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BL『雷々来世』について語りたい

皆さんは野白ぐり先生の商業BL『雷々来世』という作品をご存知ですか? 前世では主従の関係にあり、許されない想いを胸に秘めたままだった2人が、現世で同じ高校に通う同級生として巡り会うことから始まる物語です。このシチュエーションだけで胸がキュッとなってしまいますね。ということで、今回はこの『雷々来世』について語っていきたいと思います。

性描写がある作品なので、未成年の方はごめんなさい。大人の方だけこの先をお読みくださいね。

 

 

ネタバレを含みますのでネタバレ苦手な方は注意してお読みください。

 

現世での再会

この作品の主人公の七星(ななせ)には、決まって見る夢がありました。今よりも昔の、日本ではないどこかの国の宮殿で、従者として支えていた王子を抱きしめている自分。

夢を見るたびに感じる胸の痛みに、これは自分の中に残る「前世の記憶」だと感じてはいても、きっとどこかで刷り込まれただけのものと、受け入れまいとしていた七星。しかし、彼の通う高校に雷央(れお)が転校生として現れたことで、状況は一変します。七星の姿を見つけた雷央は目を輝かせて彼の元に歩み寄り、うれしそうにこう言い放ちます。

 

うそまさか今度は同い年⁉︎
何百年ぶり? 前世ぶり!

 

無邪気に再会を喜ぶ雷央。前世で従者だった七星は、自分の主である王子の雷央に「生まれ変わってまた会えたら、次は俺があなたを幸せにする」と誓っていました。王子と従者の許されない身分違いの恋だったわけです。しかし今世ではお互い普通の高校生として出会ったのですから、恋の障害になるようなものはありません。とうとう2人の望みが叶えられるはず。

だというのに、再会できてうれしそうにしているのは雷央だけ。七星は「もう関わりたくない」と雷央を突き放します。前世は前世、今は今。七星のその言葉を受け入れようと背を向ける雷央。しかし彼の涙に気づいた七星は、泣いてばかりだった雷央の前世の姿を思い出し、堪えきれずに思わず抱きしめてしまいます。

 

こんな愛情
まるで呪いだ

 

イイですねー。抗っても逃れることのできない恋ってやつです。

前世と変わらず七星は雷央への深い愛情を抱いています。それなのにどうして七星は雷央を不憫だとすら考え、突き放そうとしたのか。屈託なく現世での再会を喜ぶ雷央に、七星が戸惑いを感じているのは何故なのか。これがこの物語の大きなポイントなわけですよ。

そもそも記憶は非常にパーソナルなもの。自分にとって強く印象に残っていることについては詳細までよく憶えていますが、そうでないことは曖昧になっていきます。それに、立場も違えば大事に思うことだって違うので、人それぞれに記憶は異なってしまいます。たとえ一緒に過ごしていても、同じことを同じように記憶していることはありえないわけです。

現世で再会した七星と雷央の間で温度差があり、噛み合わない部分がありますが、それは覚えていることと忘れてしまっていることが、七星と雷央とで違っているからなんですよね。

前世と現世を交互に見せ、前世で七星と雷央の間に何が起きたのか、そして彼らが何を憶えていて何を憶えていないのか、徐々に明らかにしながら物語は進んでいきます。そして私たちが彼らの前世での様子を知っていくにつれ、現世での彼らの人格と前世での記憶の境界が徐々に重なり合い曖昧になっていくんです。

 

前世の記憶を辿って

いくら関わるまいと思っても、雷央の従者であった前世の記憶が強く残っていることで、どうあっても自分は雷央を放ってはおけないと気づいた七星。自分も雷央も、前世の記憶に縛られて互いに離れることができず、このままでは辛いだけ。ならば「再会できたら2人でやりたいことがたくさんあった」という雷央の希望を全部叶えてしまおうと、七星は提案します。そうすれば気が済んで、2人とも自由になれるだろうと。

雷央が七星と2人でやりたかったことを叶えるためには、必然的に一緒に過ごす時間は多くなりますよね。そのことによって、欠けたピースが埋まっていくように、雷央は少しずつ忘れてしまっていたことを思い出していきます。そんな雷央が前世での「すべての出来事」を思い出してしまうことを恐れる七星。これは前世で、雷央の側にいる人間として相応しくないのだと七星自身だけでなく雷央からも思われてしまうようなことがあったからなんです。

前世では小国の王子だった雷央。自国に后を迎えるのではなく、自ら他国へと婿入りすることになった彼を、七星は従者として結婚相手の国まで送り届ける役目を負います。結婚をして無事に子供も生まれ、異国に馴染んでいく雷央。以前のようにそばにいることはできないというのに、雷央と離れて自国に戻る決意ができないまま自堕落に過ごすようになる七星。彼が娼婦といるということは、雷央も知るところとなります。そして王宮に刺客が現れたというのに、七星は娼家にいて出遅れてしまいます。

 

もう二度と私の前に現れるな

 

雷央に冷たく言い放たれた言葉。この出来事によって彼らの関係は決裂し、終わってしまったんです。

七星は、望まない結婚で1人異国に生きることになった雷央に幸せになってほしいと思いながらも、自分だけをずっと変わらず頼ってくれることを願っていました。しかし相手国に向かう途上でこそ不安を口にしていたものの、雷央は結婚をしてからはその国の王族としての務めをしっかりと果たすようになっていきます。王子と従者という身分、かなり離れていると思われる年齢の差、そして同性同士、という何重もの壁に七星の想いは阻まれてきました。そして雷央が他国の王族の人間となってしまったことで、もうそばにいることさえ叶わなくなってしまったのですから、七星は消せない想いに深く苦しんだのだろうと思います。

でも叶わない想いに苦しんでいたのは、雷央だって同じ。不安でも心細くても、それを口にしたり涙を流したりしてしまえば、忠誠を超えた愛情から、七星はいつまでも自分のそばにいてくれるでしょう。でも彼らの関係は「その先」を望むことはできません。だからこそ雷央は七星をいつまでも縛りつけておくことはできないと、突き放すことで自分から解放してあげようとしたんです。七星への愛情ゆえの冷たい別れの言葉だったんですよね。

もしかすると前世での七星の人生は、失意のまま異国の地で終わったのかもしれません。描かれてはいませんが、その虚しい人生を七星は現世でもしっかりと覚えているんじゃないかと思います。だからこんなに苦しくなっているんでしょう。

しかし現世の雷央は、前世で自分から七星に別れを告げたことを忘れてしまっていました。雷央は前世で七星を冷たく突き放しておきながら、全て忘れて何事もなかったように再び七星と共にいようとしていたわけです。もう関わりたくないと言われたというのに。

手を放せずにいたのは自分の方。そのせいで七星を苦しめてしまっている。全てを思い出した雷央は、七星に改めて別れを告げます。自分の従者だった前世の記憶から解放し、七星をこの世界で生きる「ただの高校生」にしてあげようとしたんです。

再び現世でもそばにいなくて良いと雷央に切り出された七星。もう自分たちの関係はとっくに終わっていたんだ、前世から抱き続けた執着を終わらせるべきだ。自分に言い聞かせる七星。でもこれで七星が想いを手放せるのであれば、こんなに拗れてしまったりしないですよね。

あるきっかけから、七星は前世で雷央と交わした「約束」を思い出します。それは雷央の婚姻が決まるもっと以前のまだ雷央が幼い頃に交わしていた約束でした。雷央はずっとその時に交わした約束を心の拠りどころとして前世を生き、その約束だけを胸に現世に生まれ変わったんです。雷央は七星が思うよりもずっとずっと強く七星を求め続けていたんですよ。

そのことに気づいた七星は自分の気持ちに目を背けることを止め、雷央を抱きしめます。この現世に生きる「七星」として、この現世で巡り合った「雷央」との恋を選び取ったんですよ。こうして前世では放してしまった手を再び繋ぎ直すことができた七星と雷央には、ごく普通の恋をしていってほしいなと思います。それこそが、彼らが前世では決して叶えることができなかったことなのですから。