになっていました。

最初にこの作品を観た時は、タイトルとあらすじから、時を超えたロマンチックなラブストーリーかなと思っていたんです。しかし、千代子と画家の男性は一向に再会できないまま。今敏監督作品らしく、どこまでが現実でどこからが虚構なのか、その境界が曖昧になり混沌としていく映像に酔わされ流されるように観ていました。

途中から正気かどうかも怪しくなるほどに、一途に画家の男性を追いかけ続けてきた千代子。流石に最後の最後には報われるだろうと、病院のベッドに横たわる千代子の元に画家の男性の幻が現れたりして、2人で微笑み合いながら天国行くような場面とか期待して待っていたわけです。しかし千代子が言い放ったのはこのセリフでした。

 

だって私、あの人を追いかけている私が好きなんだもの

 

確かに片思いの恋している時って、自分に酔えますよね。こんなにも想っているのに、こんなにも胸が苦しいのに、あの人には全然届かない、みたいな感じで切ない恋心にどっぷりと浸かれます。でもそこには、どうか想いが伝わってほしいという気持ちも込められていて、できればこの苦しい状況を抜け出して好き同士になりたいわけです。しかし千代子の場合は、画家を今でも本当に好きだとか会いたいとか、もうそんな気持ちもどこか行っちゃっていて、追いかけること自体が快感なんですよ。

ラストのセリフに「一途にあの人を追いかけ続けている一途な私、最高!」みたいな千代子の強烈な自己愛を感じて、「うわー、気持ち悪い!」ってその時は思ったんです。その瞬間、まるで催眠術を解くように鼻先で手を叩かれた感じで一気に現実に引き戻され、「なんかヤバいものを観てしまった」と呆然とスタッフロールを眺めていた覚えがあります。その時の私は、そこまで屈託なく自分を愛せるなんてと、怖く感じてしまったんですよね。

でも、今回改めて鑑賞してラストのセリフを聞いた時、気持ち悪いなんて感情は微塵も抱きませんでした。あの人を追いかけている私が好きだとキッパリと言い切る千代子の表情は晴れやかで、きっと彼女の人生は悔いのない素晴らしいものだったのだろうと羨ましくさえ感じられたんです。だって追いかけたいと思った人を生涯かけて追いかけ続けてこられたのですから。やり残したことなんて、彼女には無いんですよ。

千代子は、最初こそ画家の男性と再会したその後、彼と話したいことやしたいことなど、あれこれ思い描いていたろうと思います。しかし時が経つに連れてどんどん削ぎ落とされ、画家の男性を追いかけることそのものが千代子の目的となっていきます。有名な女優となっても、千代子が名も知れない男性を追いかけていることは、他人から見れば何の意味もないことだろうと思います。しかしそこに意味があるかどうかは、自分自身が決めることなんですよね。

好きに生きていい。自分の心のままに、自分らしく、自分のありたい自分でいられるように生きていい。ラストの千代子の言葉を通して、今敏監督に力強く背中を押してもらったような気持ちになっていました。

 

輪廻のロータス

『千年女優』の物語と映像にはとにかく圧倒されてしまうんですが、この作品のテーマソングである平沢進の「ロタティオン」がまた名曲なんですよ。エンドロールを見ながら、今敏監督作品を観るということは、平沢進の音楽を聴くということでもあるのだなぁと思ったりしました。

平沢進は『ベルセルク』の主題歌も手がけているということで、知っている方も多いかと思います。

『千年女優』を観終えてからというもの、この「ロタティオン」が耳から離れず、YouTubeを漁ってライブ映像に辿り着いたのですが、民謡や民族音楽を想起させるような張りのある歌声、レーザーハープなる見たことのない電子楽器を操る仕草、そして真摯に観客と対峙する表情に痺れました。

youtu.be

「黄金の月」の歌い出しから始まる「ロタティオン」。歌詞の表現がとても硬派なんですよ。

 

瞬く間にも数千の朝よ訪れよ

 

天上の世界を映しているような、そんな感じがします。天人が地上にいる人に語りかけているように荘厳な歌詞。

サビではさらに朗々と歌い上げていきます。

 

咲け輪廻の OH
咲けロータス OH
響け千年よ OH
響け毎秒に OH

 

時間の流れを超越したスケールの大きさ。カタカナで書いてあるので分かりにくいんですが、「ロタティオン」とはローテーション、つまり輪廻をさしています。千代子は女優として様々な役を演じることによって、擬似的な輪廻を繰り返してきたと言っても良いでしょう。また、ロータス(Lotus)とは蓮の花のこと。水面を抜けて高く伸びた茎の先に鮮やかに大きな花を咲かせる様は、自分の心のままに駆け抜けるように生きた千代子に重なります。

あらゆる時代の女性を演じながら、ひたすらに画家の男性を追い続ける自分を貫いた千代子の人生のみならず、欲を抱えて生きる人の営みの全てを肯定しているようですよね。

今敏監督の葬儀の出棺の時に、この「ロタティオン」が流されたそうです。千代子と同じように、監督ご自身も駆け抜けていかれたのだなぁと感じます。